過去のキミと現在の君

 視界に入るのは、空間を埋め尽くさんばかりに並べられた本棚の数々。

 それでも尚収納しきれず、通路にまで浸食した大量の蔵書。

 それらが佇む奥行きも高さも曖昧な暗い空間の、唯一の光源下に一人、白金色の長髪を有した人物がいた。

 逆光と薄暗さが相まって断定できないが、僅かに見える朧げな輪郭から言って恐らく女性であろう。

 彼女は何かを懸命に書き連ねており、その周辺には床を覆い隠す程の大量の紙屑が落ちていた。


 そんな状態がいつまで続いただろう。

 突然、彼女は椅子をひっくり返す勢いて立ち上がり、書き上げたらしい紙を手に取った。

 書かれた文面を再度目で追い満足げな笑みを浮かべた彼女は、徐に手を前にかざし何かの詠唱を始めた。

 言葉が紡がれていくにつれ、彼女を取り巻いていく赤黒い術式。

 長々と読み上げた後、一拍開けて彼女が声高々に何かを唱えた。

 すると、至極色の光が一気に拡張し――


 至る方角から凄まじい轟音が響き渡った。


 遅れて各所から響く悲鳴とけたたましく鳴り響く警戒音。

 それを聞いた彼女は手に持った紙を一瞬で燃やした後に、部屋唯一の光源を消し去り――



「……っは! やべ、寝ちまってた。でも、ここんとこ看病ばっかで疲れてたし、多少ウトウトしても仕方ないか」

 目を開けるとそこは本に溢れた薄暗い部屋……。

 ではなく、ここ数日ですっかり見慣れたクイーンに宛がわれた部屋だった。

 念のため隣を確認してみたが、そこでは俺が意識を手放す前と変わらずに、クイーンが横たわって深い眠りについていた。


 ――クイーンが突如ぶっ倒れてから、今日で三日目になる。

 いきなり気を失った時は酷かった高熱も、看病の甲斐あってか今では安定している。

 監視の意味も込めて二十四時間体制で看病を続けているのだが、ここでアクアが今までに類を見ない頑張りを発揮した。

 実際一日のうち半分ぐらいはあいつが見てるんじゃなかろうか。

 こんな事態を引き起こした張本人だし、あいつなりに責任を感じているのかもしれない。

 そして今の時間は深夜。

 俺がアクアと交代してから数時間が経過していた。


 さて、やることも底をついた今、一体何をして暇をつぶそうか。

 この部屋にあるものと言えば、こいつが借りてきた大量の本ぐらいしか……。

「……………………」

 はっ、いつの間にかクイーンの顔を凝視してしまっていた。

 女性の寝顔をこっそり眺めるとか、なんてけしからん事だろう。

 ……よく考えたらこれは妙案じゃないか。

 俺が今やってるのは看病、つまり相手を看取る行動な訳だ。

 そして適切な看病をするには、相手の様子を逐一正確に見極める事が必須。

 別に下心がある訳でも視姦趣味がある訳でもない、これは胸を張って誇れる行いと捉えられるんじゃないか。

 ……いける。これだけ後押ししてくれる理由があるんだ、逆にここで引いた方が周りから叩かれるに違いない。

 無事に正答を導き出した俺は、堂々とクイーンの顔をガン見することに。

 ふむ、これはなかなかいいものだ。

 人間とは一線を画した圧倒的な美しさを誇るクイーンの容姿は、いくら見続けても飽きることがない。

 勿論手なんか出さない。

 俺は紳士だ、そんなクズのようなことは決してしない、ああしないとも。

 ただ、ちょっと視観してあれこれと妄想するだけだ。

 別にアクア達からリンチを受けるのが怖い訳ではない、そんなのはほんのちょっとしか怖くない。

 そんな感じで俺が一人遊びを始め、どのくらい時間が経っただろうか。

「んっ、うーん」

「おっ、ようやくお目覚めか。どうだ、クイーン。俺の事が分かるか?」

 目を薄く瞬かせ上半身をゆっくり起こしたクイーンは、部屋の中をきょろきょろと見回し。

 焦点が合っていない目で俺の方へ顔を向けた。

 こんな無防備な表情を見るの初めてだな、なんか得した気分だ。

 それにこの行動、クイーンと初めて会った時もこんな感じだったっけ。

「君は…………。えっと……、カスマ。いや、クズマ……。あれ? ゲスマ……、ロリマだったか?」

「おい、起きて早々俺に喧嘩を売ろうと言うのなら買おうじゃないか」

「失礼、かみまみた」

 ワザとじゃない!? とでも言ってやればいいのか。

 どうやら冗談を言うぐらいには余裕があるらしい。

 ここ数日間寝込んでいる時よりは、顔色も良さそうだし。

「まだ脳が正常に稼働していないな。随分長い間眠っていたような気がするのだが、実際のところどうなんだ?」

「今晩で三日目だな、いきなりぶっ倒れた時は驚いたぞ。もう頭は痛くないのか?」

「そうだな、頭痛自体は収まっているし、気分もそこまでは悪くない」

 それなら上々だ。眠っている間のこいつは時々本当に苦しそうな様子でうなされていたので心配していたのだが、この分だと回復は早そうだ。

 ……あれっ?

「なあ、クイーン。お前、左目が痛むのか? 俺も一応ヒール使えるし、見せてみろよ」

 さっきまでは単に眠くて開けられないだけかと思ったが、意識がハッキリし始めた今の状態でも依然として閉じたままなのはちょっと不自然だ。

 それに、左目と言えば……。

 俺の言葉に、クイーンは閉じられた目にそっと左手を添え、

「……驚かないか? これを見て恐怖を覚えないか?」

 口調こそからかい気味だが、その表情には若干の陰りが見えた。

 とは言っても、ここ数日ずっと一緒に生活したからこそ見抜けるぐらいの本当に微々たる差なのだが。

 そんなクイーンに俺は、

「そりゃびっくりする事だったら驚くし、怖かったら絶叫上げるに決まってるだろ」

「……君って奴は。そこは嘘でも否定しとく場面だろ? 全く、これだから配慮が足りない男だと街中の人から謗られるんだ」

「そうは言うが、見る前から確約なんかできる訳ないだろ。嘘を言うよりも約束を破る方がよっぽど人を傷つけ、おい待て。今最後何て言った? 街中の人が言ってるってどういう事だよ!? 俺外ではめっちゃ気を使って生きてるんだけどっ!?」

 身に覚えのない風評被害に慌てて言明する俺を見て、クイーンはくすくすと笑い。

「フフッ、君のそういう正直な面や人ごとに区別をつけるところは、いっそ清々しさを覚える。経緯は雑いが、結果的には相手を思いやっての言い分な訳だし」

 これ、多分褒められてるよな。

 言い方が遠回し過ぎていまいち反応に困るのだが。

「そうだな、君には一度しっかりと目視してもらう事にしよう。君が他に弁えたがっている話とも関連してくるからな」

 そう言って、全てを見透かしたかのような力強い瞳を俺に向けるクイーン。

 本当にこの洞察力の高さには恐れ入るが、正直話が早くて助かる。

 今の様子を見る限り、暴虐武人に暴れ出すことも無さそうだし。

「意識を失い眠っている間、ずっと夢を見ていた。こちらの世界や日本での生活、人々との交流。その他に、万象の生死の連鎖……、星や種の殲滅……。あれらは思うに、私が今までに経験してきた記憶の一端だったのだろう。そして……」

 唐突に語り始めたクイーンは押さえていた手を下ろし、ゆっくりと左目を開いた。

 それを目の当たりにした俺は、反射的に息を呑んでいた。

 半分予想してはいたけど、開眼されたその瞳は――


 生物に本能的な恐怖を想起させる、それでいて吸い込まれてしまいそうな美しい鮮紅色に染まっていた。


「この瞳こそが、私が破壊の神たる証だ――」

 クイーンが話りだした内容は、控えめに言っても常軌を逸した過酷さだった。

 大抵はあまりに一方的で無慈悲な惨殺、破壊。

 稀に強敵と相対する時は、周辺の星々にまで影響を与えたのだとか。

 本人もそれを自覚しているのだろう、極力楽し気に冗談めかしてくれていたが、それでもあまりある劣悪な日々だった。

「――とまあ、夢の中とは言え様々な情景を見て来た訳だ。お陰様で、大方記憶が蘇っているよ。そんな顔をするな、まだ完全に戻ってはいないからな、直ちにどうこうなる訳ではないから安心しろ。しかし、こう走馬灯の如く記憶が駆け抜けると、自分の事乍ら驚嘆を隠しようがないな」

 どうやら知らないうちに、顔が引き攣っていたようだ。

 正直何と言葉を掛ければいいか全く分からんが、何も話さない訳にもいかない。

「でも、お前自身が何か変化するんじゃないだろ? だったら……」

 罪を償ってまたやり直せばといいだろと言おうとした所で、クイーンは小さく首を振り。

「いや、現実は小説の様には上手く回らないらしい。アニメとかだと記憶喪失の完治後の症状は大きく分けて二つあるだろう。発症時の記憶を引き継ぐ場合とそうでない場合と。私はどうやらその後者の様なのだ」

 えっ、それって……。

「君が今思い描いた通りだ。先程、昔の記憶が復元し始めたと言っただろう。それと並行して、数日前までの記憶が徐々に薄れ始めている。私が目覚めた時君の名前を間違えたが、あれは強ちわざとではなかったんだ。まあ、後半は意図的だったが。それはともかく、実は記憶の喪失は今も続いていてな、正直君の名前さえも明言出来ない現状だ」

 このヤロウ、半分はわざとなのかよ。

 というか、さっきから俺のことを名前で呼ばずやたら君と呼んでいたのはそう言うことか。

 突然明かされた事実の重さに俺が何も言えないでいると、クイーンは額に左手を当て深い溜息を吐き。

「はあ、今回ばかりは本当に参ったよ、まさかこんな事態になろうとは。なあ、あの青髪の子、アクアだったか? 彼女の事はあまり責めないでやってくれ。何せあれだけ優秀な女神だ、故意にしたはずがないからな」

 ……………………。

「……お前頭いいと思ってたけど、実は結構バカだったのか? アクアが優秀な女神? 何の冗談だよ、あいつのどの辺を見たらそんな感想が出て来るんだ?」

「おい、普段は温厚で冷静沈着を心掛けている私でも怒る時は怒るぞ。何故私がそんな頭に致命的疾患を患った奇人のような視線を向けられねばならんのだ」

「いや無理すんなって。さっきまで寝込んでたぐらいなんだ、そりゃ世迷い事を言うこともあるよな。ごめん、俺の配慮が足りなかったわ」

「即刻その人を憐れむ目付きを止めろ、非常に不愉快だ。つまりあれか? 私が彼女の美点を列挙すればその言い分を取り下げるのだな?」

「ああいいぜ、何なら土下座だってしてやるよ」

 もしそんなにあればの話だが。

「言ってくれるな、いいだろう。これまで行動を共にして発見した彼女の長所を説明してやろうではないか。まず、家ではソファか炬燵でゴロゴロ食っちゃ寝しており、外出時は人の邪魔をしたり液体を浄化したりして店の人の激昂を誘発し半泣きになっているな。人生舐め切ってて極力楽に生きようとするニート予備軍で、現在が楽しければ借金をしようが人に迷惑を掛けようが反省せずに自分勝手な行動をとる。自分がやった行動が大概失敗する方向に流れるのは周知の事実なのに毎度毎度一番魔の悪いタイミングで最悪の結果が生じるように厄介事を持って来て…………。今更ながら、何故私は初見であの子が女神だと見抜けたんだ? 私の目って節穴だったのか? ……その、謝罪するので、さっきの件は無効にしてくれませんか?」

「おっ、おう。俺もちょっとあんまりな目で見ていたしな、悪かった。というか、お前本当に良く人の事を見てるな。俺が常日頃あいつに言い聞かせたい悪口を要約したみたいだったぞ」

 しかし、普段から自信満々なこいつがこれ程疑心暗鬼に陥るとか、あいつ本当にロクでもないな。

 いや、これ以上言えばいくら相手がアクアでも少しばかり可哀想か。

 クイーンもクイーンで、今のはちょっとアクアに対して悪いとでも思ったのか、慌てて取り繕うように。

「ま、まあでもあれだ。随所で遣らかしても悪びれる様子を見せないが。自分と関わりのある人物が己の失敗で傷つく事を、本当は何よりも恐れているはずだ。必死で隠しているつもりでも、周囲から見たら無理しているのが駄々洩れになっていると言った感じでな」

 それもそうだな、今回目に見えて看病に精を出してたし。

 俺が何も言い返さないのを見て安心したのか、クイーンはさっきまでとは一変して非常に優しげな、けれど少し寂しそうな表情で。

「普段の行いこそ称賛に値しないが、本当は誰よりも慈悲深くて心根の優しい素敵で立派な女神様なんだよ、彼女は。本来女神とはそうあるべきなのだが……。着任した仕事柄致し方ないとは言え、本来の女神像から随分と離れた様態を晒してしまった。おまけに今回は君達に多大な迷惑をかけたかと思うと、我ながら本当に情けない」

 そう言って項垂れるクイーンの姿は、数日前まで冷静沈着で毅然とした態度を貫いてきた彼女からはとても想像できない程弱々しく……。

 どんな局面であろうと、その明晰な頭脳と器用度で解決してきた超人と同一人物とは思えない程小さくて……。

「……らしくねえ」

「は?」

 俺の呟きが聞こえなかったのか、聞き返してきたクイーンに向けて。

「なに急にしおらしくなってんだよ、お前らしくもねえ! 癖の強すぎるメンツとも仲良くできる変人で、すぐにウダウダと理屈捏ね繰り回すは嫌みなほど器量が良いはで鼻持ちならない人間、それが俺の知ってるクイーンって奴だ!」

 捲し立てる俺に何も言えず呆然とするクイーンへ、俺は更に言葉を続ける。

「お前、会った当初から記憶喪失になったのを楽しめるぐらい己が欲に忠実な奴だったろ、何を今更怖がってんだ。見てればさっきから俺の目線ばかり気にしやがって、周囲の人間にどう思われても自己を突き通してたいつものクイーンはどこ行ったんだよ!? そもそも、自分の過去があまりにも残虐? はっ、自己陶酔も大概にしろ。大小の違いは有れど、人間誰でも他人に見せられない過去の十や二十ある、別にお前に限った事じゃねえよ! 昔の事なんか知るか! お前が生きてるのは今だろうが! 気に入らない過去なんざ、めぐみんの爆裂魔法の標的にでもしてもらえ!」

 目を丸く見開くクイーンを他所に、俺は一度大きく息を吐き、

「大体、アクアがそこまで一つの事を引きずるような奴だと本気で思ってんのか? もう何日かしたら、きれいさっぱり元通りの駄女神に戻ってるって」

 一転して極力明るく聞こえるように話しかけた。

「今後お前がどうなろうと、俺達の態度が変わるはずがないし変えるつもりもない。ちょっと考えてみりゃ、ダクネスにはそんな器用なまねできない事ぐらい分かりそうなもんだけどな」

 俺の言葉にクイーンはしばらく目をぱちくりさせ。

「プッ、アハハハハハハハッ!!」

 突然、俺が知る限り一番いい顔で大笑いしだした。

 何を笑われているのか見当もつかず、今度は俺が固まってしまう。

「――ッッハハハハ、――ッッハハハハ!」

「……おい、何がそんなにツボに入ったのかは知らんが、それ以上笑い続けるようなら俺にだって考えがあるぞ」

「ま、待ってくれ、もうちょい、待って――ッハッハッハッハッハ!」

 思わず真顔になって言う俺にクイーンは片手を出して待ったをかけ。

 息も絶え絶えに時々肩を震わせながらも、一応は笑いを納めた。

「はあはあ……。はー、笑った笑った。余の面白さに窒息しかかったのはいつ以来だろうか」

「へーへーさいですか、何がそんなにお気に召したのかは存じませんがそりゃようございましたね」

「拗ねてくれるな。一応あれで、私を慰めてくれていたのだろう? そしてついでに私の事を口説こうとしていたのだろう?」

「ち、違うから! 前々から思ってはいたけど面と向かって言うと十倍返しぐらいで反撃されると思ったから、こうしてお前が弱ってる隙に一矢報いてやろうとお前最後何て言った?」

 今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするのだが。

 俺の言葉に、クイーンは余裕のある表情で口をニヤリと歪ませ。

「お前、私にプロポーズでもするつもりなのか?」

 ちょっと何言ってんのか分かんないです。

「傷心状態のうら若き女性に対し、一見相手を中傷しているかの様に装っておきながら、それでいて別れ際には一匙の優しいさを投げかる。そのギャップにやられた数多の女性は、何時しかその少年に淡い恋心を抱き始め。そして二人はなんやかんやあった後に永遠の愛を誓う。今のは正にそういうツンデレ主人公が歩む王道中の王道。ラノベ好きの君がこれを知らないはずあるまい」

「いや、確かにそれは俺も知ってるけど、今のテンプレがどうして俺にはま……」

 ……そう言えば、俺さっきどんな事口走ってた?

 あの時はクイーンを慰めてやりたいけど直接言うのは何だか気恥ずかしくて、ノリと勢いだけで適当に言ったのだが。

 ……今思い返してみたら、後半にかけてなんか余計な事をスラスラと喋ってた気が。

 特に最後、クイーンの不安を払拭させようとか思って、すんごいさわやか表情を浮かべてなかったか?

「私も伊達に年月を重ねている訳ではないから、君のような思春期真っただ中の少年心も理解出来なくもない。自分で言うのもなんだが、私はビジュアル的には男ウケする。そこに相まって夜中にベッドに寄り添うとくれば、雰囲気に飲まれて気取った装丁で口説きたくもなるだろう」

「わああああああああ!! やめ、やめろおおお!! それ以上俺の傷を掘り返さないでくれっ!」

 ヤバい。今のはハズいし痛すぎる!

 傍から見たら、どこの爽やか系イケメン主人公だコノヤローと袋叩きにされる事を言っちまった!

 えっ、何俺ってバカなの? このままエリス様の下まで旅立っちゃうの!?

「羞恥に暮れる必要はないぞ。『過去の事はどうでもいい、俺にとってはお前が生きてる今こそが大事なんだ! そして未来に何が起ころうと、俺達の愛が変化する事は何をおいてもあり得ない!』だったかな。中々格好いい言い回しだと思うぞ。よっ、この色男!」

「な、なあ、もしかして怒ってるのか? 実は俺が最初に言った事を地味に怒ってるのか!? だったら謝るから、本当に止めてくれっ!! 今思い返すとマジで死にたくなるから! それにサラッと捏造すんな、俺はそこまで言ってないぞ! というか俺の声真似が上手すぎるからマジでやめてえええ!」

「おや、そうだったか。私とした事が記憶違いだったとは。では、改めてもう一度君の口からご講話頂けないか?」

「すいません、俺が悪かったのでそれだけは勘弁してください!」

 クソッ、さっきまであんなに弱弱しくて可憐だったのに、ここぞとばかりにからかってきやがって。

 確かに言い方はあれだったかもしれないが、俺なりに励ましてやったつもりなのに、なんて恩知らずな奴だ。

「全く、本当に不器用で捻くれた男だな。でもまあ――」

 脳内で八つ当たりしながら恥ずかしさのあまり頭を下げ続ける俺に、クイーンが落ち着いた穏やかな様子で。


「お蔭で色々と吹っ切れた、その点に関しては感謝している。ありがとう」


 左右で異なった瞳を幻想的に輝かせながら。

 大人っぽく、それでいて人を魅了す妖艶な笑顔に、俺はついつい見惚れてしまいました。

「さてと、君には大きな借りを作ってしまった訳だがどうしたものか。これは生半可なお返しでは割に合わんしな……」

 未だに呆けている俺を横目に、何を思ったのかクイーンはほんのりと顔を赤く染め。

 いつもハキハキと物事を言うこいつにしては珍しく、所々口篭もりながら。

「……その、君は私に遠慮してか、暫く何していないのだろう? だから……、あの……。君が所望するのであれば……。私でよければ……、相手をしてやらんことも……」

「すいません、今のセリフをもう一回言ってみろください」

「き、急に正気に戻るな、二度も言わせるな。悠久の時間存在しているとは言え私も女の端くれ、それらの行為を直接的に口にするのは憚れるのだぞ」

 さっき以上に顔を赤くして、恨めし気な顔で睨んでくるクイーン。

 やばい何この子、めっちゃくちゃ可愛いんですけど。

 真面なS級美女が恥じらって迫ってくるのがここまで破壊力を持つとは。

 悠久の時を生きてるとか言ってるけど、正直そこはどうでもいい。

 大事なのは中身、見た目も良ければ尚良し。年齢は二の次だ。

 そして考えるまでもなく、クイーンは俺のストライクゾーン圏内ど真ん中だ。

 周囲に気を遣えて理知的で落ち着いた雰囲気の、まさに理想の格好良い大人を体現したような人柄。

 世界的芸術家が生み出したと言っても過言でない均整の取れた完璧な肢体、透き通るかのように白い肌、バランスや形の良い端正な顔付きに美しい髪。

 逆にこれで文句を言う男がいるとしたらそいつは男ではない!

 あまりに素晴らしすぎるので思わず解説してしまった。

 おち、落ち着け俺。こういう時は大きく深呼吸をして冷静さを取り戻し、おっと、何やらいい香りが。

 めぐみんやダクネスとはまた違って、大自然や森の中にいるような、不思議と心の底から安らぎをもらえるような香りが頭の中を駆け巡って行って……。


 そうじゃないだろ、しっかりしろ俺!


 お前には健気にも色々と尽くしてくれているめぐみんがいるんじゃなかったのか?

 いくら仲良くなったとはいえ、クイーンとはまだ会って数日しか経っていない。

 そんな女性と先にやっちまうのは、不甲斐ない俺の事を信じて未だに待ってくれているめぐみんに申し訳がなさすぎる。

 それにダクネスの事だってある。ここで押し止まらなかったら、めぐみんを理由に振ったあいつにも顔向けできないではないか。

 紳士カズマよ、ここが男の見せ所だ。

 後腐れなくしっかりと断るんだ、強い意志を見せろ。


「い、いや、いくら何でもそれは流石に……。お前だって嫌だろうし、それに、お、俺には一応、気になる相手がいるって言うか……」


 よく言った俺。

 最近サキュバスのお姉さんにお世話になれず賢者タイムに入ってなかったのに、未だかつてない程に男心擽るこの強烈な誘惑に耐え切ったぞ。

 そうさ、俺だって日々成長してるんだ。

 この程度の悪魔の囁きに屈する俺では……。


「この時分なら屋敷にいる者はおろか、街中の者がぐっすりと夢の中だ。森閑を保持すれば決して露見しない。更に言えば、いつバレるかどうかの瀬戸際で行事に更けた方が燃えるだろう?」


 屈する、俺では……。


「そ、それに、嫌ならこの様な提案はしない。……わ、私とて、相手に嗜好がない訳ではない。でも、君なら、まあ、いいかなー、と…………」


 ……………………。

 さんざん悩んだ末に、俺は……。


 もう、流される事にしました。


 めぐみんには悪いがこれは仕方がない、ええ仕方がないですとも。

 そもそも女にここまで言わせて手を出さないとか漢が廃る。

 きっとめぐみんだって話せば、うん、しょうがないねって言ってくれるさ。

 ていうか、クイーンて俺の事そんな風に思ってくれていたのか、やばい、めちゃくちゃ嬉しい。

 ここにきて俺は遂に、無事トゥルーエンドに入れたのか。

「そ、それじゃあ、その。お、お願いします……」

「り、了解した。ただ、自分から提案しておいて何だが、少々気恥ずかしいので……。その、目を瞑ってくれないか?」

「お、おう、分かった! まずは慌てず急かさずキスからですよね!」

「い、いちいち口に出すな」

 顔を真っ赤にするクイーンの顔が見れないのを惜しみながらも、俺はぎゅっと目を閉じた。

 まさか、俺の初体験の相手がめぐみんやダクネスじゃなくてクイーンになるとは、人生分からんものだ。

 ていうか、あの言い方からしてクイーンもその手の経験がないのか。

 それってめちゃくちゃ光栄だな。

 なんて考えながら俺がワクドキしながら待っていると、クイーンが傍まで寄ってくる音が聞こえた。

 まだ夜半過ぎという事で周りが静かだからか、クイーンの息遣いや鼓動までもがハッキリと聞こえてくる。

 っ!? い、今俺の頬に手が触れた! ちょっとひんやりしていて気持ちいい。

 さらば、俺の童貞、こんにちは、大人の世界!

 さあ、いよいよクイーンとの濃密な一夜の始ま――


「――すまない。私を頼む」


 耳元でクイーンが囁いてきた次の瞬間。

 突如強烈な眠気が襲ってきた。

 思わず目を開けるがすぐに瞼が重くなってきて、俺は前のめりに布団へと崩れ落ちた。

「なっ!? く、クイー……、ン?」

 入口の方に目を向けると、そこにはクイーンの後ろ姿が。

「どこ、へ……」

 此方に顔を向けクイーンが何かを言ったが、押し寄せる眠気に負け俺は暗闇の中へと落ちて行った。

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