王国再侵攻2

 魔王領合同収穫祭。

 中日なかびの今日、アタシは山間やまあいにある農村タッケレルの会場を訪れている。


 待ちに待った祭りとあって、タッケレルは凄まじいまでの人の入りだった。

 魔王領最大の商都として威容を誇るメレイア、新港開発で面積と人口が爆発的に拡大を続けているヒルセンに比べれば小規模ではあるものの、その2集落が出来るまで住人2千を越えるタッケレルは近郊最大の村だったのだ。


 収穫を終えた広大な畑を簡単に整地しただけなのに、見渡す限り農村の面影はない。

 というより、怖ろしいほどの人込みも相まって、ちょっとした商業都市にいるかのような気になるほどだ。


 会場の中央にはショーを行う巨大なステージ。周囲には大小の露店や天幕が立ち並び、汲み上げ井戸を改造した噴水や重機を組み替えた大型遊具など、イグノ工廠長の本領を発揮したアトラクションが林立して大人から子供までひっきりなしに引き寄せては歓声を上げさせている。


 色とりどりの配布用風船を山ほど牽引して飛び回るパットとその分身たちも、今日は心なしかいつもより飛び方が楽し気に見えた。


「ねえレイチェルちゃん、これ何人くらい来てるのかしら?」


機械式極楽鳥ハミングバードでの測定カウントによれば、朝の時点で2万4千、さらに増える予想だそうです」


「2万4千!?」


「昨日の集客はメレイアが4万2千、ヒルセンが2万9千でしたから、それに比べると……」


「え? ちょっと待って、その時点で魔王領の人口を超えてない?」


「ええ。昨日タッケレルは2万9千でしたから、合計で9万あまり。2万人ほど越えてますね」


 魔王領の人口は最盛期でも7万程度と聞いていたから、恐らく現在は6万台半ばくらいだろう。


「ヒルセン・タッケレル間は、魔族なら1刻(2時間)もあれば移動可能ですので、おそらくカウントの重複はあります」


「もしかして、王国のひとも混じってる?」


「タッケレルまで来ることはないと思いますが、メレイアには王国からの来客もかなりあったようです。問題でしたか?」


「いいえ、全然。ただ驚いただけよ。物資は不足してない?」


「3日を支えるだけの量は準備してあります。海産物と農産物は、その日の朝に収穫された物が直送されておりますし、問題ありません」


「良かったわ、じゃあ頑張ってくれてるスタッフの皆には別枠で御褒美を用意しなきゃ」


「うわぁ、美味しッ!? 何これ!?」


 あら。


 空耳かしら。何かすぐそばで、聞き覚えのある声がしたような。


「それは、ヒルセンウチの近海で獲れるカイマル海老です。揚げる寸前まで生きてたんで、身がプリプリしてるでしょう?」


「ええ、こんなの初めてよ。それに、この貝もムッチリした身が噛むほどにジュワーッってスープのようなエキスをほとばしらせて……」


「それは、内湾で獲れるモテナ貝です。宝飾品の白銀珠モテナパールを生むんですけど、鮮度の落ちるのが早いんで、漁師街でしか食べられないんですよ」


「もうウットリするような美味しさ。本当に素晴らしいわぁ……」


 恐る恐る振り返ると、ヒルセンからお手伝いに来てくれてる人牛族ミノスの女の子と歓談していたのは、ここにいる筈もない人物だった。


「……ッ、フィアラ陛下!?」


「しーッ! 魔王陛下、それはいわないでくださいな。お忍びなんですから」


「お忍び……って、でも護衛は!?」


「要りませんよ、昔は私自身が王族の護衛みたいなもんだったんですから」


 それは、そうかもしれないけど。こっちからしたらもう少し自重してほしい。

 万が一にも何かあったら国際問題待ったなしなんだから。

 元宮廷魔導師で現在でも鍛錬を欠かさず、いまだ王国屈指の戦闘力を持っているらしいこのひとは、でも現国王に代わって国政の全てを取り仕切っている……筈なんだけど。


「なんでまた、こんなところに」


 声を落として耳打ちするアタシに、王妃陛下は満面の笑みで応える。


「昨晩マーシャルからタッケレルここでの話を聞いて、いてもたってもいられなくなったのです。娘だけにあんな幸せな思いをさせるなんて、悔しいじゃないですか」


「ないですか、といわれましても。殿下は本日ヒルセン新港に行っていただいてますから擦れ違いに……」


「良いんですよ。彼女には王族の務めを果たす義務がありますもの」


 あなたにもあるのではないかしら、という言葉をアタシは何とか呑み込む。

 良く見れば王妃陛下ってば両手にすごい数の串を持ってらっしゃる。串のサイズがバラバラなところをみると、色んなものをまんべんなく味わっておられたようね。


 思わず受け取ってポケットに入れようとしたら、レイチェルちゃんが素早く引き取ってゴミ箱まで持ってってくれた。

 さすが、現役メイドは気遣いが違うわ。

 いつの間にか持たされていた濡れタオルと飲物のグラスを、そのまま陛下に差し出す。


「どうぞ」


「あら、ありがとうございます。ちょうど喉が渇いてきたところでしたの。素晴らしいお気遣い、さすが“商業神の化身”と呼ばれるハーン陛下ですわね」


 いえ、これでも現役魔王なんですけど。


「恐縮です」


 ごくりと美味しそうに飲んだフィアラ陛下の目がスッと細められる。改めてグラスを観察し、その顔が宮廷魔導師時代を思わせる鋭い表情に変わった。

 正直、ちょっと怖い。


「これがあの“魔王ソーダ”……マーシャルから話は聞いてましたけど、とっても美味しいわ。喉を抜ける刺激と、爽やかな後味。甘酸っぱい風味は果汁……だけじゃありませんね。何かの薬草が含まれているみたい」


「いえ、魔王領産の果実ですが、清涼効果があるんです。体温を下げて、心を落ち着かせます」


「果実自体が薬草、ですか。王国では考えられませんね。それに、この紋様……」


 まあ、そりゃバレるわよね。別に問題はないけど。


 グラスに刻まれているのは“魔王ソーダ”のロゴマークだけど、装飾的な字体のていで実は冷却保温の魔法陣を兼ねているイグノちゃんの力作だ。


 そもそもソーダのベースになっている発泡水からして、旧魔王城のあるルメア山脈から湧き出る天然岩清水ミネラルウォーターにもかかわらず薬効があるようなのだ。


「ハーン陛下、もしかしてこの水、体力回復されません?」


「……されますね。あと新陳代謝を促進するので、わずかですが美肌効果も」


 魔王領で産出される素材は、大概が何らかの薬効を持っている。キチンと調べてからじゃないと危なっかしくて店に出せない。

 アタシはいまになって、先代魔王カイトが膨大な食材資料を編纂へんさんしていた理由がわかってきた。


「味だけでも信じられないことの連続なんですけれども、さらにその先があるなんて」


「ええと、フィアラ陛……じゃなくて、フィアラ様。もしや、何か御用があっての御訪問では?」


 そこでようやくハタと我に返ったらしく、濡れタオルで口元を拭うとアタシに向き直る。


「ええ。半分は、こちらに伺うための口実なんですけど」


 いや、それをいっちゃダメでしょ。

 マーシャル殿下といいフィアラ陛下といい、良くも悪くも正直すぎるほど正直な王族だこと。血は繋がっていないはずなのに、実の母子のように雰囲気が似ていた。


 フィアラ陛下は少しだけ首を傾げ、笑みを浮かべたまま目だけが一国を統べる統治者のものに変わる。


「ハーン陛下に、どうしても直接お訊きしたかったんです。先日書面でお送りいただいた、“王国侵略計画”について」

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