ミスフィッツ・イン・アクション2

 王女殿下はテーブルに簡素な地図を広げる。王国軍事刑務所の見取り図だ。お付きと護衛が固まる。敵国の首領に見せるものではない。いまさらだけど。


「出入り口は監視されているが、地下に王城離宮と繋がる隠し通路がある。わたしが・・・・囚人の脱走を指揮する」

「は?」

「施設を脱出したとしても、離宮は魔力制御の扉で外界と隔絶され、適合者以外は強制転移される。開けられるのは王族だけだ」

「関与した人間が誰か、すぐわかるってわけね。その後のことを考えると、確かに最低の手段。もうひとつは?」

「王国政府との、交渉のテーブルに着く」

「最悪とまではいえないと思うけど。むしろ順当……」


 姫騎士殿下は首を振る。


「王国政府の高官に、旧第一王子コーウェル派閥が残っている。表立って旗幟それを示してはいなかったので処分できていない。外務局長も、そのひとりだ。もうコーウェルに王位継承のはないが、生き残りを賭けた状況でどう出るかは読めん。少なくとも好意的対応は有り得ないぞ」


「いいわ、それでも。マーケット・メレイアの試験営業プレオープンは3日間。それが終わり次第、王城に伺うというのでどうかしら。馬車一台に、護衛が2名」

「!? そんな丸腰で本陣に……」


 単に割ける人手がいないだけなのだけれども、そこは黙って笑顔でごまかす。たぶんいまの状況で、ゴツい魔族兵士を連れていくのは逆効果。バーンズちゃんのところの女性兵士を借りようかしら。


「……まあ、いいだろう。王妃と政府高官、国境城塞と王都防衛部隊には、話を通しておく」


◇ ◇


「ありがとうございました、またお越しくださいませ」


 日暮れ前、メレイアの門前で最後の来客を見送る。

 ゲート脇では私服に着替え、荷物を抱えたタッケレルの若い娘たちが、並んでおしゃべりしているのが見えた。村に戻るための機械式荷車を待っているのだろう。


「あー、魔王様、ありがとー。美味しい物、いっぱい買えたのー」

「みんな、よくがんばってくれたわ。またお願いね?」

「「「はーい」」」


 マーケット・メレイアの試験営業は、大盛況のうちに幕を閉じた。

 売上総額は4万8千クラウン。日本円で5億弱。製造原価がほとんど掛からない状態でこの数字はすごい。ただ一部の原材料(とスタッフの気力)が尽きかけているため、完全オープンまでには色々と改善や調整が必要になりそうだ。

 オシャレな筈のアタシのお店、“魔王の隠れ家ハーンズハイドアウト”は積み上げられた木箱と麻袋で本当に山賊の隠れ家のようになっている。

 両替と送金のため日々王国との行き来を繰り返すルーイン商会の定期便も、次第に頻度が上がり、最後はあまりの過負荷に馬が潰れるほどだった。


「レイチェルちゃん、お疲れさま。集計大変だったでしょう、次からはもっと人も硬貨集計機守銭奴ちゃんも増やすわね」

「私は問題ありません。それより、人件費を魔王陛下のご指示通り、ひとり1日1クラウンで出したのですが、さすがに多過ぎませんでしたか」

「いいのよ。これも必要な投資」


 市場と流通網の整備を約束はしたものの、現状まだメレイア以外に市場はないので貨幣を受け取っても使い道がない。他の村との交易に使うとしても、最初はお互い手探りになるだろう。実際、持て余したスタッフの多くが、帰宅前にメレイアで買い物をしていた。


 貨幣はいままで物納しかなかった税の支払いに充てることも可能だが、今回の分は個人への報酬なので村が徴収するのは禁止と村長に釘を刺しておいてもらった。


「雇った領民は延べ620名、それぞれ銅貨100枚と大銅貨50枚で渡しました。各村の村長にも、使途について通達済みです」

「ありがと。これで、なんとかひと息つけそうね。レイチェルちゃんも少しゆっくりしてちょうだい。アタシも、ちょっと息抜きに出るから」

「魔王陛下、どちらへ?」


「王都で野暮用よ。姫騎士殿下に、お呼ばれ・・・・しちゃって」

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