その一歩は遥か遠く

「さあ、カズマ、クリス! ここは私が食い止めますから、その間にアクアの下へ行ってください!」

「ね、ねえめぐみん。何故かめぐみんが一人でやったみたいになってるけど、クイーンさんの魔法を相殺できる様に調整したのは私だからね。こんなに高速で処理するのはとてーも難しいんだから、そこのとこ忘れないでね!」

 射程ギリギリの位置から打ち込んだめぐみんと、それを補佐してくれたゆんゆんの声が戦場に響き渡った。

「助かっためぐみん! 今日は珍しくすっげー格好良かったぞ!」

「私はいつだって格好良いですよ。それよりもカズマ、今の私を見てついつい惚れ直してくれてもいいですからね」

 それを言わなかったら完璧だったんだがな。

 心の中で二人に感謝を送りつつ、アクアが待機している場所へと急ぐ俺達の後ろでは。

「汝は確か、先日我に不意打ちで爆裂魔法を打ち込んでくれた頭のおかしそうな娘と、……。この金属娘といいロリロリしい汝といい、どうしてこう次々と我の邪魔をするのだ!」

「おっ、おい、誰が金属娘だ! いくら私でもそこまで硬くないぞ!」

「記憶がないせいでほとんど初対面のはずのあなたまで、私の事を頭がおかしいだのロリロリしいだの言うのですか! よし、その喧嘩買おうじゃないか。どちらがより最強を名乗るにふさわしいか決着をつけてやりましょう! 『ン』ッッ!」

「良かろう汝の求めに応じてやろう、だからいきなり放ってくるな! 周りの迷惑を考えたまえ!」

「ねえクイーンさん、どうして今私の事を無視したの!? ねえええええっ!」

 なんかこの世の終末じみた惨劇が繰り広げられていそうだ、絶対に振り返りたくない。

 と、漸くアクアの姿が見えて来た。

 既に封印用の魔法陣が描かれているし、準備は万端なのだろう。

 そして魔法陣の隣では精神統一のためか、アクアが静かに目を閉じて口から水滴を流れ落とし、ってこれ涎じゃねえか。

 俺が無表情で立ち止まる傍らで苦笑いを浮かべたクリスは、アクアの肩をポンポンっと軽く叩き。

「アクアさん、神器を持って来たので封印をお願いします。アクアさーん」

 それを聞いて目を覚ましたアクアは、はっとした様子で俺の姿を捕捉し、

「ちょっと、遅いわよカズマ! この私が休まず頑張って封印の準備をしてたんだから速やかに持って来なさいよ!」

「そういうセリフは涎を拭ってから言え」

 言われて気が付いたらしく慌てて涎をふき取るアクアに、クリスが奪ってきた神器を渡した。

「これがあの方の神器です。アクアさんに限って失敗なんかはないと思いますが、それでも慎重にしてくださいね。どうか、お願いします」

「まっかせなさいな! この私にかかれば神器の一つや二つちょちょっと封印よ!」

 今の自信満々な発言を聞いて急に不安になってきた。

「そう言えば封印ってどのくらいかかるんだ? 一分ぐらい?」

「うーん、そうね。見たところ通常の神器なんかよりもかなり面倒ね。封印防止のための強力な術式が山ほど付与されてるみたいし、並みの女神なら十五分ってとこかしら」

 魔法陣がいる程度には難しいんだと思ってたけど、そんなに時間が掛かる物なのか。

 同じ神器でもアイリスの持ってたネックレスとは大違いだな。

 想像以上に手間取りそうだと知り焦りだす俺に、だがアクアは胸を張って。

「でもそれは並の女神での話。何を隠そうこの私は天界でも指折りの超優秀な女神様! だからこんなもの十分、いや七分で終わらせてみせるわ!」

 それでも七分は掛かるのか。

「それじゃあなるはやでやってくれ。俺達はあっちで見守っておくから」

「……ねえ、最近私への反応があまりにも薄くない? もしかして、私に興味がなかったりする……?」

 俺の言葉に、どことなく哀愁を漂わせながらアクアがそんな事を……。

 いや、ちょっと待って欲しい。

 まさかこの程度の扱いでアクアがこんなにも落ち込むとか思ってなかったんですけど。

 いつものアクアなら、ここで俺にぎゃいぎゃい文句を言う所だというのに。

 思わぬ事態でオロオロする俺に、クリスが耳元にそっと顔を近付け。

「助手君、先輩ったらどうしちゃったの? あたし、あんなに落ち込んだ先輩見たことないんだけど」

「それが俺もよく分からないんですよ。今の反応を見るに、クイーンが原因って訳でもなさそうですし。そもそも俺も最近、あいつの事が分からなくなってきてて……」

「……ねえ、それってもしかして助手君が魔王を倒した時ぐらいから?」

 突然クリスがそんな事を尋ねてきた。

「よく分かりましたね。あの頃からどこかおかしかったんですけど、ここ数日は特に酷いです。情緒不安定というか、予想斜め上の反応を返されるんですよ。お頭、何か思い当たる節があるんですか?」

 俺の質問には答えず、クリスはアクアをチラッと見てから心配そうな、それでいてどこか微笑ましそうに。

「カズマさん、どうか先輩に優しい言葉をかけてあげてください。きっと、それで先輩は元気になりますから」

「はあ? なんで俺がそんなことを」

「お願いします、どうか私の顔に免じて」

 エリス様モードのクリスの有無を言わさぬ口調に押し出され、俺はアクアの後ろに立った。

 そして未だに沈んだ様子のアクアは、俺の方を肩越しにチラッと見てきて……。

 …………。

「そんな顔すんなよ、さっきは言い方が悪かった。こっちは俺達がなんとかしとくから、お前は自分の役割を果たしてくれ。頼りにしてるぞ、水の女神様!」

 それを聞いたアクアは大きく目を見開き、そして溢れ出る嬉しさを抑えきれずに口を綻ばせ。

「任せてっ!」

 力強くそう言ってきた。

「……失敗したら一か月飲酒禁止にするからそのつもりで」

「キッツ! ねえ、いくら何でもそれはあんまりじゃ、わ、分かった、やるから、全力でやるから! だから頬を引っ張ろうとしないでっ!」

 逃げるように魔法陣の中心へ神器を置きに行くアクアを見て、俺はふーっと息を吐く。

 あの様子なら大丈夫だろう。

 よし、俺達も封印完了までの時間稼ぎを……。


「カズマ!」


 早速準備に取り掛かろうと背を向けた俺に、アクアが鋭い声をかけてきた。

「なんだよ、封印に集中しろよ! じゃないと本気で間に合わなくな……」

「死なないでね」

「…………」

 物凄く真面目な顔のアクアから顔を背け。

 それには答えず片手を軽く振った俺は、そのまま走り出した。

「まったく、助手君も素直じゃないね!」

「やめてくださいよ、今更ながら恥ずかしくなってきたじゃないですか!」

 俺と併走するクリスが顔をニマニマさせて脇腹を小突いてくるのが腹立たしい。

 と、とにかくだ、めぐみん達がクイーンを抑えてくれている間に……。

「カーズマー! マズイです、マナタイトが底を尽いてしまいました。あとはもう私自身の魔力しか残っていません!」

「だからもっとペース配分には気をつけなさいって言ったのに、めぐみんのバカッ!」

 と思った矢先に、慌てた様子のめぐみんと半泣きになって説教をするゆんゆんが俺達の方に戻ってきた。

「今なんて言った? お前、屋敷に残ってたマナタイトも全部持って来てたよな? こっちで何個か支給されたのも含めたら数十個ぐらいあったよな!? それが何でこんな短時間で無くなんだよ!」

 よく分からない事を言いだしためぐみんを問い詰める俺の横から、ゆんゆんが。

「それが……、流石クイーンさんと言うべきなんでしょうか。クイーンさんはセイバーの魔法を使ってめぐみんの魔法を片っ端から切り裂いて、ダメージを最小限に止めていたんです。それに対抗してこの馬鹿が……っ!」

「誰が馬鹿ですか誰がっ! 持っている分はさっさと使うに決まっているじゃないですか。というか、魔王城を攻めた時に連続して打つ事の快感を覚えてしまいまして、一度打ち出したら歯止めをかけられず……」

「そういうとこが馬鹿なのよおおおお!」

 ゆんゆんの言う通りだ。

「この大馬鹿があああ! あれはある意味最終奥義なんだぞ! それをこんなところでポンポンポンポン打ちやがって、もっと計画的に使おうとかって発想はなかったのか!?」

「私の辞書に手を抜くという言葉は存在しません」

 ああ、もう。ただでさえアクアという切り札になりそうな奴の手がふさがってるって時に。

 でも終わってしまったことは仕方がない、早く他の手を考えなければ。

「それで、クイーンの奴は今……」

 どうしてると聞こうとした刹那、俺の体が勝手に横に飛びのいた。

 そして、ついさっきまで俺がいた場所には、人一人分の底が見えない穴が出来上がっていた。

 えっと、これって……。

「やれやれ、ここまで狙いを外されるのは生涯で初かもしれん。苛立ちを超えて最早感服するぞ」

 さっき見た時よりは所々煤けているがまだまだ余裕ありそうなクイーンが、数十メートル先にまで接近していた。

 ダクネスは魔法がまだ効いてるのか、這い蹲ってこっちに向かってくれてはいるがクイーンとはかなり距離が開いている。

「後方で面倒な儀式を遂行する者は放置しかねるが、まずは汝からだ。敵の頭脳を先に掌握するのは兵法の基礎であるしな。まあそれなりには面白かった、礼を言うぞ。さらばだ、勇敢で小賢しい人間よ」

 そう言うとクイーンは一足飛びに俺の懐まで入り、俺の首へと帯電させた手刀を横なぎにした。

 今度は回避スキルも作動しなかったようで、身体が自動で動く事はない。

 横ではクリスが慌てて飛び出したり、めぐみんやゆんゆんが詠唱を始めたりしてくれているが、クイーンが振り切る方が速い。

 アクアも後七分間はあの場を離れられないから、蘇生も間に合わない。


 そっか、これが後の無い死というものか……。


 あーあ、まだめぐみんやダクネスとなんやかんやしてないのに。

 それにまだ俺、この世界をほとんど回れていないし、資産だって山のように残っている。

 やりたい事、見たい物、まだまだいっぱいあったはずなんだけどな、いざとなったら何も思い浮かばないもんだ。

 ……いや違うな、浮かんできた物はあった。

 それは今までさんざん迷惑をかけてくれた仲間達の顔。

 泣きそうな顔で何かを叫ぼうとしているめぐみん、歯を食いしばりながらもこちらに向かって来ているダクネス、そして今も封印をし続けているはずのアクア。

 最後に見たのがこいつらの笑顔じゃないのが残念だが、綺麗な女の子達に見守られながら逝けると言うなら、こんなのも悪くないか……。


 ああ、そう言えばさっき、誰かと大事な約束をしたような…………。


「――こんなところで死ねるかあああああっ!」

 クイーンの手が振り切れる寸前に、俺は自分の腰に下げた愛刀を抜きそのままの勢いで切りかかった。

 どうやら一瞬俺のほうが早いと判断したようで、クイーンは攻撃を中断し俺の剣をバックステップで軽やかに躱す。

 そして俺はそのまま後ろに態勢を崩し、その場に尻餅をついてしまった。

「今のは中々良かったぞ。だが、甘い」

 冷酷にそう告げたクイーンは再度手を振り下ろしてくる。

 くそ、やっぱり無理だったか!

 観念した俺は、せめて痛みを感じまいとぎゅっと目を瞑り――


「いいえ、まだ終わっていません!」


 凛とした声と共に突風が吹き荒れ、電撃系魔法と剣が交差するバチバチとした音が周囲に響いた。

 聞き覚えのあるその声にはっと目を開くと、煌びやかに輝く手入れの行き届いた金色の髪が視界を埋め尽くした。

 そして鍔迫り合いとなった剣先を地に叩きつけ、ぱっと身を翻し距離を取ったクイーンは、その人物をしげしげと眺め。

「ほう、貴殿は封印が終了して後の参戦と推測していたが、そこまで愚鈍ではなかったという事か」

 クイーンが言う様に、本来ならばこの子がこの場にいるはずないのだ。

 後半の持久戦まで力を温存してもらう為、後方で待機していたはずなのにどうして。

 あまりの展開に呆然と座り込んだままの俺は、クイーンに視線を向け警戒し続けている我が妹にして人類側の切り札、アイリスの顔を見上げていた。

 と、あろうことかアイリスはクイーンに背を向けて剣を鞘にしまい、クルッと俺の方に向き直った。

 そして俺の顔を確認するや、その目を涙で溢れさせ。

「お兄様、ご無事で……っ、ご無事で、なによりです!」

「あっ、ああ。助かったよアイリス、一瞬本気で死を覚悟したぜ」

 零れ落ちる涙を拭うアイリスに、俺は未だに混乱しつつも一応のお礼を言った。

 しかしアイリスは、すっと目を閉じると小さく首を振り、

「いいえ、感謝を述べて頂く必要はありません」

 言葉の意図が掴めず首を傾げる俺に、アイリスはその手を胸に当て。

「後方よりクイーン様がお兄様に襲い掛かるのを目撃してしまい、気付いた時には私はあの場を飛び出して来ていました。しかしあの時点で既に、本来ならば私の到着は間に合わなかったでしょう。ですが――」

 つらつらと独白を続けていたアイリスが、そこでパッと顔を上げ、

「ですがあの瞬間、お兄様はご自身の命を諦めなさらなかった! 諦めないで最後の一瞬まで生き延びようと剣を振り翳した!! その僅か数秒のおかげで私はこの場所に間に合ったのです。ですから、お兄様の命を救ったのは他でもないお兄様自身です! すごいのはお兄様なんです!!」

「おっ、おう」

 こんなに本気で熱く語ってくれた以上、ほんとは半分以上やけくそだったとは今更言えない。

 俺がそれ以上何も言えずに黙り込み、アイリスはやけに熱っぽい視線を向けてきて、二人して沈黙のまま見つめ合う。

「……いつまでイチャコラしているのですか、今は戦闘中ですよ!」

「キミ達、いくら何でも気を抜きすぎだよ。敵が目の前にいるっていうのにさ」

 そんな俺達に、怒り心頭のめぐみんと苦笑いを浮かべるクリスが声を掛けて来た。

「べ、別にイチャコラなどしておりません! ただお兄様が、何と言いますかその、いつもよりも格好良く見えたのでつい見惚れてしまっただけで……」

「それは十分イチャコラの領分ですよ! まったく、油断も隙も無い。下っ端の分際で、冒頭の不意打ちといい今といい生意気ですよ!」

「生意気な事などしておりません、私はただこの国の第一王女としての役割を全うしているだけです! なっ、なんですかその目は、やるんですか!? いいですよ、今日こそは王族が強いって事をその身に焼き付けて差し上げます!」

「ちょっと、今度はめぐみんとアイリスちゃんが喧嘩を始めないでよ!」

 手四つになって取っ組み合い出した二人をゆんゆんが必死に食い止めようとする様子に、今度は俺も苦笑いを浮かべるしかなかった。

「はっ、めぐみんさんの相手をしている場合ではありませんでした! お兄様、お手をお取りください」

 おっと、そう言えばまだ体勢を崩して座り込んだままだった。

 後ろでぎゃいぎゃい騒ぐめぐみんとそれを抑えるゆんゆんを視界の片隅に捕えつつ、俺はアイリスが差し出してくれた手を取り立ち上がった。

 でもこれって本来なら、魔物に襲われたお姫様を勇者が助け起こすってシーンじゃ……。

 俺が自分の置かれている立場に悩んでいるうちに、魔法の効果が漸く切れ動けるようになったダクネスが合流し。

 それを確認したアイリスが、クイーンに向けて鋭い視線を送った。

 向けられた本人があまりに暇すぎたのか本を読み始めており、全然緊迫感が出なかったが。

「お兄様、アクア様が作業を終えるまで後どのくらいお時間が必要なのでしょうか?」

「そうだな、早ければ後五分ってところか」

 なるほどと呟いたアイリスは、数秒思考を巡らせ、

「ララティーナ、ここは私が引き受けますのでアクア様の元へ行きなさい。他の皆様はどうか安全な場所で待機を!」

「な、何を仰るんですかアイリス様!? いくらアイリス様がお強いとはいえお一人では流石に無茶です!」

 アイリスの提案に速攻で異を唱えるダクネス。

 だが、アイリスはゆっくり首を横に振り何時になく強い口調で。

「いいえ、恐らくこれが最善策です。めぐみんさんは魔法を後一回しか使えない、そしてお兄様やクリスさんでは、クイーン様と正面からやりあう火力はありません。ゆんゆんさんも後の戦闘を踏まえるに、これ以上の魔力消費は避けるべきです」

「っ! ……で、でしたらせめて私がアイリス様の盾に……」

「それに……」

 ダクネスが最後までいうのを遮って、アイリスが露になったダクネスの素肌を軽くつついた。

 たったそれだけの事なのにダクネスは、ビクッと震えて忽ち涙目半分笑顔半分になった。

 こんな時ですらブレないとは、ドM騎士も極まれりだな。

「ララティーナはすでに重傷を負っています。アクア様の回復が頂けない今、これ以上最前線に留まるのは無茶です。ですからせめて、アクア様に攻撃が届かないように守っていてください」

 正論を振りかざされて何も言えなくなったダクネスを見て肯定と受け取ったのか、アイリスは再び剣を片手に携えてクイーンの方へと一歩前に出た。

 それに気が付いたクイーンも本をパタンと閉じ懐に入れ、アイリスへと向き直った。

「大変お待たせ致しました、クイーン様。僭越ながらこの私が、貴方様のお相手を務めさせて頂きます」

「勇者の作戦会議ぐらいは待ってやらねば、裏ボスの矜持がズタズタであるからな。そのくらいの寛容さは保ってやろう」

 おどけた調子でそんな事を言うクイーンがアイリスに貴族がするような完璧な礼をし、僅かに重心を下に落とした。

 すると、二人の周りを静電気のような光がパリパリと立ち込め始めた。

 言うなれば、某バトル漫画で主人公達が気合を入れた時に発生するあれと同じような。

 これはヤバい!

「お、おいお前ら、早くこの場を離れ……!」

 俺が声を上げると同時に……。


「それでは、参ります!」

「さて、人類の力の結晶を我に示して見せよ!」


 目で追えない程の速度で飛び出したお互いの技が交差した瞬間、周辺に衝撃波が走った――!



「おい、アクア、アクア様ー! あと、あとどのくらいで封印できるんですか!?」

「うるっさいわね、今すっごい精密な作業をしてるんだから黙っててよ! 私だって怖いし逃げ出したいのは山々だけど、あと一、二分ってところだからもうちょっと頑張って!!」

 一、二分、あと一、二分かよ。

 普段なら一瞬だが、この状況下だと永遠にも感じてしまう。

 若干押されながらもギリギリ食らいついていたアイリスのお陰で、どうにかここまで耐えてこれたのだが……。

「いいっ! 加減にっ! 諦めてはっ! どうだっ!」

「そういう! 訳には! 参りません! 何としてもっ!! はあはあ、あと一分稼がして頂きます!」

 初めのうちは真正面からアイリスを屈服させるつもりだったようだが、今ではそれすら憚れるらしく執拗にアクアへと魔法を打ち込んでくるのだ。

 アイリスを始め、動ける人達が皆してアクアを守ろうと全力を尽くしているがそれもそろそろ限界だ。

「ちっ、ここまで意に沿わないのも久しいな。……今の状態では魔力の消費量が激しすぎるから、出来れば取熟したくなかったのだが止むをえまい。この辺り一帯を更地にしてくれよう!」

 ちょっと何言ってくれてるんですか、クイーンさん!?

 そんな事したら俺達仲良く土に還るじゃないか、って端からそのおつもりなんでした。

 物騒極まりない発言をしたクイーンは、指をパチンと弾いた。

 それを合図に今まで動いていたゴーレム達が土へと戻っていく。

 続けざまにもう一度指を鳴らしたかと思ったら、片手を突き出してピクリとも動かずに集中力を高め……。

 おいちょっ、これは……っ!

「かかかカズマさん、これ……これっ、これって!?」

「ゆゆゆゆんゆんゆん!? ああああなあな、貴方は紅魔族の次期族長なのですから、こここの程度の事で、ああわてててはいいけませんよおおお!?」

「確かにそうだけど今のめぐみんにだけは言われたくないわ!」

 この二人が盛大に慌てているのも無理はない、今クイーンの周囲には暗紫色の残滓が無数に浮かんでおり。

 それらには、俺が今まで感じた事がないぐらいの魔力が練り込まれているのだ。

 詰まるところ、爆裂魔法よりも込めてる魔力総量が多い。

「か、カズマ、流石の私でもこれは無理だと思うのだが!」

「んな事は言われるまでもなくこの場にいる全員が分かってるよ! ああ神よ、一体どうしたらあああ!」

「そんなの私に言われても困るわよ! わああああ、カズマさん、カズマさん!! 何とかして、ねえ何とかしてよおお! 私、封印作業中だから逃げられないんですけど! 途中で切れ上げられないからあの魔法を止めてくれないと本当に死んじゃうんですけどおおお!」

「お前じゃねえよ!」

 ああもう、これはあれしかないな。

「あれだ、潔く全員で逃げようぜ。そういう訳だからアクア、短くない時間だったが今までありがとうな、お前の事はきっと忘れたくても忘れられないから、そのまま迷わず天界に戻ってくれ」

「わあああ、カズマの人でなし、鬼畜、ロリニート、変態、悪魔、カズマ! 女神を見捨てるとか絶対に、ぜーったいに天罰をあててやるから! というかそんなのどうでもいいから本当に何とかしてえええええ!」

 なんかもうすっげえ自然に自分の名前が悪口に使われてるな、これって思ってたよりも心に来る。

 とは言っても、あんな物を止める術など俺達が持っている訳がない。

 かといって、この場を後にしたら俺達はともかくアクアがもろ食らう事になる。

 いくら俺でも仲間を見捨てるような餓鬼道を直通するつもりはない、ないったらない。

 クソッ、なんかいい手は……っ!

「何はともあれ、アイリス様だけは逃がさなければ。アイリス様、早くこちらへ……アイリス様!? 何をなさるおつもりですか!?」

 突然ダクネスが慌てたような声を上げたのでそちらを見ると、アイリスが剣を鞘に納め目を閉じ静かに瞑想をしていた。

 これは以前、ドラゴン相手にやってみせたあの技の構えである。

「アイリス様、お考え直しください! 確かにその技はどのような物も切り裂く事ができると王族に伝わる必殺技ですが、今回ばかりは相手が悪いです! せめてアイリス様だけでもお逃げください!」

 ダクネスが必死になって押し留めようとしているが、それに構わずアイリスは瞑想を続け。

 技が完成したのか、スーッと目を開いた時のアイリスは前回とは段違いのオーラを身に纏っていた。

「ダスティネス・フォード・ララティーナ! 私は王族です。そして今回の戦は私が先陣を切って始めたのです。この意味、我が国が誇る公爵令嬢であるあなたには分かりますよね」

「っ! で、ですが、それでも……っ!」

 尚も食い下がろうとするダクネスを片手で制止させ、アイリスは。

「それに私とて勝算もなしにこのような賭けには出ません。めぐみんさん、ゆんゆんさん!」

 めぐみんの肩を掴んで揺さぶるゆんゆんと、されるがままになっていためぐみんに、アイリスが覇気のある声で呼び掛けた。

「へっ!? あっ、はい、何です?」

「ひゃっ! なっ、何かな、アイリスちゃん!?」

 それに引き換え気の抜けた返事をする二人に。

「今すぐに分析魔法と爆裂魔法の準備を始めてください。分析魔法で調べた脆弱な箇所を私の斬撃で切り裂き、生じた空間に爆裂魔法を打ち込む事で被害を最小限にまで抑え込みます!」

 それを聞いてピンときた。

 それはめぐみんやゆんゆんも同様らしく、さっきまで恐怖で真っ青になっていた顔に少しだけだが赤みが挿した。

「そ、そっか、まだその手があったね! 任せて、絶対に間に合わせてみせるからっ!」

「いいでしょう、さっきから軽々と防がれていたのでもやもやしていたのですよ。ここらでもう一度、クイーンのお株を奪っておくのも悪くないでしょう!」

 そう言ってさっそく魔法の詠唱を始めた二人の姿に、ダクネスも何も言えなくなったらしい。

 むしろそれを見て吹っ切れたのか、せめてアクアの盾になろうと剣を地面に突き立ててクイーンとの間に立ち塞がった。

 そして俺はと言うと……。

 じっと突っ立ってるのも決まりが悪いからダメ元でクイーンに弓矢を飛ばしてはみたものの、結界でも貼っているのかクイーンに届きすらしない。

 …………ここ一番って時にやる事が無いってのはどうなんだろう。

 これでも俺、魔王倒した勇者なんですけど。

 自分の無力さに空しくなったがそうも言ってられない。

 何かできる事はないかと周りを見回すも目ぼしい物は…………、そうだ!


 ――封印完了まであと十数秒になった時、クイーンの詠唱が止み。


「創造の前に破壊あれ。汝らに覇の理を――ッッ!」


 それをクイーンが唱えるのとほぼ同時に、


「『マジック・アナライシス』ッ!」

「『セイクリッド・エクスプロード』――ッ!」

「『エクスプロージョン』ッッ!」


 クイーンが放つ暗紫色の極太な光線が周囲を巻き込みながらこちらに向かってくる中、臆せずに三人はスキルを発動させた――!



 見渡す限り、辺りは真っ暗で何も見えない。

 感覚はないがふわふわと宙を漂っていることだけは分かる、そんな不思議な空間。

 だがこれは特段不快なものではなく、むしろ心の底から身を委ねたくなる程に心地良い物。

 やがてその暗闇が徐々に晴れていき、体に神経が通うのを感じ取れるようになってきた。

 そんな浮遊感が薄れると直に地に足がついた感触が蘇り、土の香りが漂ってきた。

 そして――


 まず最初に視界に映ったのは、肩で息をするゆんゆん、剣を支えに片膝をつくアイリス、いつも通りうつぶせでぶっ倒れているめぐみんの姿。

 次に見えたのは顔の前で交差させていた腕を崩し、アイリスの容体を確かめるダクネス。

 そしてその先では、クイーンが額に手を当てて俯き気味に肩を震わせていた。

 全員がいるって事は、これって……。

「大丈夫、あの三人が頑張ってくれたおかげで皆無事だよ!」

 いつの間にか隣に立っていた随分と疲れた様子のクリスが、それでも満面の笑みを浮かべて俺に笑いかけてきた。

「そっか、全員無事なんだな。はっははっ、流石あの三人だ、たっ、助かったー! それと、エリス様もありがとうございます」

「いえいえ、皆さんがご無事で何よりです」

 そう言って俺はへなへなとその場に崩れてしまった。


 先程周囲を見回した時にクリスの銀髪が目に入り急遽思い付いた事。

 それはエリスにこの場にいる全員に防御結界的な物を張ってもらう事だった。

 氷漬けにされたクイーンが使ったという魔力障壁を見て思い付いたのだが、聞いてみるとエリスも使えるとのことだったので頼んでおいたのだ。

 そんな無茶で急なお願いだったにも拘らず快く受け入れてくれて、今こうして俺を優し気な表情で見守るクリスは、紛う事なき本物の女神様だ。

 と、もう一つ確認しておかなければ。

「なあ、クリス、神器は? クイーンの神器はどうなった!?」

「キ、キミって人は……。それよりも先に聞くべき事が……」

「なんで私よりも神器の心配をするのよおおおお!」

 俺とクリスの間を割って、体中砂や煙で汚れまくったアクアが噛みついてきた。

「おうアクア無事だったのか、よかった。それで神器はどうなった? 封印は完了したのか?」

「だっからっ! なんで私の心配はしてくれないのよおおおお!」

「ああ、アクアさん落ち着いて! 首が、首が閉まってるから! 助手君が死にかけてるから!」

 せっかく危機をすり抜けられたのに俺が再び窮地に立たされた時。

「クックックッ、ハハハハハッ、ハッハハハハハ!」

 唐突にクイーンが高笑いを始め……。

「面白い、面白いぞ! まさか本当に我が魔法を耐え切り封印を完了されるとは思わなんだ! これだから人間という種は興味が尽きん!」

 そんなクイーンの様子に皆が若干引き気味になっているが、それよりも今大事な事を言わなかったか?

「おい、今クイーンが神器を封印されたとか言ってたが、もしかしてできたのか?」

「カズマは私を誰だと思ってるのよ? そもそもこうして私が動けてるのが何よりの証拠でしょ」

 そういえば封印が一旦始まったら最後、死ぬか作業が完了するまでは動けないとか言ってたっけ。

「そうか! お前が言っても何か致命的な欠陥があるんじゃないかと疑う処だけど、本人がああ言ってるんだから本当に成功したんだな。よくやったじゃないか、アクア!」

「待ちなさいな、私が話しても信じないのに今は敵であるクイーンの言う事なら信じるってどういう意味!」

 それは人徳の差だと思うが。いや、神徳か。

「よし、アクア。この場にいる人の傷を治して回ってくれ、反撃に出るぞ!」

「何言ってるの? 普通大仕事をしたばっかりの女神様に休む間もなくそんなこと言う!? 人使いが荒いにも程があるわよ、このDVニート! もっと労わりなさいよ、休ませてよ!」

 不満たらたらで言ってくる文句をガン無視してやったら、ブツブツ言いながらも仕事を始めるアクア。

 最近のアクアは無視してやると働く傾向があるのだ、よく覚えておこう。

 と、今まで後方から様子を窺っていた消耗戦要因達が駆けつけてくるのが見えた。

 それを確認した俺はゆっくりと立ち上がり、そのまま堂々とクイーンに向かって歩きながら。

「クイーンどうする? 今やお前は魔力や体力の回復はおろか、さっきまでの様に魔法制御も好き勝手にはできないぞ。しかも、こっちにはまだ体力を完全に残した数百人にも上る凄腕冒険者もいる。それでもまだ続ける気か?」

 アクアの回復で元気になった多くの人々がいる辺りで歩みを止めた俺に、だがクイーンは不敵な笑みを浮かべた。

「この期に及んで逃避するとでも思っているのか、笑止っ! この程度の弱体化、負荷の内に入らん。さて諸君、体力が尽きこの身が滅ぶその瞬間まで、この戦を楽しもうではないか!」

 ダメだこりゃ、この人完全に目が逝っちゃってる。

 クイーンがここまで戦闘狂だったとは思ってもみなかった。

「だったらこちらはお前が満足がいくまで耐えきってやるまでだ。冒険者の皆さん、お願いします!」

「カズマはやらないの?」

「むしろなんで俺がやると思うんだよ、へなちょこな俺に何ができるってんだ。分かったら俺と一緒に後方で大人しくしといてくれよ」

 すっ呆けたことを言うアクアや俺を置いて、他の人達はようやく真面に攻撃が通ると分かってか。

 体力が底を突きそうなのもお構いなしに気力が沸き上がり大いに滾り、クイーン目掛けて突貫して行く。

 そして、その猛烈な暑さに負けず劣らず燃えていらっしゃる人が一名。


「フッハハハハハッ! フッハハハハハッ!! 良い、実にいいぞ、心血滾るこの高揚感! これだから戦闘と言うのは止められない! さあ、皆まとめてかかってこいっ!!」


 どこぞの悪魔みたいな笑い方をして叫びながら、クイーンは冒険者の大軍へと突っ込んで行った――!

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