工業の魔都ヒルセン1
旗艦ルコックの艦橋、操艦の邪魔にならないよう隅の方で窓外を眺めながら、アタシは首を傾げる。海側から見るヒルセン新港は、すっかり巨大な軍港へと姿を変えていた。
たしか収穫祭で訪れて以来とはいえ、あれから1か月と経っていない筈なのに。
これはたぶん、陸地からでは視界に入らない丘の中腹にある砲台や居住区画の広がりが印象の差になっているのね。というかこれ、ヒルセンを攻めてくる敵から見たら、巨大要塞そのものだわ。
「ねえセヴィーリャ、ここの砲門って、いくつあるの」
「2000いくつまでは覚えてましたが、ええと……カイト?」
「無理だよ。工廠の生産ペースが速すぎて、報告を聞くまでは誰も把握できない」
提督も把握しきれない生産能力ってのもすごいわね。さすがイグノちゃんのホームグラウンド。商業の魔都がメレイアなら、きっとヒルセンは工業の魔都だわ。
ルコックは微速でそのまま新港の中央ドックに入る。開かれた分厚い鋼鉄の扉の奥、これまた外側からは見えないドックの恐ろしいほどの広大さに眩暈がした。全長100mのルコックを収容してなお、まだ過剰なほどの余裕があるように見える。イグノちゃんは本気で艦隊を作るつもりなのだろうか。そんな大量の船を動かすような人員はいない(そして、目的地もない)んだけど。
ヒルセンへと帰還したアタシは、帝国海軍の元海兵さんたちに家族を引き渡し、宿泊施設と療養の段取りをつけた。大まかなところはヒルセン側で手配を済ませてくれてたこともあり、スムーズに終わった。感動の再会を邪魔するのはなんなので、細かい話は後にして、疲労困憊のマーシャル王女殿下を伴って魔王領迎賓館に入った。
どこか和風テイストのエントランスで和装風メイドさんたちに迎えられ、ヘロヘロの王女殿下が首を傾げる。
「……なんだ、これは」
「なにって、ヒルセンの迎賓館ですよ。まだ未完成の部分もありますからご容赦くださいね」
「どこが未完成なものか。静かな調和と単純にして強力な思想、あまりに無駄を省きすぎて一見すると質素にすら見えるものの、見る者が見れば秘めた高質さと洗練された美しさは明らかだ」
「それはどうも。殿下、そっちは茶室ですよ。お部屋はこちらです」
「茶室? なぜティールームが無垢の木材と石材で組んであるのだ。それにあの材質がわからんのだが……」
「建築は工廠と技術班に任せているので、アタシにもわかりません。完成したらお招きしますよ」
「いや、あれは未完成であることで完成された美を構成しているような気さえするのだがな。問題があるとすれば、貴殿のもたらす全ての文物と同じく、啓蒙された目から見ると威圧としか感じられんことだが……」
姫騎士殿下はまだブツブツ言ってるけど、もう疲れて頭が回っていないみたい。メイドさんたちに導かれるまま貴賓室に運ばれていった。
疲れているのはアタシも一緒なんだけど、気が昂っているのか妙に目が冴えて眠れそうにない。アタシを部屋に案内してきたイグノちゃんに声を掛ける。
「悪いんだけど、通信用の魔珠を用意してもらえるかしら。マーシャル殿下を巻き込んじゃったし、今回の成果を王家に連絡しておくわ」
「ベッドサイドに用意してあります。タップですぐつながります」
「さすがイグノちゃんね。助かるわ」
「恐縮です……が、ひと足遅かったようですね。王城から連絡が入っています」
イグノちゃんが指さした先、ベッドサイドで魔珠が赤く点滅していた。表示される記号と発光色によって接続先と内容がわかるようだけど、アタシはまだ覚えていない。
とりあえず魔珠を指先で突いて通信接続した。
“魔王陛下、申し訳ありません!”
球面が光り始めて早々に、魔珠の向こうからはデルゴワール王子の声が聞こえてきた。見ると、小型拳銃を手に巨躯を縮こまらせた王子の奥に、ションボリと正座させられてる国王陛下が映っている。殿下が示した銃身の先は、チューリップみたいに開いていた。
“お預かりしていた、この武器をですね。わたしが推測した原理を説明したところ、国王が興味を示して食い付いてきまして。止めようとしたんですが、無理やり奪って発射したところ筒の部分が吹っ飛んでしまったのです”
何してるのアンタたち。
そりゃそうでしょうよ。あれは純粋魔力を撃ち出す物なんだから、元とはいえ勇者の体内魔力を加減しないで注ぎ込めばそうなるわよ。
“弁償はさせていただきます”
「コストはそんなに掛かってないのでお気遣いなく。ね、イグノちゃん?」
「はい。鉄と魔石粉だけですから、鋳潰せば容易く再生可能です。量産も簡単なんですが、いまのところそれを武器として使用できるのは大陸でも数人しかいらっしゃらないので」
魔力を弾丸にする、という単純明快な構造ではあるけど、いざそれを実行するとなると魔王や勇者並みの無駄に膨大な魔力量が必要になる。自分の魔力で溺れかけていた元勇者の国王陛下には良いリハビリになるのかもしれないけど……まあ、安全性確保をどうするかという問題は残る。
「……でも、幸運でしたね。下手すると王城ごと爆発したって、おかしくなかったんですから」
アタシの後ろでポソッと漏らしたイグノちゃんのコメントが聞こえたらしく、魔珠の向こうのふたりはいまさらながらにアタフタと狼狽し始めた。フィアラ王妃が横から耳を引っ張り、国王陛下がどこかに退場してゆく。
“それで、魔王陛下。そちらは、無事に解決したのでしょうか?”
「ええ、おかげさまで全員を魔王領に迎えることが出来ました。マーシャル殿下には
たぶん姫騎士殿下は貴賓室で寝込んでいるだろうから、いますぐには無理だけど。
“そうですか。魔王領も海軍の充実が必要になるでしょうから、良い機会だったのではないでしょうか”
「ああ……
“こちらでつかんでいる情報としては、そうですね。皇国が動き出します。皇国海軍も本気で戦力を出してくるでしょう。戦場になるのは海に面した帝国西部と、魔王領南部。王国としても協力はさせていただきますが、現状では陸戦力しかない以上、着上陸後の保険という程度にしかならないのではないでしょうか”
アタシの後ろで何やら考え込んでいたイグノちゃんが、それを聞いて思い立ったように息を吐く。
「魔王陛下、そして王妃陛下。ひとつ提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます