涙と鋼と

「はぁ……」

「あーッ魔王様また溜息! ダメですよ溜息いちゃ!」


 厨房の端で窓から外を見ていたアタシを、カナンちゃんが、生クリームを撹拌しながら怒る。タッケレルの獣人娘チームも、そうだとばかりに揃って頷く。

 彼女たちの後ろに積み上げられているのは、廊下にまで溢れて出荷を待つ“魔珠とティアラ”の商品版。王家から貴族や平民富裕層に配られた(であろう)試作品の評判だけで、マーケット・メレイアの完全オープン日に引き渡せる初回生産量500個が一瞬で完売。追加受注バックオーダーが1万を越えている。目に見える成功の実感に、彼らのやる気とエネルギーは留まるところを知らない。

 いまもまた、何か良くわからないけど美味しそうなお菓子の数々が試作され、製品化の工程が着々と進行している。


「魔王陛下、“王妃の微笑み”と“魔王のきらめき”ですが、オープン日までに提供の目途が立ちました」

「……え、ごめん何だっけ、それ」

「“魔珠とティアラ”の生菓子版です。それぞれ単品にした……先日お話ししたばかりですが」


 そうだったような気もするけど、覚えてない。このところボンヤリしていることが多くて、凡ミスが目立っている。自分でも良くないとは思ってるんだけど。


「ええと……それが?」

「城内評価を通って損益分岐点調整リク―プチェックも合格しました。問題だったのはお菓子そのものではなく魔導保冷容器パッケージのコストダウンですが、イグノ工廠長の方で組んでいただいた使い捨て魔法陣・・・・・・・の実装に成功しまして、紙細工職人の方でも実用実験が済んで、納品を待っているところです」

「良かったわね」


 思わず他人事ひとごとみたいな口調になってしまった。カナンちゃんとチームの娘たちが、ちょっと傷付いた顔をする。

 最低。アタシこんな奴・・・・が一番嫌いだったっていうのに。


「ご、ごめんね。みんな、本当に、よくやってくれたわ。頑張ってるのはわかってるし、結果を出してくれてるのも知ってる。お客さんの評判も上々、これからもっともっと忙しくなるわ。頼りにしてるんだから、体調管理に気を付けるのよ?」

「「「それは魔王様ですッ!!」」」


 あら。ハモられたわ。若い娘の声でいわれると、叱責でも何かほんわりするわね。


「そうです。魔王陛下には、少し気を引き締めていただかないと。溜息をくと幸せが逃げゆてくんですから」

「どっかで聞いたわね、それ」

「お忘れですか。陛下の口癖だった・・・ではないですか。私たちはその言葉に背中を押されて、ここまでやってこれたのです。ひとつずつ成功を収め一歩ずつ豊かになってきたいま、私たち魔王城の住人全てが、その言葉の意味を骨身に染みて実感しています。……当の魔王陛下が、いまでは見る影もありませんが」

「可愛い顔してキツいわねレイチェルちゃん」


 レイチェルちゃんは拗ねたような怒り顔でどっかに行ってしまった。でも実際そうなのだ。なんだかやる気が出ない。何をしても楽しくない。これじゃいけないと思ってはいるんだけど、気持が上向くきっかけがつかめない。

 

「魔王様、これ試食してくださーい」

「いいわ……えッ!? 何これ!?」


 人牛族ミノスの娘コルシュちゃんが差し出してきた皿を見て、アタシは思わず固まる。

 涙滴しずく型の……飴? グミ? ゼリー? 素材はよくわからないけど半透明で色とりどりの何かが並んでいる。大きさと雰囲気は何となくウィスキーボンボンを思わせる。持ち上げると、思ったより硬い。

 

「“悪魔の涙”です」

「あなたたち、タイトルから入るタイプなのね。それはいいんだけど、ええと……ん? いや、それはちょっと」

大丈夫です・・・・・!」

「でも」

絶対・・大丈夫・・・です!!」


 人牛族ミノスのコルシュちゃんは、おっとりした癒し系(しかも巨乳)だけど、芯が強くて押しも強い。キラキラした真剣な目で詰め寄られると、どうにも押し切られがちだ。


 アタシが渋ったのは他でもない。“悪魔の涙”というのは、大陸で有名なお伽話なのだ。魔王領と王国にも伝わっているが、両国でオチが違う。


 幼い魔族の少女と王国の少年が湖のほとりで出会い、仲良くなるが、成長して引き裂かれる。両国間に戦争が起きて、ふたりは必死に和平の道を解くが、片方は裏切り者として自国の兵士に殺されてしまう。生き残った方は、嘆き悲しんで出会った思い出の湖で石になり、美しい宝石の涙を零すのだ。

 “自国民を殺すひどい兵士(とそれを命じた統治者)”が、王国に伝わる話では魔族軍と魔王、魔王領に伝わる話では、王国軍と悪い王妃、ということになっている。


「アタシはいいんだけど、王妃陛下に訊いてみないと……って、うわッ美味しッ!!」


 口に入れると飴の食感。軽く噛むと表面の硬い部分が弾け、中から緩めのジェル状のものがジュワッと口いっぱいに広がる。フルーツ系だけどスパイスが効いていて、ほのかな甘い香りが鼻に抜けてゆく。これは美味しいというより、すごい・・・わ。


「“きゃんでーこーと”した“ぜらちん”です」

「……あなた、また世間話レベルでしかないアタシの適当な与太話から、ドえらい物をこしらえてきたわね……」

「着色は薬草と果汁、なので少しですが薬効が付きます」

「え?」

「……惚れ系の」

「!!」

彼ら・・は、きっと愛を叶えてくれるんです。果たせなかった自分たちの代わりに」

「!!!」


 魔王城パティシエガールズ(仮称)は上目使いに手を前で合わせ、“うふふ”って顔でこっちを見る。獣人族娘たちの小悪魔スマイルって、アタシにどうしろっていうのよ。抵抗とか絶対無理じゃない。


「……あ、あんたたち悪魔よ! 商売の悪魔だわ、何なのソレ、止められるわけないじゃない、こんなの!」

「王妃様を、説得してもらえます?」

「するわよ、するに決まってるでしょ!?」

「「「やったーッ!」」」


 もう……っていうか、王国側に売る分には悪者になるのアタシだけだから、別に問題ないんだけどね。


 気付けばいつの間にか、気持ちが軽くなってた。彼女たちには……そして魔王領のみんなには、いつも何度も、助けられてばかりだわ。


◇ ◇


「はいは~い、今月は今日がお給料日なので、これ持ってってね~」

「ありがとうございま……す?」

「はいこれカナンちゃん、こっちコルシュちゃん、はいタイネちゃーん、あとヨックちゃん、みんなありがとねー?」


「魔王様、これ……」

「「「かわいぃーッ!」」」

「でしょう?」


 ちなみに、いつも頑張ってくれてる娘たちの褒章は働いた日を記録して月ごとの月給制にした。手渡しするお給料も、金貨とはいえお金をじか渡しとか味気ないし、可愛くない。革袋は実用的だけど武骨過ぎる。そこで、個別デザインの布袋に入れてみた。 

 それぞれイメージカラーの布で小さな巾着を作り、そこに個人の特徴を図案化したマークをアップリケ調にしてくっつけたのだ。

 人狼族ウォルフのカナンちゃんは元気に振られる尻尾。人虎族ティグラのタイネちゃんは肉球。人牛族ミノスのコルシュちゃんはピンと上向いた小さなツノ。人猪族オークのヨックちゃんにはウリ坊状の縞模様。

 王国にも魔王領にも縫い物は当然あるけど、そこに“カワイイ”はない。

 見たことのない攻撃というのは、誰でも無防備のまままともに食らって大ダメージを得るのだ。彼女たちの反応を見て、これは勝てると確信したわ。


「そのマークは、あなたたちの印。これから備品や勤務表シフト決めるときも、それが目印になるわ。気に入ったら、あなたたちのお店のマークにでもしてちょうだい」

「あの、魔王様、お店を出す頃には、みんな成長して形変わってません……?」

「いいのよ、気持ちの問題だし。それに、きっと若いうちに出すことになるから大丈夫よ」


 ホワイトボード式の勤務表に、マグネットが付いたマークを並べてある。キャイキャイいいながら次の勤務日を決めているところに、駆け込んでくる足音があった。


「魔王様! 大変です! いや大変でもないけど、すごいです!」

「どうしたのイグノちゃん、そんなに血相変えて」

「窓の外を!」


 厨房の窓から外を見ると、イグノちゃん配下の虚心兵ゴーレムちゃんたちが列をなし、なんだか巨大な岩みたいなのを背負ってノシノシと歩いてくるところだった。そもそもゴーレムちゃん自体が小さめの民家くらいあるのだ。それで大きく見えるということは、とてつもなく大きいということになる。


「なに、あれ?」

「鉄鉱石です、それもかなり大きな鉱脈が! まだ含有量は不明ですが、金剛鋼アダマントが混じっています!」

「すごいわね、ゴーレムちゃん作り放題じゃない?」


「そうです、新魔王軍にゴーレム中隊、いやゴーレム師団が編成できます!」

「いや、そんなに……は、要らないんだけど。新魔王軍ウチってまだ小隊くらいしかいないのに」

「では、機械式極楽鳥ハミングちゃん旅団を、二十個ほど!」


 どこに旅立つつもりなの、この子。千とか万とかの機械式極楽鳥ハミングちゃんとか、むしろ怖いわ。

 揃って優秀だけど暴走しまくりな臣下揃いで新米魔王の手には余るんだけど。


「ま、まあ落ち着いてちょうだいイグノちゃん。手を洗ってお茶でもいかが? お菓子もあるのよ。ああ、みんなも帰る前に一服して行ってちょうだい」

「「「「はーい」」」


 ここは、文字通りの意味で、お茶を濁すしかないわ!

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