エピローグ

 全員が力の尽きるまで暴れ回り鬱憤を晴らし切ったあの日から、一か月が経過した。

 まずクイーンに課せられた賠償金額だが、バニルが逃亡してしまった為にクイーン一人で全額背負わされ。

 破壊された建築物及び自然の修繕費四十八億エリス、物品などの経費十億エリス、自身に課せられた懸賞金額四十億エリスに、その他雑費で二億エリス。

 総額百億エリスとなった。

 これは個人が一生かかって支払える額では到底ないので流石に可哀そうになり、ダクネスや俺達の口添えで負けてもらうつもりだったのだが。

 ここで意外にもクイーンがそれをあっさりと引き受けてしまい、しかもそれを三週間で済ませると豪語した時は本気で驚いた。

 課した側のアイリス達も、元々無利子かつ雑費の二億エリスだけにするつもりだっただけに正気を疑ったが。

 机に置いてあった魔道具が反応せず、クイーンが本気で言ってると分かり、損をする物でもないのでひとまずは刑の内容を決定した。

 まずクイーンが訪れたのは、戦闘があった荒野。

 そこの中心部で何やら長々と詠唱を始め魔法を発動させたかと思うと、眩く白い光がクイーンを中心に大きく広がり――

 目を開いた時には、荒野は既に数日前と何ら変わらぬ状態に戻っており、倒壊していた城壁までもが完璧に修繕されていた。

 あまりの現象に絶句する俺達にクイーンが得意げに放ったセリフは、今でも忘れられない。


 ――破壊の神が単に滅びを齎す存在だと思ったか? 破壊と創造は常に表裏一体なんだよ


 ……こいつの憑依した女神、どんだけ凄い存在なんだよ。

 これで残りの借金は五十二億にまで軽減したが、それでも膨大な額であるのは変わりない。

 その後一度屋敷に戻ったクイーンは、ダクネスには貴族のトレンドを尋ね、めぐみんには紅魔の魔道具職人を紹介してもらい。

 そして俺から元出金を幾ばくか受け取ったかと思ったら、二週間ほど屋敷を出て行き、帰って来たらそのまま全員で王都へと戻った。

 それからの一週間は、ただひたすらに被害を被った人達に献身的なまでのケアを施し続け。

 約束していた借金返済期日当日、三週間分の利子も含めた小切手をアイリスにしっかりと手渡したのだった。

 目の前で起こった事実が信じられず俺達が驚愕している中、クイーンは今にも死にそうな顔をしながらも得意げにある物を見せてきた。

 それは俺にとっては懐かしいもの、スマホだった。

 最近、貴族では音声で手紙を送るのが流行っているというダクネスの情報。

 それに加え、俺が日本の物品を売って儲けていたのを聞き、ならば携帯電話でも売ればいいんじゃねという発想が浮かんだらしい。

 いつの間にかアイリスから貰った隣国への行商許可証を片手に、世界中の貴族相手に話を持ち掛けると瞬く間にこれがブレイク。

 ネット以外の機能は大体搭載した代物で、一台三億エリスと言う額にも拘らず、受注する貴族が後を絶たないそうだ。

 電話機能やメール機能もそうだが、何よりカメラ機能が人気なんだとか。

 そんなこんなでクイーンはお勤めをしっかり果たし、大手を振って王都を後にした。

 しかも大勢の人に見送られながら称賛や感謝を言われ、底辺になっていた信頼を確固たる物へと再構築していた。

 そして屋敷に戻ったクイーンが、寝ると一言だけ言い残し部屋に籠ってから、今日で一週間となる――


「ねえ、そろそろ起こしてあげた方がいいんじゃない? いくら何でもまる一週間眠り続けるなんておかしいわよ」

「あれだけ衰弱してたんです。自分で起きて来るまで寝かしてあげてもいいんじゃないですか?」

「王都で聞いたのだが、あいつはここ三週間、ほぼ不眠不休で働いていたらしい。罪を償って全ての柵から解放されたアイツは、やっと晴れて自由の身なんだ。思う存分休ませてあげようではないか」

「それはそうなんですけどー」

 寝る直前のあの疲れ様を見たら、そりゃ一週間ぐらい眠りたくもなるだろう。

 しかしこの駄女神は遊び相手がいなくなり、暇を持て余しているらしい。

 最近はずっとクイーンの様子を伺うかゼル帝の世話、家でごろごろするとか酒盛りをするとかしかしていなかった、っていつも通りか。

 昼食を終えそんな話をしながらのんびりと寛いでいる所に、丁度話題に挙がったクイーンが、寝癖もそのままに心底眠そうな顔で広間に入って来た。

「おっ、噂をすれば何とやらだな。どうだ、疲れは取れたか?」

「……まだ頭がボーっとしてる。俺は一体どのぐらい眠っていたんだ?」

「丁度一週間ってとこか」

「ああ、通りで……。だが、お陰様で体力は戻った。お前らには世話をかけたなってうわあ!? 目が、目があああ!」

 ふらふらと席に座ったクイーンがミカンに手を伸ばすが、この世界のミカンは汁を飛ばす事を忘れていたようで反撃をくらっていた。

 本当に頭が回ってないみたいだな。

「まったく、そそっかしいわね。ほら、今水作ってあげるから拭きなさいな。何なら私がやってあげようか?」

「いらんわ! だが、おかげで目がすっきりしたぜ。そう言えば有耶無耶になってたが、こいつの神器はどうなったんだ?」

 アクアに渡された手拭いで顔を拭きながら、クイーンは自分の顔を指して尋ねた。

「ああ、それなら封印したその日に天界へ送ってもらったぞ――」


 あの日アクアは使い物にならなかったので、丁度天界に戻る予定だったクリスに神器を託したのだ。

 これは余談だが、数日前にクリスが屋敷を訪れた時に、クイーンが憑依した女神について色々と話してくれた。

 詳しい話は省くが、この人は元々人間だったらしく、血の滲むような努力の末に今の地位と力を手に入れたのだそうだ。

 ただ本来の性格とは裏腹に、当時の熱量のかけ方や仕事ぶりが噂を呼び、それに尾ひれがついて残虐な神様のイメージを持たれてしまったのは悲しい話だ。

 そしてこの人が犯した罪と言うのは、日本での謹慎中に興味を持った分身の術を実行しようとして魔法が失敗し、自分の分身体が暴れまくったせいらしい。

 創造神との話し合いを経て、女神としての寿命が尽きそうだった事もあり選択したのが凍結の刑だったそうだ。

 これを聞かされた時、俺達の間で何とも言えない空気が流れたのは言うまでもない――


「おっとそうだ、忘れる前にお前らに話したい事があるんだ」

「話したい事?」

 今度は逆襲されない様にしてミカンを頬張っていたクイーンが、それをゴクッと飲み込み。


「俺、明朝にこの街を出るよ」



 ――クイーンからの突然の告白に少し驚いたが、理由を聞いてみればなんて事はない。

 せっかくこっちの世界に来たのだから一か所に留まるのは勿体ないし、のんびりと世界を見て回りたいのだとか。

 こいつはちょっと、いやかなりアホな事を仕出かしてくれたが、パーティーメンバーだって気持ちは変わらなかった。

 それは他のメンツも同じだ。

 だから正直結構寂しいが、今生の別れという訳ではないし、元々記憶が戻るまでという話だったので俺達はそれを了承した。

 アクアは最後まで渋っていたが。

 そういう訳でアクアの立案でギルドにて、クイーンのお別れ兼新たな旅立ちパーティーを開催した。

 アクアの宴会芸が炸裂するは、それを真似てクイーンもなかなかの大技を披露してくれるはでいつの間にか人も増え、宴会は夜まで続いた。


 ――そして翌朝。

 飲み潰れた他の冒険者達をギルドに残し、俺達はクイーンを見送るため街の入口に来ていた。

「荷物はそれだけでいいのか? 随分と軽装だが」

「ああ、人間生きていくにはそう大層なもんは必要ないさ。それに俺の武器はこの頭脳と特典でもらったカード、そして破壊神たるこいつの能力だ。これだけあれば何とでも出来るってもんだ」

 ダクネスが心配そうに尋ねるが、確かにそれだけあれば十二分に戦えるだろう。

 というか過剰戦力もいいところだ。

「そうか、ならばあまり人をおちょくらないようにするのだぞ。あれはお前の悪い癖だからな、あまりやっていたら、私達以外には嫌われてしまうからな」

「あまり旅先の人に迷惑を掛けてはいけませんよ。今度は庇ってくれる私達もいないのですから、ちゃんと当初のようにいい子ちゃんを演じるのですよ」

「いいこと、女神の姿でいる分にはもう何も言わないけれど、それを利用して悪ふざけしたら今度こそ天罰を食らわせてやるからね!」

「別れの挨拶にしては辛辣すぎね!?」

 あまりの言われようにちょっとショックを受けるクイーン。

 アクアが言ったように、どうやらクイーンは本来の男の姿ではなく女神の姿でいる事を選んだらしい。

 その気になればいつでも戻れるそうだが、今の姿の方が何かと都合がいいのだとか。

 これからこいつに会う先々の人が不憫で仕方がないが、それは俺の預かり知らぬところだ。

「ま、まあいいや。それじゃあ俺からも最後に別れの挨拶を……」

「「「「それはいい」」」」

 何だよ冷たいな、とか言いながら面白く無さ気にしているクイーンだが、こいつの事だ、どうせまた俺達の恥ずかしい事実をバラしてくれるに違いない。

 そんなの二度とさせるか。

「ほら、むくれてないでとっとと行けよ。世界がお前を待ってるぜ」

「……お前、俺が男だって知ってから一気に扱いが雑くなったな。私は貴方の事をこんなに愛しているというのに!」

「やめろおおお! そんな妖艶な笑みを浮かべてすり寄ってくるな、鳥肌立つわ!」

「その割には頬が緩んでいるんですけど」

 すかさずアクア達が冷たい目で見てくるのが悲しい。

 だってしょうがないじゃん、いくら中身が男だとしても見た目や仕草が俺史上最高クラスに女性ぽいんだもん!

 頭では分かっていても体が反射的に反応しちまうんだよ。

「うんうん、この悪感情はなかなか悪くないぞ。この味覚を手に入れたのは本当に正解だった、今度あの悪魔に再度礼を言わないとな。もっとも残機とやらをいくらか削ってやるが」

「その時はぜひ私も誘ってね! あの腐れ悪魔を一緒に殲滅してあげましょう!」

 そう言って二人握手を交わすクイーンとアクア。


 ――結局、バニルには刑が下されなかった。

 本来ならあいつが半分受け持つはずだったのだが、バニルが逃亡を図っている間にクイーンがその分を一人で稼いでしまい完済してしまった。

 それにこれ以上時間をかけるのも面倒だし、俺が払ってやるとか超太っ腹な発言をクイーンがしたので、その件はそこで打ち切りとなったのだ。

 当のバニルはと言うと、丁度一週間ぐらい前にアクセルに帰って来て、今では何事もなかったようにシレッと働いているというのがアクアからの情報だ。


「それじゃ、今度こそ本当にお別れだ。皆の衆、達者でな!」

 二指の敬礼をしながら宣言したクイーンは、俺達に背を向けてるとこちらを見ずに歩き出した。

 その後ろ姿を何とも言えない気持ちで見送っていると、隣から鼻を啜る音がした。

 横を見てみて最初に目に入ったのは、顔をぐちゃぐちゃにして泣きじゃくるアクア。

 その隣でめぐみんは泣き顔を見られないようにか帽子を深く被り、ダクネスも泣くまいと気丈に振舞っていた。

 はあ、揃いも揃って素直じゃねえ奴らだな。

 ……まあ、それは俺も同じか。

 もう一度前を見た時には、既にクイーンとの間にだいぶ距離ができていた。

 俺は大きく息を吸い込み、


「クイーーーン!お前が来てくれて、なんだかんだ言いながらも楽しかった! ありがとおおお!」


 有らん限りの声を張り上げた。

 その様子を見て一瞬ぽかーんとしたアクア達だったが、意図が分かったようで涙を拭い。

「クイーン! 貴方のおかげで私、一歩踏み出せた気がするわ! だから、ありがとおおお!」

「まだ爆裂勝負の決着がついていません! 絶対に帰ってくるのですよ、絶対ですからねえええ!」

「私達はいつでも待っているからな! 土産話を期待しているぞおおお!」

 俺達の声が果たして聞こえたかは分からないが、何となく気持ちは届いた気がする。

 アクア達も大声をあげてすっきりしたらしく、晴れやかな表情を浮かべていた。

 ……偶にはこういうザ・青春って感じの、こっ恥ずかしい事もいいかもな。

 それからしばらく経ち、クイーンの後ろ姿が完全に捉えられなくなった頃。

「よーしお前ら、偶にはクエストでも行くか!」

「いいわね、行きましょうクエスト! このアクア様の力を見せてあげるわ!」

「ふっ、我が爆裂魔法の前には、どんなモンスターでも敵ではない!」

「ああ、どんな凶悪な一撃だろうとどんとこいだ!」


 ――俺の言葉にアクア達が力強く答えお互い顔を見合わせた後、俺達は揃ってギルドへと踵を返した。


 出会いがあれば別れがある。

 どれだけ暗澹な世界にも、終焉の刻は必ずやって来る。

 それが世界の理であり、神であろうと揺るがすことの出来ない絶対の掟だ。

 時には悲しい事もあるかもしれないが、その分だけ些細な日常や近くにいる仲間の大切さを知る事が出来る。

 きっと今回の出会いは、それを教えるために与えられたのだろう。

 俺はこの場所で、どうしようもない仲間達とロクでもない問題に取り組んでいく。

 願わくば、旅立った我らが誇る優秀な仲間と再会出来るその日まで、お互いに精一杯生きていこう。

 この奇跡溢れる素晴らしい世界に祝福を!



Thanks For Your Playing.


























ア「ただまー!」

?「おかりー! 随分遅かったな、もう晩飯は出来てるぞ」

カ「そっか、そりゃありが……ってクイーン!? 何でお前がここにいるんだよ!? 今朝旅立ったばっかじゃねえか!」

ク「お前こそ何を言ってるんだ? 俺は街を出るといっただけで帰ってこないとは言ってないぞ。俺には瞬間移動があるからな、テレポートみたいにいちいち登録しなくていいし何時でも帰って来れるんだよ。だったら宿代がかからないここで泊まるのが一番手っ取り早いだろう」

カ「舐めんな! おらとっとと出て行け、二度とくんな!」

ク「えー、ひっどいな。今朝はあんなに情熱的に引き留めてくれたくせに。『クイーン! 何だかんだ楽しかった』って……」

カ「ごめんなさい、謝るから恥ずかしいので俺の声を真似て言わないでええええ!」



本当にEND

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