初めての邂逅

「……貴様ッ!?」


 王国軍の前衛は王女の背後で半円形に広がり、手槍や短弓を構えたまま動かない。普通に考えて罠という他にないこの状況で、緊張しない方がおかしいのだが。

 攻城側が城門から入ると、正面には高さ3メートル幅5メートルほどの簡単な塀がある。騎兵の突進を防ぎ弩の射界を塞ぐものだが、それを抜けたところで現れるのが、いまいる城の前庭。ざっと200メートル四方、サッカーコートなら4面分ほどもある広大なものだが、遮る物もないフラットな芝生のど真ん中に優雅なティーテーブルがひとつだけ置かれている。それは、我ながら何かの冗談のような光景だった。

 椅子はふたつ。上座にあるアタシの椅子だけ大きくて、白い掛布に覆われている。対面する位置に置かれた華奢な椅子で、こちらの意図するところは明白だ。


「勇猛で知られた魔王軍が、戦わずして降伏するとでもいうのか。……お前は?」

「この城の主よ。新魔王ハーン。以後お見知りおきを」


 いま思いついただけの名前を口にする。臆病だからハーン。特にひねりはない。お辞儀したアタシを無視して、姫騎士は刀の柄に手を掛ける。


「……笑わせるな。この場で殺されないとでも?」


 アタシの後ろでもセバスちゃんレイチェルちゃんが緊急事態に備えているのが手に取るようにわかった。それはつまり、アタシの盾になるってこと。

 それだけは、絶対にイヤ。


「思ってますよ。王国最強の女性が振るう剣が、丸腰の相手を斬るほど安くはないとね。それより、遠路遥々お疲れでしょう、お茶でも、いかがですか?」


 アタシは笑顔で着席を促す。姫騎士が片手で制すると、周囲の槍先が下ろされ、引き絞られていた弓だけがわずかに緩められた。アタシの対面に向かう姫騎士。セバスちゃんが恭しく椅子を引く。

 ホッと息をつく間もなく、後ろに控えていた軍勢の中から、銀色の甲冑を着た騎士がひとり詰め寄ってくるのが見えた。アタシは飛び出そうとしたセバスちゃんとレイチェルちゃんを目顔で制止する。


「殿下! よもや王家に弓引く蛮族どもと、馴れ合うおつもりではないでしょうな!」

「ソーマン、誰が出て来いといった、下がれ」

「いいえ、ここは薄汚い辺境の魔族どもに王国の力を見せ付けるとき。我ら近衛師団が女子供・・・のお飾りではないことを示してやらねばなりません。わたしめに、魔族の長と一騎打ちの許可を!」


 男の背は他の兵士たちと比べて頭ひとつ以上も高い。鍛え上げられた巨躯に鈍重さはない。身形からして身分も高い。あるいは……


「これが兄上・・であれば部下にいわれるまでもなく、こやつらなど一刀のもとに斬り捨てているでありましょうな。いやしかし、我らは上官を選べぬ身ゆえ僭越ながら具申した次第であります」


 なるほど。お家騒動についてはレイチェルちゃんから聞いている。王国は軍内部どころか部隊内でさえ内紛が起きかけている。ソーマンと呼ばれた騎士は、王族である上官を嘗めていることを隠そうともしない。姫騎士の顔に一瞬、憤怒の表情が浮かんだ。

 さて。こちらも実力のほどを見せ付けなきゃいけないみたいだけど、腕っ節にはまるで自信がない。切り抜ける方法を考える間もなく、セバスちゃんがアタシの前に出る。驚異の双球は工廠長特製の補正ブラが功を奏して、厚めの胸板と見えなくもない感じに仕上がっている。セバスちゃんはどんな副作用・・・があるのかと怯えていたが、いまのところ目立った異変は発生していない。


「躾の悪い犬にお仕置きをするのも執事の役目。我が君、よろしいですね?」

「ダメよ。だいたい、それ他人ひとんちの犬なの。躾けるのはあちらの責任でしょ」


 振り返ったセバスチャンは、なぜか怒ったような拗ねたような泣きそうな顔になっている。アタシに詰め寄ると、顔を伏せてボソッとつぶやく。


「……また、ですか」

「また?」

「先代魔王もです。いくら戦果を重ねても、いくつの首級を上げても、ぼくが戦うたびに辛そうな顔をなされた。どれだけ強くなっても、不安な顔を止めては下さらなかった。ぼくを戦陣から遠ざけ、最後の突撃にも、連れて行っては下さらなかった。ぼくが、女だからですか。女性にょしょうであることは、それほど忌むべき瑕疵なのですか。努力や我慢でどうにか出来るなら、こんなものいつだって捨てられるのに……ぃいだだだだだだ!」


 アタシは気付くと彼女のほっぺを力任せに捻り上げていた。涙目で見つめるセバスちゃんに、アタシは静かに語りかける。


「そんなことにウジウジ悩んでたの? あなたは本当に呆れるほどの馬鹿ね。全然わからなかったの? 本気でそう思ってたの?」

「あぃ?」

「女だから置いてった。女だから戦わせたくなかった。半分はイエスで、半分はノーよ。先代魔王様がどんなひとかは知らないけど、話を聞いただけで馬鹿でもわかるわよ。あなたが、好きだからよ!」

「ふぇ? ぇほでもって……」

「だってじゃないわよ、好きな女が傷ついて嬉しい男なんていると思う? 死を覚悟するような戦に、付いてきて欲しいなんて誰が考える? それが王なら尚のことよ。誤解されて憎まれたって、生きてて欲しいと思うに決まってるでしょう!?」

「……!!」


 不安げに泳いでいた瞳が見開かれ、星を宿してキラキラと輝き始めた。眼力が凄みを増し、アタシの手を優しく押しのける。そこには、倒錯の美を体現したような美女的美青年的美少年的な何かがいた。

 まずい、止めるつもりが逆効果だ。それも、エラいもん目覚めさせちゃったような気がする。


「……ああ、我が君。愚かな迷いに囚われていた、このセバスチャンめをお許しください。もう二度と、お手を煩わせるようなことはございません。なぜなら、見付けたのですから……永遠の、愛を!」


 満面の笑みを浮かべて背筋を伸ばし、指先を宙に伸ばすセバスチャン。周囲の誰もが、舞い散る花をその背に幻視する。

 彼女は、舞台を手に入れたのだ。もう止められない。

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