王国再侵攻1

 話は、半月ほど前に遡る。

 南部領府の領主館にアポなしで訪れたアタシを、王女殿下は苦笑しながら出迎える。


「いきなりごめんなさいね、ちょっとお話したいことがあって」

「構わないが、嫌な予感がするな。今度は我が王国領から何を収奪していくつもりだ?」


 むろん冗談なんだろうけど、突然の訪問に至った理由は……


「まさにその件よ」

「?」


 まずは飢えない国づくりを、と死に物狂いで魔王領の経済基盤を構築してきた。

 予想以上の成功を収めてはいるものの、これから問題になるのは王国との経済不均衡。

 いまは魔王領経済の窓口であるルーイン商会が国民感情の矢面に立って調整してくれているので表面化していないけど、それも時間の問題でしかない。


「不均衡? 利潤が王国から魔王領への一方通行になっているということか」

「王冠債で多少の調整はしてみたけど無理はあるのよ。このままじゃ破綻する」

「王国経済が? そこまで脆くはないぞ」

「破綻するのは友好関係・・・・、よ。現に王国内で商店が潰れたり商会が傾いたりってのは出てるんでしょう?」

「ああ。だが、そればかりは力が足りない自分の責任だ。仕方がなかろう」

「商人じゃないからそんなことがいえるのよ。騎士だって敵に手足を切り飛ばされたら自己責任だと納得なんてしないでしょう? 仮に頭でわかっても、気持ちは受け入れないわ」


 誇りや矜持で飯は喰えない。

 商売で喰えなくなっても死にはしない。

 でも恨み憎むのだ。

 問題は、その無意味さと救いのなさ。

 恨まれた方がマイナスになることはあっても恨む方がプラスになることはない。


「では、どうしろと?」

「こうするの」


 アタシは王国内で行う新企画のプレゼンテーション資料を広げる。

 概要を一瞥しただけで、姫騎士殿下は息を呑んだ。詳細を読み進めると、苦々しげに溜息を吐く。


「これを、王国全土で?」

「将来的には、そうね。でも試験的に、まずは交流のある南部領で行いたいの」


 彼女は王女らしくもない唸り声を上げ、頭を掻き毟る。


「大丈夫、損はさせない。双方にとって利益になるわ。それも、莫大な利益・・・・・に」

「ああ。しかもそれは経済的な面だけに留まらない。政治的・社会的・文化的・国民感情的にもだ」

「相変わらずの御慧眼。それが王国を揺るがすことになるのは認めるけど、アタシたち・・・・・は、もう動き出してしまったんだもの。止まったところで影響は消えたりしないわ」


 姫騎士殿下の指が、書類に記された試算の数字を叩く。

 たぶん彼女が懸念しているのはその多寡じゃない。それがもたらす結果。


「……まさか、憐れみのつもりではないだろうな」

「それこそ、まさか・・・よ。こう見えてもアタシは商人・・なの。どんな相手だろうと、無駄に無意味に恵んでやる趣味はないわ」

「どう見ても商人だよ、いまの貴殿は。ということは、つまり……」


 アタシは笑う。場を和ませようとしたのだけれど、王女殿下はさらに苦々しげな表情になった。


「こうすることで、ただ勝つ以上の・・・・・・儲けがあると踏んでるの」


◇ ◇


「詳細は王宮に持ち帰って検討することになるだろうが、南部領の試験運用に関しては問題ない。要件はそれだけか?」


「もうひとつ、収穫祭へのお誘いよ。殿下には来賓として参加してほしいの」


 アタシは招待状を手渡す。

 こちらを表面上の来訪目的にするつもりだったのだけど、気付けば本音の方を先出ししてしまっていた。


「……来賓? 魔族でもないわたしが? 軍事的にはともかく経済的には敵対関係、というか商売敵になるのではないのか?」

「そう。敵情視察も重要でしょう? “敵を知り己を知らば百戦危うからず”ってやつよ」

「意味は分かるが、その言葉は初耳だな。どちらに益があるのかは知らんが」

「両方よ、もちろん。うちの領民にもあなたの領民にも、勝手に倒れてもらっては困るの。強くなって闘い続けてもらわないと」


 ポカンとした顔のマーシャル殿下は、少し呆れた顔で首を振る。


「悪魔だな」

「それ以上よ。なにしろ、魔王だもの」

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