初めての敵影

「……なに、これ?」


 扉の向こうに広がっていたのは、視界を埋め尽くすガラクタの山。20メートル四方はある巨大な工廠が、いくつにも折り重なる得体の知れない機械や装置で密林のようになっている。……その中央。

 極楽鳥に似た巨大な鳥が二羽、優雅に羽根を絡ませていた。大きさと形に多少の差はあるが、どちらも体高2メートルほど。羽根を広げたら2メートル半はあるだろう。


「やってもうた……」


 その手前で、小柄な人物が頭を抱えてうずくまっている。


「もしかして、あれが?」

「ええ。もしかしなくても、それが工廠長のイグノです。手に触れたもの全てを奇跡のように創り変える魔王領随一の工匠。別名、“輜重隊の悪夢”です」

「へえ……っていうか、前半と後半でずいぶんニュアンスが違うような」


 見ての通りです、とセバスチャンはつがいの鳥を指す。キラキラと輝く羽根はよく見ると磨き上げられた鉄で出来ていた。目の当たりにしてもなお信じられないことに、それは剣と盾と弓矢と甲冑の成れの果てなのだ。


「……ウソでしょ、どこをどうやったらこんなものが出来上がるわけ? どうみても生きてるし、動いてるし。知能だってありそうに見えるし、いまにも飛びそうなくらい……って飛んでるし!?」


 少なく見積もっても数十キロはあろうかという巨体が、優雅な羽ばたきだけでフワリと宙に浮かんだ。かすかにカリカリと鳴る歯車らしき音だけが、機械仕掛けなのだという現実を示している。

 驚くアタシを振り返りもせずに、うずくまったままの工廠長が泣き笑いの声を返す。


「そりゃ飛びますよ鳥ですもん。問題はそこじゃなくて、魔王様に献上する武器を創ろうとしたら、何でかこんなものが出来上がっちゃったってとこなんですよ。早く作り直さないと即位までに間に合わない」

「いいじゃない、これで」

「無責任なこといわないでください! わたしたちが置かれてる状況を考えると……ん、あんた誰?」

「始めましてイグノ工廠長、アタシが新しい魔王よ。事情があって、名前はまだ決めてないんだけど」


「まおぉおほおー!?」


 素っ頓狂な声を上げてアタシを指差した工廠長は、無礼に気付いたのか慌てて自分の指を隠してニヘラッと締まらない笑みを浮かべる。


「ここここれには訳が!」

「そうなんです、我が君。彼女は素晴らしい技術と凄まじい才能と信じられないセンスを持っているのですが、唯一最大の欠点として思ったものとは……少なくとも依頼主の要求したものとは、まるでかけ離れたものが出来上がるのです」


 決戦兵器を作ろうとした結果がこれなのであれば、確かにセバスチャンのいっている通りなんだとは思う。が、それを欠点と呼ぶには、あまりにも美しすぎた。

 工廠の高い天井には明り取りの小窓があって、薄ぼんやりとした光が帯のように差し込んでいた。照らし出された鋼鉄の極楽鳥の周りで、室内の埃が花吹雪のように踊る。アタシはその輝きを、惚けたように見つめるしかなかった。


「いや、この国の危機は重々承知しておりますし、新王登極までに兵力が必要なのもわかっています。最初は本当に陛下を守る最強無比な鋼の衛兵を創ろうと、わたしの全精力全能力を注ぎ込んだのです、が……」


 工廠長は、焦りで汗だくになりながら必死に説明を続けている。


「……気が付くと、目の前には、こんなものが」

「こんなもの、なんていわないでちょうだい」


 思わず出た硬い声に、イグノはビクッと身を震わす。

 面と向かってよく見ると、彼女はひどく幼い。魔族の基準などわかりはしないまでも、まだほんの少女に過ぎないのだと、そのときになって気付いた。


「謝る必要なんてないし、反省する理由もない。だって、間違ってなんかいないんだもの。あなたに必要なのはパトロンよ。存分に振るえるだけの機会さえ与えられたら、あなたはとんでもないものを生み出す力を持っているわ」


「「……へ、陛下?」」


 セバスチャンとイグノの声が重なる。含まれているニュアンスはまるっきり違っていたりはするのだけれど。


「まおー、どこー?」


 パタパタと羽音がして、パットが小窓から入ってきた。鋼鉄の巨鳥を見てうぉっと怯むが、気を取り直して舞い降りてきた。


「たいへんたいへーん、れいちぇるが、まおーにおしえろってー」


 全然大変そうには聞こえない声で何かを伝えようとしているが要領を得ない。首を傾げていると、すぐにレイチェルが駆け込んできた。


「魔王様、パットが王国軍の軍勢を確認したそうです」

「距離は? 数はどれくらい?」

「わかんないー、えーと、まりすのもりー、いっぱいあるいてたー」

「北東に40哩。山越えですから、武装した歩兵なら二日の距離です。それだけなら、まだ対処のしようは……」

「あとねー、こごえるたに、くろいはたのうまー」


 レイチェルちゃんの顔が強張る。キッと睨まれたパットが怯えてアタシの陰に隠れる。


「報告は漏れなく正確にって、何度もいってるでしょう!?」

「い、いおうとしたのー、でも、れいちぇるがー、まおーにほーこくしろってー」

「レイチェルちゃん、どういうこと?」

「宰相の引き込んだ帝国軍です。西に120哩、騎兵なら同じく二日。魔王領で夜間行軍は自殺行為ですから、到着は早くて明後日の昼といったところでしょう」

「せんそー?」

「兵を率いて来るんなら、そういうことでしょうね。目的はアタシ?」

「ええ、おそらく。新王様登極の報は、魔族ならば魔珠によって伝わっています。種族間の接触を禁じられてはいませんから、人間側にも知る方法はあります。魔王様が兵を持たないのは周知の事実。城を攻め落として後顧の憂いを絶ち、この地の領有を示すつもりなのでしょう」


 絶望的な状況を説明しながら、レイチェルちゃんに不安そうな様子はない。怯えた顔も見せない。この子、案外肝が据わっているのかもしれないわね。セバスちゃんも、イグノちゃんも、パットまで、何かいって欲しそうな目でアタシを見てる。そんな顔されても困るんだけど、期待に応えなきゃ生まれ変わった甲斐がないわ。アタシは笑う。なんだか、楽しくなってきちゃったわ。


「それじゃ、お迎えの準備をしなくちゃね?」

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