至高なる存在、散る

 神器が機能停止してから、一時間程経っただろうか。

 数時間前まではそれなりに整っていた平原だったが、今では地盤が見え隠れしたり草が焼き尽されたりとまるで別の場所に来たかのようだ。

 そんな荒れ地の中心部、大勢の冒険者からは少し離れて相対した場所にクイーンはいた。

 熱気や冷気により揺らめく空気の中、整えていた髪は乱れ纏っていた服も大部分がはだけており。

 素肌が露出した部分には、重度の火傷や切り傷が刻まれている。

 そんな正しく満身創痍と言った姿で、機能を停止したロボットの様に微動だにせずその場に立ったまま停止していた。

 ここでは多くは語らないでおくが、一言だけ言っておこう。


 ――それでもクイーンは強かった。


 あまりの激戦だった為今ほぼ無傷で動き回れるのは、いろんな理由から後方で待機していた俺達パーティーとクリスぐらいのものだ。

 後はクイーンを捕縛すればすべて完了、俺達の勝利となるのだが……。

 あいつ、本当にピクリとも動かないけど、まさか、死んでないよな。

 ……な、ないよな!?

「と、とりあえず近づいてみるか」

 めぐみんに魔力を分け与えそろりそろりと近付いた所で、クイーンの胸元が微かに上下しているのが見て取れた。

 しかし、改めて見るとほんとボロッボロだな、初めて会った時以上の重傷じゃないだろうか。

 逆にこんな状態でよく生きているものだと感心してしまう。

 と、どこからともなく風が吹きよせ、大して強くなかったにも拘らずクイーンの身体がそのまま横へと倒れていった。

「お、おい、クイーン、しっかりしろ!」

 身体が地面に着く直前に何とかダクネスが抱きかかえ、ゆっくりと地面へと寝かせてやった。

 それでも一向に目を覚まさないクイーンの周りを囲むように俺達はしゃがみこみ。

「おーい、クイーン、聞こえてるか? ……えっと、そんな状態になってるとこ悪いんだけど。お前は戦闘不能みたいだし、俺達の勝ちでいいよな?」

 聞こえてなさそうだったが、それでも俺は言うべき事は言っておこうと言葉を続けようとした。

「戦いが終わった以上、普通ならそれ相応の処置が下されると思うんだけど……。お前の場合は、その……」

 ……ダメだ。初めから分かっていたとは言え、こんなの言えねえ。


 ――天界へ引き渡すから大人しく捕縛されてくれ、なんて。


 それ以上何といえばいいのか分からず口を噤む俺を、めぐみんとダクネスは複雑そうに見守り、クリスも申し訳なさそうにしている。

 アクアに至ってはクイーンの敗北が見え隠れし始めた頃から顔を下に向け、それ以来一言も発していない。

 勝利したはずなのにそこには華やかな空気感は欠片もなく、俺達がお互いにどうすればいいか分からず黙り込んでいた。

 その時。

「っ!? な、何だこの地響きは?」

「……地震、ではなさそうですね。だとしたら他に何が……」

 ダクネスとめぐみんが訝しむ中、俺とクリスははっと息を詰めた。

「おい、まずいぞ! 敵感知スキルに反応がある、しかも滅茶苦茶数が多いぞ! なんでこんなタイミングに!?」

「もしかしたらあたし達がここでどんちゃん騒ぎを起こしたのが原因かも。最近国中のモンスター達がなぜか活発に活動してるって話だし! まっ、まずいよ、今この場で戦えるのはあたし達しかいないってのにさ!」

 ああ、そういえばダストがそんな事を言ってたな。

 異変に一早く気が付いた人達は周りに声を掛けながら、動かない体に鞭を打って急いでこの場を離れようとしている。

 ざっと数えた感じ、モンスターの数は千を優に越している。

 しかも王都周辺のモンスターといえば、この国の中でも屈指の危険な奴らが揃い踏みだったはず。

 マナタイトも無ければスクロールもなく、普段なら頼りになる他の冒険者もクイーンとの一戦で誰一人動けない。

 真面目な話、これどうしたらいいんですか?

「カズマ、何とかしてください!! このままでは全員漏れなく死んでしまいます!」

「んな事は分かってる! だが真面に動けるのが俺達しかいない以上、どう考えても火力不足だ!」

 めぐみんが悲痛そうに声を挙げるが、俺達だけでどうにか出来る相手ではない。

「そっ、そうだ、カズマ、ドレインタッチだ! ドレインタッチでめぐみんにアクアの魔力を分け与えれば何とかなるんじゃないのか?」

「いや、いくらめぐみんでもこの数相手だと一発じゃ無理じゃないかな? いくらアクアさんでもそれだけの魔力は残ってないと思うけど。どうですか、アクアさん? ……あの、アクアさん?」

 クリスがアクアに尋ねるが、未だに下を向いたままで反応が返ってこない。

 こいつ、クイーンの事で頭が一杯で現状を把握できていやがらねえ。

「おい、アクア!」

「ひゃっ! なっ、何よ、いきなりびっくりするじゃない! ってあれ、何この地響き?」

 両手で顔をバチンと挟んでやって漸くこちらを向いたアクア。

 というか地響きすら気付いてなかったのかよ、これはかなりの重傷だ。

「クイーンも大事だが今は俺達の命を優先しろ! それでお前、今魔力どれぐらい残ってんだ? 爆裂魔法を何発か打てるぐらい持ってたりしないか?」

「えー、爆裂魔法を? うーん、今日はヒールや支援をかけまくってかなり消費しちゃったし、精々二発ってところかしら」

 こいつ、この世界に来た時から魔力は頭抜けて多かったが、本来の女神としての力を取り戻してからというもの完全に魔力タンクと化してやがる。

「助手君、あんまり悩んでる暇はなさそうだよ」

 嶮しい表情でクリスが指さした荒野の向こうには、遠目ではあるが地上や空を覆い尽さんばかりのモンスター達の影が見えてきた。

 千里眼を使って確認したところ、それらはグリフォンやマンティコアを始めとした超メジャー強モンスター達。

 この辺りの詳しいモンスター分布は知らないが、ガチでロクでもない連中しかいないようだ。

「なあ、めぐみん、爆裂魔法二発であいつら何とかでき」

「無理です! 一対一なら余裕ですが、あれだけの数相手では流石に二発では……っ!」

 清々しい程にきっぱりと断るめぐみん。

「だよなー。これはもう逃げるしか……」

「いや、ダメだ! 建物程度ならばまた建て直せばいいが、街にはまだ多くの民衆が残っているしこの場にも動けない冒険者達がいる。ここで私達が引く訳にはいかない!」

 こいつは本当に頑固だな、こうなった以上こいつは梃でも動かないだろう。

 ああもう、今日だけで何回絶望的な状況に陥ればいいんだよ。

 頭を掻きむしりながら、それでも何か打開案はないかと模索する俺の耳に……。


 思ってもみない声が聞こえた――


「おいアクア、私に回復魔法をくれ。それとカズマ、ドレインでアクアの魔力を私に移してくれ。爆裂魔法一発分もあれば事足りるだろう」


 …………えっ、今のっ!?


「私だったらあれを何とか出来る。回復を渋るのは承知の上だが今は何分時間がない、速やかに頼む」


 そんな聞きなじみのある声が下の方から響いて来て……!?


「「「「くっ、クイーン?」」」」


 痛みで身体を震わせながらもゆっくり上体を持ち上げ、モンスターの群れを眺めているクイーンの姿がそこにはあった。

 というか今、こいつ俺のこと……。

「考えるのは後だ、早くしろ!」

「はっ、はい!」

 慌ててクイーンに駆け寄ったアクアは、さっきまでの暗い表情はどこへやら目を輝かせながら顔を綻ばせ。

「ね、ねえクイーン。もしかしてあなた、記憶が……っ?」

 おずおずと少なくない期待を込めて尋ねるアクアをクイーンはチラッと見て、そしてフッと口角を上げた。

「三日前は悪かったな、アクア。そして君達にも、想定以上に心配をかけてしまったようだ」

 先程まで俺達を苦しめていた強敵の面影はそこにはなく、俺達がよく見知った知的で大人びた笑顔が浮かび上がっていた。

 その答えにめぐみんとダクネスは安堵と喜びの笑みを浮かべ、咽び泣き出したアクアの頭をクイーンが苦笑しながら優しく撫でてやっていた。

「ああもう、そんなに泣くな、悪かったって。後でちゃんと謝ってやるから先にあれを片してしまおう、なっ?」

「うん、任せて! こんな傷、一瞬で治してあげるわ! 『セイクリッド・ハイネスヒール』ッッッ!」

 いつも以上に眩く優しい光が忽ちクイーンを包み込み、見るも無残だった傷はすっかり治ってしまった。

 無事全快したクイーンはスクッと立ち上がり、手の開け閉めを何回か繰り返し。

「うん、これならいける、ありがとうアクア。よし、次は……」

「俺の出番だな、フルパワーでやってやる! 二人とも準備はいいな?」

「ええ、大丈夫よ!」

「超特急で頼むぞ、目測で第一陣が来るまで残り一分かそこら。私にもそれなりに準備があるのでな」

 了解。

 二人の首に手を当てた俺は、今までで一番ぐらいの気合を込めてドレインタッチを発動させ。

 デストロイヤーの時もこれをやったが、レベルが上がったからか今回は十秒足らずでドレインが完了した。

「よし、十分だ。君達は私から離れてくれ」

 俺達が距離を取るのを待ってクイーンはすっと目を閉じ、何度か大きく深呼吸をした。

 その度に滲みだしていた魔力がみるみるうちに萎んでいき、感じ取れなくなっていく。

 全く魔力を感じられなくなったところで呼吸をやめたクイーンは、そっと目を開き。

 それを見て俺達は思わず息を呑んでしまった。


 ――クイーンの右目が鮮紅色に輝かせていたから。


 既にだいぶ接近しているモンスターに向けてクイーンは右手を前に突き出し、聞きなじみのない言葉を紡ぎ出した。

 するとクイーンの手の先から十センチほど離れた空間に、極小の至極色をした球体が一つ出現した。

 何をやっているのかよく分からず、ハラハラと見守っていた俺の隣で。

「ちょっ、こここれ、ここここここれ、ヤバいです……っ! ヤバすぎです!!」

 顔を真っ青にしためぐみんがガタガタと震えながらそんな事を。

「ど、どうしためぐみん、こんな時にゼル帝の真似事か? お前の頭がやばいのは今更だろうが」

「誰が私の頭の心配をしますかっ! いえ、そうではなくて、カズマは分からないのですか、あの魔法の異常さが!?」

「さっ、さあ、あまり強そうには見えないが……」

 俺と同様に現状をよく把握できていないらしいダクネスが、困惑気味にそう呟いた。

 今気が付いたが何も動揺しまくっているのはめぐみんだけではなく、ダクネスの隣にいたクリスが思いっきり顔を引きつらせ。

 あのアクアまでもが目を見開いて、嘘よ、こんなの嘘よとかブツブツと唱えていた。

 ……ええっと、本当にクイーンの奴何やらかそうとしてるんですか?

 と、こいつらマジかみたいな目で見てきていためぐみんが何か口に出そうとした、丁度その時。


「――其は我が摂理の律格に随順せよ」


 その言葉を最後に極小の魔力の塊が一瞬でモンスター達のど真ん中に移動し、音もなく一気に膨張した。

 そして、黒い光がモンスター達を余すこと無く飲み込む様に拡散し、それが収まった頃には……。


 ――草や木々などは寸分違わず残されたまま、モンスターの大群だけがきれいサッパリ消滅していた。


 …………あまりの事に言葉が出てこねえ。

 なにあれ、あんなに大量にいたモンスターが一瞬で蒸発したんですけど。

 というか、あまりにも静かすぎて盛り上がりに欠けるんだが。

「おい、クイーン。今のは……」

 なんだったんだと聞こうとした時、クイーンがガクリと膝をつき過呼吸ではないかと思われるぐらいに息を荒げた。

「お、おい、大丈夫か!?」

「ぜーはーぜーはー、あっ、あまり、大丈夫じゃ、ない、ゴッフゴッフッ!」

「ちょっ、ちょっと、あんた血を吐いちゃってるじゃない!? まっ、待ってなさい、今飛び切りのヒールを……」

 口から大量の黒色に濁った血を吐き出したのを見て回復魔法を掛けようとするアクアを、しかしクイーンは片手で制し。

「ゴボッ! いっ、いや、これは後遺症、みたいなもの、だから、回復は、効かない……。はあはあ……。そっ、それよりも、君達に話しておく事が……っ!」

「そんなもん後でいいからとりあえず休め! ダクネス、悪いけど体力を分けてくれ」

「ああ、任せろ、今ある分全部持って行ってくれ!」

 お前だってきついだろうに。

 まったく、こいつも仲間思いだよな。

 だがアクアに膝枕された状態のまま、俺のドレインタッチすらもクイーンは拒んできた。

「いや、いい……。己の状態は、己が一番よく把握出来ている……。ゲッホゲホッ!」

「そ、そんな事言うなよ! それじゃまるで……」

 お前が死ぬみたいに聞こえるじゃないか。

 頑なに俺達の救護を受けようとしないクイーンは、漸く落ち着いたのか息を整え口元を拭った。

 と、俺はそこにきて漸く気が付いた。

 クイーンの右目は再び深い紫色に戻り、そして左目が断続的に赤みを失いかけていたのだ。

「さて、君達が気になる情報は無数にあるだろうから順を追って説明しよう。それくらいならばもつだろう」

 そこでちらっと空に目をやってから、クイーンは独白を始めた。

「まずは記憶に関してだが、これはあっさりと解決した。本来の記憶が戻ったのは街を出ようと入口に向かう道中、大体商店街に入った辺りだったか。この時すぐに記憶の欠落があると認識出来たのでな、即座に脳をスキャンし記憶を回帰させ難なく思い出したよ」

 なんだよそれ、手紙では二度と思い出さない的な感じで言ってたじゃねえか。

「次に王都を襲った理由だが、これも簡単だ。記憶を取り戻し屋敷に帰還しようかと考えていた時、ふと思ったのだ。よくよく想起してみたら、私は今まで仕事でしか己が破壊の力を行使した試しが無いな、と」

 なんだろう、途轍もなく嫌な予感がする。

 訝しむ俺に気が付いてか、クイーンは悪戯っ子のような顔つきを浮かべ。

「そこまで思考が至った時、脳裏に閃いてしまったのだ。現在の私の立場は天界から追われる身。だったら逆転の発想で、いっそ破壊の力を存分に発揮し大暴れしてやろうと! それも、世界を傾けるぐらいに壮大にっ!」

「それでこんな傍迷惑な計画を立てたっていうのか!? ふざけんなっ!! お前、そんなしょうもない願望の為に俺達がどんだけ苦労したか迷惑を被ったかちゃんと理解してるのか!?」

 激昂する俺に向かって、クイーンは涼しげな顔で。

「だからちゃんと手加減してやっただろう、何の為に三日もずらしたと思っている? 死者が出ない様、力加減を対多人数用に調整していたからだ。ほら、周辺への被害は前よりもマシになってるだろ? それにさっきだってモンスター駆除を請け負ったじゃないか。まあ最近モンスターが活発なのは、闘争心を駆り立てる私の体質が影響している気がしないでもないが、些細な事だろう」

「お前確信犯だな、完璧にマッチポンプじゃねえか! というかあれで手加減してたのか、お前だって死にかけてたじゃないか!?」

「何を言うか、我は破壊を司りし神であるぞ。いくら人類最高クラスの連中が千や二千集結しようと敗北するはずがなかろう。神器は封印させてやったし、魔法だってオリジナルではなくこの世界の物に限定したしな」

 確かに、さっきモンスターの大群を瞬殺した技を俺達に使っていれば勝負は付いていた。

 ……もうこれ以上は深く突っ込まないでおこう。

「まあ、最後の我侭だと思って寛容な対処をしてくれないか? 私だって少しぐらいは反省しているんだ。当初の予定では封印された後すぐに終了とする予定だったのだが、あの姫さんが想像五割増しで強かったもので興が乗ってしまい。全く、人間があんなに強くなっては駄目だろ。あんなのがいたら神の存在意義が奪われかねないではないか」

 愚痴なのか敬意なのかよく分からない感想を述べるクイーンに、突然クリスが恐る恐るといった感じで声を掛けた。

「あっ、あの、クイーンさん? あなたの事情は分かりました。死者も発生していませんし助手君もいるので、死刑だけは免れるかもしれません。ですが、それはあくまでもこの国での話であってですね、天界での罪を免れる訳ではありません……ってエリス様から聞いてるんです! でっ、ですから、その、何というかですね……」

「ああ、その辺も理解している。でだ、ちょっと頼みがあってな」

 このタイミングとこの言い方で頼み事とは、絶対に良くない話だよな。

「このまま行けば私は永久凍結を受けねばならない、端的に言えば死ねないという事なんだが、それはご免被りたい。そこで……」

 クイーンは楽しそうだった表情を一気に暗くし、少し申し訳なさそうにめぐみんを見た。

「めぐみん、アクアの残りの魔力を分けてもらって私に爆裂魔法を放ってくれないか?」



「――嫌です、嫌です! 断固としてお断りします!! 私の爆裂魔法は仲間を殺害する為に今まで鍛えてきたのではありません!」

「私だってお断りよ! 何が悲しくてそんな事の為に私の魔力を使わないといけないのよ!」

 クイーンの放った一言に、さっきから断固として拒み続けるめぐみんとアクア。

 そんな二人にクイーンは和らげな声で説得を繰り返しているのだが……。

「君達の意見は重々承知なのだが、その上に重ねて頼む。追われる身とは言え現状は神の一角、自殺は出来ない。それに理由は話せないが、どの道私の肉体限界は近い。それならば、宿願を果たして思い残す事が無い今、気の許せる人に最後を弔って欲しいのだよ」

 クイーンが無茶な頼みをしてるのもあり、話は平行線を辿る一方だ。

 かくいう俺も、何が正しいのか全く分からない。

 当たり前だ。俺は日本の温室で育った一般人で、人の命に直接関わる経験などあるはずもない。

 今回の場合、理由は知らないが刑を受けるのはクイーンの自業自得な気もするし、こちらはまだ減刑の希望が残っている。

 だが、その永久凍結とやらが死ぬよりも辛いのだとしたら、ここで意を汲んでやった方がこいつの為になるのかもしれない。

 と、数日前にウィズの店でバニルが言っていた事が頭を過る。

『貴様は数日後、今から赴く死地にて己の仲間の門出に立ち会うことになる。これは世の理であり既定された抗い切れぬ事象であるからして、貴様らにはどうにも出来ず、唯成り行きを見守るしかない。汝、今からその時に備えて心積もりしておくがよい』

 あの悪魔、こうなるって初めから分かってやがったのか。

 クイーンがさっき回復魔法を拒んだのも、元々これを頼む気だったからに違いない。

「そんな簡単に命を諦めないでください! 罰は食らうにしてももっと軽いものにしてもらうよう頼んでみましょう。私も爆裂魔法を使って脅すぐらいならできますから!」

「そうよ、めぐみんの言う通りだわ! 命というのはね、そんなあっさりと手放していいものではないの。確かに一度神となった人は例え死んじゃったとしてもまた神として復帰できるけれど、以前の記憶は完全になくなっちゃうって知ってるでしょ? それってつまり、あなたという存在がいなくなっちゃうのと同じなのよ!?」

 なんかさらっととんでもない事実を聞いた気がする。

 さっきから静かにしているダクネスは、二人がクイーンに語り掛ける様子をもどかしそうに見守っていた。

 本当はダクネスも説得したいのだろうが、事情が事情であるために何が正しい判断なのか決めかねているのだろう。

 二進も三進も行かない膠着状態に陥いりかけた時、クリスが何かに気が付いたらしく。

「アクアさん、めぐみん、悪いんだけどもうあんまり時間がないみたい……」

 そう言ってクリスが指さした空の一部分を見た俺達は、

「なっ、何なんだ、あれは?」

「天に、光が!?」

 ダクネス、めぐみんが言うように、遥か上空に眩い光の球がパチッと弾けては消えまた生まれるという現象が繰り返され、徐々に光の数が増えている。

 しかし、そこからは悪意を少しも感じず、それどころか心が安心しきっている事に驚く。

「おい、クリス。あれは何だよ? 一体何が起こってるんだ?」

「……あれは天界からの使者だよ。多分かつてないぐらいに大先輩が弱ってるのを見て、急遽自分達で身柄を確保する流れになったんだと思う」

「……戦闘時には助けてくれなかったくせに調子がいいな、手柄横取りする気かよ」

 元々はクイーンを止められたら、直談判も含めてアクアがクイーンを天界へ連れて行く手はずだったのだ。

 この節はエリス様から天界の人にも伝わっており、向こう側もその間に協議を進めるとの事だった。

 それを捻じ曲げてまでこうして出張って来たんだ、つまりは判決が出ちまって……。

「ちょっとクイーン、なんでそんなに距離を取るのですか!? そんな体で動いてはいけませんよ! って、何をしているのですか!?」

 めぐみんの叫びを聞き慌ててそちらを見たら、クイーンがいつの間にか俺達から離れた場所に立ち、自身の血で地面に何かを書き上げていた。

 それは既に完成したのか、怪しい赤色の光を放ち始めクイーンを包み込んでいた。

「本当は清々しく見送って欲しかったのだが致し方あるまい。今張ったのは血印術式、術者の意に反したら大爆発を引き起こす物だ。残りカス程度しかない命とは言え私が張ったのだ、星一つくらいなら道連れに出来るだろう」

 ちょっ!

「爆発を阻止する方法は二つ。術者の意を組んでやるか、人間が魔法攻撃により術者を跡形もなく消滅させるかだ」

 そう宣言したクイーンは、寂しげな笑顔を浮かべた。

 やられた、まさかクイーンがこんな強行手段に出るとは思わなかった。

 天界からの使いらしい上空の光も、クイーンの言葉を聞いてか動きを止めている。

「そっ、そんな術式、私の魔法で……っ!」

「それは私の意に反する行動だから、解呪の前に爆発する。仮に成功しても、私は再び組み上げる。となれば、その間隙を上空のあいつらが見過ごすはず無いと思うが」

「うっ、うううっ……」

 解呪魔法をかけようとするアクアに、クイーンが釘を刺してきた。

 クイーンの事だ、その辺りも込みで張った魔法なのだろうから、本当に提示された二つしか爆発を止める方法はないのだろう。

 一つはクイーンの意を叶える、つまりめぐみんに爆裂魔法を打ってもらう事。

 もう一つは、超火力でクイーンの存在を消滅させる事。

 天界の人が手を出さない事からして、クイーンの言うように“人間の”力でないとそれは適わないのだろう。

 結局二つ目の条件が可能なのは、やっぱりめぐみんの爆裂魔法だ。

 めぐみんもこれ以上は反論を思いつかないようで、杖を握りしめて体を震わせ、目尻には涙を貯めていた。

 ………………。

 ……もう、これしかないか。


「……打て」


「へっ?」

 俺の呟きにめぐみんが目を見開く。

 それに構わず、今度はハッキリと。

「めぐみん、アクアから魔力を分けてもらって、クイーンの奴に爆裂魔法を打ってやれ」

 俺の言葉にその場にいた全員が驚きの表情を浮かべた。

「正気ですか、カズマ!? 今のクイーンに私の爆裂魔法を放てば間違いなく死んでしまいます、それが分からないあなたではないでしょう!……いえ、分かって言っているのですよね。……見損ないましたよ。あなたはどんな状況であろうと、なんだかんだ言いながらも仲間の事は決して見捨てない人だと思っていたのに、これでは本当に唯のクズマですよ、カスマです! クイーンが死んでもいいのですか!? もう二度と会えない状態にされてもいいのですかっ!? もっと他の手がないかを考えて……っ!」

「めぐみん、そこまでにしておけ」

「っ!? ……ダクネス、なんで……っ!」

 血相を変えて本気の怒りをぶつけてきためぐみんの肩を掴み、ダクネスが静かに止めた。

 急に制しをかけられ、めぐみんはダクネスに物申そうとしたが。

 肩に乗せた手を震わせながら抑えきれない悲しみや無力さを顔に滲ませ、弱弱しく首を横に振るダクネスを見て、はっとしたようだ。

 そして見つめていた俺達の顔を順に、ゆっくりと見返していき。

「……すみません」

 ぽつりと俺に誤ってきた。

 俺は別に気にしてないんだがな……。

 俺は一つ大きなため息を吐き、さっきからグシグシと泣いているアクアに。

「お前も、それでいいな」

「ひぐっ、いい訳、ないでしょ! いい訳が……! わああああああっ!」

 遂に抑えきれなくなったようで、大声で泣きだしたアクアはクリスに抱き付き、そんなアクアの頭をクリスは優しく撫でてやっていた。

 全員、覚悟を決めたな。

「すまんな、カズマ。嫌な役を押し付けた。それに君達にも重い決断をさせて、本当に申し訳ない。だが、出来れば最後ぐらいは笑顔で見届けてくれ。では、最後に一言ずつだけ……」

 そう言ってクイーンは佇まいを正し、一人一人に目線を合わせ。

「ダクネス。自分の欲に忠実なのは結構だが、もう少しお嬢様風に振舞った方が君の長所を活かして好かれやすくなるぞ」

「あっ、ああ、わかっ、た。……覚えて、グスッ、おく!」

「めぐみん。茨の路ながらもロマンを追求し、たった一つの道を突き進む姿は清々しいが、もう少し仲間の苦労も考えてやれ」

「……努力します」

 涙で顔をぐっちゃぐちゃにしている二人が頷くのを、クイーンは満足そうに眺める。

「アクア。君には一番仲良くしてもらったな。観てた限り幾分かは助言を真摯に受け止めたようだが、もう少し行動に移せたら尚善しだ。早く気付かないと手遅れになるぞ」

「な、なんの、ことか、わが分からない、けど、分かったわ。私こそ、クイーンに会えて、ほっ本当に、よがっだ! ありがどう!」

 もはや言葉すら危ういアクアを優しく見守り、そして最後に俺の方を見て、

「エリスちゃん、後の事を任せるよ。後始末は神の仕事だからな」

「はい、分かりました。任せてく、ってはえ!? ななな、何の事でしょうか? 神って何の冗談? あたしは唯のクリス様であってエリス様じゃないからそんな後始末がどうの言われても困っちゃうんだけどなっ!?」

「おい、なんでそこで俺じゃないんだよ! 順番的に俺だったろうが!」

 急に話を振られて大慌てなクリスと憤る俺の様子を、それはもう楽しんでいるご様子のクイーン。

 こいつ、こんな重々しい雰囲気の時に余計な事すんなよ。

「さてと、最後にカズマだな」

「もういいよ、お望み通りさっさと逝かせてやる! アクア、めぐみん!」

 俺の呼びかけに素直に従う二人の首根っこを掴み、ドレインタッチで魔力の受け渡しを終わらせる。

 こんな嫌な仕事、さっさと終わらしてやる。

「そう怒るなって、折角なんだ聞いておいてくれよ」

「……聞くだけ聞いといてやるよ、ほら言って! 言いたい事があるなら早く言って!」

 めぐみんが涙をぼとぼと落としながら詠唱を開始する傍ら、俺がアクアみたいに怒鳴っていると。


「――ずっと、貴方だけの幸せを願っているよ」


 ………………。

「えっ? それって、どういう……?」

 クイーンの意図が全く分からず俺が再度尋ねるが、クイーンは髪をファサッとたなびかせながらにかッと笑うだけで。

 陽の光のせいか一瞬だけ黄金の輝きに包まれながら。

「さーてどうだかね、気が向いたら解き明かしてみな! それじゃあ皆の衆、ばいちゃ!」

「お、おい、ちょっと、ま……っ!」

「バイバイ、クイーン! 私待ってるから、あなたが再び生まれてくるのを、ずっとずっと待ってるから!」

「お前との出会いは決して忘れない。出会ってくれて、ありがとう」

「さようなら、クイーン! そして、ありがとう。穿てッ! 『エクスプロージョン』ッッッ!」

 今までに何百回と聞いてきた言葉とともに、破壊の炎がクイーンに吸い込まれていく。

 その膨大な魔力の波動に身を委ね、クイーンは朗らかな笑みを浮かべたまま金色の光へと変化し。

 まるで消え去ったかのようにそのまま姿が見えなくなった。

 魔法の効果が切れ爆心地へと全員で走り寄った時、そこにクイーンの痕跡は何一つ残されておらず。

 俺達は涙が枯れるまで、その場を離れることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る