イノチ

星野 驟雨

イノチ

私は朝日に目を焼かれて死んだのです。


群青が空を覆いきった時分の事でした。

街灯に閉じ込められた蛍が淡く命を燃やしています。

真似るように、私は炯々とした目で夜道を往くのでした。

この舗装された道は多くの血肉によって出来ています。

それを知っているからこそ、見て見ぬふりをして歩くのです。

砕かれた何者かが悲鳴を上げる度に、私の足取りは重くなっていくのです。

それでも歩かなければなりません。

果たしてこの道の先に何が待っているのか。

それを知ることなどありません。知っていて歩くものは大馬鹿者だからです。

足元の色を知ることもなく、歩くのです。

私の一歩は多くの命を消費しています。

退いたとて戻ってくることはないのです。

その道程を見送るように、虫たちの合奏が聞こえます。

同じように私の身体も蠕動します。しかし音はなりません。

踏みつぶしたイノチの音しか鳴らすことはできません。

あまりにも不釣り合いなのでした。

だから私はこの道を往くのです。


どれほど歩み続けていたでしょうか。

空も白けて私への興味をなくした頃合いでしょう。

虫たちさえ牛歩の私を見送ることを止めました。

足元の命さえ、私を引き留めることなどもうしません。

私がこの道を歩く理由もありません。

それでも私がこの道を往くのは、なぜでしょうか。

失くしたものを探しているのでしょうか。

いえ、いいえ。

失くしたものを探したいわけではありません。

そもそも私は何も持ち合わせてはいないのです。

何も持ち合わせてはいないけれど、多くの物事を知っています。

私が生きる理由を探すとすれば、小さなものです。

しかし、そのために私は誰かの命を消費しようとします。

空も青ざめてくる頃合いでしょう。

命は命に生かされて、イノチはイノチに殺される。

ならば、私も誰かに殺されるのでしょう。

ですが、周りには誰もいません。

ならば、何を躊躇うことがありましょう。

街灯の蛍さえも死んでいるでしょう。

ならば、何を躊躇うことがありましょう。

また、朝日が昇るのです。

その神々しい痛みは私を許してくださるのです。

目を焼かれて、四肢は溶け落ちていきます。

蠕動していた肉は爛れて一つになるのです。

ぶくぶくと泡を立てて一つになるのです。


そして私は、また夜にイノチを与えられるのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イノチ 星野 驟雨 @Tetsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ