初めての祝祭
“皆さん、静粛に”
イグノちゃんの“
近付くだけで、じりじりと照りつけるような熱気。これ以上このままにしておけば殺意にすら変わりそうな興奮。
広場を見下ろす特設ステージ。その中央に躍り出たアタシは、満場のオーディエンスに向かってマイクを突きつける。
“はーい、あたしがハーンよ。みんなお待たせ、用意は良い!?”
「「「「ぉおおおおおおおお……」」」」
どよめきが広がり、足を踏み鳴らす音が地響きとなって広大な会場を揺らす。
“よぉーし、じゃあ腹いっぱい、喰うのよォーッ!?”
「「「「ぉおおおおおおおお……」」」」
“喰って喰って、喰いまくるのよォー! この3日間は、ぜぇーんぶ……アタシのオゴリよォー!?”
「「「「ぅおおおおおおおおおおおおおおおぉ……!」」」」
“さあ行くわよ、第一回新生魔王領合同収穫祭、スタート!”
アタシのキューを出すと、リニアス河岸に停泊中の旗艦ルコックから号砲が鳴り響き、全ての者たちが一斉に動き始める。
マーケット・メレイアは全商店と露店が食品特化の合同収穫祭仕様となって、全力で準備を進められていた。全ての店の全ての商品が無料で開放され、いまや遅しと待ち構えていた魔王領民たちに配られ、消費されてゆく。
「はいはい、押さない! 全員たらふく食べてもなくなったりしないから!」
「ほら、小さい子から優先だよ、喧嘩や割り込みは退場だからね!」
売り子のなかには新生魔王領軍の兵士たちが配置され、彼らは混乱を押さえる役目も任されている。事前に通達し、場内にも掲示しておいたのが奏功して、いまのところ目立ったトラブルは発生していない。
叛乱軍を鎮圧し、自称・中立派の日和見主義者を更迭して、魔王領が新生魔王の統治下に戻った初めての記念すべき収穫祭。
辛いときも苦しいときも頑張って生産の現場を守ってくれた領民たちに、せめてもの感謝と御褒美をあげなければいけない。ただでさえ魔王領内は経済が急速に回り始めたばかりで、利益の配分が
改善は進めるけれどもすぐに効果など現れない。そこは少しずつ矯正してゆくしかないんだけど、まずはガス抜きと慰労、そして楽しい未来の欠片を提示することから始めないと。
生産が安定し始めた野鶏と鶏卵、菓子とアルコール類、それから新規開発された漁業船団によって届けられるようになった大量の海の幸。
このときとばかりに全てを投入して、領民に提供する。
現在の魔王領民は、把握し切れているだけでも6万を越える。
全員を一堂に会わせるのは不可能。分割開催にしても相当に大規模な会場しかないのだが、それが可能なのは北端の商都マーケット・メレイア、魔王城にほど近い大農地タッケレル、南端のヒルセン新港くらいだ。
近隣集落からのアクセスのしやすさを考え、それぞれの場所で独自に合同収穫祭を開催することになったのだが、得意分野も雰囲気も特産物も違う各地域の良さを、他の地域にも広めたい。そこでアタシは商品や食材の搬入がてら、3つの会場を1日ずつ回ることにした。
開催式はメレイア、
いまごろはタッケレルやヒルセンでも盛り上がっていることだろう。来賓くらいいないと寂しいだろうと、ヒルセンにはカイト提督とセヴィーリャを、タッケレルには姫騎士殿下と元・近衛連隊のコムス曹長を送り込んだ。
特に殿下は魔族でもないのに大丈夫かと戸惑っていたけど、案外、付き合いが良いひとなので問題ないだろう。
「魔王陛下、
露店の店員さんたちが焼き網と格闘しながら、嬉しい悲鳴を上げている。じゅうじゅうと良い匂いがしているのは巨大な貝の串焼き。その横のフライヤーでは、バナナほどもある海老フライとドーナッツくらいあるイカリングみたいなものが次々に揚げられている。
「ヒルセンの魚介類、どれも信じられないくらい美味しいものねぇ。いままで内陸の人たちは新鮮なお魚なんて、あんまり食べたことなかったみたいだし」
ヒルセン新港で暮らしている彼女たちは、海鮮素材の納品を兼ねて、メレイアへお手伝いに来てくれたのだ。同じようにメレイアの店員さんたちはタッケレルやヒルセンに、タッケレルの農家の子たちはヒルセンや
「こんなに喜んでくれてるんなら、わたしたち、もっと頑張って、もっと美味しいもの届けられるようにします!」
「期待してるわよ、ホントに」
自分たちの苦労がお金になることは、すぐ理解出来ると思う。だけど、それだけではなく
そういう機会になって欲しいと思って、この企画を進めてみたのだ。
「それにしても、みんな驚いてましたよ。陛下の挨拶が驚くほど短くて」
「いいのよ、あんな状態で待たせちゃ悪いわ」
なにせ会場に入ったときからずっと、周囲の露店や店先で胃袋を鷲掴みにするような匂いが立ち上り続けているのだ。わざわざ遠くからお腹を空かせて来てくれた領民たちには、ちょっとした拷問のような状況だろう。
「あッ、陛下! これ食べてって下さい!
「あら、初めて見るわねこれ。このまま齧るの?」
「はい!」
タッケレルの屋台で
櫛形に切り分けられ、串に刺されたそれはメロンに少し似ていたけど紅く、硬質な透明感があって、ルビーのように光っている。
「すっごく綺麗。香りも独特で良いわね……って、硬ッ!?」
「岩みたいに硬くて宝石みたいに綺麗なんで、ロックフルーツっていうんです。酒に漬けたら柔らかくなりますよ。というか漬けた酒の方が地元の名物なんですけど、実の方も菓子にも出来ないかなって」
口に入れてしまえば、カリカリした歯応えも小気味良くて食感は悪くない。噛めば噛むほど口いっぱいに広がる芳醇な香りと優美な甘み。これはいけるわ。
「これ、採れるのタッケレルだけ? 生産量と収穫期と卸値がわかるひとは?」
「ロックフルーツ自体は山に
「素晴らしいわ、めいっぱい欲しいわね。アルコールに漬けるって方も、果実そのものも是非商品にしたいの」
「ありがとうございます! 帰ったら早速、親父に伝えます!」
立ち去ろうとしたところで違和感があって、振り返る。
「ちょ……ちょっと待って、これ薬効あるでしょ?」
「はい。精が付くって話ですが」
どこをどう考えても、そんな生易しいレベルじゃなさそうなんだけど。
タッケレルの男の子に手を振って歩きだしたアタシを見て、お供のレイチェルちゃんが首を傾げる。
「陛下を拝見した限り、それを摂取すると魔力が高まるようですね。
「そこは加工次第かしらね。これだけの素材を無駄にするのは罪だわ」
ちょっと見て回っただけでも、そこここで見かけない食材が美味しそうな匂いを立ち昇らせている。まだまだ隠れた名産品がゴロゴロしているみたいで、隠された魔王領の底力を思い知らされる。
「みんな、楽しそうですね」
「それはそうよ、ようやく平和になったんだもの」
さんざん苦労かけたから、この幸せそうな笑顔を何としても守らなきゃいけない。
そのため何をすべきか。アタシは長らく温めてきたひとつのプランを、頭のなかで進め始めていた。
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