ミスフィッツ・イン・アクション1

 マーケット・メレイアの片隅にあるアタシの店、“魔王の隠れ家ハーンズハイドアウト”。薄暗い店内には木箱と麻袋に詰められた硬貨の山が所狭しと置かれていた。金貨の入った木箱を積み上げられて、華奢なテーブルの脚が悲鳴を上げている。

 カタカタと小気味いい音で動いているピッチングマシーンみたいなのは、イグノちゃん開発の硬貨集計機コインカウンター、“守銭奴ちゃん”。相変わらずのネーミングセンスはともかく、この状況では凄まじいばかりに役に立ってくれている。


「魔王陛下、初日の売り上げが出ました。1万と2511クラウンです」

「……すごッ」

「釣銭用ソル貨の残りが1/3、クラウン換算で250ほどしかありません。持って半日。その件について、ルーイン会頭から事前にご提案がありました」


 レイチェルちゃんから、会頭直筆の手紙を渡される。

 簡潔な一文を読んでアタシは商人としての完敗を味わった。こちらはただの商品開発者・・・・・でしかなく、まだ商人と名乗るほどの勘も経験も手腕もない半人前だと痛感する。


 “準備金の追加をご用意してあります。委託業務の詳細を別紙に。ご検討くださるようよろしくお願いいたします”


「面会は明日の開店前、本日分の2倍量をお持ちくださるそうです」

「あはははは……お迎えするわ。手土産は、そうね。取って置き・・・・・を、全部・・よ!」

「よろしいのですか?」

「もう手の内を隠す必要はないし、手加減して勝てる相手ではないの。明日は最初から、全力で行くわ!」


 王国通貨は、金貨が10クラウン、銀貨が1クラウン、庶民通貨である銅貨は1ソルで1/200クラウン。それぞれ2倍の価値と目方の大金貨、大銀貨、大銅貨がある。

 市場価値を考えると、概算ではあるが金貨が日本円で10万円、銀貨が1万円、銅貨が50円といったところか。

 つまり、初日の売り上げは日本円で1億を超えてる。


 初日用には、手持ちの帝国貨幣750ケアンズ(≒クラウン)を、ルーイン商会に依頼して少額貨幣への両替を頼んだ。手数料10%、状況を考えると今回は完全に向こうの持ち出しサービスだ。

 いざ商いが始まる段になって、マーケット・メレイアでの売り上げも逆に高額貨幣への両替が必要かとも思ったのだが、そこでふと気付く。この過剰な売上金、運用まではどうすんのと。この世界には銀行はない。両替商はあるが、王都にしか店がなく、信用度も取引額も微妙だ。


 そこでもたらされたのは、ルーイン商会からの提案。

 王冠債(≒国債)への投資と、ルーイン商会を含む王都商業連合が王国政府と共同で開くという互助機関(要は開発投資銀行)への出資だ。利率は5%前後と、それなり。ただ王国がバックに付いているので、経営破綻や夜逃げの心配はない。元本を失うことがあるとしたら、王国が滅亡したときくらい。

 そして、その相互の信頼が最大の利点だ。つまり、魔王領が(を隠して、ではあるが)王国経済を支えるパトロンになるのだ。ただでさえ流出に敏感な金貨を、魔王領が大量に死蔵するなんて状態よりよほど良い。アタシが望んだWin-Win戦略にも合致する。さらに追記があった。


南部領限定・・・・・の投資も可能です。ただ、ご利用は・・・・計画的に・・・・


「あんたはサラ金か。しっかし、ご丁寧に、まあ……」


 ルーイン会頭の優秀さというか、周到さというか、人を見る目の確かさに半ば呆れる。どうせなら一蓮托生と見込んだ相手だけに肩入れしたいのが人情というものだが、王族内でマーシャル王女殿下の統治領だけが突出した発展を見せることで、王国に投資するメリットが消えてしまう(可能性もある)ということだ。


「姫様と相談するのもいいけど、菓子店の株式会社構想もイマイチ理解してなかったから、案外経済関係こっち疎いっぽいし……う~ん」


 この辺は、匙加減がわからない。専門家ルーインに相談しよう。

 姫様とは、別口・・で詰めなければいけない問題がある。


「ねえレイチェルちゃん、魔王領での貨幣流通にどれくらいの硬貨が必要かしら」

「最初は、魔族に“かへいけいざい”というものを理解させるところからですね。マーケット・メレイアここでの商業体験者が中心になって少しずつ広めなければ、まだ誰も価値をわかっていません。“しゅくばまち”を開く頃までに、新魔王派の住人たちが貨幣これ自分で考えて・・・・・・使えるようになっていれば上出来でしょう。まずは彼らの給金と、その3倍くらいの余剰ストックを持てば十分なのでは」


 売り子の報酬は、売上金に応じて出した方が、やる気と売上向上の試行錯誤につながるかと考えていたのだけれども、扱う商品や店の立地によって思った以上のばらつきがあったので、しばらくは定額の方が公平な気がする。

 最初から定額で考えていたら、渡す貨幣がないことに気付けてたかもしれないのだけど、いまさらいってもしょうがないし、アタシのミスだってことにも変わりはない。


「……あ」

「どうされました、陛下」

「貨幣だけじゃダメなのよね。読み書きと算数も教えなきゃ、使えてもその先に行けない」

「魔族の半数以上は、簡単な計算が出来ますよ。先王陛下の代に、“てらこや”という制度を作ったのです。現状を確認して、必要なら再整備しましょう」


 あら先王様ってば、色々頑張ってくれてたのね。アタシよりよっぽどしっかりしてる。


「陛下はもうお休みください。ここの施錠をしたら私も“ほてる”に戻ります」


◇ ◇


 翌朝、直食を取るためホテルの食堂へ入ると、窓際の席で姫騎士殿下が旺盛な食欲を見せていた。彼女の目の前には大皿いっぱいに盛られた肉と温野菜、深皿にたっぷり入った魚と根菜の具沢山スープ。バスケットに山盛りのパン。バターとジャム。牛乳がわりの山羊ミルクに、フルーツヨーグルト。食欲がないひと用のフルーツ入りシリアルバーまで並んでるんだけど、それデザートかしら。

 優雅な仕草で凄まじい量の食事を平らげる彼女を見て、一瞬アタシは固まってしまう。

 ポカンとした表情を慌てて消し、ビジネス用の笑顔を張り付けると、軽く手を上げた彼女のテーブルに歩み寄る。


「おはようございます王女殿下、ホテル・メレイアここのお食事はいかがです?」

「最悪だ」

「あら」

「この味を覚えてしまったら、自領に戻るのが嫌になる。様々な魅力でいっぱいの新魔王領貴殿のところと、接触を躊躇ためらう最大の原因が、それだ。わたしはともかく、正直なところ臣下や民にこのレベルを経験させたくはない。吝嗇ケチな料簡でいってるのではないぞ、高みを知った後でとされるのは可哀想だ」

「……お褒めに預かり光栄です」

「褒めてない。苦言を呈しているのだ」


 殿下に前の席を勧められ、お付きの方たちの許可を得て座る。トーストとサラダというアタシ指定の朝食がすぐに運ばれてきた。

 生食サラダ用の葉野菜は意外と育成に難航したのだ。そもそも魔王領の野草は苦い。健康に良いのはわかるけど、味を楽しめるレベルのものを生み出すまでには何度か魔法による強制品種改良ズルをするしかなかった。

 “魔王の囁きレタス”、シャキシャキして瑞々しくて、とっても美味しい(ネーミングセンスは以下略)。


「なんだ、それだけか? 朝食は1日の力を得る大切なものなのだぞ」


 姫騎士殿下の言葉に、思わず微笑んでしまう。


「亡くなった母からも、いつもそういわれていたわ。でも、寝起きはあまり食欲がないの」

「ふむ。御母堂の薫陶くんとうも体質までは変えられんか」


 アタシがトーストの半分を食べ終わるより早く、食事を終えた王女殿下の前に、ホテル・メレイアここの専属メイドがれ立ての香草茶ハーブティーを置く。優雅にカップを傾けた彼女は、そのまま眉をひそめて考え込むような視線になった。


「何だこれは」

「魔王領で茶葉は育たないので、特産の香草を使ったお茶です。今朝のはケイロンフラワーとメイルリーフに、パフベリー。お口に合いませんか」

「変わった風味だが実に美味い。身体のなかからこう……いや待て、これはどこかで……」


 またかい。このひと味覚と嗅覚が鋭敏過ぎて怖いのよ。隠し味とか香り付けも含めて入ってる素材を全部当てるとか、鼻の良い人狼族でも聞いたことないわ。


「そうか、回復薬と毒消しに使われている薬草だな。王都では秘薬だ」

「魔王領には薬草が豊富で効能も多いんですよ。それに、カフェイン……ええと、お茶に入っている覚醒成分めざましは含まれていないので、夜に飲んでも眠りを妨げません」

「別の問題はある。パフベリーは強壮剤だからな」


 姫騎士は自分のいった言葉の下世話な意味に気付いて、自分で赤くなっている。アタシは聞こえなかったことにして食事を終えた。わざわざ席に呼んだからには、本題・・について話があるのだろう。王女殿下は少し間をおいて、アタシに向き直る。


「貴殿が商売に多大な才を持っているのは知っている。成功も間違いないとは思うが、何故こんな、内乱が収まってもいない状況で始めたのだ?」

「こんな状況だから・・・よ。内乱が続くと何が起きるか、わかります?」

「……ああ、死者が出るな。大量の難民もだ。本来なら食料や物資の生産を行っていた人員が犠牲になる。国内生産が滞るのも問題だが、戦禍を逃れた者でさえ生きる気持ちが殺がれる。それが何年も続く。疫病と治安悪化、腐敗と人材流出。他国からの干渉や侵略。止めるための戦争と、そのための内戦。きりがない」

「ええ。王国もそんな経験を?」

「何度も通ってきた道だ。いまもまた馬鹿な兄のせいでその瀬戸際にある。これが戦争なら、良し悪しはともかく、勝った者が奪い負けた者が喪う。でも内戦では勝っても負けても取り合うのは同じ袋に入った小銭でしかない」

「良い例えね、二重の意味で。魔王領には、その小銭がないの。奪い合い潰し合うのは空っぽの袋でしかない。そこに何の意味があるのか知らないけど」

「これだけの商業的脅威を大量生産していながら……」

「いきなり空っぽの袋を押しつけられたのよ。それが領民の財布だって聞かされてね。そこに片手で小銭を詰め込んで、もう一方の手で奪おうとする敵に斬り付けてる。滑稽でしょう?」


 姫騎士殿下が冷めた香草茶を飲み干すと、メイドが新しく淹れ直してくれた。彼女もまた救ったばかりの領民。タッケレル出身の若い人虎族ティグラだ。猫耳を振る笑顔の彼女に、もう二度と辛い思いなんてさせない。


「魔王領にはお金が要るのよ。早急に、大量にね。冬が来る前に内戦を終わらせて、民が生き延びられる算段を付けなきゃいけない」

「……では、王国ウチの獣人族を、救い出す余力はないか」

助けるに・・・・決まってる・・・・・でしょう!?」


 急に上がった鋭い声と噴き上げた怒気に、壁際にいた王女殿下の護衛が緊張して抜剣の動きを見せる。王女殿下が手で制し、アタシも必死で興奮を鎮める。


「大事な同胞よ、余力なんて関係ない。どんな手を使ってでも取り返すわ」


 問題はそれが、かつて帝国の奴隷として王国侵略に加担させられ、捕虜になった戦犯だということだ。王国軍事刑務所に囚われた彼らは、ひと月後の処刑が決まっている。


「何を引き換えに渡せばいい? 魔王の首なんてどうかしら」

「死んだ貴殿に何の価値がある。いいだろう、救出の方法はふたつある。どっちを選ぶにせよ、わたしが個人的な・・・・全面協力を約束する。……時間の掛かる最悪の手段と、早く済むが最低の手段だ」

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