王国再侵攻3
「王女殿下にお渡しした概要は、ご覧いただけました?」
平静を装って訊いたアタシに、王妃は笑顔のまま頷く。
王国との経済格差を埋め、さらに高みを目指すアタシのプラン。
その名も、“ハーンズ・アウトレットパーク”
思いついた勢いに任せて、“魔王領からの刺客、王国侵略!!”とか大きく書いてしまったのをすっかり忘れていた。自分の馬鹿さ加減に、穴があったら入りたい。
「ご、ご感想は」
「ひと言でいえば、悔しかったですね。それからすぐ、怒りと屈辱に身悶えました。それこそ、こんな遠くまで飛んでくるくらいに」
穏やかに冗談めかして語ってはいるものの、それも正直な感想なのだろう。
代理とはいえ統治者の頭越しに、王女と二国間で商いを始めようというのだ。そのため事前にお伺いをと思ったのだけれども、却って裏目に出たのかもしれない。
「不躾なのは承知の上です。ですが、これは……」
「ええ、
「……王妃陛下が、ですか?」
「私には、死力を尽くして戦うような相手はいませんでしたから」
絶対強者には、彼らなりの悩みもあるということかしら。
アタシたちはしばらく黙って、祭りを楽しむ魔族領民たちを眺めていた。
空は高く澄んで雲ひとつなく晴れ渡り、見事な秋晴れを見せている。遮るもののない日差しはきつく照り付け、昼にかけて気温はぐんぐん上昇している。
まさに、祭り日和というところだ。
笑い声を上げながら駆け抜けてゆく子供たち。酔っぱらって座り込み、並んで揺れている大人たちの集団。手を繋いで寄り添うカップルの姿もある。
ほんの少し前まで内乱が続いていた国とは思えない。さらにいえば、ほんの数か月前までは周辺国全てが敵となって襲い掛かり、魔王領という存在そのものが風前の灯火だったことも。
みんなでがんばって、ようやくここまで来たんだもの。足を止めたりなんかしない。その覚悟はあるわ。
アタシは気持ちを鎮めようと、静かに息を吸い込む。
「私、本当はヒルセンに伺いたかったんです」
説得に掛かろうとしたアタシの勢いは、フィアラ王妃の言葉ですかされる。
「え、ええと。フィアラ様は、海がお好きなんですか?」
「それもありますけれども、何よりメレイアで購入した干物で魚介類の素晴らしさに目覚めてしまって」
「それは……光栄です?」
「あれだけのものを売り出しておいて、まさか“それだけ”ってことはないかと。まだ王国には届いていない何かがあるのだと期待して来たのですが、こちらで味わったものの美味しさは、どれもこれも想像以上でした」
そこまで熱っぽく語ると、王妃は悪戯っぽい笑みを浮かべてチラリとアタシを見る。
「本当は、もっと隠された美味しい物が、たくさんあるのでしょう?」
ある、わね。それこそ、山ほど。
でも、供給が安定しなかったり、商売として難しかったり、調理を間違うと事故が起きたりする。王国民に受け入れられるまでには、いくつか段階を踏まなくてはいけない。
アタシは、澄ました顔で頷く。
「それはもちろん。ですが、これ以上は
「ああ、内陸国の王族に、何て残酷な仕打ちでしょう。こうなったらマーシャルと企んでいらっしゃるあの
「……魔都、ですか。出来れば、もう少し楽し気な呼び名をいただけません?」
「伝わってくる情報が断片的なので、想像ばかりが膨らむのですよ。魔王陛下のところで、準備はどこまで進んでらっしゃるのですか?」
「用意は、ほぼ整いました。
「
「4日もいただければ」
王妃陛下は、さすがに唖然としたようだ。
もちろん人力ではないので工事も設営も簡単なんだけど。
「……よ、4日!?」
「
「ここにあるような?」
「もう少し見栄えを考えますが、基本はそうですね。試験営業で反応を見て、常設が可能となったら建物を運んで入れ替えます」
「……運ぶ? 入れ替える? 簡単にいわれますが、建物をですか?」
「大きく分割されたものを、現地で組み立てるんです。ああ、あちらの端にある赤い屋根の建物がそうです」
アタシは、プレハブ建築で建てられた迷子案内所を指す。
「普通の家に見えますが」
「そうですね。全て同じ規格で大量生産しますので、コストが押さえられて組み立ても簡単なんです。がんばって飾り付けを考えないと、ひどく味気ない箱が並ぶだけになってしまいますが」
なぜか王妃陛下は頭を抱える。特に問題発言はしてないと思うんだけど。
「魔族領の技術と思想は素晴らしいと思います。けれども、その“ぷれはぶ”に限らないのですけが、どれも軍事転用されると周辺国にとって大問題になる物ばかりなのは、自覚されてます?」
「まあ、ある程度は。元いた世界でも、先端技術のほとんどは軍事技術からの転用だといわれていましたから」
必要は発明の母。でも必要に迫られる状況というのは、つまり絶望や困窮なのだ。
たぶん発明の父は災厄なのだろう。
「御心配には及びませんよ、王妃陛下。ここだけの話ですが、魔王領の兵力は300そこそこしかありませんから」
「申し上げているのは、
王妃は首を振って、諦めたように笑う。
この表情、やっぱりマーシャル殿下と瓜ふたつだわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます