最終章 この思慮深い茶番に幕引きを!
夜半の帳を潜る者
戦いは終わった。
勝利を祝して王家が祝勝会を開催するそうだが、今は誰もが酷く疲弊しきっている。
そこで今日の所は各自思い思いに疲れを癒し、宴は明日の昼頃から開始する流れとなった。
俺もここの所働き詰めで体力の限界だったし、正直これはありがたい。
何よりも、今は少し一人の時間が欲しかった。
夕食の間は周りが浮かれて騒ぐ中、俺達は終始沈黙のままモソモソと食し。
明日の待ち合わせ時間だけ決め、俺はそそくさと宛がわれた部屋へと引き下がった。
喧騒から解放された俺は既に馴染み深い部屋のベッドに飛び込み、サッサと休もうと目を閉じたが。
…………ダメだ、全然寝付けない。
身体は確かに疲労を感じているのに、変に頭が冴えているのだ。
しばらくは眠る努力を続けてみるも、一時間経っても二時間経ってもこれっぽっちも睡魔は訪れてくれない。
それならばと開き直った俺は、今までは極力考えない様にしていた事。
クイーンと過ごした、ここ最近の出来事について整理することにした――
あいつが来てからというもの、普段から騒がしかった日常が余計に目まぐるしくなったな。
初対面の時は凄い真面な巨乳美人がウチに来たと悦んだものだったが、時間が経つにつれて少しずつあいつの事が分かるようになっていって。
大きくイメージは変わらなかったが、冷静沈着で理知的な大人の女性という遠い存在の様に思っていた当初とは裏腹に。
意外とノリが良く悪戯好きな子供ぽさも兼ね備えた、とても親しみやすい人物へと認識が改まった。
その分ウチのメンツとは違う意味で色々と感性がズレてたから、結構戸惑いもしたが。
それでも一緒にいてとても楽しかったし、記憶が戻った後でも仲良くしたいと思っていた。
それだけに、屋敷を出て行ったその足で王都を襲っていると聞いた時は本気で驚いたものだ。
まあ、結局のところあいつの自己中な遊びだった訳だけど。
……今更ながら腹が立ってきた。
あのヤロウ、俺達がどんだけ心配したかちゃんと分かってやがんのか!?
ここは明日にでもみっちり説教を……。
……って事も、もうできないんだよな。
だってあいつは、俺達の手で…………。
「…………ちっ!」
今更ながらに、これまでの日常がどれだけ尊い物だったかを実感する。
隙を見つけては即座にからかい煽ってくると同時に、俺達を姉の様に優しく見守ってくれていたあいつは、もうこの世にはいない。
アクアが言うには、神様は死んでも再び神として蘇るそうだが、もうこの世界に降りては来ないだろう。
仮に来れたとしても以前の記憶を完全に失う以上、俺達にとっては死んだも同じだ。
本当にあの手しかなかったのか?
あいつが俺達よりも何十倍も賢いのは事実だが、他の可能性は唯の一つも残されてなかったのか?
クイーンを生かす方法は、本当に存在しなかったのか?
……なんて考えた所でもう遅いな。
それにあいつは俺達がいつまでも悩み悲しみ続けることなんか、決して望んではいないだろう。
理由は知らないが、すでに寿命も尽きかけていたらしいし。
爆裂魔法の渦に呑まれる瞬間、あいつは朗らかに笑っていたんだ。
俺達はあいつの希望を最大限に叶えてやった、今更あれこれ思い悩む必要など全くない。
ないはず……なのだが…………。
………………。
「クッソ!」
悪態と共に俺は拳をベッドに叩きつける。
ちくしょう、なんでこんなに後味が悪いんだよ。
そんな事を考えているうちに、かれこれ一時間は経っただろうか。
一向に鬱屈とした気持ちが晴れないまま俺が何度も寝返りを打っていると、コンコンッとドアをノックする音が聞こえた。
と言っても、中にいる人が寝ていたらまず気付かないぐらいの小さな音だ。
こんな時間に誰だ、この人がイライラしている時に。
ダクネスは貴族としての仕事が残ってるとかで後始末を頑張ってたし、アイリスも同じだろう。
クリスは一度天界に戻るって言ってたし、ゆんゆんはこんな非常識な時間に人を尋ねたりしない、そもそも俺を尋ねる理由もない。
となるとめぐみんか。あいつは俺と一緒に引き上げてたし、きっとそうだ。
でも正直、今はあまり他の人と顔を合わせたくない。
めぐみんには悪いが、今日の所は帰ってもらおう。
その後も間隔をあけて何度か扉が叩かれたが、俺がそれを無視して布団に潜り込んでいたら、
「『アンロック』!」
何者かが開錠魔法を唱え、ドアの鍵がカチャッと外れる音が聞こえた。
魔法を使った事からめぐみんである可能性は消えたが、それなら猶更誰が来たのか分からなくなった。
もしかして賊か? 今日なら警備も笊だろうからその可能性は十分ある。
俺が王城に侵入した時も、宴の影響で城中がすっかり弛緩し切っており侵入は容易かった。
不慮の事故さえなければ、誰にも見つからずに余裕で逃げ果せていただろう。
しかし、賊だとしたらわざわざノックすんのも変な話だ。
人が起きているかを確認するにしても、ノックなんて危険なマネはせず、俺なら千里眼でも使って窓越しに中の様子を窺う。
……よし、ここはしばらく寝たふりを続け、相手が入って来たところでこっそりと顔を確認しよう。
そして害を成すような相手だったら奇襲をかけてやる。
俺は近くに置いてある冒険用具からワイヤーを静かに手繰り寄せ、薄目を開けて息をひそめた。
丁度その時、ドアが音をたてないようゆっくりと開けられ、何者かがそろりそろりと侵入して来た。
そして部屋を見回し、後ろ手にドアを閉めた人物の顔を千里眼で確認した俺は……。
「お前何やってんだよ」
「ふひゃわっ! カカカ、カズマ、起きてたの!?」
手に持っていた何かを足元に落とし、思い切り慌てふためくアクアがいた。
そう、侵入者はまさかのアクアだった。
「お前なんで勝手に部屋に入って来てんの? 夜這いか?」
「ちちち違うわよっ、誰があんたなんかに夜這いなんかかけますかっ! やるにしても相手ぐらい選ぶわよ!」
「だったらなんだよ、俺は今すっげー機嫌が悪いんだ。用がないなら俺が本気で攻撃する前にさっさと出ていけっ! ていうかお前なんかさっき落として……」
そこまで言って、俺は固まってしまった。
突如動かなくなった俺を不審に思ったアクアが俺の視線を辿り、そしてその理由に気が付いたらしい。
暗闇の中でも分かるぐらいにみるみる顔を赤く上気させたアクアは、大慌てで足元に落とした物、枕を顔に押し当て。
へなへなとその場にしゃがみ込み、そのまま微動だにしなくなった。
今見たものが信じられず、さっきまでイライラしていたのがどっかに吹っ飛んでしまった。
俺達の間にしばらく沈黙が流れ。
唖然としたままの俺にアクアは、枕からちょっとだけ顔を覗かせてこちらをチラ見しながら。
「……その……カズマさん。……ちょっと、……話がしたくて。それで……その…………」
言いたい事がまとまらないのか、それとも俺にバレたのが余程恥ずかしいのか。
片言でしか喋れていないアクアは目をぎゅっとつむり、耳まで真っ赤に染めて……。
「きょ、今日……一緒に、……寝ても……いい?」
上目遣い気味に、若干不安げにそう尋ねてきた――
こんな展開、一体誰に予測できただろう。
現在、俺の背中越しには、同じく俺に背を向けたアクアが布団に潜り込んでいる。
二人の間に会話はなく、静まり返った部屋にはお互いの呼吸をする音だけが響いていた。
アクアの衝撃的な発言にしばし言葉を失った俺だったが、少し冷静になって考えてみたら相手はあのアクアなのだ、遠慮など無用だ。
勿論断ろうと俺は口を開いた所で、気が付いてしまった。
こちらをジッと見据えるアクアはどこか真剣で、拒絶されるのを怖がっているのか小刻みに体を震わせていたのだ。
……まあ、こいつの事は馬小屋暮らしの時ですら女としてどうしても見れなかったし、今更間違いなんか起きないだろう。
それに、こいつには少し聞きたい事があるし。
そう考え直した俺は、取りあえずアクアが隣で眠るのを許可したのだが……。
「……なあ、いつまでも黙ってないでそろそろ話せよ。なんか用があって来たんだろ?」
いい加減沈黙が苦しくなり、俺はアクアに背を向けたまま声を掛けてみた。
「……あんたね、こんな雰囲気醸し出してる女の子を急かすなんて何考えてるのよ? そんなのだからいつまで経っても大人の階段を登れないのよ」
「お前わざわざこんな夜中に喧嘩売りに来たのか。だったら買ってやるから表に出ろ、この年齢不詳のババアが!」
「あああ、カズマが言っちゃいけない事言った! あんたって人は……ああもう、分かった私が悪かったわよ、だから一旦落ち着いて頂戴」
上半身を起き上がらせ牽制する俺に、随分とあっさり謝ってくるアクア。
…………。
俺は振り上げていた腕を下ろし、アクアが何か言い出すのをもう少し待ってみた。
そんな俺の雰囲気を察したのか、アクアはほっと息を吐いてから一つ深呼吸をし。
なにか意を決したように口を開き、でも言葉が出てこないのか口を閉じ、でもすぐにまた開こうとして。
そんな奇行を繰り返すこと数回、結局アクアは何も言わずに顔を下に向けてしまった。
どうやら、余程言い辛いらしい。
俺は頭の後ろで手を組み合わせたまま身体をベッドに預け、今度は横目でアクアを捉えながら、
「なあ、アクア。お前、王都に来てからなんか様子がおかしかっただろ。あれ、一体何だったんだ?」
一向に話し出さないアクアに代わり、俺はここのとこ気になっていた事を先に尋ねてみた。
俺の言葉にアクアは眼を大きく見開き、それからほんのちょっと嬉しそうに頬を綻ばせ。
「そっか、カズマさん気付いてたんだ。まったく、口ではなんだかんだ言いながらやっぱり私の事が大切なのね。私はちっともそんな素振りを見せなかったのに気付いちゃうなんて、素直じゃないんだから」
我慢だ、我慢するんだ俺。
この程度の挑発にいちいち突っかかってたら話が進まねえ。
歯を食いしばって耐える俺にアクアは、
「考えてみたら、クイーンとはまだ一週間ぐらいしか一緒に生活してないのよね。今思えばあの時から違和感があったのよ。何というか、絶対に初対面なんだけど、それでいて少し懐かしい空気感があるような、一緒にいて凄く安心する様な、そんな不思議な感覚。でも実際天界の人だったみたいだから、きっとその影響ね」
唐突にそんな思い出を語り始めた。
「いろんな事があったわね。一緒にクエストに行ったり服を買ったり、ゲームもたくさんしたし、お屋敷の修繕なんかもやったわね。そんな何でもない事をしている内にどんどん仲良くなって、カズマは知らないだろうけど私の相談にもよく乗ってくれてたのよ。だからね、あの子が私達の事をすっかり忘れちゃった時、胸にぽっかり穴が開いたみたいに何も考えられなくなって、すっごく悲しくて……。その上、心の整理もできてなかったのに、あの子と戦わないといけなくなって……。本当は戦いたくないのに、そうしないと私が大好きなこの世界が危なくなっちゃうと思ったら、もうどうしたらいいか分からなくなっちゃって……っ!」
話している内にまた悲しくなってきたのか、アクアは体を震わして目に涙を一杯貯めていた。
こいつの泣き顔なんか今まで何百回何千回と見てきたが、目の前で泣くアクアの顔はどうしてだか酷く心に引っ掛かりを覚える。
「……私、あの子が死んじゃうのを……止める事が、できなかった……っ! 私、女神なのに……あの子には女神らしい事を何一つ……してあげられなかった……っ!! それが凄く辛くて、悲しくて……っ!」
そこまで言ったアクアの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっており、嗚咽を挙げながらも静かに泣き始めた。
どうした事だ、普段うるさくて子供みたいにころころ表情を変化させるこいつが、こんな女神のような綺麗な泣き方をするとは。
当たり前だが、俺は泣いている普通の女の子を泣き止ませるなんて言う高等テクニックは持ち合わせていない。
普段のアクアならほっとくとか無理やり泣き止ませるとか色々あるのだが、こんな状態初めてだ。
ど、どうしよう、一体どうすれば。
いくら相手がアクアとはいえ、こんな状態で放っておくのは流石に良心が痛むのだが。
…………。
「っ!」
らしくないのは重々承知だが、散々考えてみた結果これしか思い付いかなかった。
俺は少し乱暴になりながらもアクアを抱き寄せ、頭を撫でてやりながら子供をあやす様に背中をポンポンと叩いた。
アクアは一瞬驚いたようだが特段抵抗もせず、俺の胸に顔を疼くめたまましばらくの間泣き続けた。
「――ありがと、カズマさん。もう大丈夫」
眼を赤くしたアクアが俺の胸から顔を挙げ、そう告げてきた。
どうやら泣くのに満足したらしく、先程までの震えも今ではすっかり収まっている。
「でも、まさかカズマがこんな行動に出るとは思ってなかったわ。普段は女の扱いがなってないヘタレなくせに」
「うっ、うるっせー、俺だって似合わない事ぐらい分かってるっつーの! 仕方ないだろう、他になんも思い付かなかったんだから!」
俺の泣いた女の子へのアプローチに関するストックなんか、どこぞのハーレム系主人公の対応しかない。
だから、こういうこっぱずかしいやり方しか知らないんだよ。
「ほんと、あんたがこんな事をやっても、余程変な人じゃないと靡かないでしょうね」
「いちいち癇の触る奴だな。そう言いながら、実際落ち着いてんだから良いじゃねーか! ……それよりちょっといいか」
「何よ、急に」
きょとんとして俺に尋ねてくるアクア。
いや、何よじゃなくてだな。
「そろそろ抱き着くのやめてくれないか」
泣いてる時に抱き着いたまま今になっても離れてくれず、すごく動きにくい。
何の事だといった顔をしているアクアは、ふと今の自分の状態に気が付き立ち処に顔を赤くした。
少女漫画に出せるぐらい、それはもう真っ赤に。
と、アクアは何を思ったのかニヤリと笑い、逆にさっきよりも強くしがみついてきた。
「おま、いきなり何を!?」
「いいじゃない、ちょっとくらい!」
いや、いやいや、なんなのこれ意味が分からないんだけど。
あのアクアが金を強請るでもなく無理難題を持ち込むでもなく俺に抱き着いてくるとか、本気で意味が分からないんだけど?
「あら、どうしたのカズマ? もしかして緊張してるのかしら? そりゃそうよね、なんたってこの清廉で麗しい私が抱き着いてるんだもの、これぐらい当然の反応よね?」
イラっときた。
そうだよ、こいつはあのアクアなんだから気になるはずがない。
というか今思ったけど……。
「お前、結構一杯一杯なんじゃねえの?」
「ふぇあっ!? そそそそそんな訳ないでしょ! わわ私があんたみたいなヒキニートにちょーっとくっついたからって意識するはずないじゃない、自意識過剰なんじゃないの!?」
その割には顔が茹蛸みたいになってるし、何より目が物凄く泳いでるぞ。
俺がしばらくジト目で見続けると、観念したのか恥ずかしそうに……。
「……その、もうちょっとだけこのままでもいい? なんだか、心地いいのよ」
そう言って上目遣いでダメっと尋ねてくるアクア。
…………っは!! 危ない危ない、今絶対に踏み越えてはいけない何かを超えかけてしまった。
しっかりしろ、しっかりするんだ佐藤和真!
相手はあのアクアだぞ、堕落の権化で性格が終わってて色気の欠片もないあの駄女神アクアだぞ!
……よーし、だいぶ落ち着いてきた。
やっぱり俺もかなり疲れていたんだな。
そうだ。いい機会だしここは一つ、アクアにも俺の大人の余裕という物を見せてやろう。
「す、好きにしろよ」
よしよし、少しどもってしまったが上々の出来だったのではないだろうか。
結果的にぶっきらぼうになりながらも肯定を示した俺を見て、アクアは嬉しそうぎゅっと力を強めてさらにくっついてきた。
……ヤバい、よく分からんが凄くヤバい。
「お、お前、本当にアクアか!? いつものお前らしくないじゃねえか! もしかしてあれか、今頃になって俺の偉大さや格好良さに気が付いたのか、そんでもって俺の事好きになったの!?」
いや、何言ってんだよ俺!
このタイミングでそんなの言ったら、俺がまるでアクアを意識してるみたいに聞こえるじゃないか。
ほーら、アクアが調子に乗って俺を煽りに……。
「うひゃ!? な、ななな何を仰っておられまするのですか、カズマさん!? わ、私があんたみたいなヒキニートを好きに……好きに……、……す……き…………。あうっ」
何ですか、何なんですかこの反応は。
知らん、こんなヒロインっぽい反応を見せる人なんか知りません。
アクアのあまりに予想外な反応に脳が処理しきれず、オロオロし始めた俺に、
「……よく、分からないのよ」
ぽつりと、アクアが呟いた。
「……私にも、よく分からないのよ。だってだって、私こんな気持ちになるの生まれて初めてなのよ! 前まではカズマの事を、素直じゃない上に性格捻くれてて仲間は簡単に見捨てるはチョロいは男女平等を謳って女の子相手でも容赦ないは、短気だけどビビりでそのくせダクネスの職権はしっかり乱用するはすぐに人の足元みるは。とにかくロクでもない人だと思っていたのよ」
「やっぱお前喧嘩売りに来たんだな!! 人がちょっと優しくしてやったらすぐに調子に乗りやがって、よくもまあこうも長々と俺の悪口を言ってくれるもんだなっ! そこまで言うならお望み通り、カスマの名に恥じぬ実力を思う存分見せつけて……っ!」
「でもね――」
いきり立つ俺の声に被せてアクアは。
「悪いところも一杯あるけど、私達の事を何だかんだ言いながら絶対に見捨てないでいてくれるでしょ。あの怖いプリーストが来た時、やり方は小物臭漂ってて狡すっからかったけど、結果的には追っ払ってくれた。チート持ちも含めて今まで誰も成し遂げられなかった魔王討伐も、私を天界に返す為だけに全財産や自分の命まで賭けてやってのけてくれた。それに…………。世話もかかれば文句だって言うし、しょっちゅう喧嘩ばっかりする私の事を、また選んでくれた……。本当に、本当に嬉しかったのよ」
俺の眼を真っすぐ見て、恥ずかしげもなく宣った。
な、なんかすんごい恥ずかしいんですけど。
まさかアクアがこんな風に思っていたとは。
「変だなって思い始めたは魔王を討伐した後ぐらい。違うわね……そう、あの魔剣の人と一緒に魔王の城に向かってる時からかしら。何故かカズマの事が凄く気になり始めたの。ふとした時に、カズマは今何をしてるのかなって考えちゃったり、近くにいないって分かってるのに周りを見回しちゃったりしてね。今まではこんな事なかったのに、私どうしちゃったんだろうって、ずっとずっと悩んでいたのよ。めぐみんやダクネスにも相談しようかとも思ったんだけど、なんとなく聞いちゃいけない気がして。そんな時にあの子が、クイーンが私の様子を観て声を掛けてくれたの」
延々とアクアの独白を、俺は何も口を挟めずにそのまま聞き続けていた。
「そしたら凄く真剣に聞いてくれてね、答えこそ出してはくれなかったけど、代わりに沢山の助言をくれたの。その中に、一度カズマに頼んで隣で眠らしてもらえって言う助言があって。初めはクイーンの頭が変になったかと思ったけど、私も他に何も思い付かなかったから、取りあえず言われた通りにやってみようと思って、今日は来たの」
クイーンの奴、なんちゅうアドバイスしてくれてんだよ、絶対からかってやがるだろ。
「そのおかげで、分かった事があるの」
あるのかよ。そんな適当な助言を実行して何が分かったっていうんだよ!?
俺が突っ込もうか迷っていると、アクアは今一度大きく深呼吸をし、顔を赤く染めながらも俺と目線を真っすぐに合わせて――
「私、私ね。カズマの事が、好き…………かも」
嘘だろ、まさかあのアクアが俺に向かってそんな……うん?
「いやお前、“かも”ってなんだよ“かも”って! そこ一番曖昧にしちゃいけないところだろうが!」
「し、しょうがないじゃないの! さっきも言ったけど私、こんな気持ちになったの初めてなんだから! クイーンの助言を受けてもう一度じっくり考えてみたら、もしかしたらそうかもしれないって思っただけで、まだハッキリと断定はできないのよ!」
「いや、そこはもうちょっと頑張れよ! ほら、お前ならいける、なんたってお前は超優秀な女神だもんな、この程度のお悩みなんかあっという間に解決だ!」
「こんな時だけ私を女神扱いしないでよ!」
そうは言うが、普段からめぐみんには一番いいところではぐらかされたり邪魔が入ったりしたせいでいっつも辛い思いをしてきたんだ。
アクアにまで同じ目に合わされてたまるか!
……しかし、少しだけ冷静に考えてみたが、今回ばかりは仕方がないのかもしれない。
俺もまだハッキリとした自覚がなかった時に、めぐみんに対していつもこんな感じだった気がするし。
今になってめぐみんの気持ちが分かったぜ。
「……それでお前、これからどうするつもりだ?」
「それなんだけど……」
ここにきて再びアクアは口籠った。
何か言いにくいのだろうか、口をムニムニさせるだけで次の言葉を言ってこない。
いや、いい加減長い付き合いだ、こいつの考えには察しがついている。
「……結論を出すのは、もうちょっと待ってくれない? カズマがめぐみんを好きなのは知ってるから、無理にとは言わないけど……。せめて、私がちゃんと答えを出すまででいいから」
ダメですかとでも言いたげな顔をして、不安を隠そうとしながらも駄々洩れになっているこの駄女神。
本当は期待したいけど、自分の発言があまりに自分勝手だと自覚しているのだろう、そこは物凄い成長だと思う。
だが、俺の返事はとっくに決まっている。
当たり前だ。わざわざ今までヒロインとしてどうしても見れなかったこいつを、俺が今更そういう対象で見るなんてありえない。
さっきのは唯の幻想だからノーカンだし。
しかも、俺は現在進行形でめぐみんと仲間以上恋人未満という立ち位置で、おまけにキスまで済ませている。
それになにより、俺は既にめぐみんを理由にダクネスの告白を蹴っている。
ここでアクアの告白を受けようものなら、めぐみんだけでなくダクネスにまで申し訳が立たなくなる。
だからこれがお互いの為だ、ここはばっさりと言うべきだろう。
「……しょうがねえな」
ボソッと言った俺の言葉に、アクアはえっと声を挙げた。
俺は一度大きく息を吸ってから。
「待ってやるよ、お前が結論を出すぐらいまではさ。ただし、何ヵ月も待ってられないからな。俺だって今は絶賛やりたい盛りの健全な男子なんだ、めぐみんといい感じになっている今、その気になったら本当にやれそうなのにそれをお前の為に待ってやるって言ってるんだ! だから早めに答えは出せよ、いいなっ!!」
早口で言いたい事だけ言い、俺はそのままアクアを背に布団に潜り込んだ。
そんな俺の一連の動きを見ていたアクアが呆れ顔をしていた気もするけど、そんなのは気にしない、というか気にしてられない。
我ながらなんちゅう恥ずかしい文言を言ったんだ、軽く死ねる。
俺が布団の中で恥ずかしさに悶える中、後ろからくすくすと笑い声が聞こえてきた。
かと思ったら、アクアが後ろから再び俺に抱き着いてきて。
「ほんと、あんたってこういう雰囲気で格好良くなれないわよね。普通女の子の前でそんな事を言う? でも……ありがと。早めに見つけるから、それまで待っててね」
そんな事を耳元で囁かれ、流石にぞくっとした。
ああもう、なんかさっきから背中の当りが凄いむずむずする。
ここはひとつ、こいつに立場の違いってものをガツンと、うん?
「すかー」
「ってもう寝たのかよ!」
ついさっきまで起きてたのになんちゅう寝付きのよさだよ、どこぞの小学五年生か!
だがこの馬鹿みたいに気持ちよさそうな、悩みがすっきりしたような寝顔を見てたら、なんか起こすのも悪いような気がしてきた。
仕方ない、今日のところは勘弁しといてやるか。
それに俺もアクアと話してそれなりに気持ちの整理がついたのか、いい感じに眠気が沸いてきた。
よし、それじゃあ俺もこのまま眠りに……。
「えっへへ。か~じゅま~!」
……前言撤回、今日のアクア相手だと眠れないかもしれません。
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