反撃への布石

「やっ、やっぱ近くに来ると怖いな。あんなの一発でも食らったら俺なんか欠片も残らねえよ」

「安心しろ、お前の事は私が命に代えてでも守ってやる」

「ちょっとダクネス、命まで賭けちゃダメだよ!」

「皆さんもっと静かにしてください、あんまり声を上げるとバレちゃいますよ」

 俺とダクネス、クリス、ゆんゆんの四人は現在、クイーンから三十メートルぐらいの距離にまで接近していた。

 と言っても、堂々と立ち向かっている訳ではない。

 俺とクリスの潜伏にゆんゆんの屈折魔法という三重態勢で、コソコソと近付いているのだ。

 俺達の行動はクレア達に伝えており、既に冒険者全員に遠距離通信による共有がなされている。

 お陰で俺達は他の冒険者達の邪魔をせずにここまで辿り付けた。

 ゴーレム達相手には問題なかったこの重ね技だが、クイーンに通じるかは微妙な所。

 そこは俺とクリスの運の高さに期待しよう。

「ダクネス、無理だけは絶対にするなよ。それにゆんゆんも、危なくなったらすぐにテレポートで離脱してくれていいからな」

 二人は黙ってこくりと首を振った。

 ゆんゆんが調べたところ、神器を止めるインターバルは三十秒程しかないらしい。

 その割にはやらねばならない工程が多いので、神器が止まった瞬間を見定めれるよう、クイーンへ攻撃を仕掛ける人には俺が合図するまで攻撃の手を一度も止めないよう頼んである。

 今までの流れからして、恐らくインターバルまで後十秒もないだろう。

 流石に少し緊張して来て身体が強張ってきた、その時。


「カズマ」


 クイーンを見据えたままダクネスがぼそりと呟き、そしてゆっくりと振り返ると。

 聖騎士の名に恥じない、とても勇敢で凛々しい頼りがいのある顔を浮かべ。


「それでは、行ってくる」

「カズマさん!」


 クイーンが氷結魔法を打って距離を取るのを確認し、ゆんゆんが俺に促してきた。

 もう迷ってる暇はない。


「作戦開始――ッッ!」


 俺が声を挙げて知らせた合図に周囲の冒険者達が撤退を始め、逆にダクネスは雄たけびを上げながらクイーンへと突っ込んで行った。

 突然のダクネスの出現に少し驚いた様子のクイーンは、だがすぐさま避け易い態勢をとる。

「クイーン、覚悟しろ!」

 決め台詞と共にダクネスは、クイーンに向けて上段から大剣を振り下ろした。

 その大剣は狙いたがわずクイーンの体を真っ二つに、することはなく。

 手からスポンッとぬけた大剣は、そのままクイーンの顔を掠める角度で投げ出されてしまった。

 その様子に逆に間が抜けたらしいクイーンは若干呆れ顔になりながらも、危なげなく首をひょいッと曲げるだけで躱す。

「汝は先程、我の攻撃を一手に引き受けていたクルセイダーであるな。己が武器を手から滑り出すとはどれだけ不器用な……はあ!?」

「うっ、うるさい! あっ、あれはそう作戦、作戦の一部だ! こうしてお前に怪しまれずに両手を空けるためのな!」

「いや、あれはどう見聞しようと武器を掴み損ねててててっ!」

 まさかクルセイダーが手で掴みかかってくるとは思わなかったのか、抱き着くような形で迫って来たダクネスと手四つの態勢に入ってしまう。

 そして流石に恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めたダクネスが、クイーンの両手を曲がってはいけない方向へと曲げ始めたのだ。

 当初の予定とは若干違ったが、ともかくクイーンの手を塞ぐことは成功だ。

「なっ、成程、この馬鹿力を以て我の動きを制限し、その間に攻撃を加えるという作戦か。悪くはない手だが甘いな。この程度のハンデで我が屈するとでも思っているのか、筋肉娘えええたたたたっ!」

「ぶっ殺してやる! 数日前のお前はこんな失礼な事は言わない心の綺麗な奴だったのに、どうしてこんな、いっ、痛っ! こっ、こら、私の顔や体を蹴るな!」

「我の手を圧砕しようとする汝には言われたくないわ! ちっ、防御力が高すぎて逆に我の足が痺れて来たわ。もういい」

 胴回し回転蹴りの要領でダクネスの頭部に踵落としを打ち込むクイーンは、その踵に電撃系の魔力を、ってちょっ!?


「させるかっ! 『スキル・バインド』ッ!」


 間一髪のところでクリスがスキルを発動させ、必殺の蹴りが唯の踵落としに留まった。

 あ、あっぶねー、あとちょっとでも遅れたらいくら石頭のダクネスでもかち割れてたぞ。

 涙目になりながらも顔を上気させてるし変態の方は大丈夫だろう、むしろクイーンの方が痛そうにしているぐらいだ。

「っ痛! ほ、骨に罅が入りかけたぞ。そこのやけに軽装なむす、小僧、やるではないか」

「今小僧ってわざわざ言い直したよねっ!? どうしてあたしが気にしてる事をズバリ言うのさ!」

 何やらショックを受けてるらしいクリスに向け、クイーンはダクネスを軸に眼にも止まらぬ速さで蹴り込み。

 それが衝撃波となってクリスに直撃しかけ……。

「クリスさん、そんなの言ってる場合ですか! 『アースウォール』ッ!」

 咄嗟にゆんゆんが唱えた魔法によりクリスの前に分厚い土の壁が出現し、それが代わりに粉砕される事でなんとか衝撃波を受け切った。

「ふむ、ボッチ臭漂い変なあだ名を寄進されていそうなちょろ娘にしては、中々の連携ではないか」

「い、いいい今はクイーンさんであってクイーンさんじゃない! だだ大丈夫、クイーンさんはあんな酷い事言わない、言わないからっ!」

 心の傷に触れられたゆんゆんが涙目になっているのだが、残り時間があと十秒もない。

 頼む、早く立ち直ってくれ!

「はっ、落ち込んでる場合じゃなかった。これが最後のマナタイト、絶対に失敗はできない!」

「さあ、そろそろ大詰めだね。ダクネス、ごめんね! 『バインド』ッ!」

 俺が渡したミスリル性のロープで、クリスがクイーンとダクネスを一緒くたに縛り上げたところに、俺が超高品質のマナタイトで水をぶっかけ……。

「いきます! 『カースド・クリスタルプリズン』――ッッ!」

 止めとばかりにゆんゆんが氷結魔法を発動させたことにより、二人まとめて頭部以外ががっつりと氷漬けにされた。

「何を企てている? 仲間共々我を拘束する意味が分からん」

 そんな状態なのにクイーンは気にも留めず、唯々理解不能といった表情を浮かべるだけだった。

 クイーンにとってこの程度の足止めなんか取るに足りない事など、初めから想定内だ。

 だが、これでいいのだ。

 そして残り時間は一秒、ギリギリ間に合った!

「ふふっ、そう言っていられるのも今の内だ、間もなくお前のその余裕もなくなるぞ」

「やれやれ、肉体だけでなく脳まで筋線維で構築されておるのか? そもそもクルセイダーが剣を捨て素手で襲撃とか、汝は恥を覚えんのか? 騎士とは崇高な剣術と防御力を兼備した者の称号だと理解していたのだが」

「ぐぐぐっ、わ、私は! そのような罵倒には屈したりしない! さあもっとだ、破壊神の肩書が嘘でないというのなら、もっと攻めて私を満足させて見せろ!」

「誰がそんな億劫な事をするか、このド変態騎士が! ああもう、先程までの戦闘の方が格段に楽だった。変態の相手がここまで心労嵩ばるとは」

「くぅぅ、いい、いいぞ、もっとだ、もっと攻めてきゅるんだあああっ!」

 ……時間的にも余裕そうだな。

 さしもの破壊神様も変態の扱いは堪えるらしい。

「はあ、もう面倒だ。早急に脱出を試み汝らを……。おい待て、この魔力の波動は……」

 クイーンの額から一筋の汗が流れる。

 どうやら今の状態に気付いたようだが、もう遅い。

「正気か? いくら彼奴が頑丈とは言え、あれを真面に食らえば命を落としかねんぞ」

「はあはあ……。敵の心配をするとは優しい事だ。だが案ずるな、私は既にあれを経験済みだ。今度こそ意識を手放さずに耐え切ってみせる!」

「キチッ!? いや、そうではない。よし、そこのずる賢そうな男よ、我と話をしよう。見る限りこの馬鹿げた作戦は汝が立案したのであろう? ならばこれがどれだけ無謀な賭けか理解しておろう。汝は本気で仲間を捨て駒に使うつもりか? あんな物、人間が耐えられるはずなかろう!」

 ダクネスでは話にならないと判断し、クイーンは交渉相手を俺に変更したようだ。

 神としての矜持からか大きく取り乱しはしないものの、それでも幾分か落ち着きを失い始めているように見える。

 何を隠そう、俺はクイーンが氷漬けになった時点でめぐみんに爆裂魔法を放つよう予め指示しておいたのだ。

 そしてこの様子からして、俺の推測通り、両手の使えない今の状態では上手く魔法の乗っ取りができないのだろう。

「ダクネスを甘く見るなよ、クイーン。お前は忘れているだろうが、ダクネスはこの世界で一番の硬さを誇っている! 例えそれが爆裂魔法だろうが死にはしないはずだ。という訳で、諦めて一発はもらってくれ」

「おかしいだろおおおおっ!」

 と言っても、その爆裂魔法を放つのは今は世界一の瞬間火力を誇るめぐみんなだけに、ダクネスが本当に耐えられるかは五分五分と言ったところだろう。

 だが、相手はここまで圧倒的な力を見せてくれたあのクイーンだ。

 相殺とはいかなくても、大幅に威力を落とせるのではと俺は睨んでいる。

 というか、破壊の神様なんだしそれぐらいできてくれ。

 なので、クイーンから離れなければダクネスもそのおこぼれにあずかれるはずなのだ。

「はっはっはっ! さあ、こいめぐみん! お前の腕がどれだけ上がったかこの私が見定めてやるぞ!」

「ああ、もう! 致し方あるまい、やってやる! 来るなら来たまえっ!」

 喜ぶダクネスと開き直ったクイーンが叫ぶ中、生き生きとしためぐみんの声が聞こえた気がした。


『その身に受けるがいい、我が必殺の攻撃魔法をっ!! 穿てっ! 『エクスプロージョン』――ッッッ!』


 次の瞬間、ダクネスもろともクイーンへと全てを灰燼へと化す究極の破壊魔法が炎の鉾となり、天から降り落ちて来た――!


 強烈な閃光が収まり、目も焦がさんばかりの熱風と轟音が王都中を駆け巡った。

 今回はマナタイトを使ったからか威力が心許ないな、それに打ち込む相手に気を取られてか精度も低い、五十三点。

 おっと、採点なんかしてる場合じゃなかった、ダクネス達はどうなった。

 粉塵が晴れ、地面が大きく削り取られて生成された巨大なクレーターの中心付近には、今なお手を組み合ったまま立ち尽くす人影が二つ。

 装備品はズタボロで、かなりの重傷を負っている事が伺える。

 とその時、クイーンの手を掴む手が緩みダクネスはガクリと崩れ落ちてしまい。

 クイーンも今度ばかりは相当堪えたのか、片膝をつき肩で呼吸をしだした。

「はあはあ……、魔力障壁を展開して何とか凌いだが……、ま、魔法攻撃を直に食らうのは一体いつぶりであっただろうか。しかし……今ので意識を保つとは、なかなかどうして大した娘よ」

 いや、あんたも大概だろ。

 クイーンが心からの称賛を送っているが、ダクネスは上手く呼吸ができないのか激しくむせ返り、それを聞く余裕もなさそうだ。

「しかし残念であったな、これしきのダメージならば全く間に回復が……。ふむ、敵の接近に気付かぬとは、どうやら体感以上に体力を消耗しているようだ。これも長期間に渡る謹慎の弊害であろうか」

 マジかよ、バレない様にコッソリ近づいてもらってた盗賊職の人の接近に気付くとか結構ピンチなんだが。

 俺が内心どうしようかとびくびくする中、息を整え危なげなく立ち上がったクイーンはやれやれと肩をすくめ。

「弱体化したとはいえ、汝ら程度の凡人が幾ら群れようと結果に変動はない。さあ、皆一群となりてかかって、ってこら、服を引っ張るでない、ずり落ちそうではないか! というか汝は何故動けるのだ!? こら、放せ!」

 もう動けまいと思っていたダクネスに縋り付かれ声を荒げた。

「ふふっ、ふっははは! こ、この程度の傷、怪我のうちになどはいくぅ、あうっ! ちょ、お、お前、傷口を蹴るなっ! くはあっ! た、ただでさえめぐみんの爆裂魔法によって体が悲鳴を上げているというのに、ぐうっ! 烈火の如き蹴りの上乗せとは、何というご褒美!」

「これ以上我を疲れさせるなっ!」

 なんだか爆裂魔法を食らった以上に疲れた様子のクイーン。

 思ってたのとなんか違うけど、今のクイーンの精神状態なら勝算はある。

 結果的にではあるが、ダクネスの妨害が功を奏したな。

「お前の悪運もここまでだな、クイーン! ここまで全てが俺の計画通り、最早お前に抗う術はないぞ、覚悟しろ!」

「助手君、格好つけてるとこ悪いんだけど、今のセリフだけ聞くとあたし達のほうが悪者みたいに思えてならないよ」

 うっ、うるさい、本当にそんな気がしてくるから言わないで欲しい。

 クリスの言葉に少し恥ずかしくなったが、俺にはやる事があるのだ。

「盗賊の皆さん、お願いします!」

 俺の合図で潜伏していた盗賊達が全員クイーン目掛けて手を構える。

 しかし、クイーンは警戒するだけで何も仕掛けてこない。

 やはりこの技を知らないようだ、久しぶりに自分の幸運値の高さを実感できた。

 これが人類最大英知の必勝手段。これこそが究極の必勝スキル。


「「「「「『スティール』ッッッ!」」」」」


 盗賊達が伸ばした手が光る中、クイーンは依然として何が起こっているのか把握できていないようで、怪訝そうな顔で俺達をきょろきょろと見回してくる。

 そんなクイーンに、俺はドヤ顔で説明してやった。

「今俺達が使ったのは、窃盗スキルのスティール。俺がこの世界に来て初めてクリスに教えてもらい、幸運値の高い俺が最も好んで使っていた必殺スキルだ!」

「スティール……steal? それに幸運値……。まっ、まさか……っ!」

 慌てて左腕を確かめるクイーンが愕然とした表情を浮かべたのを確認し、俺は誰かのスティールが成功したと悟った。

 スティールの成功率は、自分の幸運値以外に相手とのレベル差や経験レベルの差も重要となってくる。

 その二つの差は歴然であり、かつ初見の技しか通用しないクイーンから確実に奪う為にここまでお膳立てをしなければならなかったのだ。

 そして俺の手の中には確かな感触が、これはつまり……。


「「とったどー!」」


 感極まった俺は声を挙げ、あれ?

「お頭もなんか取ったんですか?」

「そう言う助手君こそ成功したんだ。どうやらあたし達以外は全滅みたいだよ」

 クリスの言うように、周りの盗賊達からは悲壮感が漂ってくるのを感じる。

 他の人達だってそれなりに鍛えている盗賊だ、てことはやっぱり幸運値の高さが決め手になった訳だ。

 なんという綱渡りだろう。

「それじゃあクイーンが固まっている隙に開けてみますか」

「そうだね。せっかくだし、せーので開けようか」

 せーので俺とクリスが同時に手を空け……。

「あたしの勝ちだね!」

「ちっくしょう、また負けた! って言うかなんだよこれ?」

 クリスの掌の上には神器であるブレスレットが、そして俺は……。

「……ねえ、キミってばどうして毎度毎度斜め上の物を盗るんだい?」

「そんな事言われましても。だけど今回はパンツでもなけりゃブラでもないんですからマシな方でしょ」

「その二つが真っ先に盗れるってのもどうかと思うけどね!」

 盗れた獲物をしげしげと眺める俺達に、

「いっ、いや、ちょっと待ってくれ! なんでお前がそれを持っているんだ!?」

 そこで声を上げたのはクイーンのしがみ付いたままのダクネス。

 どうした訳か、俺が盗った物はダクネスが大事にしている髪留めだったのだ。

 もはやクイーンの所持品ですらないのですよ、こりゃ一本取られましたな。

「これってどういう事? 俺はクイーンに向けてスティールを使ったんだぞ、なのにどうしてダクネスのバッテンなんか盗っちまったんだ?」

「バッテン言うな! それに私の髪留めに価値がないみたいに言うな!!」

 今までの統計的に、女性相手ならパンツ、その次にブラを取り、男性相手なら一番高そうな武器や装備を奪う事が多かった。

 だが、流石に対象外の人の装飾品は盗った事ないんだが。

「ああ、もしかしたらダクネスがあの方にくっついてたのが悪かったんじゃないかな? それでダクネス事態があの方の所持品と見なされちゃったとか」

 なるほど、クリスの言い分の立証には心当たりがある。

「ダクネスは普段から物扱いされたがってたから、俺のスティールが無意識に配慮したってことかも。良かったなダクネス、晴れてご主人様をもらえて」

「いい訳あるか! いくら私でも、カズマ以外に所持品扱いされるのは嫌だぞっ! ……あっ」

 ……なんかダクネスさんが顔を赤くしてチラチラッと見てくるんですけど、こういう場合はどうしたらいいんでしょうか。

「ねえ助手君、ちょーっと話があるんだけどいいかな?」

「それよりもお頭、早くその神器を持っていかないとクイーンが襲って来ます。急いでアクアのとこまで逃げましょう!」

「誤魔化されないよ、今ダクネスがとんでもない事言ってたよねっ! キミ、ダクネスを所有物扱いした事があるの!? サイッテー、基本的人権を尊重しなさすぎだよ!」

「ひっ、酷い、真面な人からサイテーとか言われるとガチで傷つくからやめてくれない? それに俺だって、ダクネスに言われた時しかやってない、これは冤罪だ!」

「頼まれてやってるんなら十分ギルティ―だよ!」

 クリスがぎゃいぎゃいと文句を言って俺に飛びついた瞬間、さっきまでクリスがいた場所を凶悪な黒色の稲妻が通過した。

 途端に大量の冷や汗を流す俺達が早急に言い合いを中断し、魔法の出どころへとぎこちなく振り返る。

 するとそこでは此方を睨みつけるクイーンが、魔法の余波を残した手を突き出したまま舌打ちをし。

「ちっ、外したか。なんとも幸運なむす、小僧だな!」

「また言い直した!?」

「それどころじゃないですよ、お頭! 冗談じゃねえ、あんなの一発でも食らったら、おわっ!」

「重心運動にそぐわぬその身の熟し、自動回避スキルと言った所か。我から窃盗を働くだけあって大した幸運値であるな。さあ、早急にそれを返還したまえ。魂すら残さず消滅したくなければなっ!」

 しまった、バカやってる場合じゃなかった。

 立ち直ったらしいクイーンが怒気を孕ませ、身体中からえげつない量の魔力を迸らせてるから怖いんですけど。

 ほんと魔王が可愛く見えるぐらいに怖いんですけど!

 ほらっ、なんかまた手元に業火を浮かべてこっちに向かって打ってきたしっ!

「私の仲間に手を出すなあああっ!」

「にっ、逃げろおおおお!!」

「ちょっ、待ってよ助手くーん!」

 クイーンが俺達に向けた炎の弾丸は、ダクネスがクイーンの腕を弾いたおかげで軌道が逸れたが、周囲の地面を抉りながら上空で大爆発を起こした。

 あいつ本気で殺しにかかってやがる、熱風だけでも身が焦げそうな勢いだ。

「待て、敵を目前にして背を向けるなどそれでも冒険者か、正々堂々と対峙せよ! というかいい加減手を放さないか色恋抜かす胸だけ騎士よ、重い!」

「だだだ誰が色恋を抜かすだ、お前本当に記憶をなくしたのか!? い、いやそれよりも、胸だけ騎士とはなんだ、無礼にも程があるだろう! それに、私はそこまで重くないぞ、ちゃんと鎧が重いと言い直せ!」

「衣服の上より視認する限りでもそれだけの筋肉量だ、軽いはずなかろう! というか貴様さっきから面倒臭いぞ!」

 愈々余裕がなくなってきたのか、クイーンの言葉が段々と荒んでいるし冷静さを失い魔法の狙いがだいぶ雑になっている。

 とは言え、その分一発一発に込められる魔力量も大雑把になって強烈なヤツばっかり打ってくるからたまったもんじゃない。

 スキルとダクネスの妨害でギリギリ耐えてるけど、さっきから何度も身体を掠めかかってるしいつ当たるか気が気じゃない。

「待てと言われて待つ奴がいるかボケ、お前と真正面からやれる奴の方が少ない事ぐらい分かってるだろうが! というか、最初っから思ってたけど何でそんな極悪非道な魔法を技名すら唱えずに打てんだよ、バカにしてんのか!?」

「別に馬鹿になどしてはいない、これは我の努力の結晶だ! 前半は反論出来んのが残念だが、今は我とてそれ相応に危機に瀕しているのだ。多少優遇してくれてもいいと思うのだが?」

「どうして与える側の女神が優遇してもらおうとしてるんですか! むしろ貴方には大幅にハンデをもらわないとこっちの採算が全く合いませんよ!」

 先輩への意識が働いたのか、エリスの口調でクイーンに異議を申し立てるクリスも逃げるのに必死だ。

 そりゃそうだ、何と言ってもクリスは神器を奪った張本人…………。

「よく考えたら神器を持ってるのはお頭なんだから、俺が一緒に逃げる必要無いよな。ここは全部お頭に丸投げしておけば……」

「わあああっ! 薄情者、人でなし!! キミってばあたしを売るき!? そんな事をしたら後でとびっきりの天罰を当てるからね!」

「おっ、おい、いくら何でも人間としてそれはどうなのだ? というか貴様がこの傍迷惑な作戦の立案者なのだろ、見過ごすはずがなかろう!」

 ですよね、見逃してくれたりしないですよね。

 というか、何気にクイーンに言われた事が胸に突き刺さる。

 そんな感じで超本格的逃走中をやっていると、突如クイーンが立ち止まり。

「ったく、これではキリがない。速攻で蹴りをつける。貴様もそこに直れ!」

「ふっ、お前も知っているだろうが、私には並の魔法は効かにゃあああああっ!?」

 きっとパラライズを本気で使ったのだろう、ダクネスの体がピクリとも動かなくなった。

 続いてクイーンは片手を上にバッと向けると再び魔力を練りだし、ってこの魔力の波動は爆裂魔法じゃねえか!

 あんな広範囲の魔法避け様がねえし今は邪魔をしていたダクネスも動きを封じられてる。

 ああ、女神様ーは今隣にいらっしゃるから駄目だ、大悪魔様ーもこの場所にいない。

 でも、それでも。誰か、誰か……っ!


「誰か助けてくれええええっ!」

 そんな俺の魂の叫びが轟く中――


「ぶっ飛べ! 『エクスプロー『ジョン』』――ッッッ!」


 凶悪な破壊魔法は俺達に吸い込まれる、ことはなく。

 クイーンの放った魔法のさらに上空に放たれた爆裂魔法が、バキュームの様に魔法を吸い上げ王都のはるか上空で大爆発を起こした。

 流石のクイーンもまさか自分の放った爆裂魔法を防がれるとは予想もしなかったのか一瞬呆けていたが、すぐにそれをしでかした奴の方を見た。

 この絶体絶命の大ピンチを助けてくれたのは、女神でも大悪魔でもなく――


「先日はよくもやってくれましたね、クイーン! 我が奥義をあっさりと打ち破られた時のあの屈辱、あの敗北感、あなたには到底分からないでしょう!! 今のはほんの意趣返し、あなたにやれて私にできない道理はありません! 我が名はめぐみん! 人類最強の魔法使いにして、今宵、神をも葬り去る者! さあ、勝負です!」

「めぐみん様あああああああ!!」


 深紅の瞳を真っ赤に輝かせマントをバサッと風に乗せてポーズを決める、俺達が誇る最強の魔法使いだった。

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