初めてのレコンキスタ1

「王国が、魔王領軍から宣戦布告を受けた」


「は?」


 マーシャル王女殿下から聞いた言葉の意味を、アタシは理解出来ずにいた。

 グッタリした顔の彼女は、懐から出した地図を広げる。簡易な地形と等高線だけの軍事地図。本来は機密だろうが問題はそこではない。

 遺棄してきた魔王城と王国南部城砦の間にいくつか×マークが描かれている。


「これはわたしの責任でもある。自軍とはいえ200からの部隊に南部領を抜かれたことにも気付かず、事態を把握するのが遅れた。既に王国軍の一部は、魔族の軍と交戦している」

「え、ちょっと待って、新生魔王両軍ウチの戦力は、ほとんどメレイアここに……」

「知っている。交戦勢力が魔族領の叛乱軍だということは王家ウチも理解しているが、先走った一部の領主軍が王宮の決定を待たず“義勇兵”を出した。兵を引かせる交渉は決裂、どうも旧第一王子コーウェル派による扇動があったようだ。……あるいは、最初から派兵目的の裏工作が」


 王国の領地はいくぶん風変りで、南部は第一王女マーシャル殿下の統治領、東部は第二王子デルゴワール殿下の統治領。西部は第一王子コーウェルの統治領だったが、刑死を前に没収され王宮直轄地になった。領土の南寄りに位置する中央部が王宮直轄地で、その北部域、東西南北中央で最大の面積を持った北部領、王国領土の約40%強が王国貴族による分割領地となっている。

 その領地貴族のなかで、いくつかの反王宮勢力……というよりも旧第一王子コーウェル派の領主連合が派兵したのが王国領主軍義勇兵。彼らは新生魔王領と王国との協力関係を疎ましく思い、その離反工作を図っているのだろう。

 しかし、だとすると違和感がある。


「ねえ殿下、王国領主軍かれらにとって新生魔王両軍ウチと敵対する叛乱軍は、“敵の敵”ということにならないかしら」

「それだ」

「……? それ、というのは?」


 マーシャル王女殿下は、地図の横に置かれた手書きの書類を指す。交戦勢力の規模と戦況、被害報告が簡易な数字で記載されている。


「王宮が放った諜報部隊からの報告だ。領主軍も魔族軍も、兵は200から300。それが幾度か交戦して、被害は軽微。死者なく、負傷者を後送した様子もない」

「……つまり、茶番と」

「ああ。やつらの目的は、どうやら魔王城にあるように見える」

「まさか、アタシ?」

新生魔王両軍貴殿らが城を脱出したことを把握しているかどうかだが、目的が魔王討伐なら真っ先にその所在を確認するだろう。城そのものに価値は?」

「ないでしょうね。もう目立った機能も金銭的価値もないし、他国の貴族から見れば古くて汚い箱よ」

「だったら他に、何か目的があるということだな」


 答えを求める王女殿下の目に、アタシは少しいい淀む。“認証魔導印レイチェル”についてどこまで知っているのか。それを話すことがどういう結果を生むのか。

 王女殿下は少し寂しげに笑って、アタシの顔を見る。


「王権承認魔術を行う魔術師の確保。それによる王位の簒奪さんだつ

「……知っていたんですね」

「噂レベルの話だけだ。だが帝国も叛乱軍も……いまは共和国軍もだが、大した戦力も戦略的価値もない魔王城だけを繰り返し襲うことは、王国こちらでも長く疑問に思っていた。普通に考えれば、奪って利があるのはメレイアここだろうに」


「ちなみに殿下、その魔術師とやらがどこの誰だかはご存知?」

「いや。行動を見る限り、どの勢力も特定には至っていない。正直にいわせてもらえば、それほど情報の隠蔽に心を砕いているようには見えないのだがな」

「ええ、まあ。それについては……いろいろ事情がありまして」


 アタシは曖昧に笑う。自分も最近まで知らなかったなどとはいえない。正直にいえば、いまでもレイチェルちゃんの持つ能力とリスクを正確に把握しているとは到底いいがたい。どう扱えばいいのか、わからないのだ。


「貴殿の側付きと考えるのが自然だったが、そもそも新生魔族領軍に魔術師と呼べるほどの魔力を持った者はいない」

「それは……まあ、せいぜいイグノ工廠長くらいね」

「彼女は違う。叛乱軍が撤退時に接触、そして勧誘に失敗して袂を分かったことは王国諜報部でも把握している。自軍の未来を決める人物なら、勧誘などという行為ではなく力尽くでも拉致していた筈だ」


 実は王女殿下も本人レイチェルとは既に何度も会ってるんだけど、どうしようかしらね。


「いずれご紹介する機会もあるとは思うんですけど、少し待っていただけるかしら」

「ああ、こちらとしては無理に聞き出す気はない」


 マーシャル王女殿下は、アタシの顔を立てて頷いてくれた。無理に聞き出そうとしないのは気遣いもあるのだろうが、そもそも王国側には特定したところで直接の利害は発生しない。その魔術師(と思われている人物)が敵方に奪われたときだけだ。いまのところ、その危険性はさほど高くない。


 それより問題なのは、この事態を放置して王国との協力関係にひびが入ること。それは早急に対処しなければいけない。


「城やら魔術師はともかく、領民に被害が出ることは何としても避けたいの。それで、念のためにお訊きしますが、王国軍は……少なくとも王妃は新生魔王領軍アタシたちにどうすることを望みます?」

「事態の鎮圧。必要なら、両軍・・の殲滅。もちろん王家直轄の軍を出すことも可能だが、陛下によれば、“彼が望むとは思えないわね”だそうだ」

「ご炯眼けいがんですね。イグノちゃん?」


 いつの間にか後ろに控えていたイグノ工廠長が、テーブルにふたつの魔珠を置く。バレーボールより少し小さいくらいの映像投影用魔珠で、下には三叉状の固定台があって、転がらないようになっている。

 魔珠のひとつに映し出されているのは、機械式極楽鳥ハミングちゃんによる上空からの映像。彼女が表面に触れると、映像が少し拡大ズームされた。


「これは交戦というより、睨み合いと号令合戦ですね。矢の応酬はありますが、明らかに的を外しています」

「ふん、これではメレイア劇場ここの演劇の方が、戦場の雰囲気を出しているというものだな」

「魔王領に介入する口実さえできればそれでいい、ということでしょう」


 もうひとつは、多重投影マルチディスプレイされた城の内外映像だ。

 いまは内部を占拠した魔族の兵士たちが家具や壁を破壊しながら家探しの真っ最中だった。


「あーあ、もう……これ建て替えるしかないわね」

「そんな悠長な話をしている場合か?」

「特に喫緊の問題はありませんよ。領民の安全さえ確保できれば、いくらでもやり直しは効くんですもの。イグノちゃん?」


 彼女は、野球ボールくらいの小型魔珠をテーブルに置く。


「魔力付加の叩面タップ設置罠トラップ発動します。1打で電撃麻痺、2打で恐慌幻惑、3打で即死神経毒、4打連続だと城丸ごと爆縮崩壊です」

「お、おいッ!」


 それを聞いた王女殿下が、目に見えて狼狽する。たしかに、どこをどう考えても隣国の王族に教えて良い情報ではない。

 けどまあ、いいかマーシャル王女だし。

 そいうわんばかりの工廠長の視線に、アタシもアイコンタクトで同意する。


「なんでしたら、殿下がやってみます?」

「魔力の量は入力に関係ないので問題ありません」

「やめろ! 大問題だろうが! 一応仮にも交戦中の国の王族だぞ!? だいたい何だ、この現実離れした千里眼機能と遠距離攻撃能力は!?」

「ああ、そうですね……アタシも常々、彼女の能力は常識外れだと思ってるんです」

「え……それを魔王陛下が仰いますか」

「まったくだ」

「えええええぇー」


 その評価に納得できないアタシを華麗にスルーして、イグノちゃんが魔珠に触れ、映像を切り替える。

 城外の俯瞰映像では、緑色の軍服に身を包んだ人間の兵士たちが城の外周部に布陣しているところだった。こちらは茶番ではなく本当に攻撃に備えて準備を進めているようだ。


「籠城中の勢力は、叛乱軍本隊、約3千。外周を包囲しているのが共和国軍砲兵と軽装歩兵、約7千です。睨み合いはもうすぐ2日目に入りますが」

「何で動かないの」

「両軍とも、強襲制圧を最優先した行軍だったために補給がないんです。恐らく魔力や弾薬は1会戦で尽きます。敗軍側は撤退も出来ないかと」

「ひどいな」

「……まあ、城にも備蓄はないんで、勝った方も似たようなものですが」

「詰んでるじゃないの」


 おまけに、侵攻の目的だった“認証魔導印レイチェル”はメレイアここだ。彼らは山の上で無駄死にするか、敗走する以外にない。


映像投影用魔珠これ、音声回線は?」

「双方向で繋がっています。送信には手の平を当ててください」


 死ぬまで勝手に争っていればいい、とは思うものの、さっさと領民の暮らしを回復する必要はある。本当は、他でやってくれさえすれば好きにしてもらって全然構わないんだけど。


 アタシは息を吐き、魔珠に手を掛けた。

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