響けし黎明の鐘

 翌日。

 正装に身を包んだ俺達は現在、会場内に置かれた卓の一つを囲み、なんでもない会話をして祝勝会が始まるまでの時間を潰していた。

 正直あまり乗り気じゃなかったのだが、一応は今回の一番の功労者である俺達が不参加というのは世間的に不味いらしい。

 という訳で、渋々ながらもこうして足を運んできたのだが……。


「まったく、あなたという人は! あれだけの出来事があったその日の夜にアクアとイチャイチャするとか、何を考えているのですか!」

「めぐみんの言う通りだ! 皆が傷心している最中コッソリと二人で乳繰り合うなど、何たる有様だ! もう少し仲間を弔おうとは思わなかったのか?」


 この状態を早く脱出したいです。


 何だかんだ言ってもアクアの隣は安心できるのか、結局あの後すぐに眠りに落ちた俺はアクア共々昼まで眠りこけ。

 待ち合わせ時間になっても来ないということで迎えに来ためぐみんとダクネスに、俺がアクアと一緒に寝ている場面をバッチリ目撃されてしまった。

 そのせいで俺達は揃って大目玉を食らい、一段落ついたはずの今もこうしてねちねちと絡まれているのだ。


「お前ら言い方に気を付けろよ、別にイチャイチャなんかしてないし乳繰り合うだなんてあり得ないから! アクアの奴が勝手に俺の部屋に夜這いに来ただけだっての!」

「よ、夜這いじゃないわよ、変な言いがかりは止めて! そ、それにあんただって私に抱き着かれて満更でもなさそうにしてたじゃない! 本当は少し期待してたんでしょ? 怒らないであげるから素直に白状なさいなっ!」

 このアマー、昨日の殊勝な態度はどこ行きやがったんだ?

「ちょっと待ってください、今聞き捨てならない事を言いませんでしたか? アクアがカズマに抱き着いた!? それは本当なのですか、アクア!?」

「っ! た、確かに抱き着きはしたわ。でも、それは別に疾しい気持ちがあってやった訳じゃないの! そもそも昨日はカズマにちょっと伝えたい話があったから部屋に行っただけであって、夜這いとかそんな下心は少しもなかったんだからね!」

 お前、てんぱり過ぎてるのか天然なのか判断に迷うが、そういうのは大声で言うもんじゃないと思うぞ。

 必死になって言い訳をするアクアを見て、めぐみんやダクネスは昨夜何があったのか悟ったらしく。

 さっきまでの詰問する態度はどこへやら、アクアを我が子を見守るかのような顔付きで眺め始めた。

「ねえ二人とも、どうしてそんな優しい目で私を見るの? 急に態度変えられるとそれはそれで怖いんですけど」

「いえいえ、何でもないですよ。ただアクアも、漸く一歩を踏み出せたのだと分かってホッとしているのですよ」

 めぐみんが放ったその一言に、初めは何を言われているのか分からない様子のアクアだったが、徐々に顔を赤くしていき机に顔を伏せてしまった。

 めぐみんがそんなアクアの肩をポンポンと叩いてやる様子を眺めていたダクネスが、

「アクアも、随分素直になってきたのだな。それもこれも、クイーンの影響なのかもしれないな」

 シミジミといった感じで放ったその一言に、この場の空気がピキッと凍り付いた。

「あっ、ああ、すまない。決してわざと言った訳では……」

 慌ててダクネスが謝罪をしてきた、丁度その時。

「お取込み中申し訳ない、ダスティネス卿。祝勝会の進行に関して最終調整を行う為、貴方も会議に参加なさるようにとアイリス様からお達しを頂いた。至急ご足労を……、皆様どうかなされましたか、随分と空気が重いようですが……?」

 相も変わらぬ白スーツ姿をしたクレアが、俺達の机へとやって来た。

「クレア殿か。申し訳ないが今立て込んでいてな、私は会議に参加できない旨をアイリス様に伝えておいてもらえないだろうか?」

「そ、そう言われましても、主賓である貴方は冒頭の挨拶を担当しているので、来て頂かない訳には……」

 この重苦しい空気を作ってしまった張本人なだけに、この場を離れ難いのだろう。

 チラチラッと俺の方を見てくるダクネスに、

「アイリスに呼ばれたんなら断る訳にもいかないだろ、行って来い。あの二人は俺がなんとかしとくから」

 俺の言葉に後押しされてか、すまないと一言残したダクネスは、未だにこちらを気にしながらもクレアと共に俺達から離れて行った。

 さて、こいつらをどうするかだが……。

「「「………」」」

 や、やっぱ気まずい、途轍もなく気まずい。

 任せてくれといった手前放っておく訳にもいかないが、こいつら揃いも揃って項垂れやがって、どうすんだよこの雰囲気。

 ……いっその事諦めて俺だけでも帰ろうかな。

 俺が半ば本気でそんな事を考えていると、

「何だこの無駄に濃厚な悲嘆の悪感情は。これは吾輩好みの味ではない。垂れ流されても処分に困るので、即刻流出をやめるがいい。仲間をその手にかけてしまい、この先どうしたらよいか分からず路頭に迷っている者共よ!」

「皆さん、その……色々とお疲れ様です……」

「バニルっ!? それにウィズまで! お前らなんでここにいるんだ?」

 突然俺達に声を掛けて来たのはいつも通りの格好をした、アクセルの街にいるはずのバニルとウィズだった。

「この時期に吾輩が王都に来る理由など一つしかあるまい、当然商談の為だ。今回の戦により、国中の魔道具という魔道具が搔き集められたのでな。この機を見逃さず退廃店主が集めていたガラクタの数々を売りつけていたのだ。いやはや、女神の割になかなか役立ってくれたものだな!!」

「バニルさん、何もそんな言い方ないじゃないですか! というか、近日中に大量に売れると言って用意していたあの商品、あれはこの事だったんですね!! カズマさん、ウチのバニルさんがすいません! それと、あの……。今回の件は……、その、何と言いますか……」

「私もあの時の様子は見てましたから、皆さんが落ち込むのも分かるんですけど……、あの……」

 俺達にどのような言葉をかけていいか分からずに尻すぼみしていくウィズ。

 そしてバニルとウィズの背に隠れて気付かなかったが、どうやらゆんゆんも紅魔族陣営から離れこちらに来てくれたらしい。

「いや、気遣ってくれるだけでも十分だよ。こればっかりは俺達だけで受け止めないと、あいつに申し訳が立たないからさ」

「そ、そうですか……。でも、私にやれる事があったら何でも言ってくださいね! 愚痴でも憂さ晴らしでもなんでも付き合いますから!」

「わ、私もっ! 大したお役には立てないかもしれませんが……。それでも、何か困ったら頼ってください! だって私達はと、とも……、友達、ですから!」

 ああ、相変わらずなんていい人達なんだ。

 やっぱり持つべきは良識のある友人だよなあ。

 ウィズがアクアの背中を撫でたり、ゆんゆんがめぐみんの周りでオロオロしているのを眺めながら、俺はしみじみと感傷に耽り、

「貴様らは一体何を悲しんでおるのだ。奴は自ら死を望んでおり、破滅願望者としてはまさに理想の最後を迎えたのだ、貴様らがあれこれ言うものではない。それに今回の事で女神と言う鬱陶しい存在が一人減り、同時に吾輩達はがっぽり稼がせてもらった。あれが蒸発したからと言って喜び庭駆け回れど、悲嘆にくれる理由は何一つないではないか」

「バニルさんッ!」

 やれやれと肩をすくめるバニルをウィズが厳しい口調で諫める中、今まで机に顔を埋めていたアクアは腰かけていた椅子からゆらっと立ち上がり。

「あんた、最近はあの子のお世話があったからあまり絡まないようにしてあげてたけど、今のは聞き捨てならないわよ。あの子が死んじゃったのを喜ぶなんてあり得ないんですけど! やっぱりあんたは生きているだけで周りに害をバラ撒くようね。いいわ、今日という今日はあんたの残機を全部消し飛ばしてあげるわ!!」

 青筋をたてて今にも襲い掛からんとするアクアに続き、めぐみんまでもが目を攻撃色に輝かせ立ち上がり、今にも爆裂魔法を打ち込みそうな勢いだ。

「まあ落ち着くがよい、昨晩小僧に胸の内を打ち明けたが拒絶されなかった事で浮かれ切っている花畑プリーストと、冷静を装いつつも内心その影響を受け平穏でいられない頭のおかしい紅魔の娘よ。ってこ、こら、何度言ったら分かるのだ、いちいち吾輩の仮面を折ろうとするでないわ!」

 顔を真っ赤にして仮面を奪おうとする二人を回避したバニルが、乱れた服を整えてから。

「その実この慰労会自体にあまり乗り気でなく、いっそ他の者を置いてさっさと退散しようと画策している小僧を含め、汝らに一つ良い報せを教えてやろう。汝らはこのまま部屋に戻る事なく、大人しくこの場にいるが吉! さすれば程なくした後に、この上なく素晴らしい現象を目の当たりにするであろう!」

 この上なく素晴らしい現象だと?

 こいつが素晴らしいって言う時は、大概俺達にとっては面白くない展開が待っているのだが。

「お前、俺がここに来る前にも物騒な予言をしたよな。初めからこうなるって知ってたんなら、もったいぶらずにハッキリ言ってくれれば良かったんだ。そんなお前の言葉を信じろと?」

 以前貰った予言への腹いせも込めて、俺はバニルに疑いの視線を送る。

「ハッキリ告げたところで結果は変わらんかったであろうに、己の無力さ故に招いた結果を吾輩に八つ当たりするな。しかし、今回は汝達にとっても悪い報せではないはずだ。何なら泣いて喜ぶやもしれん」

 その言葉に、俺達は益々胡乱な視線をバニルに向けた。

 と、会議とやらが終わったのか、やけに疲弊した様子のダクネスがよろよろしながらこちらに戻ってきた。

「どうしたんだダクネス、そんなぐったりして。アイリスになんか無茶なお願いでもされ……」

「「ちょ!?」」

 そこまで言いかけて、俺は先を続けられなかった。

 理由は不明だが公衆の面前であるにもかかわらず、ダクネスが何の前触れもなく俺の肩に頭を埋めてきたのだ。

「あ、あの、ダクネスさん。これは一体……」

「カズマ……」

 いきなりの事で動揺を隠せない俺に、ダクネスは周囲によく通る声で、

「私はお前の事が好きだ、こればっかりはどうしても変わらないらしい。お前がめぐみんを好きなのは知っているし、私はアクアやめぐみんも好きだ。だが、アクアがお前に胸の内を話したと聞き、再びお前を独占したいという気持が沸き上がってしまった! 何度も諦めようとも思ったが、この気持ちだけはどうやっても抑え切れない! たとえ二人が相手でも、お前を取られるのはやっぱり嫌だ!」

「まあ!」

「おおおま、お前は、一体何を言って……っ!?」

 訳が分からず、俺は助けを求めようと周りを見回すも。

 アクアとめぐみんは愕然と立ち尽くし、ウィズやゆんゆんは頬を赤らめてるだけ、バニルはニヤニヤして傍観を決め込んでいる。

 くそっ、当てになる奴が一人もいねえ。

 と、ダクネスが俺の頬を愛おしいものでも触るように、そっと左手で撫でてきた。

 そのせいかまるで金縛りにでもあったかのように身動きが取れなくなる俺に、ダクネスは耳元に囁き声で、

「だからいっそ、この公の場で既成事実を作ってしまえば、流石のお前でも私の事を……」

 分からない、この人が何を言っているのか全く分からないです。

 なんなのこれ、こいつの身に一体何が起こっているんだ?

「ままま待て、早まるなっ! お前さっきまでは普段通りだったのに、一体この短時間で何があったんだ!? って近い近い顔が近い! このままだとキスしちゃう!! ちょっ、これ以上は本当にシャレにならんからマジでやめて、いやお辞めくださいダスティネス様! ダス……! ララティーナお嬢様ー!!」

 普段屋敷でこれをやられる分にはご褒美の類だが、脈絡もなくいきなりやられては流石に裏を勘ぐってしまう。

 おち、落ち着け、色香に惑わされるな!

 まずもって今のこいつは明らかおかしい。

 目の前のダクネスは物凄く妖艶というか、男の本能を揺さぶるレベルの色気が溢れているのだ。

 そもそも何時も変なところで恥ずかしがりやなこいつが、不特定多数の人間の前でこんな大胆な行動を取れるはずがないんだ。

 ……って考えてる間にもダクネスの唇がすぐそこに!

 これ以上考えてる時間はないか。

 最後の悪足搔きとばかりに、俺は超高速で思考を巡らし……。


 このダクネスに、身を委ねる事にした。


 どんな理由かは知らないが、ダクネスがキスしたいって言うんならさせてやろうじゃないか。

 俺も男だ、それぐらいの甲斐性は持ってる、後で周りにごちゃごちゃ言われようと知るか!

 腹を決めた俺はぎゅっと目をつぶり、既に何度か味わった感触が再び訪れるのを今か今かと待って……。


「カズマから離れろ、この曲者が!」


 突然、聞きなれた声が会場中に響き渡った。

 その声で正気を取り戻した俺は、今まさにキスしかかっていたダクネスの肩を押し返し距離を取り、声の出所へと顔を向けた。

 そこには武器を携え険しい表情を浮かべたアイリスやクレア、レイン、身辺警護をする騎士達が数十名。

 そして声を上げた張本人であり、顔や身体付き、果ては服の擦れ具合まで目の前のダクネスと瓜二つな人物の姿が。

「どどどどういう事ですか!? こ、こっちもダクネスで、あっちもダクネス? ……あ、あれ? 何だかそこら中にダクネスがいるような気がしてきたのですが……っ!?」

「ちょっとめぐみん、しっかりしなさいよ! この状況に混乱するのは分かるけど、今のめぐみんを見ていたら本当に頭のおかしな子に見えるわよ!」

 気が動転して遂に幻を見始めためぐみんを、ゆんゆんが必死に落ち着かせようとし、

「ダクネスってば、何時の間にあんな大掛かりな宴会芸を習得したのかしら。私も負けてらんないわね!」

 ……変なところに対抗心を燃やしているアクアは放っておこう。

 俺達が戸惑う中、後から来たダクネスは眼前にいるダクネスと俺との間に身体を割り込ませ、

「カズマ騙されるな、こいつは私の偽物だ! 私がクレア殿に連れられアイリス様の下へ赴くと、そこには別のクレア殿がいたのだ。訳が分からなくなって振り返ってみたが、そこには既に私達の卓に来たクレア殿はいなかった。そこからアイリス様などから話を聞き、何者かがクレア殿に変装して私をおびき出し、その間に私のフリをしてカズマに接近するつもりだという結論に至った。どうだ、違うか?」

 もう一人の自分に鋭い目を向けながら、そのような憶測を話すダクネス。

 こいつはこいつで誰だろう。

 かつてこんな格好良くて、クルセイダーの鏡のような姿をしたダクネスを見た例があっただろうか。

 先に来たダクネスはそんな視線はどこ吹く風で、掴まれていた手をするっとすり抜け。

 あまりにも自然な動きで、周りに止められる間もなく再び俺の腕と自分の腕を絡ませた。

 そしてにっこりと妖艶な表情を浮かべたかと思ったら。

「なあカズマ、本物は私だ。自分で言うのは何だが、私はあんなに凛々しくない。今の私はお前には不自然に映っているかもしれないが、その……私も焦っていてな。この機を逃したら、二度とお前を手に入れる事が出来ないのでは、と……。それで多少強引に事を進めようとしたのは謝罪しよう。だが、それもこれもお前の事をあ、愛しているからであって……。お前は信じてくれるよな、私が本物だと、信じてくれるよな?」

「信じます」

「なああああ!? おおおお前、さっきから私の姿で何を言っている! それにカズマも、何をあっさり篭絡しているんだ!?」

「うっさい、パチモン」

「にゅう~ん!」

 偽ダクネスがなんか悶えているが、そんな事は関係ない。

 俺は決心したのだ。めぐみんの事は勿論、俺への深い愛を持ったダクネスの事もちゃんと相手してやろうと!

 そう、俺はこれから、本物のララティーナお嬢様とくんつほぐれつした関係を構築するんだ!

「カズマ、認めたくないのは分かりますが、そっちの残念臭漂うほうが私達のダクネスですよ」

「残念臭!?」

「そうよね、ウチのダクネスはこんなに色気ないものね」

「色気がない!?」

 そんな目を逸らしたい現実を突き付けてくるめぐみんとアクア。

 うん、分かってた。

 ウチのクルセイダーがこんなにエロ可愛い訳ないしな。

 あっちの、二人の言葉に傷つき涙目になってる方が本物だろう。

 俺は残念なダクネスの姿に大きな溜息を吐き。

「そういう訳だから綺麗なダクネスさん、あなたが偽物だって訳なんですが。一体何者なんですか?」

 俺の言葉に理想的なダクネスはちっと小さく舌打ちをして、絡めていた腕を解き。

 会場中の視線が集まる中、俺達から少し離れた場所にある、周囲より少し高くなった上座へとつかつかと昇って行った。

「もう少し種種な感情が得られると期待していたのだが、この辺りが潮時か。それではご期待にお答えしまして」

 綺麗な方のダクネスが周りに一言断りを入れてから軽く頭を振ると、金色をしていた髪は瞬く間に白金色に変化していた。

 そしてその髪をかき上げると現れた、人がつい溜息を吐くほどに端正な、しかもとても見慣れた顔に……。


「「「「く、クイーン!!?!?!!??」」」」


 俺達は天井を撃ち抜かんとする勢いで大声をあげた。

 衣装はそのままにクイーンへと変貌を遂げたその人物は、モデルの様な立ち姿で会場中の人々に向かって不敵な笑みを浮かべている。

 その堂々たる姿を見て、ある者は現状を把握できずに呆然とし、またある者はつい昨日に討伐したはずの強敵の出現に恐れ戦き。

 そして――


「く、クイーン? あなた、本当にクイーンなの!?」

 目の前で起こった現象が未だに信じられず半信半疑のアクアが、クイーンの容貌をしたその人物におずおずと尋ねた。

 そんなアクアに、その人物はふっと微笑み、

「全く、君達と別れてからまだ一日と経過していないというのに、もう私の顔を忘れてしまったのかい? 君の眼にはどのような姿が映っているんだ?」

 依然と変わらぬおどけた調子でそう答えた。

「……いや、いやいやいや、そうは言うがお前! あの時めぐみんの爆裂魔法を食らって肉片も残さず消え去ったはずじゃ……?」

 俺の例から言って、アクアは身体のほんの一部でも残っていたら蘇生魔法を使える。

 その為砂埃が晴れた後、少しでも痕跡が残っていないかと血眼になって探したのだが、結局何も見つからなかった。

 それもあって、いきなり復活を遂げたと言われても易々と信じられないのだ。

 って、おい!

「アクア、お前何ふらふらとあいつに近付こうとしてんだ! 確かに出で立ちと言動は俺達が知っているクイーンそのものだが、そう短絡的に判断するんじゃねえ! これはきっと何かの罠だ!」

「はっ、そうだったわ! 世の中そんなに私の思った通りにはいかないものね、私知ってるもの!」

 こいつは本当に、本当に少しずつだが賢くなっている気がする。

 俺が一言声を掛けただけで思い留まり夜の世知辛さを認識し始めた辺り、昔とは比べようも無いほどに成長している。

「ええ、カズマの言う通り、これは私達を油断させた後に何かやらかすに違いありません! 恐らくあの人は、高等変身魔法であるシェイプチェンジを習得しているのですよ。しかも先程本物以上のダクネスを演じていましたし、相当スキルレベルも上げているのでしょう」

「お、おい、めぐみん。本物以上とはどういう意味だっ!? しかし、大勢の凄腕冒険者がいるこの場で私達に接近してきた意図が全く分からん。余程自分の力に自信があるのか、はたまた別の思惑があるのか……。皆、絶対に私よりも前に出るな!」

 そんな魔法があったとは知らなかったが、確かにその線は考えられる。

 最初はバニルが化けているのかとも思ったが、あいつはそこでニヤニヤと見ているしさっき会話までしたから白と言えるだろう。

 俺達が一向に警戒を解かずに鋭い目線を向けていたからか、舞台上の人物は顎に手を当て。

「えらく警戒された物だな、一体どうしたら信じてもらえるのか……。よし、この手で行くか」

 何か思い付いたらしく、俺達の方に視線を飛ばし。


「カズマ、君は最近作成したクローゼット裏の隠し金庫に様々な秘蔵品を保管しているよな。アクアはカズマの附けでアクシズ教の物品制作に着手。めぐみんは愈々収拾が付かなくなった団体の対処で困窮しており、ダクネスはもう少し精力的に行動しようと色仕掛けの研究を……」

「「「「信じますからそれ以上はやめて下さい、クイーン様!!」」」」


 俺達は四人揃って速やかに頭を下げた。

 間違いない、この人の心を抉るかの如き手口はクイーン以外ありえない。

 魔王とタイマン張った時でさえ、ここまでの恐怖を覚えなかったのではないだろうか。

 いやでも、それなら……。

「だ、だとしたら、一体どうやって生き永らえたんだ? それに天界関連の方はもう解決したのか? そもそも今まで何してたんだよ?」

「落ち着け、そんな矢継ぎ早に質問を並べ立てられても答えられん。ちゃんと順を追って納得いくような説明をしてやるから安心しろ。その前に、一つ頼みがあるのだが……」

 と、先程までの飄々とした態度から一転、苦笑いを浮かべたクイーンは、


「周囲の人達が敵意丸出しで身の危険を感じるから、何とかしてくれないか?」


 クイーンの登場からしばらく経ち、徐々に精神的なショックから立ち直り始めたらしい。

 アイリスには首筋に剣を当てられ多くの冒険者にも矛先を向けられながら、クイーンは俺にそんな事を頼んできた。

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