封印されし例のあれ

「「「エラー?」」」


 俺もダクネスが持つカードを横から覗き込んでみたが、確かにステータスの欄にエラーと出ている。

「それだけじゃなく、スキル習得欄の部分もすっからかんなのですよ」

「当たり前なんじゃないの?」

 首を傾げて呟くアクアに、

「そんなはずないですよ! どうやったのかは分かりませんが、クイーンは爆裂魔法を使ったのですよ! スキル表示がないとかおかしいじゃないですか!」

「ちょっ、分かったから少し落ち着いてよ。そんなに血気盛んだと女郎ウィザードって言う新しいあだ名がついちゃ、イタッ!」

「なるほど、確かにスキル欄が空いているな。となると、故障でもしていたんじゃないか?」

 カードをクイーンに返しながら、ダクネスがめぐみんに尋ねる。

「それは考えにくいそうです。二、三日前にメンテナンスから帰ってきたばかりだったそうで。念のため別のカードでも試してみましたが、同じ結果だったのです」

 となると、どういうことだ?

 クイーンはこいつらとは別の意味でいろいろと変だから、そういう事があってもおかしくないような気もするが。

「それでどうするんだ、めぐみん。もう諦めるのか?」

「そんな訳にはいきませんよ! 私が負けた理由をとことんまで追わないと、何の進歩もできないじゃないですか!」

 何気なく聞いただけなのにえらく反応された。

「だけど他に調べる方法もないだろ。あの機械をもう一回壊れてないか調べてもらうか?」

「それも聞きましたが、再点検に一週間程かかるそうで。うぅ、カズマ。何か良い方法はありませんか?」

 また面倒なことを。

「んなこと俺に聞くなよ。名案なんてものはそうポンポン思い付くもんじゃないんだよ」

「そんなお困りの汝は、吾輩の相談屋を尋ねるが吉! どんな悩みもズバッと解決、頭スッキリ心晴れやかにしてやろうではないか!」

「うおあ!? お前どっから湧いた!?」

「見ての通り煙突から湧き出てきた」

 急に隣から声がしたかと思うと、そこにいたのは北欧の爺さんを想起させる大きく膨れ上がった白い風呂敷を担ぎ、機嫌良さげに佇む人物。

 煙突を通ってきた割に墨一つつけておらず、一度会ったら忘れられないインパクトのある大柄な男、仮面の悪魔バニルだった。

「ちょっとあんた、なんでこの屋敷に普通に入り込んでるのよ! この屋敷には高潔にして神聖極まる強力な結界が張ってあるんですけど!」

「はて、吾輩が見かけたのは、吹けば飛ぶような脆弱な気泡であったのだが。まさか、あれは結界であったのか!? 最近、ロリコン属性を着実に習得しつつある小僧に天界に返品された際、微増した神聖力の代償としてなけなしの知能すら消滅したのか? であれば、貴様にこんな高度な事を言っても理解出来ぬか、そいつは失礼したな!」

 ……………。

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』ッッ!」

「フハハハ! そんな鈍い魔法など当たらんわ!」

「おい、屋敷の中で暴れんなよ! あと、俺をそれ以上変な呼称で呼ぶな!」

「なあ、あの仮面は一体何なのだ!? 途方もなく恰好良いのだが!」

「それ以前の疑問が腐る程あると思うのは俺だけか!?」

 どうやらバニルの仮面がお気に召したようで興奮気味に尋ねてくるクイーン。

 と、アクアと睨み合っていたバニルはクイーンの方を見て。

「おや、我が仮面の素晴らしさに共感するとは、中々見所のある娘ではないか。ふむ、貴様とは初対面であったな、ではここで自己紹介をしてやろう。吾輩こそ、とある魔道具店のしがないバイト店員にして、悪魔達を統べる地獄の公爵。この街のマダムや子供達の人気者であり、この世の全てを見通す大悪魔、バニルである。この名前、しかとその脳裏に焼き付けるがよい!」

 所々全然公爵級悪魔っぽくないことを言いながら、御大層な自己紹介をするバニル。

 こいつはどれだけこの街になじんでいるのだろうかと少し気になる。

「へー、桁外れに強い気配の接近を感知したから何事かと思ったがそういう事情か。私はクイーン、と名乗っている。暫くこのパーティーに世話になる事になった。という訳で、今後ともよしなに。」

「お前、なんで今の説明で納得できるの?」

 興奮が収まったらしいクイーンは、口調こそ俺達に対するものと同じだが、貴族相手にするような完璧なまでに洗練された作法でバニルへとお辞儀をした。

「フハハハハ、吾輩を前にしてその態度。お主、唯の人間では無さそうだ。それに、汝には吾輩と通じる何かを感じるな」

「奇遇だね。私もそんな気がしていたんだ。今度じっくりと話し込もうじゃないか。」

 そう言って握手を交わし、二人してニヤリと笑い合っていた。

「それで、今日はどうしたんだ。また売り込みか?」

「そうよ、何しに来たのよ! することないなら出て行って!」

「用事もないのに来る訳がなかろう。何やら愉快な事が起こる未来が見えたので、在庫整理がてらこうして出向いて来た次第である」

「不吉な事言うなよ」

 ダクネスの件といいウィズの件といい、こいつにとっての愉快な事とか不穏臭が半端ない。

 と、バニルは背負っていた風呂敷を下ろし、中から商品をせっせと取り出し始めた。

 そんなバニルの様子を、珍しいものでも見るかのようにクイーンが興味津々で背中越しに眺める。

 すると、バニルは赤い液体の入った小瓶が大量に詰まった箱を持ち上げ。

「まずはこれだ。紅魔の娘が以前探していた、爆発系魔法の威力向上ポー」

「買います! あるだけ買います!」

 目を紅く輝かせ箱に飛びつくめぐみん。

「毎度あり! 使用者の生命力のつぎ込んだ分だけ向上するので使い過ぎには要注意である」

「おい、最後まで聞いてから買えよ! 今回は比較的副作用がマシだったからいいが、もっと危なかったらどうするんだ」

「当然、全部買います!」

 そうだった、最近聞き訳が良くなったと思ったが元々こんな奴だった。

 今度は箱の隣にあった、俺の目からしても高級品と分かる、金色の綺麗な模様をあしらった白い鎧をバニルは片手で持ち上げる。

「続く商品はこちら! 攻撃を受ければ受ける程防御力が上昇する鎧である。これはそっちのなんちゃって貴族令嬢にお勧めであるぞ」

「なんちゃってとか言うな! しかし、確かになかなか良さそうだな。物によっては購入を検討してもよいが」

「まあ待て、それで副作用は何なんだ?」

 どうせロクでもないものがついているのだろうが。

「なに、その娘にとっては大した事ではない。鎧が重すぎて余程の筋力がなければ着用したところで動けない事と。防御力が増すほど鎧の大きさが縮んでいき、一度着用したが最後、大きさが半分程にならねばサイズが元に戻らず圧死しかける事ぐらいである」

「頂こう、いくらでも払うぞ!!」

「買うなよ、 ポンコツ商品じゃねえか!」

 顔を火照らせ、はあはあしながら顔を近づけるなんちゃってお嬢様に、バニルはほくほく顔で商品を渡す。

 本当にウィズの店にはロクな商品がない。

 それを買うこいつらもこいつらだが。

「ねえねえ、私にも何かないの? 皆が何かしら買ってるから私も欲しくなったんですけど」

「ふむ、貴様にはこれなど良いのではないか。迷子予防のぬいぐるみである」

 めぐみん達の影響を受けてねだるアクアに、バニルが風呂敷からぬいぐるみを取り出す。

「私迷子なんかならないんですけど。でも可愛いわね、これ。お小遣いはまだ残ってることだし、買っちゃおうかしら」

「余計なもんは買うなよ。ただでさえお前の部屋には無駄なものが多いんだから」

「何よ、私は無駄な物なんか一つも持ってないわよ。私にとっては全部大切なお宝なんだから」

 俺からしたらただのガラクタだけどな。

 まあ、アクアが何買おうが俺には関係ない、仮に借金して泣きついて来たとしても全力で無視するだけだ。

「ちなみに小僧にも一つ便利な商品を持って来ておるぞ。おひとつどうか?」

 アクア達が自分達の商品を見せ合っている中、バニルが俺の方にそっと近寄ってきた。

「言っとくが、俺はあいつらみたく変な物は買わな」

「“夜間に役立つ魔道具シリーズ”第五弾、異性の奥底に眠る欲望を漏れやすくする香である」

「……はい」

 財布から札束をバニルに渡す。

「毎度あり! フハハハハ、本日は大繁盛である! やはりわざわざ来た甲斐があったというものよ!」

 はっ、ついつい買ってしまった。

 まあ、これは非常に有能なので別にいいが。

 しかし、ここまでこいつの思い通りというのも気に入らない、せめてもう少し俺達に徳があってもいいんじゃなかろうか。

「おいバニル、これだけ買ってやったんだ。さっきお前が言ったように、一つ相談に乗ってくれないか?」

「なんであるかな? 今日の吾輩は在庫処分が出来てご機嫌である。特別サービスでひとつ、無料で何でも相談に乗ってやろうではないか!」

 なんとも頼もしい。

「ちょっとお前の力で、クイーンのステータスと素性を見てやってくれねえか?」

 俺の相談にバニルは訝し気な表情を浮かべ、

「また奇妙な相談であるな。前者はともかく、後者の意味がよく分からん。そんなもの、そこの娘に直接聞けばよいではないか。前者についても、そこの娘の実力が知りたいのであれば、冒険者ギルドに行けばよかろう。あそこにはなかなか便利な魔道具があったではないか」

「その冒険者カードにエラーって出たんだと。それに、聞きたくても肝心のクイーンがその事を覚えてないんだよ。こいつ、記憶喪失だから」

 俺が説明してやるとバニルは興味を持ったのか、クイーンの方に視線を向けしばらく観察を続け。

「フハッ、フハハハハハ!! 何という事だ。面白い、実に面白いぞ。吾輩、長く生きてきたがここまで珍妙なものは初めて見たわ!」

「おいどうしたんだ、何が分かったんだよ!?」

 肩を震わせ笑いを押し殺したバニルは、とんでもない事をサラッと言い放った。

「逆だ、この娘の潜在能力が高すぎて、さっぱり過去を見通せんのだ。ウチの貧乏店主ですら、ここまで見通せない事はないのだがな!」

 嘘だろ、バニルの力が通じないとか本当になんなのだろう、こいつは!?

「プークスクス、やばいチョー受けるんですけど! あんたって必要な時にいっつも役に立たないわよね! そろそろ“全て”を見通すって看板は外したほうがいいんじゃない?」

「フハハハ、誰も望んでいないにも関わらず、毎度問題ばかり起こすお邪魔虫女神に言われたくないわ!」

「なんですって! 何なら今ここで存在ごと抹消してあげてもいいのよ!」

「やれるものならやってみるがいい! 表の薄膜程度しか張れない落伍者プリーストよ!」

「だからやめろって!」

 ちょっと時間が開いただけでこの様だ、油断も隙もあったもんじゃない。

 バニルの奴も相手がアクアだといつもの飄々とした態度が崩れるからな。

「とは言うものの、少しばかり判明した事もある。おい、そこの記憶を失いし娘よ! 汝には天界切っての強者により力の大部分を封印された形跡がある。恐らく、これが冒険者カードに正しくステータスが表示されない原因であろう」

 なにそのラスボスっぽい設定。

「なんですか! 封印されし力だとか、とっても格好良いじゃないですか! 私の琴線に激しく響きますよ!」

「うん、取りあえず落ち着こうな、めぐみん。それより、それって外してもいい物なのか?」

 この手の封印は、大概がとんでもない奴を封じていたり世界に疎まれし禁断の力を抑え込んだりするので、慎重に対処せねばならないのだ。

「吾輩に言わせれば大した実力ではないとはいえ、わざわざ天界に於いては強者に分類される者が施した封印である。無論、そう気軽に解呪すべき物では……」

「『セイクリッド・ブレイクスペル』ッ!」

 バニルが言い終わる前にアクアが解呪魔法を唱え終えて……。

 魔法感性に疎い俺でもハッキリ分かる程の魔力が、クイーンから湧き出してきた。

「「「「…………」」」」

「な、何よ、私は良かれと思って!」

「何でお前は定期的に大ポカやらかすんだよ、こんの、バカがあああああ!!」



「おい、まだ見つからないのか!?」

「申し訳ございません。現在、各所総力を挙げて捜索中なのですが、手掛かりすら掴めておらず……」

 身体中に傷跡を残した天使が、此方も生傷を痛々しく残した指揮官に告げる。

「どうしてこうなった? あの状況下では力を振るえるはずなかったと言うのに……。一体奴は、何をしでかしたのだ……」


 現在天界では、ある逃亡者を一心不乱に追跡していた。

 先程から人の出入りが激しく、彼方此方の空間に歪みが生じたままの管理棟の中は、大混乱状態そのものだ。

 そんな建物の一室で、天使を始め八百万の神までもが膨大なデータが流れるモニターを血眼になって凝視したり、水晶型の魔力探知機に絶えず魔力を注ぎ込んだりして調査を進めていた。

 指揮官が進展のなさに頭を抱えていると、突然モニターを見ていた一人の天使が声を張り上げた。

「捉えた、ってああっ、そんな!! と、とりあえず報告します。たった今、対象の物と思しき魔力波を一瞬ではありますが感知しました!」

「おおっ、漸くか!」

 その報告に周りが騒めく中、指揮官は興奮のまま立ち上がるとその天使に駆け寄った。

「して、震源は?」

「はい、震源地は魔法系宇宙第2018番銀河の内、第62番目の恒星を周回する第5惑星、一部の人が“獅子舞”と呼んでいる星です。担当は女神エリス様。そしてこの反応の大きさから推測するに、恐らく件の封印が解呪されたと思われます。そして、その後再び反応が途切れました」

 その言葉に、室内の喧騒がピタッと静まりかえった。

「ま、まさか、創造神様でさえも解呪不能なあの頑強な封印を解呪するとは……。奴め、一体どこにそんな力を残していたのだ……。そ、そうだ。もう一つの封印は無事なのか?」

「ええ、あれは本体とは別の術式を用いましたので。しかし、あの方本来の力を解放された今、解呪されるのも時間の問題かと……」

 その診断に指揮官は顔を青ざめさせ苦々しげに舌打ちをした。

 と、一つ深呼吸をするとすっと佇まいを正し、その場にいた全員に聞こえるよう大声で指令を下した。

「女神エリス様に至急今の状況をお伝えしろ! 動ける者は此方の空間の修復と、今後発生するであろう事態に対する備えを! 何としてでも奴が本来の力を取り戻す前に確保するのだ!」

「「「了解!」」」

 指示を聞き、その場にいた全員が自身に宛がわれた仕事を開始する。

 そして指揮官自身も、この情報を上層部に伝達するために部屋を後にした。

「急がねば。さもなくば、全世界が取り返しのつかない事に!」



 アホから羽衣を剥ぎ取り泣かせてから、少し経った。

「これはすごいな。体中から魔力が溢れているぞ」

「しかも、感じる魔力は超上質のものですよ!」

「ひっぐ、えぐっ! 私は悪くないはずなのに。いい事したはずなのに!」

 三者三様の返答をする中。

 バニルの指導の下、溢れ出ていた魔力を抑えることに成功したクイーンは、掌を開け閉めして漲る力を確認し。

「ふむ、これが魔力という物か。そうだ、バニル。貴方は先程、力を行使出来ないのは私の潜在能力が高すぎるからと言っていたな。つまり、貴方の力の本質はラプラスと同等であり、その異次元的能力の制約により決定不可能性に分類される者には行使不可という理解で間違いないか? となると、私が魔力を限界まで低下させようと結果は変化しないか。」

 こいつは何が言いたいのだろうか、難しすぎていっちょん分からん。

 しかしバニルは正確に理解したようで、ぎょっとしながらも感心した様子で。

「たったあれだけの発言から、今まで誰一人見抜けなかった我が力の本質に辿り着くとは、何とも末恐ろしい娘であるな。概要は汝の言う通りである。従って、汝の過去を見通してやることは出来ん。だが、我が能力の本質を見抜いた褒美と言ってはなんだが、追加情報をやろう。先程の封印を解いたことによって、何故か貴様の力が神聖味を帯びたようだ。故にそこでピーピーと泣き喚く、一応は神の一角を担う何かと同様発光し始めた。これはさしもの吾輩も予想外であったわ」

 ちょっ!

「おいおい、なんかすっげーヤバそうな事に巻き込まれつつないかこれ!? 嫌だぞ俺、これ以上厄介事に巻き込まれるのは!」

「駄目ですよ、カズマ。ここまで来た以上、聞かない訳にはいきません」

「そうだぞ、カズマ。潔く諦め、おい、こら! 耳を塞ぐな、逃げようとするな! これからのことをしっかり聞け! ああ、アクアまで。めぐみん、そっちを押さえてくれ!」

 必死になって逃げようとする俺とアクアを止めるべく、ダクネスとめぐみんが力強く腕を掴んできた。

 くそ、こういう時に限って行動が素早い、もっと大切な時にこの素早さと機転を生かしてくれればいいものを。

「そりゃ困ったな。正しく八方塞がりって感じだ。」

「お前は何でワクワクしてるんだ、もっと危機感持てよ! 事態は悪化してる一方なんだぞ!」

 この状況下で、何故この人はこんなにもいい笑みを浮かべられるのだろうか。

「だが、無理な封印により測定拒否されていたステータスも、今なら冒険者カードに表示されるであろう。では、吾輩は店が心配なので帰るとしよう」

「お前、この状況で帰んのかよ! もうちょっと協力してくれてもいいだろ!」

 さっさと帰ろうとするバニルを俺は慌てて止める。

 バニルは扉に手を掛けながら、面倒臭そうに振り返り。

「吾輩がいたところで、現時点ではこれ以上どうにもならん。昼食も終えたことであるし、さっさと帰ってボンクラ店主の見張りでもしておいた方がマシであろうて」

「そりゃそうかもしれないけどさあ……」

 こんな奴でも、居てくれると心強いんだよ。

「いいじゃないカズマ、こんなのがいなくたってどうにでもなるわよ! 出て行って! ほら早く出て行って!」

「煽るな! お前が使えねーからバニルの手でも借りたいんだろーが!」

 睨み合う二人を他所に、クイーンは至って平静通りの様子でソファーに腰を下ろし、さっきまで俺達が飲んでいた紅茶を上品に口に含んでいた。

「彼に頼り切るというのも忍びないし、さして急ぐ案件でもないから構わないよ。封印術式について判明しただけ大きな前進だ。ところで、今昼食がどうとか聞こえたのだが何の話だ? 貴方は何も食していないはずだが。」

「我々悪魔は、人間が放つ嫌だなと思う悪感情を糧にしておってな。自分好みの悪感情を定期的に摂取しておるのだ。因みに吾輩の好物は羞恥や憤懣といった感情でな、そこそこ美味であった!」

「悪感情……。」

 と、何やら難しい顔をしてクイーンが思考に耽り始めたが、何れにしろ記憶が戻るのはゆっくり時間をかけていいようだ。

「…………はあ、クイーンがいいなら今日はこの辺で諦めるか。時間はあることだし、色々とやってみることにするよ」

 もう、どうにでもなりやがれ。

「そんな汝らに、どこぞの穀潰しプリーストとは違い超有能な吾輩からアドバイスをくれてやろう。本来の力を取り戻したばかりのそやつは、まだ力の調整が上手く出来ないはずだ。当分の間は力の安定化に励むが良い。記憶は精神が安定していた方が戻りやすく、その為には魔力の制御を覚えねばならんからな」

「了解した。礼として今度私も貴方の店で何か購入しよう。少し尋ねたい事も出来たしな。」

「その時を心待ちにしておるぞ、お客様! フハハハハ!」

 アクアに牽制されながらも、珍しく助言を残したバニルは屋敷を出て行った。

 さてと、他にやるあてもないし、ひとまずはバニルの助言に従ってみるか。

「それじゃあ、面倒だが何か手頃なクエストにでも行くか。クイーンも実践を通した方が早く体に馴染むだろうからな」

「そうだな、習うより慣れろという言葉もある。私は構わないぞ」

「私はもう魔法は使えませんが、それでもいいのなら行きますよ。どの道、しばらくはこの五人でパーティーを組むのです。新しい連携を考えねばいけませんからね」

 二人は乗り気のようだ、となると残りは……。

「皆なんで私を見るのよ。私は嫌よ。今日は一日中家でゴロゴロするって前から決めてたんだもの」

「いや、お前は来いよ! 誰のせいでこんなに面倒な事になったと思ってるんだ!」

「いーやーっ! 外はまだ寒いんだもの、私はこの場所を離れないわ! きゃっ、ちょっ、どこ触ってんのよこの変態!」

 こ、こいつ、机にしがみ付いて剥がれねえ。

 と、クイーンが俺の肩をポンポンと叩いてきて。

「まあまあ、そう焦るなカズマ。なあ、アクアも一緒に来てくれないか? 私はこの世界での実践は初めてだし、何より女神にして超腕利きのアークプリーストであるところの君がいたら、非常に心強いからな。」

「任せなさいな、どんな怪我だろうがすぐに治してあげるわ! ほら、何してるの! 早く来ないと置いてっちゃうわよ!」

 煽てられてすっかり上機嫌になり、アクアは張り切って外に飛び出して行った。

 そんなアクアの後ろ姿を眺めて、ニヤリと頬を歪めるクイーン。

 どうやらクイーンは、完全にアクアの扱いを覚えたらしい。

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