嘘は聴取の隠し味

 俺のすぐ後ろに控えるはアクア、めぐみん、ダクネス、更にその後ろにはゆんゆん、ウィズ、バニル、それにアイリスの四人。

 対して俺と対面するのは、ズタボロになったはずなのに今や新品同然の光彩を放つ一張羅に着替えたクイーン。

 そして俺達を囲んでいる大勢の聴衆は少しざわつきながら、俺達の話し合いが始まるのを今か今かと待っていた――


 クイーンに矛先を向けていた人達を何とか宥めた後、俺は少しクイーンとの話し合いの場を設けてくれないかとアイリスに頼んだ。

 当初は俺達だけで個別に話を聞こうと思ったのだが、そこで待ったをかけたのは他ならぬクイーンだった。

 クイーンの主張は、『他の者の疑心も除くには、共に聞いてもらった方が手間が省けるだろう』というもので、これには同意せざるを得ない。

 仮に俺達が聞いた話をアイリスに伝え、それから他の冒険者に伝達した所で誰もクイーンの事を信用しないだろう。

 そうなってしまえば処遇の大小がどうであれ、今後クイーンの身が危ぶまれるのは想像に難くない。

 なので全体の前でやるのは構わないのだが、その場合は俺達以外にも天界関連の話をする必要性が出てきてしまう。

 その辺は大丈夫なのかと心配してクイーンに尋ねてみたが、条例に引っ掛からないよう上手くするとやけに強い口調で断言してきた。

 それならばと合意した俺達はクイーンの意向の下、このような開放型の尋問形式を取る流れになったのだ。


「――それじゃあ、一切合切話してもらおうか」

「ああ、心得ている。いくらでも尋ねてくれたまえ」

 急遽用意してもらった机を挟む形でクイーンと向かい合った俺がそう告げた途端、先程まで少しざわついていた空気が収まり、辺りには静寂が訪れた。

 にしても、机を挟んでの事情聴取に大勢の傍聴人に囲まれたこの状況、なんだか裁判長になった気分だ。

「こっちは聞きたい事が山ほど有るんだよ。お前がどうやって生き延びたのかとか、事後処理の方はどうなったのかとか。そしてこれが一番大事な点だが……」

 クイーンがじっと目を合わせてくる中、俺はそこで一呼吸置き、

「どうやって俺の隠し金庫の場所を見つけたかって事だ!」

「いや、それは一番いらない部分じゃ……」

 少し気が抜けたのか呆れたように言ってくるクイーンに、アクアがズイッと俺を押しのけて。

「いーえそれこそが最重要問題よ! カズマの邪な趣味はどうでもいいけど、私が皆に内緒で進めていた計画をどうしてクイーンが知ってるのよ! それだけは絶対に答えてもらうからね!」

「おい、話が脱線するからお前は割り込んでくんな! というか、それについては後でたっぷり吐いてもらうから覚悟しとけよ!」

「ひっ! 謝るから、あんまり酷い事はしないでね!」

 俺の脅しに悲鳴を上げ、すぐさま後ろへと下がっていくアクア。

 そして我関せずと言った体裁を取っているめぐみんとダクネスも内心物凄く気になるらしく、目線を逸らしながら耳だけはしっかりとピクつかせていた。

 ……しかし何というか。

「本来なら今のこの状況って、死んだと思われた仲間との感動の対面という物凄く盛り上がる場面だよな? なのにどうしてこんなに腑抜けた感じになってるんだよ……」

「それは偏に、アクア達が思い通りの反応を示さないからだと思うぞ」

「だよな、やっぱりそうだよな! お前だけだよ、俺の苦悩を分かってくれるのは……っ!」

 俺の一番の理解者が最も付き合いの短いクイーンだという悲しい現実に、俺はひっそりと涙をこぼした。

「そ、それよりも話を戻してだな。余計な誤魔化しなんかしないでちゃんと答えてくれよ。仮に嘘を吐いたとしても、この魔道具が鳴るからそのつもりで」

 そう言いながら俺は机の中央に置いてある、あの忌まわしき魔道具をコンコンッと軽く叩いた。

 今更クイーンを疑いはしないが、こいつの場合は信じられないような手段を使って生還した可能性がある、というか絶対使ってる。

 それを信じる為に、机を運んで来てもらうのと一緒にこいつも用意してもらったのだ。

 初めて見る魔道具に興味でも持ったのか、クイーンがやたらしげしげと観察している傍ら、俺は早速尋問を開始した。

「まず一つ目の質問だ、お前は俺達が知ってるクイーンで間違いないんだな?」

「違います」

 真剣な顔できっぱりと言い切ったその言葉に、俺達の表情が凍りつ……。

 ――チリーン。

 魔道具から涼やかな音が鳴り響き、俺達はホッと胸をなでおろした。

「……おい、なんでわざわざまどろっこしい言い方すんだよ。そこは素直に『はい』でいいだろ!」

「いや何、君はさっきこれで嘘を看破すると言っていただろう。なのでこの魔道具の性能が如何程の物か気になったのでつい……」

 ――チリーン。

「……っというのもあるが、一番の目的は君達がぎょっとする顔を拝見したかったからだ」

 今度は反応を示さない魔道具を見て、満足そうにコクコクと頷くクイーン。

 コイツー、こんな状態だってのに俺達の反応を見て楽しむとか性格悪いにも程があるだろ。

 ……いや、何にせよ目の前にいるのが本物のクイーンだって分かったんだ、今のところはそれで良しとしよう。

「クイーン、おかえり! またあなたに会えて本当に……ほんどうによがっだっ!」

「全く、アクアもいい年なんだから毎度毎度大泣きするな。よしよし、心配かけて悪かった。もうどこにもいかないからな。それと……、ただいま」

 少し恥ずかしそうにはにかんだクイーンは抱き着かれるままに、嬉し涙を一杯に浮かべるアクアの頭を優しく撫でてやった。

 そしてめぐみんやダクネスも、こいつが本物のクイーンだと分かり完全に心を許したようで、少し涙ぐみながら満面の笑みを浮かべてクイーンに近付く。

 一方で破壊神としての一面しか知らない周囲の人は、クイーンのあまりの豹変ぶりに戸惑いを隠せてないが。

「はいはい、まだやる事が沢山残ってるし、感動の再会はその辺にしておこうぜ。それじゃあ改めて、次の質問だ。お前、あの状況下からどうやって生き延びたんだ? 俺達はこの目でお前が消える瞬間を確認したんだぞ?」

 それこそが俺達が完全に望みを絶ち切った理由だ。

 あの爆焔の中でクイーンは確実に姿を消し去っていたというのに、何をどう間違ったらこうして翌日にピンピンの状態で戻って来れるのだろうか。

「やはりカズマはいい眼を持っているな、正しく君が言った通りなのだよ。君達が確認したように、私はめぐみんの放った爆裂魔法の中から消失したのさ」

 事も無げにそう告げたクイーンに、周囲の人達はおろか、クイーンの事をよく知る俺達までも頭に疑問符を浮かべる。

「そりゃ一体どういう意味だ? もっと具体的に説明してくれよ」

「確かに今のは抽象的過ぎたな。つまりこういう事だ。私は爆焔に包まれた際に瞬間移動、ここではテレポートだったか? を使用して魔法からの離脱を図ったのだよ。それにより傍から観測する分には、あたかも私が魔法により一片残らず滅びたように映るが、実際はこうして生き永らえる事が出来るという寸法だ」

 淡々と説明するクイーンの言葉が信じられず俺達の視線は魔道具に集まるが、少しも音を立てる気配を見せない。

 これにより、クイーンの説明は事実だと証明されたのだが……。

「で、ですがあの時、あなたは既に魔力を枯渇させていたではないですか! 爆裂魔法には程遠いにしろ、テレポートはかなりの魔力を必要とします。それなのにどうやって!?」

「ああ、あの時は私も死を覚悟した物だ。だが本来私には破壊を司る者として、攻撃魔法の一部を自身の魔力に還元出来るという特性を所持していてな」

 めぐみんの質問にクイーンは神妙な顔付きで答えつつ、そこで何故か魔道具をチラッと見た。

 つられて俺達も魔道具を見たが、当然鳴らない。

「それでめぐみんの爆裂魔法の一部を自分の魔力に還元して、テレポートを使ったという訳か。冗談みたいな話だな」

 クイーンが言いたかったのはつまりこういう事だろう。

 流石は存在そのものがチートな神様なだけはある。

「何にせよ、お前が生きていて何よりだ。んっ、だが待て。わざわざテレポートを使ってまで脱出したという事は、クイーンは初めから死ぬつもりはなかったのだな?」

「それはそうだろう。例え悠久の刻を経たとはいえ、誰にだって心残りという物は存在するものだ」

 ダクネスの疑問に、クイーンが当たり前のように言い返す。

 ……あれ、でもそれっておかしくないか?

「だったら何故、あの時めぐみんにわざわざ爆裂魔法を打たせたのだ? これからも生きていくつもりだったのなら、あの過程は必要なかったではないか?」

「私は無駄な所作は極力避ける性質だ、勿論その過程にも意味はある。ただ天界規定ギリギリの内容なので、少し言葉は濁させてもらうが……」

 再度尋ねてきたダクネスに、そう一言断ったクイーンは、

「元々私の処遇は凍結などではなく、死を持って償うべき案件だったんだ。ただ、現在私の代行者の育成が間に合っておらんようでな、上の者が少し処遇を変更したんだ。いざとなったら私を再び参入出来る様に身柄は保管しておこうとね」

 そんな天界の暗い話は聞きたくなかった。

 アクアを呼び戻した事と言い、天界ってのはそんなに人材不足なのか?

「だが私としては、中途半端に凍結を受理されるぐらいなら潔く死を受け入れたかったんだ。そこで何とかこの判決を覆そうと頭を悩ませた結果、いっそ勝手に死刑を執行してしまおうと決意したのだよ。神に対しての死刑というのは人間とは仕組みが異なっていてね。数名の立会い人の下、女神名簿から名前を削除した時点で報償は完了したという規則が敷かれているんだ」

 そこで一旦口を止めたクイーンは、机に置いてあるお茶を一口すすった。

 何とも気になるところで話を止められたが、ここは焦ってはいけないだろう。

「ねえねえ、そういえば天界での取り扱いはどうなったの? 私まだ連絡受けてないから結果を知らないのよ。まさか、このままこっちにいたら襲撃されちゃうとかじゃないわよね?」

「お前、それ明らかに今から話す流れだっただろうに……」

 だが、アクアが言い分も気になる点ではある。

 元々クイーンは刑が執行なされる処を、こうしてこの世界に逃げて来たのだ。

 当然まだ天界での罪に対する処罰がなされていないはずで、その場合は今すぐにでもここが襲撃される可能性も否定できないだろう。

 まあ、クイーンのこのゆったりとした態度からして……。

「案ずるな、その辺に抜かりはない。というか、それはまさに先程話していた事と関連してくるのだよ。私の散り際に天界から使者が派遣されていたのを覚えているだろうか? 爆裂魔法が私に直撃したのを目撃したあの者共が、どうも私が消滅したと勝手に判断して、女神名簿から私の名を消去してくれたらしい。つまり書類上、私は晴れて自由の身になったという訳だ。いやはや、この為に随分と回り道をしてしまった」

 やっぱり、という事はだ……。

「……なあ、今まで俺達の前に現れなかったのって」

 半眼になって尋ねた俺の言葉にその場面を思い出したのか、クイーンは実に楽しそうに笑みを浮かべ。

「君の想定通り、服と身体の傷を癒した後に、その者共に礼を兼ねた挨拶をしに天界へと赴いていたんだ。いやー、私を前にした時のあの驚き様ったら傑作だったな」

 つまりこいつは自分の死を偽装する事で、天界規定とやらの隙を突いたのか。

 ……こいつ、何となく分かっていたが腹黒すぎやしないか。

 笑えない冗談が一方的に流され、聴衆達からの視線が物凄い勢いでヤバい物を視る目へと変わっていく。

「そして最後の質問に対しての答えだが、これは簡単だぞ。初めて爆裂魔法を打った時に魔力の使い方を大体把握したのでな。練習がてら君達に魔力を用いた盗聴器や発信機を纏わせておいたんだ。かなり微弱に設定したので君達は感知出来なかったのだろうが、それを仲介して時々君達の行動を観察していたんだ。さっきアクアが夜這いを掛けたとかいった内容もそこから……おいおい、そんなに怒らないでくれよ、これでも少しは悪いと思っているんだ」

 無言で殴りかかる俺達を軽々と捌き切り、笑いながら謝ってくるこの性悪女を一体どうしてくれようか。

 結局一発も攻撃が当たらず荒い息を吐きながら、俺達は椅子へと着席し直した。

「はあ、もう少し申し訳なさそうにしたらどうだ。もう二度とこんなマネはするな」

「初犯ですし、他ならぬあなたですから見逃してあげますが、二度目はないと思ってください」

「『ブレイク・スペル』ッ! これで邪な力は取り除けたわ。まったく、クイーンてばまったく! この清廉な女神である私のプライベートを覗くだなんてどうかしてるわ! 今回は許してあげるから寛大な私に心から感謝なさい!」

 口々に小言を言う三人に、

「すまんすまん、もう解呪したんだからそれで勘弁してくれ。さて、これで一通りの説明は終えた訳だが、もう他に疑問は残っていないか? この際だ、大概の事は話してやるぞ!」

 こいつ、絶対反省していないだろ、もっと猛省しろと言ってやりたい。

 というか、なんか妙にそわそわしてないか?


 ――まるで何かを聞いて欲しいと言わんばかりに。


 俺が何となく、本当になんとなく嫌な予感を覚える横で、アクアは少し考えてから。

「そうね、だったら私さっきから気になってた事があるのよ。あなた、さっきダクネスに化けて私達の前に来たでしょ。なんであんな登場の仕方をしたの?」

「そ、そうだった。おい、クイーン、あれはどういう意図があったのだ! 冗談にしては度が過ぎていたぞ!! わざわざ私に変装して、あ、あんな恥ずかしい事を……っ!」

 それは俺もずっと気になっていた。

 今更こいつが変装スキルだの変身魔法だの持ってても驚かないが、たかが登場に凝り過ぎだ。

 まず衣装を用意するだろ、そんでクレアに化けてダクネスを退場させて、今度はダクネスに化けて、しかも色仕掛け付きで俺に迫る。

 どう考えても採算が合わない気がするんだが。

 するとクイーンは平素を装いながらも、明らかに何か歓びのような物を口の端に浮かべ。

「だよな、やはりその点は気になるよな! よかろう、説明してしんぜよ。理由の一つには、極力派手な登場が良かったというのがある。周囲の意表を突き度肝を抜くというのは、復活の類では最早お約束だからな、そこはしっかりと順守せねばいかんと思った訳だ」

「流石はクイーン、分かっているではありませんか! その格好良い展開はもはや王道、逆にそれ以外の登場などあってはいけません!」

 中二っぽい筋書きにすかさず絶賛するめぐみんと、同じくうんうんと首を縦に振る会場にいた紅魔族の人達。

 確かにクイーンがやってのけたのは、探偵小説としてはよくある話だ。

 死んだ者を弔う人の傍に正体を隠して近付き、相手が気付かないのをいい事に本人しか知りえない話を伝える。

 そしてその人が、どうしてお前がそれをとか言った後に不敵な笑みを浮かべて正体を明かす、というあれだろう。

 だけど……。

「そ、そういうものなのか? だ、だが、それだけの為にここまで大掛かりな立ち回りをする必要はないだろう。私達を驚かせたかったのなら、屋敷に帰ったのを見計らってやれば良かったのだ! 理由の一つと言っていたが、他にどんな理由があるというのだ?」

 ダクネスの言う通り、単に俺達を驚かせたかったんなら、屋敷に帰った後に宅配業者にでも化ければそれで済む。

 にも拘らず、わざわざ破壊神トルクティオの敵がわんさかいるこんな危険な場所で、この流れを実行に移した意図が全く理解できない。

 俺が訝し気にクイーンを眺めていた、その時。


「ああ、ここまではほんの建前だ」


 クイーンがそんな事を告げ……。

「お前今なんて言った?」

 素で聞き返した俺に、愈々気持ちが抑えられなくなったのか。

 最早隠そうともせずにニタッと笑みを浮かべたクイーンは、机をバンと叩き立ち上がった。

「今まで話した内容は全てほんの建前に過ぎない、真の狙いは他にある。というかその質問をこの時、この場所でしてくれるのが目的だったと言っても過言ではない! この瞬間を俺は長い間ずっと、ずーっと待っていたんだ!! 王都を襲撃したのも、ダクネスの格好をしてこの場に現れたのも、全てはこの瞬間の為だったんだ! こうしておけば、可能な限りの人間をこの場に呼び込み、尚且つたった一つの行動でこの会場全体から注目を集められるからな!!」

 早口で、しかも今まで見た事が無い程に熱く力強く語り出したクイーン。

 だがそれよりも、こいつ今気になる事を言わなかったか?

「最初にこの厄介な魔道具を持ってこられたのは予想外だった。下手をすれば、今まで緻密に計算し尽し溜めに溜めた計画が全てパーになりかねんかったからな、内心かなり動揺したもんだ。だが最初の数回の発言で、こいつは言い方さえ注意すれば何とでも誤魔化せると判明し一安心した。さあ、今こそ俺の予てからの願望を成就してやるぜええええっ!!」

 過度に興奮した影響か喋り方が随分と荒くなり、ロクでもない事を口走り始めたクイーンに全員が一様に目を白黒させていたが、今はそれどころではない。

 聞き間違いかと思ったがやはり俺の耳は正常だったらしい。

「……お前、今自分の事をなんて呼んだ?」

 自分でもびっくりするぐらいの真顔になった俺はそう尋ね。

「別に変な文言は言った覚えはないぞ。それにそっち系統という訳でもない。というのもだな……」

 クイーンはこれ以上に無いという程に恍惚とした、それでいて何処か悪魔じみた笑みを浮かべた。

 そしてその言葉を、この場の全員が聞き間違えようがない程にハッキリと。


「だって俺、もともと男だからな!」


 作動する気配を全く見せない魔道具。

 その事実が徐々に会場中へ染み渡っていき、この時空間が完全に凍り付いた。


 いや、その中で二人だけ動けている奴がいた。


「――ッ! ――ッッ! フハッ! フワーッハッハッハッハ!! やりおった、あやつこの吾輩ですら実行に躊躇する事を本当にやり切りおった!! そうだこれだ、これこそが吾輩が長らく待ち望んでいた至高にして超極上の悪感情!! 熟成に熟成を重ねた大勢の人間より生み出されるガッカリ感と憤懣の織り成す何とも絶妙なハーモニー! 美味である、大変に美味であるぞ!! フッハハハハハッ!」

「ハッハハハハ、アッハハハハハハ!! やばい、やばすぎる! これがバニルが好んで食しているという悪感情。ここに来るまでに色々と試してみたが、まさか自分で育成した悄然感がここまで旨いとは! これが俺が味わいたかった最高の悪感情、これこそが俺がこの世界に来た理由、やっと成就出来たぞ! ッハーッハッハッハッハ!!」

 息も絶え絶えに絶倒しているクソ悪魔と諸悪の根源だけは別だった。

「しかし、まさかここまで上手く行くとは流石の吾輩も見通せなかったぞ。汝が話を持ち掛けて来た時はどうなるかと思ったが、これは相談を引き受けた甲斐があったというもの!」

「そんなそんな恐れ多い。俺一人ではここまで順調に事が捗らなかっただろうし、何より貴方無しでは至上の悪感情を生むプロセスを想起出来なかった、本当に感謝してるよ。それで、対価の方は満足して頂けたかな?」

「うむ。この地獄の公爵にして七大悪魔が第一席である吾輩が十二分に満足し得る悪感情を用意するとは、貴様人間にしておくには勿体ないな。どうだ、いっそのことその意外と話の分かる女神とは手を切って、悪魔に転生してみる気はないか?」

「うーん、なかなかに魅力的な提案だが、折角面倒な過程を経て大っぴらに使用可能にした力だ、もう少し堪能しておきたいな。だが、この力を存分に楽しんだ後に女神に見捨てられでもしたら、そん時は改めてお願いするかもしれない」

「そうか、その時は吾輩自ら慶んで悪魔化の儀式を執り行ってやろうではないか! フハハハハ!」

 俺達の事なんか放っておいて、笑い合いながらどんどんと話を進めていく二人。

 そんな二人に、俺はこれ以上に無いほど爽やかな笑顔を作り。

「おい、お前ら。二人だけで楽しんでいないでもう少し俺達と共有してくれてもいいんじゃないかな? ほら、皆も聞きたいって顔してるしさ!」

 俺の言葉にこちらを見たそいつらは、お互いに頷き合い。

「それもそうだな。今のでも十二分に悪感情は楽しめたが、もしかしたらこれ以上の物が堪能出来るかもだし。よーしお前ら、これから俺の苦難と努力の追想録を語ってやるから有難く拝聴するんだぞ! そう、あれは俺がまだ日本にいる時だった――」


 そう言ってクイーンと名乗るこの男は、皆の前で壮大な一人語りを始めた――

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