とある愚者の追想録
――〇月〇日
前代未聞の珍現象に遭遇した。
現場は科学雑誌を購入する為に偶々通り掛かった秋葉原。
大道芸人でも来てるのかいつも以上に人が群れてるなと漠然と考えていたら、突如上空に巨大な爆焔が発生した。
一体何が起こったんだ、半端ない轟音と爆風で周囲のガラスが粉々に割れたんですけど。
周囲の反応からして、随分と使用感のある魔法使いのコスプレをしたあの少女が今のを発生させたらしい。
となればやる事は一つ、急いであの子に話しかけて今の現象の説明を求めなければ。
だが爆発に騒ぐ群衆に呑まれモタモタしてる間に、緑のジャージを着た冴えない男がその子を背負い何処かへ行ってしまった。
クソ、見失っちまったか。
扇子を両手に持った無駄に目立つ青髪の女性と、夜の店の女将でもやってそうな金髪の女性を引き連れてたし、すぐ見つかると思ったのだが。
しかしあれは一体何だったんだ、さっきの男はイリュージョンだとか叫んでいたが、あれがそんな安っぽい物で説明されてたまるか。
科学の知識は人一倍習得しているつもりだが、個人でサーモバリック爆弾並みの破壊力を誘発する術とか皆目見当がつかねえ。
やばい、この退屈な世界で初めて自分でも制御しきれない興奮が押し寄せてきやがった。
これは久方ぶりに骨のある研究になりそうだ、さっそく調査を開始するとしよう。
――〇月□日
調査を開始して一週間。
どういう事だ、秋葉原の監視カメラの映像からあの子達の足跡を辿ったってのに、個人データバンクを漁っても対象者が浮上しやがらねえ。
唯一あの男の情報だけは入手出来たけど、何の冗談か知らないが、こいつは過去に死亡が確認された人物ときたもんだ。
もう一つ有力な調書を見つけたが、これも意味不明。
あの爆発騒ぎがあった日の夜、この男が住んでいた地域の警察がこの四人を目撃した、ここまでは良い。
問題はその次の部分、そいつらは突如透け始めた挙句、そのまま消え去ったと記載されているのだ。
どうしよう、調べるにつれ謎が深まる一方なのだが。
並行してあの謎現象についても調査しているが、可能な限りの論文を引っ張り出し思い着く限りの方法で検討しても未だに原理の解明すら出来ていない。
いっそ魔法だって言われた方が納得出来る気がしてきた。
一応これらの情報全てが真実だと仮定した上で統合するとだ。
我ながらあまりにも荒唐無稽で頭が逝かれていると思うが、一つだけそれらしい仮説を打ち出せないこともない。
――あの男は死後に魔法のある世界にて蘇生を果たし、何らかの方法でこの世界に舞い戻って来た。
はっ、口に出してみても阿保臭い。
こんな馬鹿げた仮説、学会にでも提出しようものなら大爆笑間違いなし。
……だが、強ち誤りでもない気がしてくるから不思議なものだ。
さて、このままこれを結論として諦めるの一つの手だが、それで本当にいいのだろうか?
否、こんな不完全燃焼で終えては俺の矜持が廃れる、証拠がないなら自分で採取すればいいのだ。
幸いあの男の死因は死亡届から判明してるし、この世界にもさして未練はない。
……決めた、身辺整理を済ませたら早速実行に移すとしよう。
これが俺にとってこの世界での最後の大仕事、果たして結果が吉と出るか無駄死にとなるか見物だな。
しかしここで問題が一つ。
――意図せずにショック死を起こす方法はどうすればいいのだろうか?
――?月?日
どうやらショック死に成功したらしい。
目の前に背中から翼を生やした、俗に天使と呼ばれる風貌の女性がいるのがその証拠。
まさか本当に俺の仮説が立証出来るとは、将に世紀の大発見だ!
この一件を論文で発表出来ないのは誠に遺憾だが、遺書代わりに残した資料を参考に誰かがこの結論に辿り着くのを期待しよう。
さて、天使の話だとこれから今後の方針を決めるそうだが、退屈しそうなのを消去したら三つ目しか選択肢が残らない。
というかこの世界は非常に面白そうだし、寧ろこれ以外考えられん。
続いて転生特典の選択。
だが、俺にはゲームの知識は全くないし、自分の適性とか判断つかねえよ。
もう少し触れておくべきだったと後悔するがもう遅い。
参考までに今までの人が何を持って行ったのかを尋ねたら、体を入れ替えるネックレスだのモンスターを使役する石だの何でも切れる魔剣だの。
中には元日本担当の女神を連れて行った者もいるらしい。
うん、どれが最適かいっちょん分からん。
ここに書かれたのを全部持っていければ考える手間も省けるのだが、いや待てよ。
提示された物を選択するより、いっそ自分で創造した方が使い勝手良くね、実際に知識チート能力を持ってった奴もいるそうだし。
よし、その手で行こう。
二番煎じじゃ芸がないし、ここは一つ、詳細を念じるだけでオリジナルの魔法を作成出来るカードを頂戴しよう。
でも貰ったはいいが、こいつ本当に使えんのか? 不良品とかじゃないよな?
その旨を伝えたら、一回だけ動作確認を兼ねたお試しをしていい事に。
それじゃあさっき聞いた中で気になった、体を入れ替えるネックレスと同等の機能をこのカードに落とし込んでみよう。
どうせなら洒落た感じで憑依型に、それも憑依相手の知識までも自由に使えるように設定しよう。意思疎通を諮れるようにするのは必須だよな。
言われた通り念じてみると真っ黒だったカードが淡く輝きだし。
片方の面には幾何学的な模様が、もう一方には憑依相手を象形する面が浮かび上がった。
どうやら無事作成出来たらしい。後は俺が憑依対象を指定するだけだ。
確認が終了した所で天使が魔法陣を発現させ、俺は上空に生じた空間の歪へと吸い込まれていく。
さあ、愈々出発の時だ。向こうに着いたら手始めに何をしようか。
転送先は魔法がある世界らしいし折角作成した魔法だ、どうせなら強力な魔法を使える人に憑依してみたいよな。
おや、なんか空間が揺らぎだしたしカードがさっき以上の光を放ちだしたが、これは正常なのだろうか。
というかカードの光が俺すらも包み込んできて――
――〇月◇日
記憶が戻ったのはつい先刻、アクアに自分のポリシーを披露した時だ。
あの言葉は昔から愛用していたし、きっと魂に刻み込まれていたんだろう。
今はカズマ達がギルドに呼ばれたとかいう嘘のお陰で俺一人しかいない、折角だし一度現状を整理しておこう。
意識が戻るとそこは何処かの平原地帯のど真ん中で、この時既に昔の記憶はなかった。
身に覚えのない幾つもの致命傷のせいで身体が痛むし鉛の様に重い。
おまけに自分の身体だというのに違和感が拭えなかったし、胸なんか特に重く感じたもんだ。
そう、俺は人間とは一線を画した圧倒的な容姿を持つ、まるで女神のような女性に変貌していたのだ。
数日は自分が何者かも分からない状態で宛もなく放浪していたのだが、三日が経過した所で流石に空腹と痛みと疲労で動けなくなり。
次に目を覚ました時には、カズマ達に拾われていたという訳だ。
こんな所か、色々思い出したお陰でスッキリした。
次に俺の女体変化の真相だが、これはあっさりと判明した。
というのも、記憶が戻ったところで憑依先の女神と会話が出来るようになり、色々と教えてもらえたのだ。
事の発端は俺が転生する際に発生した空間の揺らぎ。
あれは転生途中に俺が異世界に思いを募らせたのをカードが勝手に読み取り、憑依相手の検索を開始してしまった為に生じたらしい。
そしてその揺らぎの影響で一瞬だけ結合してしまった空間先にいたとある女神が、不運にもカード効果の対象となってしまったんだと。
まあ、この女神自身も結構切羽詰まっていたらしく、渡りに船だとすぐさま同意した様なので強ち不幸とは言い切れないが。
とにかく、こうして見た目は女神、中身は男子学生という世にも奇妙なキメラが誕生したという訳だ。
因みに俺の記憶喪失もここに原因があるとか。
転送中に施された親切サポートが揺らぎの影響で失敗し俺の頭がパーになったという、ただそれだけの話。
強大な力の代償は得てして大きい物だし、何なら記憶喪失という状態異常を体感出来たんだ、むしろ感謝してもいいかもしれん。
俺に憑依された当の女神も案外この状況を楽しんいる様だし、飽きるまで俺に付き合ってくれる約束も取り付けた。
よし、それじゃあここから正式に、異世界ライフを楽しんでいくか。
さて、記憶が戻ったのは良いとしてこれから何をするかだが、……やっぱりあれだよな。
何せこれこそが、俺がわざわざ非効率な冒険者を選んだ理由なのだ。
それはこの街の図書館で偶々目にした、地獄の公爵シリーズ第四弾を読み非常に興味が沸いたこと。
そして翌日に実際に当の本人と遭遇したことを通して、心の底から思ったこと。
――人間の悪感情とは、そんなに旨いのだろうか。
うん、改めて認識してみると物凄く面白そうな題材だ、こうしちゃいられない。
早速バニルの店に行ってみたら、ウィズは店内におらずバニルが待ち構えていた。
全てを見通せずとも、僅かに判明した事実から俺が来ると推測したらしい、なんとも用意周到な悪魔だ事で。
それなら話が早いとばかりに、俺は悪感情を食す味覚を教えてくれるよう頼んでみた。
俺がそこまでやるとは思っていなかったようだが、ある二つの条件を満たせばこの場で教えてくれるという。
それは店のガラクタを全て買い取る事と、最高に美味なる悪感情を提供するという事だけ。
その程度でいいのかよ、公爵級悪魔相手だから少し身構えてたのにとんだ肩透かしだ。
寧ろそんな面白そうな計画、俺から頼みたい。
こうしてあっさりと商談は成立したが問題はまだある、このお尋ね女神の存在をどう誤魔化すかだ。
折角パーになってまで手に入れた力だ、おいそれと没収されてたまるか。
しかもこんな便利な神器のおまけ付き、猶更手放したくない。
これを解決するには、一度この女神が死んだと天界が認知する必要があるらしいのだが、それでは意味が……。
いや待てよ、だったらこんなのはどうだろうか。
俺が女神の力を使ってどこかの街を襲うもそこの者達に迎撃され、最後は超火力の攻撃によって死角が生じた瞬間、その場を撤退する。
女神の力を行使すれば天界の人も嗅ぎつけるだろうから、逆にその人達に女神が滅んだ事の証人になってもらう、そんな案を立ててみたのだ。
これをバニルと女神に話してみると、何がそんなに面白いのかげらげらと笑いだして快諾してくれた。
大筋これでいいとして、詳細は後々考えようか。序でにバニルへの対価もこれに乗じて払ってしまうのもいいかもしれない。
そうと決まれば、手始めに俺のチートを使って女神攻略の手助けとなる物を提供しておこう。
なんかこの女神は滅茶苦茶強いらしいし、ハッキリ言って大幅なハンデでも与えなければ手を抜いた所で人類はどう転んでも勝てないのだとか。
そうだな、この世界での魔法しか使わないって言う縛りを設けるって話になったし、魔法を分析するタイプの物がいいか。
試しに作ってみたら、なかなかどうして使い勝手が良い。
規格にプログラム格納方式を導入したのは正解だったな。
後はこれを誰かに教えないといけないが、めぐみんは教えた所で習得しないだろう。
だったらゆんゆんがいいか。後で見つけて刷り込んでおくとしよう。
さて、これから忙しくなるぞ。
一先ず屋敷に帰ったらカズマ達を誤魔化さないと。
女神が言うには、神器の封印を解呪するのに三日は必要らしいから、それまでの間は精神世界で戦闘のシュミレートでもしておくか。
――〇月△日
ほほう、あれがこの世界の王都か、正しく中世の城を具現化したような外観だ。
ちゃんと想定通り事が進んでいるなら、今頃カズマ達が俺の残してきた手紙を読んでいる頃か。
大丈夫、俺の計画に抜かりはない。
バニルに居所を聞いて、屋敷に帰る前にゆんゆんには魔法を教えた。
今朝だって商店街の人達やギルド職員に姿を目撃されてきたし、予防線としてバニルにも動いてもらうよう頼んでいる。
そんじゃま、悪の信徒を熱演してやるとしますか。
―〇月☆日
あいつら、俺が来る事なんかすっかり忘れて全力で宴会を楽しんでやがんな、危機感なさすぎだろ。
折角ド派手な登場の為に位置取りをしようと早めに来たってのに、これでは意味がないではないか。
しかし、前に見た時といいやっぱりアクアの宴会芸は素晴らしい。
女神情報だと、なんでもこいつの友達の神様が作った法則だとか言ってたが、そんなのあっさりと作っていいもんなのかね。
まあいいか、この際派手な登場は諦めて、俺もアクアの宴会芸を楽しもう。
―〇月▽日
疲れた、心底疲れた。
まさかこの国の姫さんがあそこまで強いとは予想外だった。
お陰で今の俺が引き出せる女神の力をギリギリ全快まで抽出させられてしまった。
一個人がここまで強くなるとか、バランスブレイクもいいところだと思う。
それに、モンスターが襲って来るのも想定外だった。
女神の奴め、生物の闘争心を引き出す体質があるならもっと早いうちから言っておけよ。
お陰で昨日は魔力切れで瞬間移動が出来なくて、バニルに押し付けられた誰でもテレポートが使える粉を使用する羽目になったじゃねえか。
うん、あれはマジで死ぬかと思った。
魔力ゼロの時にあんな極悪魔法食らうとか、もう二度とやりたくない。
そんな事より、今日は愈々悪感情の収穫時だ。
どうせなら今度こそ派手に登場してやろう。
そうだな、日本で読んだ怪盗小説みたいに誰かに変装して正体を現すって感じでいこう。
あの人みたいな変装が出来るような魔法をサクッと制作。
すっげ、これマジで出来いいわ!
これで今日から俺も怪盗紳士の仲間入りだな、やっべテンション上がってきた!
この世界に来たからというもの、本当に充実した毎日を堪能しているな。
俺をこの世界に来るきっかけをくれた少女達よ、ありがとう!
「――とまあこんな感じで、様々な試練を潜り抜け、遂に予てから綿密に念入りに構築してきた計画を実行に移したという訳だ。いやー、あの悪感情の味は人生の価値観が大きく変わる代物だった。人生の門出に立つとはまさにこの事だな」
バニルの言ってた仲間の門出というのはこれか。
一仕事終えたと言わんばかりに何処からか持ってきたワインを優雅に飲みほしたクイーンは、ふと顔を上げ。
「そういえば随分と静かだな。拝聴してくれとは言ったがもう少し騒めいてもいいんだぞ。まあ俺としては、会場中から漂う特上の悪感情を頂きながら飲むワインというのもなかなか乙だから、これはこれで……」
そこまでで言葉を切った。
「あ、あの皆さん、どうしてそんなに怖い顔をなされているのですか? この怒りの感情は濃すぎて俺にはまだ食せないので、出来れば控えて欲しいのですが……。というか、どうして各々の武器を磨き直したり支援魔法をかけたりしてるんですか? ここは天下の王城なんですから、粗相を起こしたら色々と問題があるのでそんな物騒な動きは控える事をお勧めしますよ?」
漸く周囲の反応に気付いたらしいクイーンが、今までにないぐらいに青ざめた顔をして冷や汗をだらだらと流し始めた。
そんなクイーンに向かって、俺の後ろからゆったりと歩み出したアイリスはにこっと笑いかける。
「その件に関しましては私が許可を出しましたので心配は無用ですよ、クイーン様。それよりも、他ならぬ貴方様にお願いがあるのですが?」
「お、俺にお願いですか? な、何だろうな、この国の第一王女様自らの頼みなんて俺みたいな冒険者風情は成就出来ないと思いますが……」
「またまたご謙遜を、昨日あれほど圧倒的な力を見せてくださった貴方様でしたら造作もありません」
「あの……、取り敢えず剣を納めてから仰って頂けませんか? 人と会話をなす際は、お互いに矛を収めて対面する物と心得ているのですが……」
変わらずにっこにこの笑顔をしたままぐいぐいと剣を押し付けてくるアイリスに、クイーンが益々顔を引きつらせていく。
「幸いにも、王城周辺の破損も少なく死者は無し、卸売りの方も随分と活気が付き景気が良くなるとのこと。ですので今回の事件に関して執拗に問い詰めるつもりはありません。ですが、先刻仰られたような愚にもつかない事が犯行の動機だとしましたら、一度は死をも覚悟した私達の鬱憤は一向に晴れません。そこで……」
と、アイリスはかつて無いほどに冷徹で鋭い目線をクイーンに向け、
「私、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスの名の基に、貴君、クイーン殿に刑を処します! 貴方はこれより、多額の賠償金及び市民への献身的な補助。並びに今宵、我々からの制裁を甘んじて全て受け入れよ!」
「ちょっ!?」
クイーンの素の声が漏れ出た瞬間だった。
「――いやいやいや、ちょっと待ってくれ! 確かに俺もやり過ぎたなってちょっとは反省してるから、そんなえげつない刑を下さないでくれよ! 借金とか補助くらいなら何とかするが、これだけの冒険者相手に無抵抗で制裁を食らうってのは流石に無茶だろ!?」
「大丈夫ですよ、貴方様ほどの実力があれば私達如きの制裁など恐るるに足りません。きっと五体満足に済むでしょう、ご自分の力を信じてください」
――チリーン。
そう言えば存在を忘れていたが、その魔道具持って来てたんだったな。
「……あの姫さん、今この魔道具が鳴ったんですけど。それってつまり無茶だって多少は思ってるんだろ、そういう意味なんだろ!?」
「とんでも御座いません、確かに五体満足は言い過ぎたかもしれませんが、恐らく死には至らないでしょう。ですからご安心ください!」
「いい笑顔でなに口走ってんの!? というか今度は魔道具が鳴らなかったし、今の本音だよなっ!? お前本当に王女か? 人の命はもっと大切に扱えよ!」
「何を仰います、クイーン様。貴方に死なれては、誰が今回の騒動で国が費やした経費を払うと思っているのですか? それにパーティーを組んでいるお兄様達が悲しみますから、止めなど刺しませんよ。大丈夫です、以前とある人に教えて頂いた有名な格言の中にこんなものがあります。『人生なんか、なるようになるさ』!」
「どこのどいつだそんな阿保な格言教えたのはあああああ!!」
ここのこいつですが何か。
髪を激しくかき乱して叫ぶクイーンに向かって俺は、
「なあクイーン、お前って俺達と一緒に暮らした時の記憶を取り戻したって言ってたよな? しかもお前は男だって言ったよな?」
「はあ? ああ、そう言ったな」
念のため魔道具を確認するが、やはり鳴らない。
「つまりお前、あの晩俺に言ってきたあれって……」
「ああ、あんなの冗談に決まってるだろ。もっと言えば悪感情の味見がてら、軽く試させてもらった。というかそもそもお前みたいな女性の敵相手に、いくら命の恩人とは言え四日やそこらで好意を寄せる訳ないだろ? お前のパーティーメンバーの価値観が少しずれてるだけだ、冷静になって考えてみろよ」
ふむふむ、やっぱりそういう事だったか。
「そうだ! なあ、 お前らからもあの毒された姫さんを説得してくれよ。今回の件は確かに俺に否はあるが、この刑罰はいくら何でも重すぎだろ、そう思わないか?」
形振り構ってられなくなったのか、クイーンがダクネス達に助けを求めて来た。
「まったく思わないな。そもそもここまでの事態を仕出かしておいて死刑になっていない時点で、類を見ない破格の待遇だと思え!」
「貴方なんで生きてるんですか? 反省しているというのなら即刻自殺してくれるのが世の為人の為ですよ? なんでしたら私がお手伝いをしますよ?」
「冷たっ! ダクネスもめぐみんも冷たすぎない!? 数日とは言え仮にもパーティーを組んで共に暮らした仲だってのに!! じゃ、じゃあ、アクアー、はいいや」
「ちょっと、なんでそこで私には助けを求めないのよ!?」
言いたい事があったようでイライラしていたアクアが、クイーンに食って掛かった。
「いやー、どんな事態に陥ろうとお前に借りを作るのだけは人類の恥な気がしてな」
「ああ、それは言えてる」
「ひっど! 私女神なのに、なんでそんな邪険にされなきゃなんないのよ! 数日前の優しいクイーンを返しなさいよ、この諸悪の根源! カズマもなんでこんなのに同調しちゃってるのよ!」
泣き付くアクアを引き剥がしクイーンに向かい合った俺は、後でもう一つ聞こうと思っていた質問を今この場で聞く事にした。
「なあお前、ゴブリン討伐した日の事は覚えてるよな? あの日、俺が買い物に行ってる間、何してたんだっけ?」
「お前が買い物に行ってる時? あの日はギルドでクエスト終了の報告をして、アクアに寝具を見繕ってもらい、屋敷に帰って……」
と、アクア達は俺が何を聞きたいのか気が付いたようで、拳にぎゅっと力を込め始めた。
そんな三人の様子に気が付かないクイーンは、記憶を辿るままに――
「……それから皆で風呂に入り、お前が帰ってくるまでボードゲームをしたんだ。それがどうかしたのか? ああ、もしかして一緒に風呂に入った件を気にしてるのか? あの時の俺は身も心も女だったんだし、大した問題ではないだろう? いやしかし、言われて思い出したが、あれはなかなかにいい物だったな。元来女性のヌードにそこまで興味はないのだが、流石にあれは見応えがあった! あまりの美しさについつい手を出してしまったぐらいにはな。あの時の感触や造形は今でもこの手に、肌に、目に焼き付いている!」
周りの様子をこれっぽっちも気にしないで、そんな禁句を最後まで堂々と言い放った。
そして微動だにせず静寂を守る魔道具。
それを見て俺達の心は、完全に一つになった。
「あ、あれ? なんかさっき以上に高濃度の怒りの悪感情を感じるんだが、お前らどうしてさっきよりも一段と殺気立っているんだ? というかなんでにじり寄ってくるんだ? そろそろ俺身動き取れなくなるんですけど……。い、いくら何でも本気で殺しに来ないよな……、こ、来ないよな!? あっ、そそそうだ! 今回の事案はバニルにだって責任があるはずだ! 何せ作戦の微調整に関わってるんだし、この場での悪感情の絞り方はあいつが主軸だったんだ!! 刑を執行するにしてもあいつにも半分は持ってもらわないと割に合わないと思うんだよ! そうだろ、バニル! ってあれ、バニル? おいバニル、どこ行ったんだ!?」
道連れにしようと周りを見渡すも既にそこにはバニルの姿がなく、立ち処に焦るクイーンに俺は一言。
「あいつならお前が自分語りをし始めたぐらいに、いつの間にかいなくなってたぞ」
「っ!? あの野郎、俺を生贄にして逃げやがったな! というか今の俺の状態を見て楽しんでやがるに違いない、絶対そうだ!」
この場にいないバニルに向かって激昂したクイーンは、
「よし皆の衆、話をしよう。話し合いは言葉を発せる者だけに許された崇高にして最も平和的な解決法だ! 諸君が脳筋でないというならば、まずは知性の証である対話から始めようではないか!」
「いえ、生憎とベルゼルグ王国は古来より武の国。申し訳ないですが私をはじめ、この国には野蛮な方しかおられません。潔くお覚悟を!」
「待て、早まるな! 諸君は忘れているかもしれないが、本来人命とはこの上なく尊い存在なんだぞ! 死刑というのは人類が生み出した忌むべき風習の一つであり、即刻撤廃するべき法律だ!! だからここは一度冷静になって、理性的に話をしよう! か、カズマ、お前はこの姫さんと交友が深いのだろう? お前からも何とか言ってくれ、頼むよ! 争いは何も生み出さない、保守的で臆病で何度も死んだお前なら分かるだろう? ここは平和的に解決をっ!!」
アイリスに頼んでも無駄だと諦めたクイーンが、今度は俺に矛先を変えて必死に懇願してきた。
こいつがここまで慌てるなんて、最後にいい物を視れた。
俺は今までで一番いい笑顔を浮かべて、ポンポンとクイーンの肩を叩き。
「おいおい見苦しいぞクイーン、そんなんじゃ漢が廃るってもんだろ! ここは潔く刑を受けとけって。グッドラック!」
「待ってくれ、いやほんと待ってくれ! 神器のない今の俺には、この女神のスペックの十分の一も引き出せない、下手をしたら完全に抹消される! ごめ、ごめんなさい、謝るから、全力で謝るから! だから許してお願いします!! ……ってもう、誰一人俺の言葉に耳を傾けてくれねえ。ああそうか分かった分かりましたよ! こうなったら自棄だ、へっぽこ人類如きに敗北してたまるか! お前ら全員まとめて相手してやる、かかってこいやあああああああっ!」
その言葉を引き金に、第二次神人戦争が開幕した――!
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