安息は何時でも手の外側

「もう、遅いよお兄ちゃん。私待ちくたびれちゃった!」

「ごめんごめん。それじゃあ待たせた分上乗せにして、心行くまで存分に楽しませてあげるよ! そしてそのまま結婚式場に……っ!」

「行きませんからね」

 笑顔のまま棘のある言葉を刺すのは、我らが真ヒロイン、エリス様。

 儚げであり、人間のそれとはかけ離れた圧倒的な美しさを放ち。

 それでいて時にはお茶目な事もする、俺がこのいかれた世界で唯一心から尊敬している人だ。

 クリスの姿ではなくこうして面と向かって会うのは、魔王を討伐した時以来ではなかろうか。

「俺の好みなんてよく知ってましたね。もしかして実は俺の事を狙ってて、こっそり俺の秘密事項を調べてたとか!」

「ち、違いますよ! ダクネスが時々ぼやいていたのを覚えていただけです。ここに来た時ぐらいは、カズマさんのお願いを叶えてあげようかと」

 ああ、その笑顔に俺の疲弊しきった心が急速に解消されるのを感じる。

 ……今度アクアが余計なマネしやがったら、本気でトレードできないか一度聞いてみようか。

「また良くない事を考えてますね。ええっと、他の皆さんは無事なので安心して下さい。大先輩は魔法を放った後、光に紛れて立ち去りました」

「そうですか。いやー、めぐみんがやらかした時はどうなるかと。この程度で済んで助かりました」

 いや、でもこうして俺は死んでる訳だしそうでもないか……、あれっ?

「すいません、俺の死因ってクイーンの魔法ですよね? それにしては死者が俺だけというのもおかしくないですか? ……あっ、あのエリス様、何で目線を合わしてくれないんですか? もしかして俺がここに来たのって別にあるんですか? はっ、ま、まさかまたショック死!? それか爆風で転ばされて頭の打ちどころが悪かったとか、そんな情けない理由なんですか!」

 恐る恐る尋ねた俺に、しかしエリスは無言で首を横に振る。

 どうやら違うらしい、だったら俺には死因が一向に見当がつかないのだが。

 不安に駆られ一人オロオロする俺に、


「……実を言いますと、今回カズマさんは亡くなられていません」


 佇まいを正したエリスがそんことを……。

「それどういう意味ですか?」

 エリスの言葉に俺は思わず真顔になってしまう。

「大先輩が発生させた光は、一時的に誰もが神々の神気を感知できるようにする物なんですが。大先輩は神気濃度があまりに濃密なため、余程精神力が強い方でないと神気に溺れて気を失ってしまうんです。言うなれば、海賊王の覇気みたいなものですね」

 それ言っちゃっていいのだろうか。

「そして本来なら、気を失った程度ではこの空間に来れないんですが……。その、今回は私の都合と言いますか……」

「それって、エリス様が俺欠乏症に陥ってどうしても俺に会いたかったから、気絶を死亡に変更したって事ですか? いや、気持ちは嬉しいんですけど、それは流石にやりすぎじゃ……」

「ちっ、違います、違いますよ! なぜ私がカズマさんを殺害しなきゃいけないんですか! 大先輩に関して一刻も早くお知らせしなければならないことがあるだけです!」

 エリスのヤンデレぶりに若干引いていたが、聞いてみたらなんてことはない。

 俺のテレポートは例外として、基本的に人間は魂を離脱させないとこの空間には来れない。

 ただ睡眠中など、自我が弱い状態だと魂を引き剥がしやすいらしく、今回を好機と見たエリスが俺をこちらに連れて来たのだとか。

「なんだそんな事ですか、だったらそんなとんでもない事やらかしたみたいな表情しないで下さいよ」

「これって十分大事ですよ!? 一時的とはいえ、存命の方を死者として迎え入れるのです。もし無断でやっていたら、数か月に及ぶ謹慎を掛けられても文句が言えないんですから」

 そんなもんだろうか、俺としては現世に戻れるなら問題ないと思うのだが。

 と、エリスは改めて真剣な表情を浮かべ、

「芳しくないお知らせです。今日の早朝頃に、大先輩が記憶と神器の封印を解呪しました。それに伴って、本来の女神としての力を全て取り戻したようです」

「……ッ!」

 予想していたとはいえ、こうもハッキリ言われると心に来る物がある。

「こうなった以上、コッソリと神器を盗むなど到底できません。かといって、現状お城を攻撃しているのですから放置しておく訳にも行きません。ですので……」

 そう言って手を前に翳したエリスの手元に、どこからともなくかなり分厚い紙の束が現れた。

「これは大先輩に関する資料です。今後の役に立つ情報もあると思いますので、お手数ですが今から読んで頂けませんか? 天界の資料は地上に持って行けないので」

 そりゃそうだ、天界の物品があちこちにあったら大変な事になる。

 女神の個人情報ともなれば猶更だ。

 俺は言われるままに、手を伸ばしてその冊子を受け取ろうと。

「……あ、あの、読めないんですが?」

 なぜかエリスは冊子から手を放さず、不機嫌そうに頬をぷくっと膨らませて此方を睨んでいらっしゃる。

「あのエリス様、俺エリス様の気に障るようなことしましたっけ? あんまり怒ってると可愛い顔が台無しですよ」

 俺の言葉に少し顔を赤くするエリスだったが、依然としてジトッと睨んでくるだけだ。

「あのエリス様、何か喋ってくださいよ! でないと俺、一人で話してる痛い人じゃないですか!」

 だんだん心配になってきたので必死に頼んでみたら、やっとエリスが口を開いてくれて、


「クイーンさんの事、どうして黙っていたんですか?」

「…………」


 俺は速やかに土下座を敢行した。

「私にも話していてくれたら、大先輩が記憶を取り戻す事も、王都が襲撃される事も無かったかもしれません。仮に戻ったとしても、もう少し対策の仕様もあったと思うんです。そんなに私が信用できません?」

「そ、そうじゃないんです! ただあの時はエリス様の立場がよく分かってなかったって言うか、無理やり連行される場合を考慮したら話すに話せなかったって言うか!?」

「つまりカズマさんは私の事を、人の話を聞かずに一方的に断罪する狂暴な女神だと仰りたいんですね。私、カズマさんの事信じてたのに、残念です」

「ち、違います違いますよっ! そう言う意味では全然なくって……っ! 俺は止めたんですけどアクア達が聞く耳持たなくて、おまけにクリスに話したら止められるかもしれないからやるなら早いうちにってことに……ごめ、ごめんなさい! 勝手に動いたのは謝るので許してください!」

 話すにつれて目に見えて不機嫌になって来たので、俺が全力で許しを乞うていると、エリスは突然ぷっと息を噴き出し、

「ふふふっ、別に怒っていませんよ、全部分かっていますから。ただ一緒に盗賊団をしている私に秘密にしていたことが寂しかったので、ちょっと意地悪したくなったんです」

 先程とは打って代わり、エリスは悪戯が成功したみたいな笑顔を浮かべ……。

「……もしかしてちょっと妬いてくれてたりしたんですか? だったらご心配なく、俺はエリス様の事だって受け止めますから、なんの気兼ねもなく俺の下に……っ!」

「なに二股掛けようとしてるんですか! 今度めぐみんさんに、あなたが浮気してたって言いつけますからね」

「すいません、調子に乗りました!!」

 そんなことされれば、蘇生もできないぐらいに爆裂四散されてしまうだろう。

 俺の反応にエリスはくすくす笑い。

「ほらっ、渡した資料を読んで下さいよ。目を通して欲しい部分には付箋を付けておきましたので。これだけの情報を集めるために、私頑張ったんですから」

 そう言ってエリスはちょっと得意げに冊子を手渡してくれた。

 表紙には『これでバッチリ! 女神トルクティオのすべて』と書かれており、なんだか学参を貰った学生の気分だ。

 エリスが自信を持っていうだけあって、パラパラッと捲るだけでも分かるぐらいには、クイーンについて詳細な情報が記載されていた。

「これは所持品についてか。……あいつ、いいもん着てやがったんだな。そんでこっちが問題の神器か、どれどれ」

 様々な魔法が編み込まれた装備品の隣に書き記された、神器の機能を一つずつ読み上げていくと。

「消費魔力減少、魔法効果・身体機能増加……保有魔力量増加…………。だ、ダメージ還元、電算能力増加、HP・MP自然回復――」

 ……これ、キリがないんですけど。

 …………つ、次行くか。

 目が死んだまま何気なくページをめくると、そこの章題には得意戦法と書かれており。

 こんな大事な情報に付箋が張ってない事に疑問を持ったが、その理由はすぐに分かった。

「あの、エリス様。ここの欄が白紙なんですけど……」

「わ、私もいろんな人に聞いて回ったのですが、破壊関連の仕事は秘匿性が高く、単独行動が多い上に、その……。大先輩は、あまり友人がいらっしゃらなかったそうで……」

「クイーンの戦闘スタイルを知ってる人がいなかったんですね……」

 ゆんゆんと会った時に友達は数人いれば十分だとか言っていたが、まさかこういう事情だったとは。

 クイーンの思わぬ一面を知り絶句する俺にエリスが慌てて。

「そ、その代わり、役立ちそうな情報もいくつか見繕ってきましたよ!ステータスの欄を見れば分かりますが、相対的に防御力は高くありません。実際天界でも攻撃を躱したり相殺したりすることが多かったそうです。つまり攻撃を当てられさえすれば……」

「捕獲の可能性が一気に上がる訳ですか!」

 おおっ、やっと倒し方の兆しが見え始め……。

「と言っても、神器がある限り体力は自動回復しますし、そもそも俊敏性は相当高いのですが」

「ダメじゃないですか」

「で、ですが、他に付け入る隙がないものでして……。これ以上は、実際に戦いながら探っていくしか……」

 こんなもんどうしろって言うんだよ。

 藁にもすがる思いで他のページも読み返してみるが、有力な情報はない。

 中ば投げ槍気味に、俺はクイーンの履歴書みたいな部分をぴらっと眺めて……。

「カズマさん、どうされました?」

 突然動きが停止した俺を心配してか、エリスが声を掛けてくれたがそれどころではない。

 いや、これって……。

「あのエリス様、このクイーンの顔写真って本物ですか?」

「は、はい。女神名簿からお借りしたので本物のはずですが……」

 不思議そうなエリスの言葉に俺は益々疑念を膨らませ、今一度そこに貼られたクイーンの写真を眺めた。


 ――両眼とも鮮紅色に輝いたクイーンの姿を。


「さっき会ったクイーンの眼は左目だけが赤色だったんです。もともとは両眼とも紫色でしたし。これってどういう……」

「ほ、本当ですか!?」

「おうっ!? は、はい、間違いないですけど」

 エリスが勢い良く俺に顔を近付けて来たので、びっくりして凄い声を出してしまった。

 秘かにドキドキしている俺に一言断ったエリスは、冊子をぺらぺら捲って興奮気味に息を弾ませながらあるページを指さしてきた。

「カズマさん、ここの部分に、『――左右の眼では役割が異なり、両眼とも紅く染まらなければ真なる破壊の力は発揮されない』と記述されています。つまり大先輩を討つなら今が好機です! 上から見ていて、大先輩が固有魔法を使用されないのを不思議に思っていたんですが、こういう仕組みになってたんですね。やっぱり本調子じゃないんですよ!」

 逆に言えば、真の力を出してない状態であれだけ強いんですがね。

 キャッキャと喜ぶ可愛らしいエリス様に水を差したくないから黙っとくけど。

「弱体化してるのって、封印の影響が残ってるからですか? というか、あいつが王都を襲撃してる理由も分かってないんですけど、エリス様知りませんか?」

 本人に聞いてみたらはぐらかされたし。

「弱っている原因は恐らくその通りです。一度断絶された心身の連絡系統は、一週間やそこらでは修復できませんから。それとお城を襲撃する理由ですが……」

「エリス様?」

 困ったように語尾をあやふやにするエリスを、俺は訝し気に見ていたのだが。

「すいません、こればかりはお話しできません。ただ言えることは、今回私達からは支援が出来なくなりました。本当に申し訳ないですが、人間の皆さんだけで対処して頂かなければいけません」

「えっ!? い、いやいや、なんでそうなるんですか? この間、神器を回収した後は任せてくれって言ってたじゃないですかっ!! そこで戦うのも俺達の援助をするのも大差ないと思うんですけど!?」

 ただでさえ火力不足だというのに、その上援助まで絶たれるとか本気で八方塞がりだ。

 天界の力添えを当てにしてただけあって大いに慌てる俺に、エリスは気まずそうに眼を伏し、

「大先輩は破壊の女神、神権を持つ以上大先輩が行う破壊活動には正当性があり、他の神々は口出しすることが出来ません。それに、こうなるのも時間の問題だったと言えなくも無いので……」

 ……どうしてこうなった。

 漫画やラノベでは神を敵に回すのはしょっちゅう出てくる、出てくるが。

 その主人公達でさえ強力な武具を持っていたり、秘められし力に目覚めたり、それこそ女神に力を託されたりして、初めて神と同じ土俵に立てていた。

 だが俺にはそんな物はない。チート持ち連中もいるにはいるが、そいつらでさえ先程惨敗していた。

 だと言うのに、ここに来て天界からの援軍は来ないという無慈悲な通告。

 これ、もう詰みじゃね?

 この無理ゲー感は大物賞金首や魔王軍幹部を相手にした時以上じゃないだろうか。

 いっその事このまま日本に転生してやりたくなるが、最終的に俺はあの世界に戻るんだろうな。

 俺は大きく溜息を吐き、渋々ながら再度頭を回転させ始めた。

 せめて成功例が一つでもあったら対策も考えられるんだけど、戦歴を辿る限り負け知らずだし……。

 …………あれ、それじゃああの件は?

「エリス様、エリス様。確かクイーンがこの世界に来たのって、封印途中で逃げ出したからですよね? つまり一時的とはいえ、封印できるぐらいにはあいつを弱らせたってことですよね!? 一体どうやったんですか?」

「それなんですが、実は不思議なことに、大先輩の動きが極端に鈍くなった瞬間があったらしいんですよ。そこを見逃さずに神器を封印し、後は人海戦術でゴリ押しすることで魔力を消費し切らせたとか。まあ、神器がないとはいえ大先輩の強さは生半可ではないらしいですが……。ただ、このような隙が発生した原因がまだ判明していなくて……」

「それだー!」



 アクア達に見守られながら目を覚ました俺は、休む間もなく王城へと呼び出された。

 アクアは怪我人の手当てを、めぐみんは調べたい事があるらしくゆんゆんと一緒にどこかへ行ったので、行くのは俺とダクネスの二人だけだ。

 懐かしの謁見の間に通され、しばらく経った頃。

「お久しぶりです、お兄様!!」

「アイリス、久しぶりだな!! お兄ちゃんがいなくて寂しくなかったか?」

 わが最愛の義妹、アイリスが俺の下に駆け寄ってきた。

「か、カズマ殿、それにダスティネス殿もよくぞ来てくれた。あなた方が来なかったら、今頃王都は壊滅していたかもしれん。それと、あの……。あ、アイリス様、カズマ殿がまた調子に乗りかねませんので、あまりお近付きになられない様……」

「おい、クレア。兄妹の心温まる団欒を邪魔するとはいい度胸だな。この前のお礼は後でたっぷりとするから、そんなに焦るなって」

「「ひっ!」」

 朗らかに笑いかけただけなのに、何故か俺からすごく距離をとるクレアとレイン。

 魔王討伐時の祝勝会の時は有耶無耶になっていたが、よくよく考えてみればこの二人には以前大変お世話になったのだ。

 ただ礼をすると言っただけなのにこの恐がり様、心外である。

「お兄様、あの件に関してはもう許してあげてください。あれ以来、お兄様の話を持ち出す度に泣き出しそうになって大変だったんですよ」

 可愛い妹にそこまで言われては仕方ない、あのことは水に流してやることにしよう。


 この世界一可愛い俺の妹の本名は、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス。この国の第一王女様だ。

 ひょんなことがキッカケで俺はアイリスに気に入られ、今ではお兄様と呼ばれるぐらいに慕われるようになった。

 初めて会った時から可愛い子ではあったが、久しぶりに会ったアイリスは幼さが陰り始め、大人の気品に溢れる美しさが香り始めていた。

 今では王族としてすっかり忙しくなり、俺とこうして会うのも本当に久しぶりなので、俺達のテンションが上がるのは仕方がないと思う。

 因みにクレアとレインというのは、アイリスの護衛兼教育係を務める貴族令嬢だ。


 俺とアイリスが和気藹々としていると、少し顔を赤らめたダクネスがこほんと咳払いをし、

「おいカズマ、そのあたりでやめておけ。アイリス様も大人びて来たのですから、殿方と馴れ合うのも程ほどに……」

「「えー、ヤダ」」

「「「アイリス様!?!?」」」

 アイリスの思ってもみない受け答えに取り巻きが驚く中、アイリスはくすくすと笑い。

「ふふふっ、冗談です。ララティーナ達の反応が見てみたかったのでつい。少し残念ですが、そろそろ本題に入りましょう」

 俺としても残念ではあるがなんせ今は緊急事態だ、流石の俺もこんな状況下で我を通すつもりはない。

 俺達が距離を取るのを見て三人がほっと息を吐く中、アイリスはツカツカと玉座の前に立ち、その顔に王族としての威厳を浮上させた。


「冒険者サトウカズマ殿。並びにダスティネス・フォード・ララティーナ卿。此度王都の危機に駆け参じて頂いた件、王族を代表し感謝を申し上げる。この場に招喚したのは他でもありません。騎士団より入手した情報によりますと、貴殿らは今回の襲撃犯と接点があった模様。どうか我らにその故をご説明頂きたい」


 覇気を放ってお堅い言い方をするアイリスに対し、ダクネスが片膝をつき騎士みたく右手を胸に当てた。

 一応俺も昔、お前は貴族に対しての礼儀がなさすぎるとか言うダクネスからある程度の作法を習ったので、ここは合わせておくとしよう。

「承知しております。ダスティネスの名において、我々の知る限りの事は話させて頂く所存です」

「面を上げなさい、ダスティネス卿、サトウ殿」

 俺とダクネスが頭を上げるのを見届けたアイリスはふぅと息を吐き。

「やはりこの話し方は疲れますね、いつも通りいきましょう。お兄様、ララティーナ、教えてください。彼女とは一体どういったご関係なのですか?」

 少しだけ口元を綻ばせて、年相応の可愛らしい表情をして尋ねてきた。


 俺達は知っている限りの情報をアイリス達に話した。

 初めて会ってからどんな生活をしていたのか、性格はどんなものか、ステータスは、得意な事は等々。

 そしてあいつが天界からお尋ね者とされている破壊神だということや、俺がエリスに聞いて来たことも。

 普通なら信じてもらえそうにない荒唐無稽な話なのだが……。

「これは……、想像を遥かに超える厄介さだな……。まるで解決案が思い浮かばない……」

「魔王軍に侵略された方が、まだ希望を持てたのでは……。どうしてそんな大物がこの王都に……っ!?」

 この世界には本物の女神が実在するからか、はたまた先程圧倒的な力を目の当たりにしたからか、びっくりするぐらいあっさりと信じてもらえた。

 話している時は段々と青ざめていたが、二人は一周回って取り乱すことを忘れてしまっていた。

 既に敗戦モードに入りかけているクレアとレインは、揃って頭を抱えて……。


「本当にそうでしょうか?」


 と、対照的にアイリスがそんな事を呟いた。

「アイリス様、それは一体どういう意味でしょうか? 私には五里霧中としか感じられなかったのですが」

 三人が驚く中、レインがアイリスに疑問を投げかけた。

「確かにクイーン様の力には底が見えません。先の戦闘を私もこの場所から見ておりましたが、あれは規格外です。私でも攻撃を加えるのは困難でしょう」

 この子さらっと自分を戦力にカウントしてるけど、そんなのさせないからな。

 俺の内心とは裏腹に、アイリスは拳に力を込め。

「しかしです! 逆に手の打ちようがないからこそ、解決する手立てもあると思うんです!!」

「そ、それは一体?」

 クレアの言葉が全員の心中を代弁してくれた。

 皆が見守る中、アイリスはすっと俺の方を向き。

 ん? 俺の方を、向き?


「こちらの陣営には冒険者でありながら魔王を倒すという、普通ではありえない所業を可能とするお兄様がいらっしゃるのです! ですので今回の作戦は、『お兄様に何とかしてもらう!』で決まりです!」


 そう言って目をキラキラさせ、期待の眼で俺を見つめてくるアイリス。

 まさかの丸投げ。いくら何でもこの振り方は雑過ぎるし無茶にも程がある。

 しかし、自慢の妹にこうまで頼られるというのは、なかなかどうして悪い気分ではない。

「ま、まあそこまで期待されたとなれば、兄として腕をふるうしかないよな。よっし! お兄ちゃん、張り切って頑張っちゃうぞ!」

「とまあ戯言はここまでにして、私の考えを言わせてもらいますね」

「あれ!?」

 ここまで持ち上げておいて落とすとか、いくら妹だからってちょっと心が痛いのだが。

「くくくっ! あ、あそこまで調子よく言っていた所をさらりと流されるなんて!」

「ふふっ、ふっ! ク、クレア殿、わ、笑ってやらないでくれ。あれであいつは傷つきやすいんだからな……。ぶふーっ!」

 お前も笑ってるじゃねえか、あいつら後で痛い目に合わせてやる。

 レインは苦笑いしてるから許すが。

 あっ、アイリスまで肩を震わせて大笑いしてるじゃないか!

「あははははははっ! 以前アクセルの街で大変良くして頂いた方が、嬉しくなるにはこうすればよいと教えて下さりましたが、結果大成功でしたね!」

「なっ! アイリス、お前いつの間にそんな悪女になっちまったんだ!? 昔はもっと素直で可愛かったのに。いや、今でも十二分に可愛いがっ!! お兄ちゃんは悲しいぞ。どこのどいつだ、そんな傍迷惑な遊びを教えやがったのは!」

「ハチベエです!」

 誰だよそれ。

 どこの馬の骨か知らねえが、余計な事をアイリスに吹き込みやがって。

 もし会う機会があれば断罪してくれよう。

「とは言え、私の考えもそれ程大層な物ではありません。お兄様がエリス様よりお聞きになられた状況を再現するんです。クイーン様から神器を奪い、アクア様に再度封印を施して頂く。そして魔力や体力の供給を絶たれたクイーン様自身を、全員でフルボッコです!」

 なかなか過激な事をおっしゃる我らが王女様。

 ダクネスやクレア達もアイリスの変わり様に涙しつつも頷き。

「基本姿勢はアイリス様のご提案なされた通りでよろしいでしょうが。問題は、いかに神器を奪い取るか、そしてどうやって魔力や体力を消耗させるか。大きくこの二点だな」

 これでも国の中枢を担うだけあってか、冷静になるのが早い。

 クレアの言う通り、それがクイーンの暴走を止める為に必要な最低条件であり、一番の難所だ。

「となれば、早急に具体的な策を騎士団長なども交えて話し合わねばなるまい。ダスティネス卿、貴殿にもご参加頂きたいのだがよろしいか?」

「うむ、私に異論はない」

「当然、俺もいつでもいいぞ!」

「いや、カズマ殿には参加してもらえない」

「はあ、なんでだよ!? この中でクイーンについて一番知ってるのは俺だぞ!」

 憤る俺に、横からレインが申し訳なさそうな顔をして。

「軍部の対策会議には、冒険者の参加はご遠慮して頂いているんです。あのミツルギ様もそうですので、ここはどうか穏便に。カズマ殿の意見はダスティネス様越しではありますが、しっかりと反映しますから」

「嫌だ! 決戦まで三日しかないんだ、ダクネスを仲介してたら間に合わなくなるだろ。そもそも、お前達が真面なクイーン対策を出せるとは思えないけどな!」

 こんな一生に一回あるかどうかの大捕り物の会議に出れないとか、プロのゲーマーの名折れってモノ、意地でも参加しておきたい。

 別にプロって訳ではなかったけど。

 駄々をこねる俺に、ダクネスが俺の耳元に口を近づけ。

「そうは言うがなカズマ、作戦会議に出席する連中は頭の固い奴ばかりだ。当然話は紆余曲折を辿り、出す案出す案屁理屈で否定され、会議はそのままズルズルと明け方までは続くことにな」

「んじゃあ、俺はアクア達のとこで待ってるからお前ら頑張ってくれよ! 俺は俺にできる事をやっておくから」

「お、お前という奴は……」

 面倒事の匂いがして俺が慌てて逃げかえるのを、ダクネスが呆れ気味に見送ってくれた。

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