やれば意外とできるかも

「よ、よーし、さっさと帰ってクイーンの手伝いでもするか!」

 恥ずかしくなった俺は胡麻化すようにさっさと屋敷の方へと向かい、その後ろをダクネスが笑いながら追いかけようと……。


「おいおい、カズマとララティーナじゃねえか。こんな街中で乳繰り合いやがって、このリア充共が!」


 この街随一のチンピラにして、その名に恥じないダメ人間、ダストが声を掛けてきた。

「だ、誰が乳繰り合っているだ! べ、別に、私とカズマはそんなつもりじゃ……」

「かーっ、これだから箱入り娘は! 世間では真昼間から男女が肩組んで街をねっとりぐっちょりぶらついてりゃ、でぅえきてるー認定されんだよ! そんなに見せびらかしてくれちゃ、いじって下さいと言ってるようなもんだぜ!」

「で、できて!? ちちちちがー! そそ、そんなことはしていなっ! カ、カズマも何か言ってくれ!」

 そう言ってダクネスが助けを求めて来たので俺も。

「まあな、俺達もそろそろ街公認でやりまくってることを見せびらかしてやろーっと思ってな」

「お、お前と言う奴は! ちっ、違うぞ! 私達はそのような事はまだしてない、本当だからな!」

「“まだ”ってことはその内するっていう意味だな! クッソー!! カズマばっかりいい思いしやがって! せめてもの情けだ、お前がどーしてもってんならそこで昼飯奢らせてやるよ」

「そ、そんなことはしないかりゃー!」

 そんな感じでダクネスをからかって遊ぶダストは、ふと思い出したかのように。

「そういやあ、カズマ。昨日知ったんだが、最近お前んとこに新しいメンバーが来たらしいな。乳がでけー上にめちゃ美人で真面な人が! そう、真面な巨乳が!!」

「その呼び方やめろよ。もしかしなくてもクイーンの事だよな。確かにいるが、あいつがどうかしたのか?」

 俺のツッコミを流れるように無視したダストは、

「ちょっと昨日世話になったんで、礼をしようと思ってな。ていうのも、冬を越したから金がなくなってな。テイラー達とクエストで近くの山まで行ったんだけど、そん時に一撃熊の大群に襲われたんだ。まあ、ぶっちゃけ俺は全然平気だったんだが、他の連中は弱っちいからな。仲間思いの俺としては見捨てる訳にもいかなかったんだが、流石に三人を守りながらはちょっときつくて苦戦してたんだ。そんな時に、突然あの銀髪のねーちゃんが現れて、魔法で一掃してくれたんだ」

 へー、それは初耳だ。

 めぐみん達とクエストに行ったのは知っていたが、他にもいろいろやってたんだな。

「んでま、礼のついでに一緒に飯でも奢ってもらって、あわよくばそのままお持ち帰りに、という崇高な計画を立ててたんだがなかなか会わなくてな。諦めて今からギルドで酒でも飲もうと思ってたんだよ」

「相も変わらないクズっぷりだな、お前は。しかもこんな早くから飲むのかよ」

「周りが働いてる中飲む酒は格別だからな」

 それは一理ある。

 と、さっきまでのちゃらけた様子はどこへやら。

 途端にダストは今まで見たことのないぐらい真剣な顔付きで。

「それはそれとしてだ、カズマ。あのねーちゃんには目を光らせとけよ」

「はあ? そりゃどういう意味だよ」

「あの姉ちゃんの強さは人間のそれじゃねえ。どう考えても魔王軍幹部以上、下手するとバニルの旦那並かもしれねえ。ただの勘だから断定はできねーが、あのねーちゃんには絶対何かある。そこんとこ忘れないようにな」

 普段ロクでもないことしか言わないくせに、こいつの敵を見極める能力は本当に大した物だ。

「ああ、分かった。助かるよ」

「いいってことよ、俺とお前は親友だからな! まあ、そんな訳だからあのねーちゃんに言っておいてくれ。このさいっこうにダンディーでイケてるダスト様が、直々にあなたにお礼を言いたいのでまたお会いしましょうってな!」

 元のクズ人間に戻ったダストは、ダクネスをいじるのにも満足したのかすっと立ち上がった。

「分かった分かった。リーンがいるんだからほどほどにしとけよ」

「そっ、それは関係ねーだろ!! そ、それから一撃熊もそうだが、ここんとこ国中でモンスター共の動きがやたらと活発になってるらしい。外に出るんなら気を付けろよ!」

 若干照れながらも気になる情報を言い残したダストを見送った俺は、未だにしゃがんで縮こまっているダクネスを立ち上がらせ、屋敷の方へと足を向けた。


 ――誰が噂を立てたのか、ララティーナお嬢様が散々デートデートとからかわれた以外は特に問題なく、俺達は屋敷に到着し。

 目の前に広がる現象に思わず立ちすくんでしまった。

「おっ、やっと帰ってきたのか。買い物ご苦労さん。」

 そんな俺達の間から顔を覗かせ、服のあちこちに土を付けた機嫌の良さそうなクイーンに、

「なあ、これは一体何が起きているんだ?」

「何が起きているんだとは?」

「お前分かって聞いてんだろ。だから俺達が聞きたいのは……」

 俺とダクネスは揃って庭の中を活発に動くそれを指し、


「「この大量のゴーレムはどうしたんだ?」」


 そこには世界中で大人気の某RPGゲームで出てくるような形状をしたうごめくゴーレム達が二十体ほど、そこかしこで忙しそうに闊歩していたのだ。

「いやその、加工した石材を持ち運ぶのも面倒なんで、その素材で何体か作っているうちに興が乗ってきてな。折角だから作った分を全部連れて来たんだ。」

 いや、興が乗ったって言われても。

 呆れを通り越して感心している俺に、ダクネスがそっと耳打ちしてきた。

「なっ、なあ、カズマ。クリエイトアースゴーレムというのは、こんなに精度の高いものを同時に何体も生成できる魔法だっただろうか? 私の記憶では、どんな達人でも精々十体ぐらいが限度だった気がするのだが……」

「もういいじゃないか、ダクネス。あいつはこういうヤツだ。そう思っておこう」

 こいつの正体を知った今となっては、これぐらいできて当然と思えるから不思議だ。

「そっ、それもそうだな。しかしあのゴーレム、地響きは立てないし、指が太い割に随分と器用に作業するものだな」

「もしかしてお前よりも器用だったりしてな」

「ぶっ殺してやるっ!」

 ダクネスが不意打ちで殴りかかってきたのを、すかさず自動回避で避けたところ逆切れし始めた理不尽セイダーので、俺はひょいひょいっと逃げ回り、

「ちょっと、そんなとこで鬼ごっこしてないで、帰ってきたんなら早く始めましょうよ! 私もう待ちくたびれたんですけど!」

「カズマにダクネス、それにクイーンも帰りましたか。こっちは準備完了なのです!」

 俺達が話している声が聞こえたのか、アクアとめぐみんがテラスから身を乗り出してこちらに呼び掛けてきた。

 アクアは補修工事の時の服を、めぐみんは畑の手入れ時に着ている服に既に着替えており、準備万端のようだった。

「よしっ、さっさと修復を始めようぜ。早くしないと今日中に終わらなくなっちまうからな」

「そうだなそうしよう! だがその前にカズマ、一発で良いから殴らせろ!」

「断る! 前みたいに目をつむらせてキスされたら困るしな」

「あああああ!!」


 ダクネスの叫びを合図に、俺達の修復大会は幕を開けた――!



 作業は驚異的なスピードで行われ、開始三時間が経った今では残すとこ俺達の部屋周辺と広間だけとなった。

 今日中に修復完了の目途が立ったので、現在俺達は休憩をとっていた。

「美味いなこのクッキーは。サクッとしてて上に乗っかったチョコチップの絶妙なとろけ具合がまた」

「本当ですね。口の中に広がる香ばしさがたまりません」

「うんうん、この紅茶ともよく合うし、どんどん食べちゃうわ。ねえ、ダクネス。これどこで買って来たの?」

 あの後何度か買い出しに出掛けたダクネスがクッキーを持って来てくれたのだが、これがなかなかどうして結構いけるのだ。

 すると、何故かダクネスが頬を緩ませて少し誇らしげに、


「じ、実は、それは私が焼いたんだ」


 ……………………。

「「「は、はああああ!?」」」

 そ、そんな馬鹿な!?

「どうしたんだダクネス!? ついに妄想と現実の区別がつかなくなったのか? はっ、まさか中身が入れ替わってるとか。そうでもなかったらあのド不器用で普通の料理しか作れないダクネスがこんな美味いのを作れるはずない!」

 俺達が警戒を強める中、偽ダクネスはポカーンと口を開け。

「ぶ、無礼者! 何もそこまで疑わなくていいだろ。私の料理の腕が上がったというのはそんなに変だろうか? 私もたまには素直に褒めて欲しい時もあるのだが……。し、しかし、これはこれでいいような気も……」

 どうやら本物のようだ。

「だったらなんでこんなに美味いのが焼けたんだ? 今までのお前からしたらまずありえないだろ」

 するとダクネスは若干不服そうながらも、顔を赤くして照れながら語り出した。

「私も自分の不器用さは自覚している。だから、以前からこっそりと練習はしてはいたんだが、やっぱり私一人だけでは上手くいかなかくて……」

「そこで私に白羽の矢が立ち、昨晩夜食を作るついでに教授してやったんだ。」

「「「あー、なるほど道理で」」」

 それならこの魔法のような出来事も腑に落ちる。

「お、お前ら、クイーンが関わっていると分かった途端すんなり納得しないでくれ! 確かにまだ成功率は高くないが、以前よりは私の料理もマシに……」

「あのダクネスですらこれだけのものを作れるようにできるなんてな。本当にお前は何でもできるよな」

「何でもは出来ないよ。出来る事だけ。それに、私が彼女に教えたのは一点だけだ。」

 たった一つ教えただけで、ここまで料理の味が変わるものかね?

 疑問符を浮かべる俺達に、クイーンは何を思ったのかニヤッと笑い。

「ああ、そもそも彼女が会得したがっていたのは、大衆に悦ばれる料理ではなく身内に。もっと焦点を絞ると意中の」

「なあああああ!! クイーン、それは言わないでくれとあれほど……っ!」

「そうは言うがなダクネス、疑問は早期解消してやらねば後味が悪いだろ。」

 突如大声を上げて背後からクイーンの口を塞ごうとするダクネスだが、クイーンは見向きもせずに躱し。

「それに、別段恥じる必要も無い。それだけ君がカズマに恋焦がれているというだけではないか。」

「そんな事はないかりゃあああああ!」

「ほほう、最近大人しいとは思っていましたがそういう企てでしたか。私の預かり知らぬ所でひっそりねっとりとカズマを篭絡するのがあなたの作戦だったんですね。なんて嫌らしい娘なのでしょう! いよいよ悪徳貴族らしい搦手を使うようになってきましたね!」

 すっと表情を消しためぐみんがダクネスにねちねちと絡んでいく。

 そんな二人のやり取りのをもっと見ていたいが、今はそれどころではない。

「ちっ、ちが! ほ、本当にこれは違うんだ、私はただ純粋にお前達に悦んで欲しかっただけで、信じてくれ!」

「それよりもクイーン様、ダクネスが俺の事をどう思っているのかについて詳しく」

「おっ、お前という奴は! クイーンも何をウキウキとしているのだ!? は、話さないよな? おっ、お願いします、話さないでください、クイーン様!!」


 ――ダクネスをおもちゃにして楽しんだ俺達は、再びティータイムを満喫していた。

「カズマも言ってましたが、クイーンはできる範囲が広すぎですよ。今回の壁塗り作業だって大した物です」

「いやいや、私も今回初めてやったからな。正直、アクアが居なければここまで急ピッチで仕上げられなかったと思う。」

 めぐみんが言うように、クイーンは壊れた壁をアクアと一緒に直していた。

 序盤は少々手間取っていたものの、中盤にはアクアにも引けを取らない見事な腕前を披露してくれたのだ。

 それに対抗してアクアが妙にやる気を出し、以前は描かれていなかったアートを壁に描き始める始末だ。

「あら、分かってるじゃない、クイーン。もっと褒めてくれてもいいのよ!」

「よっ、我らがアクア師匠! 芸をやらせたら世界一!」

「クイーン、あんまりアクアを甘やかさないでくれ」

 調子に乗ったアクアを持ち上げるクイーンに、俺は苦言を呈す。

「いいじゃない、少しぐらい称賛されても! 何さヒキニートの分際で」

「ヒキニートって言うなって何度言えば分かるんだこの駄女神! 感謝祭の頃から、お前にも学習能力が備わってきたのかと嬉しく思っていたが、あれは思い過ごしだったみたいだな」

「そういうあんたも、本物の清くも麗しい女神様を駄女神呼ばわりしないでって何回も言わなかったかしら? ああ、そう言えば。あんたの頭ってエッチい事とだらける事しか入らない不良品だったわね。ごめんなさい、そんな頭だったら何言っても意味がなかったわね! プークスクス!」

 まさか霊長類にすら負けそうなお前に言われるとは思わなかった。

 そんな俺の苛立ちを察してか、最近やけに警戒心が強くなったアクアがクイーンの後ろにさっと隠れた。

「そもそも私は然るべき賛辞を求めているだけよ! 私は偉いのよ、神様なのよ! カズマこそ、本日大活躍しているこのアクア様に貢物の一つでもしたらどうなの? ほら、言って! アクア様お疲れ様でした。これからは毎日頭を撫でて甘えさせてあげる、ぐらい言って!」

 言いたい放題言いやがって。

 と、さっきまでいじけて部屋の隅で“の”の字を書いていたが、途中からその状況にさえ興奮してはあはあしていた変態が自分の世界から戻ってきた。

「まあまあ、確かに今回のアクアは大活躍しているのだ。夕食ぐらいなら豪華にしてやってもいいんじゃないか?」

「どうせ今日は疲れてご飯を作る元気なんて残らないでしょうし、この際ちょっと値段の張る料理を食べに行きましょう。旬は過ぎていますが、霜降り紅ガニなんかもいいですね」

 そう言って以前食べたカニの味を思い出して涎を垂らしかけながら、めぐみんも俺を諭そうとしてくる。

 俺だって別に外食するのは大歓迎だし、霜降り紅ガニにするなら尚更だ。

 ただアクアの為だと考えると一気にやる気をなくすっていうか。

「カズマはあまり気乗りでないらしい。ならばアクア、カズマに貢がせる代わりに私と互いの夕飯をかけて勝負をしよう。種目はアクアが決めていいぞ。」

「えっ、マジですか」

「マジだよー。カズマもそれなら文句もないだろう?」

 ……おかしい、あのクイーンがこんなアクアにだけ有利な条件を提案するはずがない。

 ここ数日、何度かゲームをやって分かったのだが、こいつは別に勝利に拘りを持っている訳ではない。

 本人曰く、相手の得意分野を洗練させた戦法且つ妙手を駆使する事に重きを置いているので、大概の場合結果は二の次なのだとか。

 まあ、それでいて知恵を使ったゲームじゃ全勝するし、運以外の要素が僅かにでも入れば割と勝つんだけど。

 かといって、完全なる敗北を認める訳でもなく、負ける時は必ず自分に利益がある結果にそれとなく誘導するのだ。

 簡単に言えば、試合で負けて勝負で勝つ的な。

 そのはずなんだが……。

「いいわ、その勝負乗った!たとえ負けて謝ってももうオカズは返さないわよ! いくらあなたでも、私の得意分野で勝てると思っているんですか? クイーンが勝つなんてすごく無茶ぶりなんですけど」

 アクアの煽りに温厚なクイーンも流石にイラついたのか、頬を引きつらせながらアクアに続いてユラリと立ち上がる。

「いいんだよ。『他優を以て落掌す。是、至高の昂ぶりなり』ってね。これが私の信条だから気にする事は……。」

「……どうしたのよ? 急に黙り込んで?」

「………………。」

「おい、クイーン。大丈夫か?」

 アクアの声が届かなかったのか、ボーとしたような状態で黙り込んでいたクイーンの肩を、ダクネスが心配そうにそっと叩いた。

 それに反応してか、クイーンは一瞬ビクッと身体を震わせ、

「あっ、ああ、すまない。急に立ち上がったからか眩暈を起こしただけだ。問題ない」

「そうか、ならいいのだが……」

 とは言っているが、クイーンの額からは油汗が流れており、明らかに体調が悪そうだ。

「本当に大丈夫か? 何ならアクアにヒールでもかけてもらえよ」

「そうですよ、無茶はいけません。昨日は屋敷中を調べて回っていたせいで遅くまで起きていたのですし、疲れが溜まっているのでは?」

「いや、本当に大丈夫だから気にするな。心配してくれてありがとう。それじゃあ、アクア。何で勝負する?」

 手を横に振って気丈に振舞うクイーンに俺達は食い下がってみるが、当のクイーンがこの調子だし顔に赤みが挿してきたので、そっとして置くことにした。

「無茶だけはしないでね。そうね、だったら補修勝負にしましょう! 丁度私達の部屋周りの壁がまだ残っているから、そこをより綺麗に美しく直した方の勝ちってことで。さっきからあなたの腕がやたらといいから、どっちがアクセル一の補修職人かそろそろ白黒つけたかったのよ」

「よし乗った、それで行こうか。採点はダクネスに頼んでもいいか?」

「うむ、構わないぞ。買い足すものもないし、費用の計算も大体終わったしな」

 アクアが腕まくりをして気合を入れる傍ら、クイーンは残っていたクッキーを口に放り込み咀嚼した後、口元をニヤリと歪ませた。

 こいつ、やっぱ何か企んでやがるな。

 あのクイーンがこれだけで終わるはずなかったのだ。

 アクアはそんなクイーンの表情の変化に全く気付かずに息巻いているが、俺の知ったことではない。

 むしろさっき散々馬鹿にされた恨みもあるので、ここは黙っておいてやろう。

「アクア、勝負結果の確認をするぞ。もし私が勝ったらアクアに夕食を追加で買ってもらい、私が敗けたらアクアが一品まける、これで問題ないな?」

「それでいいわ、今更やっぱなしとか言ってももう受け付けません! これで今晩の私の晩御飯が豪勢になるのは間違いなしね。それじゃあ、いざ、勝負よ!」

 そう言ってアクアは張り切りだし、タタッと広間を出て行ってしまった。

「よーし、それじゃあ私も行くとするか。んっ、どうした、そんな神妙な顔をして。君達も参加したかったのか?」

 いや、確かにアクアに腹が立ったのも事実だから俺も黙っておいてやろうと思いもした。

 したけどさあ……。

「お前、今勝っても敗けてもアクアに奢らせるように言ってなかったか?」

 俺達がジト目で見つめる中、クイーンは素知らぬ顔でワザとらしく口笛を吹き始め。

 こちらに振り向かせたその顔に、悪戯が成功した子供みたいな笑みを浮かべた。

「一度こんな感じで勝負事をしてみたかったんだ。まさか本当に騙される奴がいるとは、アクアに感謝だ。いや、そんな打算は豪もないが」

 そう言って笑いながら広間を後にした。

 そんなクイーンの後ろ姿を見て、めぐみんがポツリと呟く。

「クイーンって、実は結構いい性格してますね」

 俺もそう思う。



 街でもそこそこ有名なレストランで舌鼓を終えた俺達は、食後の余韻に浸っていた。

 残すは外装等の仕上げだけ。

 先日発したクイーンの宣言通り、今日中に修繕が完了するという訳だ。

 地味に気になるアクアとクイーンの勝敗だが、苛烈な審査の結果勝者となったアクアはその栄誉を称え、見事クイーンに夕飯を奢る権利を得た。

 最終的には泣き縋るアクアの表情を見て満足したのか、クイーンが酒を一本奢るという流れで話はまとまったらしい。

「さて、腹も膨れたことだし、さっさと帰って仕上げといきますか」

 そう言って立ち上がるクイーンを見て、俺はふっとある事を閃いた。

「クイーン、悪いんだが先に一人で帰っといてくれないか?」

「んっ、何故だ?」

 こんな唐突に言い出されたらこんな反応をされるのは当然だ。

 だが、クイーン以外の四人だけで自然に集まるタイミングなんて今しかないだろうから、これを見逃す訳にはいかない。

 ただこいつは妙に鋭いからな、何か上手い具合の言い訳がない物か……。

「そ、そうなんだ。ある人がちょっと私達四人だけに頼み事があるらしくてだな。だからクイーンを連れて行く訳にはいかないんだ」

 ダクネス、助太刀してくれるのは助かるがその棒読みは何とかならないのか。

 チラッとクイーンの様子を窺ってみたが、これは益々訝しんでいるな。

 そんな俺とダクネスがワタワタしているのを見かねてか、

「ここだけの話なのですが、ギルドの方から魔王討伐時の状況を再度説明してくれないかと頼まれたんです。なんでも、歴史の教科書に載せるための体験談を作るのだとか。あまり公にすると皆がこぞって参加したがって、収拾がつかないからとあまり広めたくないらしく。なので申し訳ないですが、我慢してくれませんか?」

 何となく察してくれたらしいめぐみんが助け舟を出してくれた。

「なんだ、そういう事情か。変にぎこちないから私に話してはいけない重大事項でもあるのかと思ったじゃないか」

 正しくあなたに聞かれたら不味い話なんですよ。

 という訳にもいかないから、俺は苦笑いを浮かべてその場を誤魔化し……。

「はあ、何言ってんの? 私達ギルドに呼び出しなんて受けてないじゃ」

「よーしアクア! 奢ってやるからデザートでも買ってこい!」

「あら? カズマにしては殊勝な心掛けじゃない。やっと私にお供えする気になったのね。いいわ、慈悲深い女神であるこの私が、無礼なあなたのお供え物を受け取ってあげるわ!」

 そう言ってアクアは上機嫌で店員の下まで駆けて行った。

 あ、危なかった。危うく空気読まないランキング上位者のせいで完全に手遅れになる所だった。

 恐る恐るクイーンの表情を見ても、当の本人はあまり気にしないでいてくれたらしい。

「では、私は食休みの散歩をしてから屋敷を仕上げておくので、私の事は気にせずゆっくりがっつりみっちり話して来給え。自分の武勇伝を誇大報告して掲載してもらう、人生における重要な仕事だから抜かりの無いよう」

「お、おう、分かった。悪いな、後頼むわ」

 そう言い残して自分の分の支払いを済ましたクイーンは、一度此方にサムズアップしてから店を出て行った。

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