第5章 この無謀な韜略に哀憫を!

勇者としての務め

「やってくれましたね、下っ端の分際でっ! これはもう戦争ですね、戦争しかありません! 私の男に色目を使う悪魔め、相応の立場を分からせてやります!」

 あの後アイリスを追いかけるダクネスとは別れ、俺達は荒野に設けられた待機場所へと向かっていた。

 その道中、こんな調子でめぐみんがやたら騒いでいるのだが……。

「そんなもん考えるまでもないだろ。十中八九アイリスが勝つ」

「な、なにをー! というかカズマもカズマです! 私というものがありながら、何をあっさりキスを許してデレデレしてるんですかっ! 普段あれだけ私とあんな事やそんな事をしているというのに!」

「おいちょっと待て、その言い方だと俺が普段お前とここじゃ言えないようなことをしているように聞こえるじゃないか。厳密な話、俺はまだフリーの身な訳だし、お前にとやかく言われる筋合いはない! 俺が誰と何をしていようとお前には一切合切まったくもってこれっぽっちも関係ない!」

 俺の言葉に首を絞めてこようとするめぐみんに対し、俺も素早くドレインタッチの構えを取る。

 俺だって高レベル冒険者なんだ、こんな脅しに屈しは……。

「……お前もなんか文句でもあんのか?」

 さっきから気になっていたのだが、アクアが何も言わずに俺のことをジーッと見てくるのだ。

「……別に、なんでもないわよ」

 そう言ってそっぽを向き、頬を膨らませるアクア。

 こいつどうしたんだ、普段なら自己中なまでに自分の意見を発するだろうに。

「なあ、めぐみん。お前は……」

 そんなアクアを見てどこか微笑まし気に、それでいて不安げな表情をめぐみんが浮かべていたので、何か知っているのかと尋ねようと……。

 ふと、大量の視線を浴びせられていることに気が付いた。

 いつの間にか待機場に着いていたらしく、冒険者達がぎょっと驚いたような顔で俺達を凝視している。

 そりゃそうだ、これから死闘を繰り広げるってのに呑気に喧嘩する馬鹿は普通いない。

「あっ、すいません騒がしくしちゃって。俺達は向こうへ行きますんで……」

「まっ、待ってください!」

 アクアとめぐみんの背中を押してこの場を去ろうとする俺に、魔法使いらしき女の子が呼び止めて来た。

 視た感じ俺よりも年下で結構可愛いその子は、緊張でもしているのか口をもごもごさせて。

「あ、あの、あなたはもしかしてサトウカズマさんじゃないですか?」

 その一言に、今まで呆然としていた周りの冒険者達もざわざわと騒ぎ始めた。

 状況を掴めないまま俺はひとまず、

「ええっと、まあそうです。確かに俺は魔王を倒したサトウカズマですけどそれがな」

「やっぱりそうなんですね!!」

 その子は俺が言い終わる前に混ぜっ返し、興奮気味に目を輝かせた。

 いや、様子がおかしいのはこの人だけじゃない。

「ほ、本当ですか、本当にあなたがあのサトウカズマさん!? という事は、後ろのお二方がかの有名な!?」

「やばい、こんな時だけど私、今日この場に来れてよかったー!」

「まさか本物に出会える日が来るなんてっ! すいません、あの。あく、握手してもらってもいいですか?」

「あわわわわ、生きる伝説達がこんな近くにっ! 拝んどこ拝んどこ!!」

 待機場所にいた多くの冒険者達が一斉に俺の下に駆け寄ってきて、俺はたちまちもみくちゃにされた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 皆さん落ち着いて、深呼吸から始めてください!」

「ほ、ほらほら、あなた達下がりなさいよ! 急に押しかけられたらカズマさんが押し花になっちゃう!」

 ギリギリ人波に巻き込まれなかっためぐみんとアクアの救出により、無事生還を遂げた俺は、

「お、おい、あんたらは一体何なんだ?」

 乱れた息を整えつつ、とりあえず最初に話しかけてきた女の子に尋ねてみることに。

 するとその子は不思議そうな顔をしながらも、快く答えてくれた。

「私達はまだ冒険者に成ったばかりの新人でして。だから私達にとって、サトウさんは憧れの存在なんです! あのあの、勇者様がこんな場所にいらっしゃったのは、もしかして若輩者の私達にアドバイスを下さるために?」

 その子の言葉に、後ろにいた人達も俺に憧れのヒーローを見るかのような視線を送ってくる。

 ……そうだよな。よくよく考えてみたら、俺って魔王を倒してこの世界を救った勇者なんだよな。

 アクセルではこれっぽっちも勇者扱いされてなかったから忘れていたが、本来俺は敬意と憧憬の対象となって当然なんだ。

 むしろこっちが普通の反応だと言ってよいのではないだろうか。

 なんだろう、今更ながらテンション上がってきた。

 そうだよこれだよ、俺はずっとこういう状況に憧れていたんだ。

 大物賞金首を倒す度に、借金背負わされたり犯罪者扱いされたり非難の目で見られたりするんじゃなくて、こんな風に勇者扱いされるこの状況に!

 俺は腰に片手を当てフッと笑い。

「バレてしまったか。あまり目立つのは好きじゃないんだが、見つかったからには仕方がない。実は君達が心中不安に駆られていはしないかと心配でね。アイリスに頼んで少し時間をもらい、こっそり様子を伺いに来たのさ」

「「「「「おおおおおおお!」」」」」

 俺の言葉に、新人冒険者達は歓喜の声を上げ。

「流石は世界を救った勇者様! 俺、貴方に憧れて冒険者になったんです!」

「ま、まさか!? さっき緊張感の欠片もなく五月蠅くしていたのは、私達の緊張を解す為にっ! なんてお優しい方なの!」

「自分の名声に驕らず、秘かに私達の様子を見に来てくれただなんてっ! 私、感動で胸が一杯です!」

「王女様を呼び捨てにしてたし、王族の方からも人望が厚いに違いない! すごい、凄すぎる!」

「勇者様! 一生ついて行きます!」

 ああ、何という高揚感。

 今まで周りからの扱いが辛辣過ぎただけに、こんな純粋に慕ってくれる人達がいる事に深く感動を覚えてしまう。

「今回の敵は強大で、正直魔王軍幹部よりも質が悪いかもしれない。だが、それが何だって言うんだ! ここには王国随一の強さを誇る冒険者を筆頭に、この俺さえも加わっている! 負ける要素を見つける方が難しい!! だから君達も自分の役割を全うしてくれ。さあ、共に敵を屠ってやろうじゃないかああああっ!」

 一瞬の静寂が訪れ。

 次の瞬間、地響きのような歓声と拍手が巻き起こり皆が俺の下に駆け寄って来た。

 さっきは急な出来事に動揺して気付かなかったが、俺の下に来る人は女性が多い、しかも結構な美人揃いだ。

 その人達がくっついてきて、忽ち俺は柔らかい温もりに包まれていく。

 ああ、そっか。俺はこの時の為に魔王を討伐したんだな。

 これからは時々王都に来て、いろんな人にちやほやされることにしよう。

 いっその事こっちに引っ越そうか、そうしたらもっと頻繁にアイリスに会えるし、この官能的なまでの幸せな感触をもっと味わえ……。


「『黒より黒く 闇より深き漆黒に――』」

「この世にある全ての我が眷属達よ――」

「ってやめろ、お前らなに唱えてんだ!?」


 物騒な詠唱を始めたアクアとめぐみんに俺は慌てて待ったをかけ。

 俺の焦り様を見た他の人は、クモの子を散らす様に俺から思い切り距離を取った。

 そして騒ぎの元凶となった二人は、

「これから戦いが始まるというのに気を抜いてるカズマが悪いのですよ。女性達に囲まれて鼻の下を伸ばして、また随分と余裕があるものですね勇者様」

「べべ別に、鼻の下なんか伸ばしてないし!? ただあれはファンへのサービスってヤツで……っ! というかお前、俺の事どんだけ好きなんだよ、妬き方が過剰なんじゃねえの!?」

「繰り返し言ってますが、あなたの事は好きですよ。なんならあなたのどこが好きなのか今から列挙してあげましょうか?」

「ごめんなさい、勘弁してください」

 くそ、いつまで経ってもめぐみんの直球の愛情には慣れない、どうしても気恥ずかしくなってしまう。

 と、そう言えば……。

「俺を愛して止まないめぐみんはともかく、お前までどうしたんだよ?」

「ちょっ、そこまでは言ってませんよ!?」

 思わぬ反撃をくらい顔を赤くするめぐみんは置いとくとして、俺はさっきからそっぽを向いて不機嫌そうにしているアクアに声を掛けた。

「……別に、なんかむしゃくしゃしたからやっただけよ。他意はないわ」

 まただ。またしても曖昧な言い方で誤魔化してやがる。

 さっきもそうだったが、ここ数日のアクアは本当にどこかおかしい。

 バカな事をするのは最早お約束だが、普段なら悪びれもせずに無く逆ギレして突っかかってくるはず……。

「というか、カズマはさっきので士気上げしたつもり? あんな半端なのじゃ誰の心も動かせないわよ! いい機会だし、ここで私が宴会芸の真髄って物を教えてあげるわ!」

 単に自分の仕事を奪われたのが気に入らないだけの様だ。

 しかし士気上げか、俺的にはうまくやれた気でいたがこうして周りを見るに、やはり多少は不安も残っているらしい。

 昔の人は戦闘前に舞を踊って神に勝利を願っていたって聞いた事あるし、ここはアクアに任せた方がいいのかもしれない。

 それに……。

「それもそうだな。よしアクア、お前の必殺の宴会芸でこの場を思いっきり盛り上げてやれ!」

 俺がすんなり肯定すると思わなかったのか動揺するアクアだったが、徐々に普段よく見せる嬉しそうな表情を浮かべ。

「任せて! 不安なんか一発で消し飛ぶような技を披露してあげるわ! それでは皆さん、お立合い! 手始めに、いよっ! 『花鳥風月』!」

「「「「おっ、おおおおおおっ!」」」」

 相変わらずの見事な芸に、遠巻きに俺達を見ていた人々が関心を向けて来た。

「どんどん行くわよ! 続いては――」


「知らない間に随分人が集まって来ましたね」

「ああ、そうだな」

 めぐみんの呟きに、俺は力なく答えた。

 アクアが芸を始めて大分時間が経ち、今では観客動員数が三桁に入り、その数はまだまだ増えていた。

「アクアのおかげで、随分と皆の緊張が解れたようだな」

「……ああ、そうだなあ」

 クレア達との最終調整が終わったらしく、ダクネスも俺の隣に着て苦笑いを浮かべている。

 宴会芸をするよう言いだしたのは俺だし、不安を吹き飛ばす様アクアに頼んだりもした、したのだが……。

 アクアの様子を見ながら、俺達とは別行動を取っていたクリスが困った様子で頬の傷跡を掻き。

「あはは、これから戦闘があるって事を忘れてなかったら、もっとよかったんだけどね……」

「…………ああ、そうだなああああっ! 誰が目的忘れるまで楽しませろっつったあああ!!」


 ――さっきまでの不安はどこへやら、集まった人々は心底アクアの芸を楽しんでいた。

 こんな状況を生み出した当の本人も、喝采されるのが余程嬉しいのかどんどん大技を繰り出し始め、完全に趣旨を忘れているようだ。

 ウィズの店の時もそうだが、なんであいつはすぐにやりすぎるんだ。

 今のこの緩み切った状況なら、俺一人でも全滅させられる気がする。

「それでは皆さん! 次は大技も大技、今回が初披露となる百八つあるマル秘奥義の一つですよ!」

 煩悩並の数があるのなら、それはもはや奥義と呼べないんじゃないか。

 しかし奥義の一つ、それも今回初披露ともなるとちょっと興味がそそられる。

 チラッと隣を見てみたが、めぐみんやダクネス、クリスもその技が気になるのか、他の人と同様アクアの一挙手一投足に目を向けていた。

 ダクネスが今度こそはとか言ってるが、どうせ見破れないと思う。

 と、多くの人が見守る中どこからともなく小皿を取り出したアクアは、そこに足元の土をひょいひょいと載せ。

「さあさあ、この土をその辺に撒くと。何とびっくり、花畑になりますよ!」

 そう言いながらアクアは土を掴むと能天気な声で、

「枯れ地に花を咲かせましょう!」

 アクアの手から離れた唯の土がばら撒かれた周辺には、瞬く間に多種多様な美しい花々が咲き乱れ始めた。

「「「「「うおおおおおお!!」」」」」

「いや、ちょっと待て。百万歩譲って雑草が生えるならまだしも、あんなにいろんな種類の花が咲くとか意味分かんねえよ!」

 あまりの珍現象に俺は慌てて隣の連中に尋ねた。

「ま、魔力は籠ってませんでしたし、あらかじめ下準備をしている暇もなかったはずなのですが……」

「というか王城周辺では、開花した花が街中でタップダンスして被害を加えない様、定期的に植物が育たない土を散布しているのだが……」

 一応は紅魔族の端くれであるめぐみんも魔法的解釈は無理みたいだし、そもそもここの土壌では花が咲かないらしい。

 なんか妙な発言を聞いたかもしれないが、この世界の植生にはいい加減慣れてきたので特に気にする事も無い。

「あはっ、あはははは。先輩ってば、昔からああなんだよね。あたしが先輩に押し付けられた仕事を消費してる隣で、よく物理や魔法の法則を無視した超常現象を引き起こしてたっけ」

 クリスでさえも原理が分からないらしい。

「いや、押し付けられた仕事は断ろうぜ。しかし、本当に宴会芸って何なんだ? 聞く度に謎が深まる一方なんだが」

「あれは先代の宴会を司りし神が考案した法則でな、本人曰く物理則や魔法則とは袂を分かった法則だそうだ」

「話のスケールがデカいな!? なんでその神さんはそんな御大層なもんを作ったんだよ?」

「何でも彼が恋慕の情を抱いた娘を驚嘆させようと必要以上に意気込み、気付いた時には創造神が敷いた法則すら逸脱していたらしい。もっとも、その娘は祭祀を毛嫌いしていたので不発に終わったようだが」

 新しい法則作るぐらい努力したのにその恋実らなかったのかよ、なんて不憫な。

 というか、たったそれだけの為にこんな摩訶不思議な現象を生み出すとか、知恵の無駄使いもいいところだ。

「まあ、創造してみてはと立案したのは我なのだが、まさかここまで俊逸な事象を生むとは」

「お前のせいか!」

「せいとは失礼な、その甲斐あって汝らもこの芸術に肖れておるのだ。感謝こそすれ憤慨するのは筋違いという物だ」

 こいつは本当に他人の人生を壮大に狂わせているな。

 まったく、これだからクイーンという奴は…………。


「ってなんでお前がここに居るんだよ、クイーン!?」


 いつからそこに居たのか、自然に会話に参加していたクイーンに気付き俺は大声を上げた。

 その声に皆がこちらを振り向き、一瞬呆けた後分かりやすいぐらいに狼狽し始めた。

 それは俺の仲間も同様で、めぐみんは取り乱し、ダクネスは剣を掴み損ねるという為体。

 そんな阿鼻叫喚となった俺達を見て、クイーンは心底呆れたような顔を浮かべ。

「汝はそれを本気で言っておるのか? 今の時刻を確認してみろ」

「はっ、時間? えっと……、十二時回ったぐらいだけど、それがどうかしたか?」

 言われるままに、俺はクレアから預かった時計を確かめたところ、クイーンは大きな溜息を吐き。

「はあー、完全に失念しておるようだな。我が先日告げた事項を記憶しておらんのか?」

「覚えてるに決まってんだろ、お前が一方的に三日後の正午って言うからこうして……。そりゃいてもおかしくないわな、ごめん」

 我ながらあまりの緊張感のなさに呆れてしまう。

 俺の他にも少し罪悪感を覚えたのか、何人かはクイーンに向かって頭を下げる始末だ。

 だがボスキャラな癖して、違和感なく場に溶け込んでくるのは如何なものか。

 破壊神なら破壊神らしく、大爆発に交じって現れるとか格好良い口上を宣いながら悠然と歩いて来るとかしろよ。

「でもお前にだって問題あると思うぞ。ボスにはボスのお約束ってもんがあるだろ!」

「我とて当初は爆裂魔法の爆炎から出現してやろうと計画しておったわ」

「そんな事されたら指揮系統が混乱して真面な戦いができないじゃねえか! こっちの都合も考えろよ!」

 先程と真逆のことを言う俺に構わず、クイーンは尚も続ける。

「だが早着してみればどうした事か、我の接近に誰一人気付かず芸に現を抜かしているときた。となれば、群衆に紛れて共に鑑賞するしかないではないか」

「いや、諦め早すぎだろ。もうちょい頑張れよ」

 と、クイーンが一人語りに没入している間に冷静さを取り戻した熟練冒険者達が配置に付いていた。

 後は俺が合図を出せば……。

「繋ぎはもうよいか?」

 突然喋り続けていた口を止め、クイーンが周りも見ずにそのような事を。

「……気付かれてたか。こういった場合はお前がだらだら話すよう俺が仕向け、その間に陣形を整えるという作戦だったのさ!」

「そんな作戦ありませんでしたよ」

「ああ、私もそのような指示は聞いていないな」

 人が格好良く決めてる時に余計な口を挟まないで欲しい。

 速攻で否定されて俺が居心地悪くなっている中、クイーンは戦闘モードの為か緩く一本に纏めたポニーテールをファサッと搔き上げ、

「既に三日も待ったのだ、今更数分待たされようと大して苦にならぬ。ならば、汝らが十全でなければつまらんではないか」

 今紫に輝く瞳を閉じ、事も無げにそう言い切った。

 流石は本家本元の神、本調子からは程遠いにも拘らずこれだけの人数相手にこの余裕っぷり。

 クイーンの挑発的な態度に、クイーンの力を直に見ていない気の短い冒険者は歯噛みをし始め、今にも飛び掛からんばかりだ。

 この様子じゃ戦闘が始まった後に話す機会は持てそうにない。

「おい、クイーン。これが最後通牒だ、王都を攻撃するのは止めろ。今なら俺達も一緒に謝ってやるからさ」

 俺は確認も含めてもう一度だけ尋ねてみたが。

「汝は根本的に履き違えておるぞ。破壊の名を冠する限り我の言動は全て理に適う、要は我が破壊を止める必要性は皆無な訳だ。それを踏まえた上で尚抗うと言うのならば、我の意を捻じ伏せてみよ!」

 やっぱり無理か。ならば仕方ない、クイーン相手にあまり気が進まないのだが。

「だったら覚悟しておけよ、人間ってのはしぶとい生き物なんだ。それじゃあ、改めて名乗らせてもらおう! 俺の名はサとぅば……っ!」

「ちょっとあんた、何してくれてんのよ! 丁度盛り上がってきたところだったのに水なんか差して! お城を壊すにしても、私の芸が終わった後にして頂戴!」

 俺を前のめりに突き飛ばし、アクアが場違いな事を言ってクイーンに突っかかって行った。

 こ、このアマー!

「コノヤロー! せっかくラスボス相手に名乗りを上げるっていう主人公っぽいシチュエーションなのに邪魔すんじゃねえ!」

「そっちこそ邪魔しないで! どうせ勇者っぽい事なんかカズマには似合わないからやめておきなさいな。それより今は私の宴会芸よ! 皆クイーンの方に注目しちゃってお客が盗られたみたいで悔しいの! もう一回よ、もう一回続きをさせてっ!」

「これから戦闘が始まるって時にアホな事ぬかすなっ!!」

 喧嘩を始める俺達の間に、めぐみんとダクネスが割って入り。

「アクア、流石に今のはあんまりです! 人の口上の邪魔はしてはいけませんよ!」

「そうだぞアクア、凄く真面目なシーンだったのにぶち壊しではないか! ほら、大人しくしろ!」

 はあ、アクアのせいで場が崩れたが、今度こそ俺のカッコいいシーンを!

「例えあなたが女神様とは言え、この城を破壊するのなら引き下がる訳にはいかない。僕の名はミツ――」

「おい、ミなんとか!! 俺の出番を横取りすんじゃねえっ! お前はどうせ普段からそんな感じの事やってるんだろう! こんな時ぐらいは俺に譲れよ!」

「ミツルギだって何回言ったら覚えてくれるんだ、佐藤! というか、キミは魔王を倒した時にやったのだろう? だったら今回は僕がやってもいいじゃないか!」

「俺だって魔王の時は余裕がなかったから、こんないかにもな事はやれてないんだよ! ちょっと顔がイケてるからって調子に乗んな!!」

 毎回良いとこ取りしやがって、今回は絶対に譲らねえからな!

「そんな事はどうでもいいの! とにかく私のお客を返しなさいよ泥棒女神! ほら、返してよっ!」

「だ、だからアクア、それは絶対にズレてる。お前はあっちで待機して痛たたた! おっ、おいこら! 私の髪を引っ張るのはやめてくれっ!」

「それでは間を取って、この私が口上を述べるとしましょう!」

「やらせるか!」

 めぐみんに触発されてか他の紅魔族が、だったら俺が、いや私がと言い始め、喧嘩も祭りの一種、であれば我々がとか言い出したアクシズ教団まで混ざってきた。

 こいつら好き勝手言いやがって、こうなったら俺の本気を見せるしか……っ!


「おい」


 決して大きくないが特濃の殺意が込められたその一言に、今までの喧騒がぴたりと止み。

 魂ごと存在が抹消される、そんな感覚に陥った俺達は冷や汗をだらだらと流し、速やかにクイーンに向かって土下座した。

 静寂が包み込み、恐怖のあまり身体を震え上がらせガチガチと歯を鳴らしてひれ伏す中。

 俺達を見下ろしていたクイーンはスーッと殺気を引き、深く深く溜息を吐いた。

「口上ぐらい待ってやるから、早急に決断したまえ。一同に唱してもよいし、何なら我と王様ジャンケンでもするか?」

 まさか折衷案を出してくるとは。

 これ以上クイーンを刺激しない方がいいと全員思ったらしく、同時に首をがたがたと縦に振った。

「それでは皆の衆、片手を挙げよ」

 その言葉に全員が手を挙げ、じゃんけんの姿勢を取った。

「我に勝利した者は起立、それが一人になるまで続ける。では行くぞ、ジャーンケーン――」


「『エクステリオン』――ッッ!」


 ポンッと言う直前、突如強力な斬撃がクイーンを襲いそのまま横に吹き飛ばしていった。

 当然の出来事に呆然とする俺達を他所に、今しがた大技を放った一人の少女が俺の前に立ち。

 剣を地に突き刺すと、その眩い光を反射させる美しい金髪をたなびかせ、


「我が名はベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス! 武装国家ベルゼルグの第一王女です! 破壊神トルクティオ様、例えあなたのご意向であろうと、この地が滅びの宿命を背負っていようと。この国を治める者として、看過する訳には参りません! 我らベルゼルグ王国の威信にかけて、全力を以て貴方様に抗わせて頂きます!」

「「「「「うおおおおおおっ!!」」」」」


 先手を切ったアイリスの言葉に騎士達が声を上げる傍ら、未だ放心状態の俺達にクリスが駆け寄り。

「いやー、話が進まないからジレッたくなってね。王女様にビシッと決めてくれるよう頼んで来たのさ」

 そう言ってクリスは片目を瞑ってニカッと笑いかけてきた。

 この人は本当にこういう時に抜け目がない、それに乗っかるアイリスもアイリスだが。

 そしてアイリスに吹き飛ばされたクイーンは、

「全く、口上を述べる前に不意打ちとは。王家の者としてそれで良いのか?」

 五十メートル程吹き飛ばされた所で斬撃を受け流せたらしく、周囲に立ち込める砂埃を散らしたクイーンが少し呆れた表情を浮かべた。

 というか、あれ食らってなんであいつ無傷なんだよ。

「以前、私の敬愛する方がこう仰いました。『戦場においては正攻法で挑んで負ける方が間抜けであり、絡手であろうと不意打ちであろうと勝利した方が正義なんだ』と! そして私は王族である前に一人の人間、貴方様を前には正攻法も搦手も関係ありません!」

 おいお前ら、決めつけで俺に非難じみた目を向けるのはやめろ。

 実際アイリスに吹き込んだのは俺で合ってるから何も言い返せないが。

「佳麗な玉姿に嵌らぬ転婆な王女ではないか、気に入った。良かろう、ならば改めて。我は万物の破壊を司りし神、トルクティオである! 神に叛逆せし者よ、其の力を我に証し、邦土を堅守するが良い!」

 対するクイーンは何故か感心した様子でアイリスへと口上を返してしまった。

 つまり、これで俺が主人公っぽい事をする機会は失われた訳で……。

「ほらほら助手君! そんなにむくれてないであたし達も所定の場所に急ごうよ。この戦にはキミの力が必要なんだからさ!」

「うるさい、しばらく放っといてくれ」

 千載一遇のチャンスを奪われたのだ、もう少しぐらい落ち込んでも罰は当たらないと思う。

「ほら、行くわよヒキニート。取られちゃったもんはしょうがないでしょ!」

「そうだぞ、カズマ! それにお前が活躍するのはここからではないか!」

「さあ、早く私の見せ場を作ってください! あの調子に乗った下っ端に灸を据えてやるのです!」

「お前ら俺のやる気を更に下げてどうするんだよ」

 一応は慰めてくれているらしいアクア達の言葉を受けて、俺はのろのろと立ち上がり。

「はあ、分かったよやります、ちゃんとやりますよ。ああ、もう、しょうがねえなああああっ!」


 戦闘開始――!

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