やっぱ夜には女子会を!

 もうすぐ日付が変わると思われる頃。


「な、なんでよおおおお!」


 私の叫び声が部屋中に木霊した。

 盤上に乗った駒を何度も確認したが、どう頑張っても起死回生の策は舞い降りてこない。

 どうやらまた私の負けらしい。

「ふぁあああ。なあ、人間諦めが肝心な時もあると思うのだが。」

「嫌よ、勝ち逃げなんてさせるもんですか! それに私は神様ですから、そんな法則には当てはまらないんです! もう一回よ、もう一回やるの! 漸くあんたの癖が分かり始めたんだから、次こそは倒して見せるわ!!」

「その言葉だけでも既に十回は聞いたぞ。通算だと三十回はやってるし、いい加減飽きてきたのだが。」

 溜息交じりにブツブツ文句を言いながらも、クイーンはベッドにうつ伏せになったまま駒を並べ直し始めた。


 クイーンっていうのは、昨日カズマが連れ帰ってきた子なんだけど、どうも記憶をどこかに忘れてきたらしい。

 試しに私の魔法を掛けてみたが、それでも戻る気配を一向に見せない。

 そこで暫くの間、私達がお世話してあげることにしたのだ。

 見た目は私並かちょっと劣るぐらいスタイル抜群の美人さんで、今は白金色に輝く長髪を下ろしている。

 そして何と言っても、とっても優しい心の持ち主。

 服屋の帰りに美味しそうなクレープを焼いていた店の前を通った時、私が財布を忘れたと泣き付いたら代わりに買ってくれたし。

 勝負で負けた私達を慰めるために、試しにとあるご飯をリクエストしたら本当に作ってくれるし。

 どこぞのけちんぼな誰かとは大違いだ。

 だが記憶を失った弊害なのか、時々ちょっと変な行動を取ることがある。

 具体的には。ゴブリン狩り中にゴブリンの生態調査を始めたり、服を買いに行ったのに店主のおじさんの仕事ぶりに見入ったりするぐらいにはヘンテコな感性を持っている。

 なのでせめて記憶が戻るまでぐらいは、この私がしっかり見守って助けてあげようと思う。


「ほほう、やっぱりそう来るのね。それじゃあここに……」

「クルセイダーを動かしたら、十手先でケリが付くぞ。比較的マシな代替案としては、このマスにアークウィザードを動かすことだな。」

「……私もそうしようと思ってたのよ、その手に気が付くなんて流石クイーン! でも一応言っておくわ、ありがとうね!」

 クルセイダーへと伸ばしかけていた手を止め、私はアークウィザードを掴んだ。

「やっぱりクイーンは優しいわね、私が何回待ったを使っても許してくれるんだもの。これがカズマだったら絶対に聞き入れてくれないんだけど……。そうだわ! ねえクイーン、後であなたの爪の垢をくれないかしら? 良い子なあなたの爪の垢を煎じて飲ませれば、あの性根の腐った男も少しはマシになると思うのよ!」

「それぐらい構わんが、君が点てた傍から茶が浄化されるのが目に見えてるので、やるだけ無駄だと思うぞ。それに、彼は今のままでもいいではないか。」

 眠そうに駒を動かすクイーンが、そんな頓珍漢なことを言い出した。

 ほらね、こんな風に時々妙なことを言い出すの。

 もしかしたら転生の時に脳に多大な負荷がかかって、記憶だけでなく頭にも致命的な後遺症が残ってしまったのかもしれない。

「いいこと、クイーン! あなたはまだカズマとの付き合いが短いから勘違いしてるかもしれないけど、あの男は本当にひどいんだからね! 根っからのヒキニートで守銭奴で暴言ばっか吐くしスケベなくせにヘタレだし狡すっからいし! 一番腹立つのは、私のことを女神どころか女としても見てないっていうのよ! こんなにも美しくてスタイルがいい女性が近くにいるってのに、なんで見向きもしないのよ!」

「よくもまあそんなに悪態がつらつらと口を突くものだな……。まあ、そうだな。惰弱なのに態度でかいし臆病者の根性無しでチキンハートの権化な上、厚顔無恥だは屁理屈しか捏ねないは脳内ショッキングピンクだは。おまけに女の扱いが雑いは格好つけだし人の弱みに付け込むのが趣味だしすぐに調子乗るしな。」

 け、結構きつめのことを無遠慮に言うものね。

 それこそまだ会って2日ぐらいしか経っていないと思うのだけれど。

 …………。

「そ、そうは言うけど、あれでいいところもあるのよ。私達が無理難題を持ってきても、なんだかんだ最後は助けてくれるし。ほんのちょっぴりは仲間思いの面もあるし。あれでいて結構カッコいいところも…………、あったかしら?」

 カッコいいとこ、カズマのカッコいいとこ、何かなかったかしら。

 頭を捏ね繰り回して考え込む私を、何故かクイーンは少し驚いた顔をして。

「てっきり愚痴大会でも開催するかと思っていたのだが、急に彼の弁護なんか始めてどうした? 好感は抱いていると分かっていたが、存外彼のことは気に入っているのか?」

「はあっ!? そそそんなわけないでしょ! 別にカズマの事なんかなんとも思ってないし!? ただ、あんまり悪口ばっかり言ってると流石にカズマでも可哀そうかなと思っただけ! あんなのに靡くのはめぐみんとかダクネスとか言った変わり者だけよ!!」

「私としては君がそんな気を回した事自体に驚きなのだが。」

 何気に失礼なことを言ってくるクイーン。

「クイーンってば、私のことを何だと思ってるのよ? 元はと言えばカズマのせいだけど、一応は私を天界に返してくれた恩があるし。最近はちょっと優しくしてあげようと心掛けてるのよ」

「出会った当初から実行してやっていれば、彼ももう少しは楽に生きれただろうに。」

 カズマに同情を寄せるクイーンは、あっと呟き。

「話が出た序でに少々聞きたいのだが。アクアは何故この世界に舞い戻って来たのだ? 念願の天界に返り咲いたというのに?」

「理由は色々あるけれど、そもそも今の私はその気になったら何時でも天界には帰れるから、あんまり天界に拘る必要がなくなったのよ。となれば楽しく生きることを優先させたくなるじゃない。案外私はこの世界での生活が気に入ってるのよ。ここにはめぐみんやダクネスがいるし、他にも知り合いがたくさんできたし、お酒も美味しいしね。それに今や私はこの街の守護者よ、私がいないと皆困っちゃうじゃない!」

「成程、それらの点は合点がいく。だが私の見立てだと、他にも原因があるはず。この際だ、それも教えてもらおうか。」

 ……流石はクイーン、水面下で動かしていた私の計画に勘付くなんて。

 私は一度ドアの外に聞き耳を立て、部屋の外に誰もいないことを確認し。

「ここだけの話なんだけど。実は私ね……、この世界の国教をアクシズ教徒に変えようと計画を立てているの。まだまだ思索中だけど、形が決まったらクイーンにも手伝わ」

「いや、遠慮しておく。そうではなくて、他にあるだろう?」

 何も即答しなくったっていいと思うんですけど。

「そう言われてもね、思いつく限り今言ったので全部…………あっ」

 あともう一つだけ、頭にポンッと浮かんできたことがある。

 でもこれ、人に言うのは流石に恥ずかしいんですけど。

 口を噤んでいた私はそこで、クイーンがジッとこちらを見ていることに気が付いた。

 すると不思議なもので、クイーンならどんなことを打ち明けても笑わずに真面目に受け答えしてくれる気がしてきて……。

「……その、笑わないで聞いて欲しいんだけど。私がこっちに来ようと思ったもう一つの理由は…………、か、カズマが、私を選んでくれたから、だと思う。で、でも、変な意味じゃないからね! 慈悲深い女神な私としてはカズマがあそこまで必死に頼んでくるものだから聞き入れてあげなくもないっていうか、長い付き合いだしそれぐらいの寛容さは持てあげてもいいかなっていうか!? ……どうかしたの?」

 何かクイーンがすごく朗らかな表情を浮かべてるんですけど。

「いや、気にしないでくれ。初々しい君を見ていると何だか微笑ましく思えただけだ。……ところで君はカズマの行いで嬉しかったことはあるか?」

 随分と唐突な質問だったが、私は言われるままに今までのことを振り返り。

「昔お祭りがあったんだけど、あの時カズマがアクシズ教徒を助けてくたことがあったわ。それに……、実はちょっと前に街中の人から拒絶されてとっても辛い時があったんだけど、そんな中カズマだけは私の味方でいてくれたの。全然慰めてくれなかったし、ホイホイとあの女について行っちゃったりもしたけど、あれなんかは結構嬉しかったかも。カズマさんってばいつもそう。嫌みや暴言を吐きつつも、私達が本当に困ってたら絶対に助けてくれるの、素直じゃないわよね。魔王退治だって最初は聞く耳持たなかったのに、私が出かけた後すぐに追いかけてくれて、最終的には自分の命と引き換えに魔王さえも倒して来てくれて。まあ、私が魔王を弱体化したからこそ出来たんですけど。それでも……」

 あの時、魔王城でカズマにお礼を言った時はとても素直に言えたと思う。

 そうだ、今思えば丁度あの頃からだ、私の頭がずっともやもやし始めたのは。

 昔はまったく興味がなかったのに、カズマの一挙手一投足に至るまでものすごく気になり。

 カズマと一緒にいるとどこか心が落ち着くのは変わらないが、最近では他の人と一緒にいるよりも鼓動が速くなってしまうのだ。

 カズマの話す言葉にものすごく期待したりがっかりしたり腹が立ったり。

 優しくされた日には飛び上がるぐらい嬉しくなってしまう。

 ……どうしよう、話してる内に益々分からなくなってしまった。

「ねえクイーン、これってなんだと思う? ど、どうしたの、なんでそんな呆れた目で私を見るの?」

「いや、想定以上に重傷だったので少々当惑している。そこまで自己分析出来ていながら自分の気持ちを理解していないのか? 今までそういった事態に陥ったことがないのなら仕方がないのかもしれないが……。いや、それでこそアクアというべきなのか?」

 何が言いたいのかよく分からないが、何だかバカにされた気がする。

「むうっ、珍しく私が真剣に相談してるんだから、ちゃんと聞いて欲しいんですけど」

「なあ、アクア。」

 私の言葉を華麗にスルーしたクイーンは、

「私が一つの解を提示するのは簡単だ。しかしこれは君が自分自身で導出し、そして行動に移すべき案件だ。故に私からは何も言わない。だが……。」

 先程とは打って変わり真剣な表情を浮かべ。

「きっと君はこの先、自分でも把握しきれないその感情に呑まれ、想定外の行動を取ることがあるだろう。そして宿敵達は強大で、勝ち抜くには並々ならぬ努力が必要となる。」

 それって……。

「だがアクア。君は君らしく、己が信じる道を進むがいい。その為にまずは先程私が尋ねた事柄を再度自分に問い掛け、カズマとの思い出やその時に抱いた心情を整理してみると良い。その上で相談したいというのなら、私がまた協力してあげよう。」

 ……どういう意味?

「あっ、それともう一つ追加情報だ。」

「な、何かしら?」

 まだ何か大事そうな話が残っていたのだろうか。

「チェックメイト。」

「へっ? ……ああああああああっ! ずるいわよクイーン、私に沢山話をさせることで私の集中力を奪う作戦だったのね! ノーカン、今のはノーカンよ!」

 やられたわ、私が優秀で恐ろしいからってこんな小細工を仕掛けてくるだなんて。

「そんな気はさらさらない。さあ、今日はもうお開きにしよう。」

「何言ってんのよ、もう一回、もう一回よ! 女神であるこの私が負けたまま終われるものですか!」

「君では後一万回やっても勝てないよ。」

「何ですって!」

 この無礼者に天罰を食らわせてやろうとベッドの上に立ち上がったその時、私の頭に天界管理局の天使の声が響いてきた。

 なんでも、大事な連絡があるから一度天界に戻ってこいとの御達し。

 この忙しい時にそんなことを言われても正直困るのだが、頭の中でぎゃいぎゃい叫ばれ続けるのも五月蠅い。

 しょうがないわね、こんな夜中に呼び出すなんて非常識にも程があるけど、上の人に逆らうと後々怖いし、ここは一旦戻ることにしましょう。

「命拾いしたわね、クイーン。いい勝負だったけど、なんか天界の人に呼ばれちゃったから今から行ってくるわ。明日の夕方までには戻るから私の分も夕ご飯は作っておくよう伝えておいて!」

「何をどう捉えたらあれをいい勝負というのか……。まあ、伝達するのは任された……うん?」

 慌ただしく着替えながら必要なことを伝えた私に、クイーンが不思議そうな視線を送って来た。

「どうしたの、そんなすっとぼけた顔して?」

「全てに優先して、君はその人を煽る言い回しを修正すべきだな。それよりアクア、出かける前にもう一つだけ聞いていいか?」

「何かしら、そんな改まって。今急いでるから手短にね」

 着替えを終えた私が、天界へ戻るための簡易術式を組んでいると、


「アクアって、下着は着用しないのか?」

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