幕間
あっと驚くお料理を!
丁度、夜中の二時半を回った頃。
肌寒さで目を覚ました私は喉の渇きを感じ、のそのそと布団を捲って大広間へと向かった。
昼頃に起こった騒動のせいで各所が壊れら廊下を通り過ぎ広間に近づいてみると、広間にはまだ明かりが煌々と灯っていた。
不思議に思いながら中を覗いてみるとそこには、
「なんだ、まだ起きていたのか」
「ん? ああ、ダクネスか、随分と早起きだな。それとも今までお楽しみだったのか?」
「だっ、誰がお楽しみだ!? 風評被害が甚だしいぞ!」
いきなりの言葉に私は慌てて弁明を図ったが、
「冗談だよ、大方隙間風の寒さで目が覚め、喉の渇きを覚えたので水を飲みに来たとかそんなとこだろう。」
「分かっているならわざわざ煽らないでくれ! 全く、それはお前の悪癖だぞ」
出会い頭にからかわれ少し気分を害しそっぽを向いた私に、大量の書類を広げて製図を行っていた人物、クイーンが片手をあげて謝って来た。
この自由気ままな女性の名はクイーン、最近加入した私達の新しいパーティーメンバーだ。
見た目は女性の私から見てもかなり整った妖艶な大人と言った風貌で、人柄は物凄く良い。
礼儀作法もしっかりしており、貴族流の挨拶や振る舞いを披露しては私を何度も驚かせてくれた。
何気ない仕草やその高貴な空気感から、出身国であるニホンの貴族なのではと私は睨んでいるのだが、詳細はハッキリしない。
というのも、彼女は瀕死だったところをカズマに発見され屋敷に連れ帰られたのだが、目覚めた時には既に記憶を失っていたのだ。
だというのに当の本人はあまり重く捉えておらず、むしろ今の状況を楽しんでいる節すら見える。
知能が非常に高く、時々人のことを見透かしたかの方な話し方をするのも特徴的だな。
おかげで先ほどのようなあられもない冤罪を吹っ掛けて楽しむ節がある。
でも、悪い人間ではないのは確かだ。
何せ夕方の一件で半壊した屋敷の修繕を買って出てくれ、こんな時間になっても準備をしてくれているのだからな。
こんな風に自分の身を犠牲にしてまで屋敷を直してくれる奴が、悪人のはずない。
「あまり無理はするなよ。お前の体調が崩れでもしたらそっちの方が事だからな」
「心配してくれてありがとう、丁度小休止を挟もうかと思っていたところだ。ちょっと根を詰めすぎていたからな。」
両手に持っていたペンを机に置き大きく伸びをするクイーンは、一気に脱力し、
「ふー、……そう言えば少し小腹が空いたな、何か作るか。」
私に背を向けてキッチンの方へと向かって行った。
料理か。実は私は最近、ある理由から秘かに料理の練習を積んでいるのだが進捗はあまり芳しくない。
一人でやっていても何が間違っているのかが判断出来ず、改善点を見いだせないからだ。
かと言って、めぐみん達に付き合ってもらったら意味がないし。
ううっ、せめて誰か教えてくれる人でもいればもう少し上達すると思うのだが。
……待てよ、それなら――!
「では、始めるとするか。今回はお手軽なクッキーでも焼いてみるか。」
「ああ、よろしくたの、おっ、お願いします!」
私は今エプロンをつけ、食材が置かれたキッチンへと向かい合っていた。
そう、私はクイーンに教えを乞うことにしたのだ。
クイーンの料理の腕は王族専属料理人と言われても疑問に思わない程。
料理を教わる相手としてこれ以上の人材はいない。
「君の要望にお応えして、美味な料理の作り方ではなく料理の仕方そのものに焦点を当てるから、まずは自分一人で作ってみてくれ。」
さも当然のようにそう指示を出してくるクイーン。
私は料理を教えてくれとしか言っていないというのに。
「……相変わらず、人の思考を的確に当てるものだな」
そんなクイーンに若干呆れながらも、私は料理へと挑んでいった――!
「ど、どうだ?」
「普通。」
「うぐっ、そうか」
見た目は悪くないはずなのにどうしていつもこうなるのだろうか。
「消沈することはない、工程を観察していて何故君が普通の料理しか作れないのか大体把握出来たから。」
「ほっ、本当か!?」
「ああ、今から私が見本を作りながら解説してやるよ。」
そんな驚くべきことを告げたクイーンは、私が作った生地のいくらかを手元に引き寄せ幾らかの材料を加えながら話し始めた。
「観てた限り、君はレシピと寸分違わず作っていた。しかし、レシピという物はあくまで目安に過ぎず、大衆が最低限堪能が可能な分量しか記載されていない。それ故に料理人と言う存在に価値が発生する。要は自分で改良していかねば、真に美味い料理は作れないと言うことだ。」
そ、そうだったのか!?
説明の間にクッキーの形を整えたクイーンは、時短の為か生地を宙に浮かせて炎魔法で炙ると言った作業を片手で行いながら、
「しかしこの場合、一般家庭で提供される奥様方の料理は普通だということになってしまう。では、どうしてそのような差異が生じるのか……。ダクネス、これを食べてみてくれ。」
焼き上がったクッキーを皿に乗せ、私の方へと渡してきた。
でもこれは私の作った生地にクイーンがほんの少し手を加えただけのものだ、そんな急激においしくなるはず……。
「……っ!? なんだこれはっ! おいクイーン、これは本当に私が作った生地を使ったのか!? さっきのモノとはまるで別物ではないか!? い、一体どんな魔法を……」
ここまで味が劇的に変わるなど俄かに信じ難い。
「厳密に言えば魔法ではなく化学なのだが、それは置いとくとして。料理にはちょっとしたコツがあるのだよ。」
「コツ?」
私はゴクリと唾を飲み込み身構えてしまう。
「コツと言うほど大層な物でもないが、非常に重要な観点。それは食してもらう相手の事を念頭に置きつつ作成することだ。」
「食してもらう、相手のことを?」
「そっ、相手の事。もう少し甘味が強い方が良いのか弱い方が良いのか、触感を向上させるべきなのかより香ばしくする方が好まれるのか、等だ。相手の好みを熟知していればこの程度の改良は今直ぐにでも実行に移せる。そして、君は既にこの条件を満たしているだろう。」
私が作ってやりたい相手、それは父でありアクアでありめぐみんであり。
そして、あの生意気で人のことを罵るのを生きがいにしているどうしようもない……。
「……そっか、そうなのだな。クイーン、ありがとう。なんだか私でも出来る気がしてきた。よっし、上手いクッキーを作ってあいつ等にほえ面かかせてやるっ!」
気合を入れ直した私は、早速手を加えようと生地に手を伸ばし……。
「その意気だ、相手の胃袋さえ押さえれば流れが君に向くこともあるだろう。上手くやりなよ。」
「おおお前は、何の話をしているのだ!?」
いきなりとんでもないことを言いだしたクイーンに、私は顔を赤くし思わず声を裏返してしまった。
「そんな新妻みたいな表情を浮かべて料理に取り組んでおきながら、今更何の話だはないだろう? いっそ認めたほうが楽になるだろう。ほら言ってごらん、『愛しのカズマに手料理をご馳走して悦んで欲しいんです』って言ってごらん」
「だ、誰がそんな恥ずかしいことを言うか! というか、何故お前は私がカズマを好きだと知っているんだ!?」
「逆に気付かないのはアクアぐらいだと思うが。」
うぐっ、確かに最近の寝間着は以前よりもちょっとだけ過激なのを選ぶようになってはいた。
しかし……。
「しかし、それにしてはモーションが弱い気がする。何故だ?」
……こいつは、本当にどこまで私のことを見越していると言うのだ。
何気に私が最近気を遣っていることをこうもズバリ見抜くとは。
私は視線を逸らして押し黙っていたが、クイーンはジッと見つめてきて誤魔化させてくれない雰囲気だ。
でもその感覚は不思議と心地良く、自分の奥底に隠そうと決めていた事だったにも拘らず。
気付いた時には、私は口を開いていた。
「……確かに私はあいつが好きだ。でも、あいつはめぐみんのことが好きなんだ。魔王を倒してからというモノ、あの二人は益々中を深めているようで私の入る隙間が無くなり始めていて。……だったらもうこのまま身を引いた方が、お互いの為になるのではないかと、最近はそう思うようになって来ていて…………」
私がぽつぽつと話す間ずっと黙って聞いてくれていたクイーンは、
「……やれやれ、硬い硬いとは思っていたが、まさか脳まで硬化していたとは。ダスティネス・フォード・ララティーナ」
「は、はい!」
突然私を本名で読んできたため、つい畏まってしまった。
「今から質問することに正直に答えよ。君はカズマのどこが好きなのだ?」
「はい、それは……ってはあ!? ななな、何故そのようなことを言わなければ……」
「つべこべ言わずに答えよ」
「にゅう~! そ、そんな強く命令されたらたら、強く抵抗できない自分の性癖が情けない……」
それに何故だろう、クイーンになら全てを曝け出してもいいような気がする。
もうこの際だ、今まで溜め込んできたものを全て吐き出させてもらおう。
「……初めは女の子を粘液塗れにして楽しむ鬼畜だと聞いて接触を試みたのだが、あいつがクリスのパンツを盗んだ時に心は決まった。外見はパッとせずスケベで意志が弱く、人生舐め切っているという、私の理想形に当てはまる部分が多かったからな」
「私に君みたいな趣味がなくて本当に良かったよ。」
クイーンが何かボソッと言ってきたが、それに構わず私は、
「だが一緒に行動を共にして行くうちに、あいつの凄さが分かるようになっていったんだ。最弱職にも拘らず、格上を相手に最低限の装備と付け焼刃のスキルだけで翻弄し、癖のあるパーティーメンバーが活躍出来る場を設けていく。仲間を平気でトレードするかと思ったら、馬鹿なことをする私達のことを真剣に怒ってくれたり、終いには全財産や命まで賭けてくれたりもした。領主の手から私を救ってくれた時なんかは本当に堪らなかった。その時からだろうか、いつの間にか私の理想像とはかけ離れていたが、あいつのことをとても愛おしく思うようになっていたんだ」
いや、もしかしたらそれよりも前から。
あいつと下らない言い争うをするようになった頃には、既に惹かれ始めていたのかもしれない。
だからこそ、あいつに一世一代の告白をした時。
あいつがめぐみんのことを好きだと言った時、ある程度は覚悟していたはずなのにとても苦しくて胸が張り裂けそうになった。
もっと早くに告白しておけば良かったと何度も後悔した。
それでも、あいつが好きだという気持ちは一片も揺るがなかった。
「……もう既に答えは導き出しているではないか。めぐみんに遠慮する必要が何処にある? 彼女だって変に身を引かれるよりも、真っ向から勝負を挑んでこられた方が気が楽なはずだ。それに彼が如何にチョロいかは君だって身を持って熟知しているだろう? 口では何だかんだ言いつつも、彼は絶対に拒絶はしない、男なんかそんなものだ。めぐみんが告白するのが早かったから、めぐみんに靡いているに過ぎない」
温かな笑みを浮かべ、クイーンがそんなことを言ってきた。
そんなクイーンを見ていると何故だか、記憶にはないお母様の様な温もりを感じ……。
「……そうだな、そうだった。あいつはとても意志が弱いんだったな。今だってお前に現を抜かしているぐらいだしな。……なあ、クイーン。お前はカズマのことをどう思っているのだ?」
冗談のつもりで口に出してみたが、何だかすごく不安に思えてきた。
今までの分析といい、会って間もないのにカズマのことを理解し過ぎている。
何故私と同じ女性でありながら、男心をそこまではっきりと掴むことが出来るのだろうか。
もしかしてクイーンは、という疑問が頭から離れなくなってしまった。
「君までそんなことを聞くのか。面倒見のいい人ぐらいにしか思ってないからそう警戒するな。とにかく、ダクネスは遅れた分を挽回する為にも、もっと勢力的に己を魅せるのが良いのではないか。」
私の言葉にうんざりしたようなクイーンは、投げやりにそんな提案をしてきた。
私までということは、めぐみん辺りも同じことを尋ねたのだろうか。
真意は掴めないが嘘をついているようにも見えないし、応援してくれていることに変わりはない。
今はそういうことで納得しておこう。
「ああ、そうさせてもらう。私は本来執念深い女なんだ、前に確認したというのに最近の二人の様子を見て怖気付いてしまったようだ。よしっ、明日からはまた頑張ってみるか! クイーン、重ねて礼を言わせてくれ」
「別にこの程度のこと、忘れていいぞ。」
よし、手始めに明日までに上手いクッキーを焼いてびっくりさせてやろう。
そして、それからまた少しづつ私のことを……。
「因みに、割れた腹筋はネタになるから更に磨きをかけることを推奨するぞ。」
「よし、お前は喧嘩を売っているのだなっ!! いいだろう、お望み通りぶっ殺してやる!」
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