昏黄への誘い

 現在相談を始めてかなりの時間が経過した。

 そんな俺達は今――


「き、決まらねー……」


 神器を回収する方法を模索する時点で大苦戦していた。

 神器を渡してもらう場合、クイーンに何かしらの説明をしないといけない。

 しかしアクアの証言によると、クイーンはあのブレスレットを寝るときは勿論、風呂に入る時でさえ外さないらしい。

 曰く、何となく外してはいけない気がするとか。

 これは下手に不審がらせたら、記憶が戻るかもしれないと言う意味で……。

「偽りの理由をでっちあげるのが最も確実なのだろうが、私達ではクイーンを納得させる前にボロを出してしまうだろう」

「何かを掛けたゲームという手もありますが、対価にブレスレットを指定するのはあまりに唐突ですからね。そもそも、勝てる気がしません」

「だよなー。あいつが自分から神器を外す状態を作れればいいんだが、そんな都合のいいゲームなんてそうそう……。っ!」

 なんて事だ、今の俺は最高に冴えているかもしれない!

「そうだ、あるじゃねえか! 確実に勝つことができ、しかも自然な形で神器を奪う方法が!!」

「随分と自信ありげですね、流石はカズマです! 一体そのゲームとは何なのですか?」

 滾ってきた俺に、めぐみんが期待の眼で見上げてきた。

「お前達も知っているように、俺は幸運値が滅茶苦茶高い。お陰で俺は今までクリス以外にじゃんけんで負けたことがない。そこでだ、俺があいつに野球拳を申し込めば、超自然な形であいつの服……、神器を外せる!!」

「ガッカリです、ええガッカリですともカズマ! さっきまでの私の期待を返してください! というか今、服の方に力入ってませんでした?」

「入ってないよ」

 これ以上ないって言うぐらい素晴らしい案だというのに、めぐみんは疎か、アクアやダクネスまで白い目で見てきた。

「だったらどうすんだよ。後思い着くのは精々、俺とクリスで同時にスティール使って奪った後に、強制的に天界に転送するとかぐらいだぞ」

「それもダメに決まってるだろ! クリスはともかく、お前のスティールは女性相手では高確率で下着を剥ぐ。それが分かっていながら見過ごせるか!」

「ああもう、さっきから否定ばっかしやがって。文句ばっか言うならお前も真面な意見の一つや二つ出しやがれ、この脳筋が!」

 いかん、このままだと頭がパーになりそうだ。

 と、今ので俺はちょっと気になっていた事を思い出した。

「なあアクア、お前天界に戻ったのってその大先輩の話を聞く為だけだったのか?」

「主な理由はそれよ。あっ、そう言えば私が天界に帰ったからってことで、ついでに下っ端が諸連絡しに来たわね」

 下っ端というのは、もしかしなくてもあの可愛い天使さんの事だろうか。

「一応日本からの転生者の詳細を聞かされたんだけど、これとは関係ないわよ」

「だろうな。でもクイーンがその大先輩だっていう確たる証拠もないし、一応聞いといていいか?」

「別に構わないけど、大した内容じゃなかったわよ。えっとね――」


 魔王軍の脅威が去ったため、アクアがやっていた時程ではないが、最近ではこちらの世界に来る人数も少し増えたらしい。

 アクアがこちらの世界に留まっていた、ここ三か月の間に転生されたのは全部で4人。

 中学生ぐらいの銀髪男子は、器を求めて戦う世界で有名な槍を、大学院生の白髪青年はオリジナル魔法を生成できるマジックカード。

 ギャルっぽい金髪JKは自身の魔力を倍増させるイアリングで、もう一人の茶髪の女子高校生が、狙った的は外さない神器級の弓。

 これら四つをそれぞれの特典として貰ったらしい。


「――てな感じね」

 一つだけなら要素が被ってる人もいるけど、今のを聞いた限りじゃクイーンは日本からの転生者ではなさそうだ。

「カズマカズマ、そろそろ帰らないと流石にクイーンが怪しみますよ」

「そうだな。あれから既に三時間近く経っている。これ以上は長すぎるだろう」

 気が付かないうちに結構な時間が経ってしまったようだ。

 これ以上はクイーンに怪しまれるのは勿論、店にも迷惑が掛かってしまう。

 一先ず屋敷に着くまでの課題ということにして、俺達はそそくさと店を後にした。



 頭をひねらせながら俺達が屋敷に向かう途中で、アクアがあっと声を上げ、

「あそこにいるのってウィズじゃない?」

「本当だな。彼女がこんな時間に外にいるのは珍しい。あんなとこで何を……と、夕食を食べに来たのか」

「その様ですね。しかもあそこは値段が安い割には美味しくてたくさん食べられると有名なお店です。ウィズが来ていても不思議ではありません」

 めぐみん、ウィズを遠回しに揶揄してやんなよ。俺も同感だけど。

「そうだわ! ねえ、カズマ。いっそあの子にもクイーンの事を話して、一緒に考えてもらいましょう。ほら、三人集まったら枝が折れないっていうじゃない。四人で無理でも五人だったら何とかなるんじゃないかしら?」

「それを言うなら三人寄らばだけどな」

 アクアにしてはなかなか悪くない意見だ

 ウィズは言わずと知れたリッチー、つまり元大魔導士だという事。

 もしかしたら上手い具合に物事を進める魔法を知っているかもしれない。

 それに心優しいウィズのことだ、頼んだら喜んで協力してくれるだろう。

 そうと決まれば、早速ウィズにも協力を……。

「……や、やっぱりやめとくか。少なくとも今は……」

「そ、それがいいだろうな……」

 近づいてみてはっきりしたのだが、ウィズは目の前に出された食事を目の色を変えてがっついていた。

 あんなに必死に食うなんて、普段からウィズは一体どんな食生活を送っているのだろうか。

 こ、今度また何か買いに行ってあげよう。


 ――ウィズはそっとしておこうと言う事でそのまま帰路に付いたのだが、あっという間に灯りが煌々と点いた屋敷に到着してしまった。

 まあ、何という事でしょう。

 昨日まで見る影もなかった屋敷は、すっかり元の形を取り戻していた。

 屋敷の後始末はもう終わったのか、荷運び用のゴーレム達は既に片付けられ、辺りはいつも通りの静けさを取り戻していた。

 結局何にも決まらなかったのだが、マジでどうしよう。

 自然と門の前で立ち止まってしまう俺達。

 しばらくの間は、虫やフクロウの鳴き声だけが耳に入ってくる状態が続いた。

「…………ねえ、私考えたんだけど」

 と、この微妙な雰囲気を崩したのは、意外にもアクアだった。

「やっぱりクイーンには、本当の事を話した方がいいと思うの」

「いや、それは駄目という話になったでは……」

「まあ、待てめぐみん。アクア、どうしてそう思ったんだ?」

 めぐみんが否定しようとするのを、ダクネスが間に入りアクアに先を促す。

 俺もめぐみんに同感だが、さっきからアクアはボケる事もなく信じられないくらい真面目に考えていた。

 ここは一つ、こいつの言い分も聞いてみることにしよう。

「だってだって、クイーンはもう私達の仲間でしょ。仲間なのに隠し事はいけないと思うの。それにあの子はとっても優しい子なんだから、きちんと順序良く話したらきっと分かってくれるわ。もっとクイーンを信じましょうよ!」

 ……的を射た事を言いやがって。

 アクアが言っている事を俺も考えなかった訳ではないし、きっとめぐみんも考えてはいたのだろう。

 確かにクイーンを納得させるとしたらそれが一番確実なのだが、これはあいつの記憶を強く刺激してしまう事に繋がりかねない。

 そのせいであいつが本来の記憶を取り戻し暴れ出したら、それも神器を外す前に起こったらと考えてしまい、どうしても二の足を踏んでしまう。

「そ、そうだけど、今回はリスクが大きす……」

「そうだな。私としたことが、仲間を信用し切れていなかったな。よし、私はアクアの意見に一票入れよう」

「ちょっ、ダクネス!?」

「私も、ここは腹を括りましょうか」

「めぐみんまで!?」

 ダクネスとめぐみんまでもが、何処かスッキリした表情でそんな事を。

「お、おい、お前らまで何言ってんだよ! それがどんだけ危険なのか分からないお前らじゃないだろ!!」

「カズマの心配も勿論理解している。だが私は、最後にどんな結果になろうと仲間の事を信じたい。だから、クイーンが暴走しない方に賭ける」

「私も同意見ですね。紅魔族は、仲間を見限ったりしないのです!」

 これはマズイ。こいつら完全に目がマジだ。

「いや、お前らもう一回よく考えてみろ! 確かに今までの傾向からして、そんな簡単に記憶が戻るとは俺も思ってないけど。それにしたって世界の命運を天秤にかけるには確率が高すぎる。何も今すぐ決断する必要はないんだ、ここは頭を冷やしてもう一回考え直そうぜ。今度はクリスも交えてさ!」

 軽率な判断を下そうとしているアクア達を引き止めようと、俺は必死に言葉を並べたて……。

「カズマ……」

「な、何だよめぐみん」

「カズマ……」

「ダクネスまで。そ、そんな目で見ても俺の考えは変わらないからな」

 だから黙ってじっと見てくるのはやめて欲しいのですが。

 いやほんと、なんだか俺が悪者みたいに思えてくるのでマジ勘弁して欲しいんですけど。

「カズマさん、カズマさん……」

 そしてアクアまでも、


「どうしても、ダメですか……?」


 寂しそうな、不安そうな表情で上目遣い気味に俺を見てきて……。


「あああああ、もう! 分かった、分かったよ! もうどうなっても知らねえからな!」


 ――遂に運命の分水嶺がやってきた。

 広間への扉の前で俺は、三人の方に振り返り小声で、

「いいか、お前らは余計な事をすんなよ。特にアクア、クイーンには俺から説明するからお前は絶対に口を開くな。例えアクシズ教団が崩壊したとしても言葉を発するな。世界が崩壊しようが喋んな。ついでにそのまま永久に黙ってろ」

「なんで私にだけそんなに念を押すのよ。それにどうして私の可愛い信者達が崩壊しなきゃいけないのよ!」

「おっと悪い、つい願望が」

 本音というのは、思ってもみないときにポロっと零れてしまうものらしい。

「なんでよー! ねえ、そんなにあの子達を邪険にしないで! というか、あんた最後に永久に喋るなって言った?」

「言ってない」

「カズマ、そこまで言ったら最早フラグですよ」

 それもそうだな、これ以上はやめておこう。

 今回はほんのちょっとの采配ミスで本当に世界崩壊とかが起こってしまう。

 そのため、毎回悪い方悪い方へと導く疫病神には封印レベルで口止めをしておかねばならないのだ。

 最終的に、クイーンには限りなく真実に近い嘘を話す流れに。

 本当はクリスにも一度相談しておきたかったのだが、生憎とクリスは今アクセルの街を留守にしている。

 それにいくら寛大なエリス様でも、女神本人に真実を話すと言ったら答えを渋るかもしれない。

 だったらいっその事、気付かれる前に俺達だけで解決してしまおうという流れに。

 勿論俺は思いっきり渋ったのだが、責任などという物を持ちたがらないあのアクアが。自由をどこまでも愛するあのアクアが。

 もしもの時は責任を持ってクイーンを止めると断言したので、俺はそれ以上何も言えなくなってしまったのだ。

「本当にお願いしますよ、アクア。あなたはその気がなくても、やらかさずには居られない星の下に生まれたのですからね」

「めぐみん!?」

「そうだぞアクア。今回は洒落や冗談ではなく、本当に世界の命運がかかっているのだから、芸人魂を燃やさないでくれよ」

「ダクネスまで! 何よ、皆して私ばっかり責め立てて。そう言う皆だって結構抜けてるとこがあるじゃない! 人の心配ばっかりしてないで、まずは自分に言い聞かせるところから始めたらどうかしら!」

 その中でも頭抜けてお前が心配だからに決まってるだろうが。

 だがアクアの言うように、他の二人も結構やらかすからしっかりと見張っとかないと。

 決意を新たに扉に手を掛けた俺は、今一度三人に目線を送り。

 三人がコクリと頷くのを確認してから、扉を一気に開けた。

「ただいま、クイーン。ちょっと気になる情報が入ったからお前と話しが……」

「そうだ、そのままそのまま、もうちょっとだ。ああっ、惜しい。おや、君達帰ってきたのか、おかえり。そんな所で立ち止まってどうした?」

「いや、お前何やってんの?」

 なんか、ちょむすけとゼル帝が空中に浮いた餌目掛けて羽ばたいてるんですけど。

「ああ、これか。仕上げが終わって暇だったから、こいつらに武空術を仕込んでやろうかと」

 なんて事をソファーに仰向けで寝っ転がりながら平然と言い放ちやがった。

 いや、暇だからってどうしてそいつらに空飛ばそうとさせんだよ、意味分かんねえよ。

「ね、ねえ、あんまりゼル帝に変な芸を吹き込まないで欲しいんですけど。その子はいずれドラゴン族の帝王になるし、若いうちからスパルタ教育を受けさせるのは問題ないけど、一応先に言っておくわね」

「ちょむすけにも変な事を覚えさせないで下さい。その子は油断するとウィズの胸を持ち上げて遊んだりと、たまにぶっ飛んだことをしでかしますから」

 自分のペットがおかしな実験に巻き込まれているのではと心配になったのか、飼い主達がそれとなく胸に抱きかかえクイーンから距離を取る。

「変な事とは失礼な。こいつらの魔力を有効活用しようと思っただけではないか。それにちょむすけは既に火を噴けるのだから今更なような気もするが」

「カズマだけでなく、クイーンまで何を言っているのですか。この子が火を噴く訳ありませんよ」

「い、いや、これは本当の事なのだが。私でさえ既に何度か目撃してるというのに、何故めぐみんは未だにその現場を目撃してないんだ? ところで、何か言いかけていたが私に用か?」

 おっと、そうだった。

 さっさと説明してこの厄介な案件からおさらばを……。

「そ、そうなのよ。実はね……」

「おい、待てアクア! お前は喋るなとさっきカズマに言われただろう! ここは黙っていろ!」

「そうですよアクア、ここはぐっと我慢しておきましょう!」

「よっし、二人ともそのまま頼む。そ、それで、ついさっきギルドで教えられたんだけど――」

 一週間ぐらい前、ある人物が王城に保管された神器を盗もうとした所を捕縛されたが、刑が執行されてる最中に逃走を図った。

 極秘調査の結果、犯人がアクセルに潜伏している可能性が高い事が判明。

 その人物像とクイーンは類似点が非常に多く、ギルドの人達が疑っていたという事実等々。

 天界が絡む内容はあまりにも記憶に刺激を与えそうなので伏せたが、それ以外は大体ありのままを話した。

 これは一種の賭けだ。どう転ぶかはほとんど運任せなので、俺の幸運値が効いてくれればいいのだが、傍にアクアもいるので内心ひやひやだ。

「――で、俺達に極秘裏に依頼されたんだが、俺達としてはこのままお前が出頭するのは気が進まない。だから、先にそのブレスレットを俺に預けてくれないか? 何かしらのペナルティーはあると思うけど、盗品を先に返しといたら刑も軽くなるはずだ」

「ほほう、私は盗賊だったのか。で、そのあまりの強大さ故に、王城にて私に魔力や肉体・記憶への封印等々を施したと。それで間違いないのだな?」

「まあ、平たく言えばそうだな」

 これで素直に納得してくれればいいけど。

 そんな期待を持ちながら、俺達は目を閉じて何やら考え込んでいるクイーンを見守った。

「成程、道理でこのブレスレットから強力な魔力波の残り香を感じる訳だ。話は理解した」

「そ、それじゃあ……」

「だが、今の説明を聞いていくつか腑に落ちない点がある」

 クイーンの雰囲気が豹変し一気に冷淡な表情へと移行し、俺達を見定めるかの様に視線を鋭くした。

 それが怖かったのか、アクアやめぐみんが俺の服の裾を掴んでくるし、ダクネスも少し表情を引き締めている。

 かくゆう俺もちょっとだけ怖かった。

「さて、第一に。その情報が正確だと仮定して、何故ギルドはこの案件を君達に託した? ギルドは君達の能力や性格を把握出来ない程の無能ではないはずだ」

 な、なかなか辛辣に言ってくれるな。

 かといって、俺がクイーンの立場でも全く同じ感想を持つだろうから黙るしかない。

「第二に、そもそも君達は本当にこの情報をギルドから入手したのか?」

「はっ? な、何でそう思うんだよ。俺達が他の所から情報を貰える訳ないだろ」

 そんな所で躓くぐらい、俺の話は論理が破綻していただろうか。

 いや、そんなはず……。

「ああ、通常ならその様な事はあり得ない。だが、その割には気になる点がいくつもあるのだ。例を挙げるとカズマの昨日の態度だ。いくら屋敷がボロボロでアクア達が倒れていたからと言って、普段の君ならまずはアクア達が何かやらかしたと考えるだろう。あそこで真っ先に私を疑いはしないはずだ」

「ま、まあそうかもしれないが。あの時は気が動転していたから……。というか思い出させるなよっ!」

 あの時はクリスから話を聞いたばかりだったから、アクア達を疑うのを忘れていた。

 これはめぐみん達にも指摘された事なので自然な解答なのだろうが、まさか付き合いの短いクイーンまでもが引っかかるとは。

「あのカズマらしからぬ勇敢な行動を踏まえると、君はあの時既にその情報を認識していた可能性が浮上する。そして、私が来て以来ほぼ常に私と行動を共にしているアクアも、既に認知しているらしいその態度からして。ギルドへ赴く事を口実に私を先に帰宅させ、今後の策を練っていたのではないか。まあ、この場合ギルドへ行く必要性は皆無だし、あの店に留まって談義したのであろうが」

 ある種確信めいた目付きでちらっと俺達の顔色を窺ってくるあたり、俺達が店先でまごついていたのも全然誤魔化せてなかったのだろう。

 というかこれ絶対疑ってるよな。

 正直これ以上詰められたら返答の仕様がないが、俺にはまだ最終奥義が残っている。

「で、でもそれにしたって状況証拠に過ぎないだろ。そんなの俺達が否定すればそれで終わりだ。お前の事だし、俺達の魔力の動きで位置特定ぐらいできるのかもしれないが、そんな個人的なスキルじゃ裁判では勝てないぞ! 疑うならもっとマシな根拠を示せよ、根拠を!」

 こればっかりはいくらクイーンでも提示できないだろう。

 なんせこの世界には、盗聴器も無ければビデオカメラも無いんだからな。

「カズマカズマ。そのカズマの言い分といい振る舞いといい、何だか私、探偵に追いつめられてる犯罪者の気分になってきたんですけど」

「それを言うなよ。俺もそんな気がしてたんだからさ」

 アクアの間の抜けた声を聞いて緊張が途切れそうになるのを、俺は必死に食い止める。

「ああ、どれもこれも私の憶測に過ぎない。だから確証を得る為に、鎌を掛けさせて貰った」

「はっ!? な、何だよ。一体何を俺が言ったって言うんだよ」

「先程私は君にこう尋ねた。『そのあまりの強大さ故に、王城にて私に魔力や肉体・記憶への封印等々を施した』のかとね。そして君はこれに即答した。おかしいではないか。私に掛けられた封印は、バニルが言うには天界切っての強者が施したと。アクアを鑑みるに、天界の強者とやらはそれに比肩する実力を所持していると想定するのが妥当だ。そんな大物、またはそれと同等の力を有した人間が都合良くこの世に存在する確率は、0に近似出来るだろう」

 ……………………。

「以上の点を踏まえると、君の情報源はギルドとは考えにくい。そしてこの場合、本案件はこの国、引いてはこの世界の問題ですらないはず。日本の案件という心配を考慮する必要はないし、後考えられる可能性は天界関連。御誂え向きに、ここには本物の女神もいる、天界の情報網が他に存在して然るべきであろう」

 …………ほんと何なのこの人、何でたったあれだけの情報でそんなに分かっちゃうの?

「…………」

「おーい、目が泳いでいるぞ」

 黙秘だ、黙秘権を行使するのだ。

 これ以上話したら、こいつは最後まで行きつくことだろう。

 さっきからじーっと俺を見定めるクイーンの視線が痛いが、今はひたすら目を逸らすしか術がない。

 かと言って、いつまでもこうしている訳にはいかないし、他の三人も不安そうに見てきている。

 ここは何か他の話でもして、クイーンの関心を別の所へ……。

「ま、まあ言及したくなるのも分かるが、ひとまずアクアの芸でも見て気持ちを落ち着けてからもう一度話し合いを……」

「まあ、いっか。これを外して君に預ければいいのだな」

「してもい……。えっ、いいのか?」

 クイーンがあまりにすんなり受け入れてくれたので拍子抜けしてしまった。

 さっきまであれだけ疑っていたのに、一体どういった心境の変化だろう。

「これ以上追及したところで、その先はどうやっても教えてくれそうにないからな、明日にでも自分で調べるよ」

「ほ、本当に良いのか? さっきはあれだけ外したがらなかったのに?」

 ダクネスもクイーンのあまりの聞き分けの良さに戸惑っているようだ。

 すると、クイーンが苦笑しつつブレスレットを優しく撫で、

「さっきまでは自分達から外してくれって言っていたくせに、私が外すと言ったら逆に戸惑うのか。別に外したくないとは言っていないだろ、少々惜しい気もするが。ただ話の辻褄が合ってないから、何かを隠すならもっと上手く誤魔化す方法を考えてからにしろって言いたかっただけだ。それに君達が意味もなく私を誑かすとも思えないからな、何か複雑な理由があるのだろう」

 その言葉に少し罪悪感を覚えたが、今はそうも言っていられない。

 俺達はクイーンがブレスレットの留め金を外すのを見ながらほっと息を吐いた。

「はあ、一時はどうなることかと思いましたよ」

「ああ、誤魔化しきれなかったが結果上手くいったようだな」

「ほらね、クイーンはいい子だって言ったでしょ。初めから変に嘘なんか言わないで本当のことを話せばよかったのよ。私は初めから分かっていたわ!」

 珍しく自分の行動が正しかったからなのか、随分と調子に乗ったことを言いやがる。

 でも、今回は確かにアクアのお手柄だ。

 これからはもっとアクアの意見もしっかり聞いてやるか。

「これでこの事件は解決ね! さあて、今日は気分が悪くなっちゃったから、破壊神や天界襲撃の事なんか忘れて、皆でパーと宴会でもしましょう!」

「「ちょっ!」」

「おい、バカ! なんでこのタイミングでそんなへマするんだよ!」

「あっ!」

 アクアが慌てて口を塞ぐがもう遅かった。

 クイーンはブレスレットを外しかけた状態のまま目を見開き。

「破壊…神……?」

「ち、ちちちち違うわよ!? 今のはええっと、その……。そ、そう、ほら、あれよあれ! 『はー、会心の宴会芸、“天下一周劇”を見せてあげるわ!』って言いたかったのよ。なにも、破壊神、とか天界襲撃なんて物騒な言葉は言ってないからね!?」

 いくら何でもその言い訳は無理があるだろ。

 そんなアクアの発言を聞くこともなくクイーンはぶつぶつと、破壊神、天界襲撃、とその言葉を噛み砕くように何度も呟いていた。

「破壊神…………、天界襲撃…………。なんだ、ひどく聞きなじみがあるようなこの感覚……。破壊神? 一体誰の……? っく!?」

「お、おい、急に頭を押さえてどうした!? それに、顔もなんだか赤くなっているが……」

「か、かかカズマ、クイーンが、クイーンが!」

「落ち着け、ひとまず落ち着けめぐみん! おい、大丈夫かってアツッ! おい、アクア、そんなとこでぼさっと突っ立ってないでヒールの一つでもかけてやれ! これ、結構やばそうだぞ!」

 俺がフリーズで頭を冷やしてやりつつアクアを叱咤すると、自分のやらかした失態にショックを受けたのかその場で動けないでいたアクアがハッとして、バタバタと俺達の下に走ってきた。

「ま、待ってて! 『セイクリッド・ハイネスヒール』ッ!!!」

 クソ、大して効いちゃいなさそうだな。

 クイーンは左眼を抑えたまま耄碌としながらも、まだ何かを呟いている。

 と、そこで俺は気が付いた。


 指の間から見えるクイーンの美しい紫色の瞳の色が、血のような赤色にチカチカと変化していることに。


「何かが……、何かが大量に私の頭の中に、流れ込んでくる……!? こ、これは、どこかの大都市!? しかもそれをたったの一撃で、灰燼と化した!? ま、まさかこれを、私が!? くっ、うわああああああ!!」

「おい、気をしっかり持て、クイーン!」

「「「クイーンッ!」」」

 叫び声をあげてそのまま倒れそうになったクイーンに俺達が大声で呼びかけるが、ダクネスに支えられてクイーンはそのまま気を失った。

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