初めての晩餐

「……え? 食料、ないの?」


「申し訳ありません。叛乱軍が城内の物資を根こそぎ持ち去ったため、いまのところ確認できているのは先代魔王様の残された正体不明の備蓄品だけです」


 レイチェルちゃんは頭を下げてアタシの反応を待っている。どうしたものかと悩むアタシの視界に、バインボインと目障りな肉弾が揺れ動きながらフレームインしてくる。メンタル的に立ち直ったのか、無駄にキラキラした瞳が回復して鬱陶しいことこの上ない。


「ああ、我が君。どうかレイチェルを責めないで欲しい。めぼしい物は、ぼくが全て盗み出してしまったのだから責めるならぼくを……」

「責めてないでしょ。そのクドいキャラ止めなさいよもう忙しいんだから……。それで、先代魔王様の何だかってのは、どれ?」


 アタシが最初に目覚めた魔王の私室。その奥にいくつか王の個人用ストックヤードがあるらしい。レイチェルちゃんは管理のための洗い出しをしていたようだが、そこだけはリスト化できていない。というのも……


「なるほどね」


 この世界のひとが見ても、何なのかわからなかったのだ。


「おわかりになられましたか」


 そこにあったのは、鰹節に海苔に何種類かの乾物、豆と雑穀と乾麺らしきもの。つまり、先代魔王もアタシと同じように転生だか何だかで連れて来られた、たぶん日本人だ。故郷の味が懐かしかったのか、比較的手当たり次第に色んなものを作ろうとしてる。試行錯誤と失敗の連続だったみたいで、見たところ再現度はピンきりだった。作り過ぎたのか不評だったのか、それとも非常時の備蓄だったのか。やたらと大量にある。

 いまなら、これ以上ないくらいの助けになるわ。


「使わせてもらっても、いいのかしらね?」

「おっきなまおーは、あとのことは、すきにしろってー」


 声がした方を見ると、いつの間にかパットが棚の上にぶら下がっていた。どうやら彼の隠れ家でもあったみたい。


「そう、あなたのご主人様は、いいひとだったのね」

「うん!」


 何かいいたげなレイチェルちゃんに紙束を押し付けて、アタシは項目を記録しながら使えそうな食材を選り分ける。パットが興味深そうに見ているのは感じたけど、話しかけるのは止めておいた。誰にだって、手放せない思い出はあるもの。


「とりあえず、これを茹でましょう。大きな鍋にお湯を沸かしておいて。こっちのは食べられるようになるまで時間が掛かるから、それぞれ水に漬けておいてくれる?」

「御意」


「まおー? おっきなまおーと、しりあい?」

「たぶん、違うわね。でも、同じ国に住んでたみたい。ここにあるものも、書かれてる字も、アタシのいた国のものだから」

「まおー、じぶんのくに、かえりたい? おっきなまおー、わらってたけど、たまーに、かなしそうだった」


 先代魔王、どんなひとだったんだろう。どうなったのか知らないけど、アタシが代わりに呼ばれた以上、無事ってことはなさそうだ。


「そうね。でも、この国のことが好きになったら、ここが自分の国になるわ。そんな気がするの」


 そっかー、と能天気な声でパットは笑った。アタシのいってることは、よくわかっていないみたいだけど。


◇ ◇


 先代魔王特製の鰹節と昆布で出汁を取り、乾麺を茹でる。レイチェルが採ってきた野菜を入れたウドンのようなホウトウのような代物は案外好評で、お腹がなかからあったまったせいか子供たちは早くもウトウトし始めた。他のひとたちも寝られるように部屋割りを済ませ、寝具を配布してホッとひと息ついたところで何か忘れてることに気付く。


「ねえセバスちゃん。工廠長って、どうなってるの」


 「あ」っていう口のまま固まってる彼女をつついて、工廠とやらに案内させる。


「例の食料って、そのひとにも渡してある?」

「ええ。それと、武器も」


 そういえば、レイチェルちゃんの記録では備蓄分から横流しされた物資の中に武器と糧秣が含まれていた。難民たちの自衛用に渡したのだと思っていたが、彼らが所持していた様子はない。だとしたら、それは工廠長が持っているのだろう。


「剣と盾と弓矢と甲冑。七組はあったはずだけど」

「ええ。三日前までは、イグノの工廠にありました」

「……過去形?」

「いまは恐らく、全く違う何か・・・・・・になっているかと思われます」

「それは、楽しみね」


 嫌な予感を振り払うようにして、アタシは工廠のドアを開けた。

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