初めてのレコンキスタ2

「まだか! 見つからないでは済まんのだぞ!」

「ですが、この状況です。魔王が城を遺棄したときに一緒に脱出したのでは?」

「ふざけるな、さっさと見つけ出せ無能がッ!」


 魔王領の山岳地帯、ルメア山脈の中腹に建つ魔王城。

 叛乱軍の吸精族ヴァンプ侵攻部隊指揮官、ガレシュ少佐は焦燥に駆られていた。最上級の魔蜘蛛糸で編まれた、夜会服のような正装。どんなに激しい戦場でも汚れひとつ皺一筋さえないのが自慢だったが、いまや自らの手で裾を握り、襟を潰している。そうでもしないと焦りと怒りでどうにかなってしまいそうなのだ。

 無人の城内を制圧し、捜索を開始してから半日以上が経過していた。


 無血占領とはいえ、予想していた交戦が避けられたのを喜ぶ気にはなれなかった。城を放棄したということは、こちらの目的を察している可能性が高い。城内外に罠が仕掛けられていると考えた方が自然だ。


 撤退を考慮し、外への警戒を緩めていた隙に歩哨が斃され、共和国軍の包囲が始まった。密かに内通していた王国軍コーウェル派の部隊と誤認したことで対応が遅れ、完全に退路は断たれた。


 脆弱な人間とはいえ、敵は倍を超える兵力。砲兵部隊が城を囲み、こちらを向いた投石砲からはいつ攻撃が始まってもおかしくない。手持ちの駒は表向き“新生魔族軍”の本隊ではあるが、兵の中心は潜入工作が専門の吸精族ヴァンプに、護衛の森精族エルフ弓兵と獣人族ウェア歩兵を加えた混成部隊で、正規軍との正面戦闘には向かない。


 王権承認を行う魔術師も、それを特定する資料も発見出来ないまま、メラゴン鉱山で指揮を執るメラリス将軍からは通信魔珠経由で矢の催促が繰り返し入ってくる。


 だが現場からすれば、無いものは無いのだ。

 次第にれて反抗的になる獣人族ウェアたちがさらに彼の苛立ちを募らせる。


「魔王の私室にある資料を全て確認して結果を報告しろ」

「不可能です、半分以上が異世界の言語なんですよ」

「知ったことか! 肉片に変えられたくなかったらいますぐ……」


 部下の明らかな背命行為に激昂しかけたそのとき、ふざけた口調の声が場内に響き渡った。


“はあい、もう後がない叛乱軍兵士諸君。苦労してるわね”


「……この声は?」


“お山の大将メラリスは安全な場所に隠れて好き勝手なことほざいてるみたいだけど、知ってる? あなたたちはいま、自分たちを10回は殺せるほどの爆発物の上にいるの”


「聞くな! 敵の欺瞞放送だ、マイエル! 音声から魔力を辿って正体と発信位置を特定しろ」


“その必要はないわよ。アタシは新魔王ハーン。マーケット・メレイアにあるホテルのスイートルームから、あなたたちを見てるの。横には、マーシャル王女殿下もいるわ”


「「「!!」」」


“ああ、マイエルさん。あなたには見覚えがあるわね。元・王国軍魔導特戦部隊の指揮官。叛乱軍に合流した王国軍離脱者5千名のうち、4人いる将校のひとりね?”


「くそッ、回線を切れ!!」


“ああ、この回線は城の中枢機能に直結しているから無理よ。無理に干渉するのは止めた方がいいわよ? 中枢機能そこには設置罠トラップも紐付いてるから、下手したら城ごと吹き飛んじゃうかもしれないし?”


「おのれ偽王、ふざけた真似を……!」


“そんなことはどうでもいいわ。それより、おしらせがあるの。あなたたちが探している王権承認魔術師なんだけど、当然ながらそこにはいないわ”


「……ッ」


“いまは、新生魔王領軍ウチの船にいるわ。新生魔王城の建築が終わるまで、いまはそこが暫定的に魔王城ってことになってる。帝国海軍の戦艦を4隻沈めた、大陸最強の戦力だけど、御用の向きはそこまで御足労いただく他ないわね。その度胸があれば、歓迎・・するわよ?”


◇ ◇


「ちょ、ちょっと待て、帝国海軍の戦艦を、4だと……?」

「マーシャル殿下、取り込み中なんで、その話は後でね」


 メラゴン鉱山で、すぐに動きがある。

 イグノちゃんが切り替えた魔珠の映像に、完全武装の集団が飛び出してゆくのが見えた。


「予想通り、反乱軍にいくつか通信用魔珠が持ち去られているようね」

「城の倉庫にあった修理品でしょう。問題ありません。不便な片道通話用で、精度も低いポンコツですから」


 新型は固定番号シリアルで管理していて、秘匿回線は傍受出来ないように相互間のみの直通ペアリングを徹底しているのだとか。詳しい話はわからないけど要するに奪われても大した問題ではない代物なのだろう。


「ハーンからカイト、聞こえる?」


 アタシは小型魔珠で先代魔王を呼び出す。

 せわしない空気とともに少し弾んだ声が入ってくる。魔珠でリンクされた映像の隅に、カイトから押し出された爆乳が弾みながらフレームアウトしてくのが見える。


「こちらカイト」

「ああ、提督? 旗艦ルコック抜錨、指定座標まで移動して対空対地戦闘用意」

「了解。敵は、魔族ですね?」

「そう。餌を撒いたら、メラゴン鉱山から飛び出してきたわ。数は100程度だけど、戦力としての主力はこっちね。あのなかにたぶん、叛乱軍の首謀者メラリスもいるはず」

「……メラリス」


「ええ。提督としての初仕事、そして第三十三代魔王として最後の仕事よ。あなたの遺したもの・・・・・を、終わらせて」

「感謝します、魔王陛下・・・・


 彼は薄く笑みを浮かべると振り返り、魔王領海軍の海兵となったかつての近衛連隊に命じる。


「総員乗艦! 機関始動、滞空対地戦闘用意!」

「「「「はッ!」」」」


 アタシは魔珠通信を切って、魔王城組の映像に向き直る。


 逃げる様子も構えた様子もなく、ガレシュ少佐は受像用魔法陣カメラ越しにアタシを見ている。

 陣は隠蔽されているが、受像送信時に微弱な魔力の流れは発生する。撮られているとわかりさえすれば、その位置を特定するのはそう難しくない。

 ただ、彼が浮かべる余裕の笑みに、アタシは溜息を吐く。

 違和感というより予想通りといった印象。彼らには最初から何か、企みがあったのだ。でなければ、勝算の薄いこんな侵略に大戦力を割く理由がない。


 案の定、叛乱軍の部下たちによってガレシュの後ろに木箱が運び込まれる。


“我々が火薬庫の上にいるといったな、偽王”


 木箱が壊され、なかから縛り上げられた獣人族の少年少女が現れる。

 そのひとりには見覚えがあった。タッケレルで出会った、母親思いの幼い人猪族オーク。ウリ坊のラッセルだ。


“爆発させてみろ。出来るものならな”


「魔王様!」

「イグノちゃん、タッケレルはどうなってるの」

「交通の要所と村の入口を虚心兵ゴーレムが守っています。敵の侵入も斥候も確認出来ていません。が……わたしのミスです。おそらく彼らは、森を抜けて山沿いに魔王城に向かったのだと思われます」


 何でそんなことを、という言葉は発せられずに終わった。もうひとりの人質が、フライドチキンの作り方を訊いてきた人狼の少女だとわかったからだ。

 ラッセルが後生大事に抱え込んでいたのは、小さな麻袋と萎びた花束。

 たぶん、彼らはお礼に来たのだ。母親を癒してくれた、父親に美味しいものを残してくれた、このアタシのために。


 歩み寄るガレシュを見て、魔珠に触れていた手が思わず魔力を注ぎ込みそうになる。いまトラップを起動させたら、子供たちも無事では済まない。

 ギリギリと歯軋りしながら、アタシは声だけを魔王城に送った。


「その子たちに指一本でも触れてみなさい。生まれてきたのを後悔するような目に遭わせてやるわよ」


“笑わせてくれるな、偽王。我々真正魔族軍は、ずっと後悔している。生まれてきたことも生き延びたことも、死ねずにいることもだ”


 嘲笑しながら、ガレシュの踵が花束を踏み躙る。ラッセルが悲痛な顔でくぐもった悲鳴を上げ、それだけで奴らを殺すことに躊躇いがなくなった。


 奴らは敵。アタシたちとは決して相容れない、敵だ。


“日暮れまで待つ。こいつらを解放して欲しかったら、ここまで、ひとりで来い”


 魔導師が送信端末の遮断方法を見つけたのだろう。魔杖が振り上げられるのが見え、受信用魔珠から城内映像が途切れた。


◇ ◇


「陛下」

「止めないでね、イグノちゃん。アタシは、あいつらを絶対に許さない。それを止めるんなら……」

「いえ、こんなこともあろうかと」


 イグノちゃんの合図で、タッケレルの獣人娘たちが胴体型服掛けトルソに掛けられた謎の装備一式を運び込んでくる。どうにも違和感のあるそれは、どこかで見たことのあるような代物だった。


先代魔王カイト様が提案された軍用装備の研究のなかで、開発後に死蔵されておりましたものを魔王様のために再設定したものです」

「……ええと、これは?」

拳銃使いガンマンセットです」


 確かに、西部劇の悪役が着ているような服装だ。

 砂塵避けの皮コートに皮チョッキ、日差しを避けるウェスタンハットとロングブーツ。チャップスとかいう脚だけ覆うズボン状の履き物と、腰の両脇に掛けられたホルスター。

 拳銃以外はすべて黒く染められていて、ある意味で恰好良いといえなくもないが、この世界からもこの気候や環境からも、何よりいまの状況からも、完全に浮いている。


「いろいろ突っ込みたいことはあるけど、そもそもアタシ銃なんて使ったことないわよ?」

「大丈夫です。魔王陛下専用設計ですから」


 イグノちゃんはホルスターから銃を抜き、銃把グリップをこちらに向けて差し出してくる。銀色に光る拳銃っぽいそれは西部劇な感じで恰好は良いんだけど、しかし拳銃として大事なものがなかった。

 何も。


「……え? なにこれ」


 細身のグリップを握ると、その先にフレームと細い銃身はあるのだけれども、シリンダーというのか、肝心の弾を入れるところがない。当然それを叩いて発砲するハンマーもない。覗いてみるまでもなく素通しの筒が乗っているだけだ。これではコスプレにすらならない。のだが……


「魔王陛下の膨大な魔力を効率的に伝達し、指向性を付けて打ち出すのです。注ぎ込む魔力にもよりますが、射程は最大で半哩(800m)。装弾数は限りなく無限に近いです」

「……あ、うん。すごいわね。確かにすごいんだけど、これどうやって撃つの」


 嫌な予感がした。この銃(っぽいなにか)、引き金もないのだ。


「イメージするだけでいいのですが、慣れないうちはタイミングを取っていただけますか? ……声で」


 アタシはイグノちゃんを見て、拳銃を見て、またイグノちゃんを見る。もしかして、それはつまり……


「口でいうの? バンって?」

「バンじゃなくても良いのですが、イメージがしやすい音を発していただけると魔力の指向性と効率性が高まり、威力が増します」

「……それ、ハタから見たらバカみたいじゃない?」


 緊迫感も何もあったもんじゃない。それでタマが出なかったら最悪だ。そんなんで死んだら末代までの嗤い者だろう。

 まあ、たぶんアタシにとっては自分が末代だけど。


「な、慣れるまでの辛抱です! 魔王陛下ほどの才能をお持ちでしたら、すぐに何も発せられずとも陛下のご意思だけで打ち出されるようになります!」


 迷っている時間はなかった。アタシはその西部劇悪役セットを、いそいそと身に着ける。


「その服は魔力による攻撃を、ほぼ100%弾きます。魔力による探知も阻害しますし、物理攻撃もフルプレートアーマーくらいですが、軽減できます」

「どちらかといえば、そっちを先に教えて欲しかったわね。この服さえあれば銃は要らなかったんじゃない?」

「いかなる理由があろうと、魔王陛下を丸腰で敵陣に送り出す訳にはまいりません」


 着替えて振り返ると、椅子からずり落ちたまま固まる王女殿下に気付いた。

 あらやだ、完全に忘れてたわ。

 マーシャル殿下は目と口を開いたまま、言葉も表情も喪っている。刺激が強すぎたのか、口からエクトプラズムでも漏れてるような感じ。


「……殿下、大丈夫ですか?」

「あははは……だい、じょうぶだとも。もう、そんなていどで、おどろくものか……」


 これダメなやつだわ。

 自分が三角座りで床に“の”の字を描いていることも、たぶん自覚していない。


「陛下、殿下への説明は私が。もう日暮れまで時間がありません、お急ぎください」

「急いだって間に合わないでしょ、城までは400キロ……ええと、240哩とかあるんだし。そこは交渉で引き延ばすとか……」


 あのいけ好かない吸精族ヴァンプの指揮官は、こちらが到着出来ないことを前提に考えている。焦って急いで判断能力をなくし、時間延長を懇願してくる相手になら、有利に事を進められるとでも思っているのだろう。

 誘拐犯の常套手段だ。


「ええ、引き延ばしは当然いたしますが、陛下が到着していれば戦略に幅が出せます」

「とはいっても……ん?」


 窓の外、ホテルの車回しで何か騒動が起きていた。女性の小さな悲鳴と、いくつかの呻き声が混ざる。恐怖を感じてのものではなく、どうも嫌悪感によるもののようだ。

 もしやとイグノちゃんを見ると、彼女は自信満々に頷く。


「こんなこともあろうかと、自走式トラックワゴンちゃんをチューンしたものをご用意しました」

「何から何まで至れり尽くせりで、イグノちゃんにはお礼の言葉もないわ。ただ、何か物凄く嫌な予感がするのはなぜかしらね?」


「気のせいです! 急いでください!」


◇ ◇


「いやああああああああああああああああぁーッ!?」


 イグノちゃん特製チューンの自走式トラックは虫のような脚が長くなった見た目の気持ち悪さ倍増タイプで、荷台は狭く最小限に、車体も軽く小さく仕上げられていて、確かに速い。


 けど速過ぎた。


 そもそもこのトラック、飛ぶ。

 滑空や飛翔ではなく、木々の間を縫って縦横無尽に跳ねながら道なき道を最短距離で移動するのだ。魔力制御で揺れこそ押さえられてはいるものの、怖いものは怖いし酔うものは酔う。


 メレイアから魔王城まで400キロ近くあった筈の行程を最短の直線距離で結び、小一時間ほどで到着した頃には、体力と気力を根こそぎ奪われていた。


“陛下”

「……づいだ、わよ」

“ええ、機械式極楽鳥ハミングちゃんから常に監視しております。合図で爆撃と銃撃が可能です”

「……あ、ああ。いざとなったら頼むかも。でもラッセルたちがいるから、最後の最後まで手出しは無用よ」


“御意”


 手足を畳んだトラックを茂みの奥に隠し、屋根の上から双眼鏡を使って、アタシは城を見下ろす。

 鐘楼の上に立った森精族エルフの見張りは弓を手に油断なく身構えてはいるが、まだ城内に動きはない。索敵のためこちらに顔を向けたときもアタシのいる場所で視線は止まらず、察知したようには感じなかった。

 イグノちゃんの探知阻害が効いているのだろう。


 日暮れまで半刻。先に動いたのは共和国軍だった。

 城門前に布陣した彼らの簡易天幕に、伝令役らしい兵士が駆け寄る。密かに忍び寄ると、くぐもった声が聞こえてきた。


「魔族どもに何かあったようです。捜索を中止して突入に備えるような様子が見られます」

「突入? こちらが、そんな自殺行為に出るとでも思っているのか。いや、あるいは……」


 指揮官らしい男は、天幕の下でアタシのいる方を一瞥する。

 アタシを視認した訳じゃない。街道を通じて第三勢力が――新生魔王軍が来るとでも思ったのだろう。

 間違ってはいないけど、間違ってる。来たのは新生魔王ただひとりなのだから。


「手旗信号を出せ、5分後に焼夷榴弾3、下層階を焼き払え。奴らを上階に集めたところで、貫通炸裂弾3」

「はッ」

「しかし大尉殿、それでは目標にも被害が」


 副官らしい尉官の言葉に、指揮官は冷酷そうな無表情で振り返る。


「赤軍の目的は、人民の敵を潰すこと。それだけだ。本国の豚どもには、魔族が殺したとでも伝えるさ。……伝令、復唱しろ」

「はッ! 5-3-3、赤、青。了解しました!」


 アタシは帽子を深くかぶり直し、腰の拳銃に手を触れた。

 不思議なことに、この玩具はアタシの手にひどくしっくり馴染んだ。開き直りもあるけど、こういう悪役って実は向いてるのかもしれないわね。魔王だし。


“陛下、共和国軍陣地に動きが。四方で砲兵が発射準備に入っています”

「了解、3発目を発射したと同時に、機械式極楽鳥ハミングバードで砲座を潰して」

“御意”


 ――さあ、やってやろうじゃないの。

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