第1章 この霊異な美女に覚醒を!
掴みは大事です
厳しかった冬が鳴りを潜め、温かな日差しは春の前兆を呼び掛けてくれる。
朝露に濡れた新芽が木々のそこかしこに見え、そんな大木の一本に止まる小鳥達が仲良さげに囀り始めていた。
そんな穏やかな早朝の平原に。
「『エクスプロージョン』――――ッ!!」
無慈悲な爆風が灼熱をもって辺り一帯を蹂躙した。
そんなネタ魔法改め爆裂魔法を放つのは、頭のおかしい爆裂娘という称号を欲しいままにした一人の少女、名をめぐみんと言う。
一応言っておくが、あだ名ではなく本名である。
「どうでしたか、カズマ。今日の出来は?」
爆裂ソムリエこと俺、佐藤和真は早速今日の審査に入る。
ソムリエと呼ばれる以上、厳密な監査による的確な採点をすることが義務であり誇りなのだ。
「爆風は強めだが、魔法痕を見る限り威力が物足りない。これは、寒気を塗り替える熱風にエネルギーをつぎ込んだと判断していいんだな?」
「その通りです。冬の厳しさに終止符を打ち、アクセルに一足早い春一番さんをお届けしようかと」
うつ伏せ状態でドヤ顔されてもちっとも格好良くないが、言わぬが仏というやつだろう。
「なるほどな。そのオーディエンスに対する思いやりに加え、季節にも合致した表現法を加点して。今日の爆裂は100点だ!」
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」
めぐみんが涙を滲ませ喜びの声を上げる中、俺は早々に帰り支度を始めた。
――今日は珍しく早起きしたのでこんな時間に打ちに来たが、たまには早朝爆裂も悪くないな。
起きたての時とは違い何だか気分が良いし、爆裂も久しぶりに100点を叩き出した。
これは良い事が起こる前触れではなかろうか。
しかし俺は知っている、こういう時に限ってウチの連中が余計な事を持ち込んで来ることを。
だから過度な期待をしてはいけない、そう絶対にだ。
「何を明後日の方向を見ているのですか、カズマ? そんな顔をされても不気味なだけですからやめてください。というか、そろそろおぶって欲しいのですが……」
「人が思いを馳せてるってのに不気味とか言うな。絡まれるのも面倒だから運んでやるけど。それより、前も言ったがいい加減最大魔力を上げてくれないか? 魔物に襲われた時にお前を背負ったまま逃げるのって地味にキツイんだぞ」
慣れた手付きでめぐみんをおぶりながら、俺は軽く愚痴を吐く。
「何を言うのですか、こんなに可愛い美少女をおんぶできるのですから、むしろカズマは私に感謝すべきですよ。それに何度も言いますが、最大魔力を上げるつもりはありません。そんなものに貴重なスキルポイントを使うなんて考えられません!」
人の背中に乗っときながら態度デカいな、こいつは。
貴重も何も、そのスキルポイントだって無駄に威力向上に突っ込むだけだろうに。
「お前な、毎度毎度背負わされる俺の立場も考えてみろよ。これがどんだけ面倒な事か分からないのか? もしかして、それも分からないぐらいお前ってば馬鹿だったのか?」
「誰が馬鹿ですか誰が! まあ、今回は特別に許してあげます。だって……」
めぐみんは捕まる腕にぎゅっと力を入れ、
「せっかく好きな人とこんなに密着出来るんですからね」
「お、おう。そうか……」
べ、別に心揺り動かされた訳ではない。
ただ単にめぐみんが急にこんな事を言ってきて、ほんのちょーっぴり驚いただけだ。
最近では以前にも増してめぐみんが積極的になっており、未だに童貞の俺には少々刺激が強すぎる。
これはもう、めぐみんルートで決定しろというエリス様の思し召しなのだろうか。
いや慌てるな、もう一度よく考えてみるんだ!
見た目は申し分ない、というか俺には勿体ないぐらいの美少女区分だ。
だが俺は、この世界に来て何を学んだ?
そう、人間何よりもまず中身が一番大事なのだ。
一日一発しか打てない上に、唯一の長所である火力も今や唯の大災害に成り果てている、そんな魔法に命を燃やす頭がパーなアークウィザードなんだぞ。
いやでも、最近は俺の言う事も多少は聞いてくれるようになったし、打つタイミングさえ間違えなければ爆裂魔法は役に立つ。
何よりこれに慣れちまった以上別に気にすることでもないか。
短気で喧嘩っ早いし頑固な部分も多いが、根は真面目で非常に仲間思いだし気立ては良いし俺のことを甘やかしてくれるしなにより仲間以上恋人未満という関係だしキスだって済ましたしって違う違う、そうじゃない、もっと客観的に見るんだ!
そうだ、俺は数多の大物賞金首を討伐し、魔王すらも倒したカズマさんだ。
その俺が童貞ですとなったら世間的にも問題があるだろう。
つまりこれは、早く恋人の一人や二人作れということだ、そうに違いない!
となれば話は早い、華麗に素敵に格好よく俺の思いをめぐみんに語ってやろう。
「め、めぐみん。お、俺達もそろそろ……」
「カズマカズマ、あっちに何かが転がってる気がするので見てもらえませんか? それより今何か言いかけてませんでしたか? それも凄く大事な事を……」
こいつー!
「言ってねーよ! 俺はお前のことなんかこれっぽっちも微塵たりとも意識なんかしてないからな! そもそも、俺はもっとスタイル抜群で上品で色気があって俺のことを際限なく甘やかしてくれるそんな年上の美女が好みなんだ。お前みたいな貧相な体付きのロリッ子には一切興味ねーよ!!」
「な、なにおう!? 誰が貧相な体付きのロリッ子ですか! よし、その喧嘩買おうじゃないか。体力が無くなっていようと貧弱ステータスのヒキニート如き恐るるに足りません!」
温厚な俺でも今のはカチンときた。
「誰がヒキニートだこのまな板が! よし決めた、お前を引きずり降ろして魔力が尽きるまでスティールし続けてやるから覚悟しろ!」
「最低です、最低ですよこの男! 無抵抗な女の子にそんな外道もドン引きな事させませんからね、先手必勝です!」
「こここら、首からその手を放せ、窒息死するだろうが! ちょ、やめ、やめろー!」
――数分後。
「まったく、ひどい目にあったぜ。ところで、さっき何を言いかけてたんだ?」
「誰のせいですか誰の。はあ、向こうの道端に微弱ですが魔力を感じた気がしたので見て欲しいと言ったんですよ。私の視力ではハッキリと見えないので」
「微弱な魔力?」
俺にはさっぱり分からないが、こいつは時々こういう魔法使いみたいな事を言い出し、それが意外と当たるので馬鹿にできない。
そんじゃ、ちょちょっと千里眼を使ってっと。
本当に何かあ……。
「どうしたんですか、そんな馬鹿みたいに口をぽかんと開けて? やはり何かあったのでって、急に走り出さないでくださいよ! 落ちます、落ちてしまいます! ほっ、本当に一体何が転がっていたのですか!?」
何かめぐみんが騒いでいるがそんなことにはお構いなく、俺は千里眼で捉えた物に向かって全力疾走した。
「あ、あれは!」
あと少しといったところで、どうやらめぐみんもそれが何か気付いたようだ。
そう、そこにあったのは――
出すぎず、足りな過ぎずな完璧に統制された躰に、日光を反射して煌めいている、プラチナブロンドの艶やかな長髪を持つ美女の姿。
全体的に大人な女性を感じさせることからして、年齢はダクネスよりも上だろうか。
後ろに無造作に流した髪は金色の髪留めでまとめており、その造形は女神と言っても頷いてしまう程に圧倒的な美しさを誇っている。
腕には紅味がかった綺麗なブレスレットが輝いており、指や耳にもいくつか品の良い装飾品をつけていたが、一番目立ったのはそれらではない。
所々破けたり焦げたりした、見るからに高級そうな銀色の服を真っ赤に染め、明らかに重症と分かる傷を負ってその美女は倒れていたのだ。
「――それで連れて来ちゃったの?」
「しょうがねーだろ、あんなとこに一人で置いとく訳にはいかないだろうが」
「カズマがそんな良心に溢れた事を言うなんて思わなかったんですけど。まあ、どうせこの子が美人だったから、後でお礼に何か良い事してくれないかなーとかって期待してやったんでしょうけど」
アクアはお姉さんから俺に視線を移し、何故か不満げに頬を膨らましている。
本当にこいつは人をイラつかせるのが得意だな。
普段なら即刻泣かせているところだが、そういう下心も多少はあったので強く言い返せないのが悔しい。
呼吸はしていたので死んでないことは確かなのだが、お姉さんは少し揺すったり声を掛けたりしたくらいでは一向に起きようとしなかった。
そこで、めぐみんにはドレインタッチで体力を分けて自力で歩いてもらい、俺がお姉さんを背負って急いで屋敷に帰ってきたのだ。
今はアクアに傷を癒してもらい、サイズ的にぴったりだったアクアの寝間着を着て、ソファーに横になって眠り続けている。
アクアというのは俺の転生特典で付いてきた水を司る女神、らしい。
らしいというのは、俺はこいつを女神だと信じたくないからだ。
確かにこいつの見た目は良いしプリーストとしての能力も非常に高い、それは認める。
だけど普段のあのトラブルメーカーっぷりとおっさん臭い言動を見ていたら、良い面も全部消し飛んでしまう。
とは言え、何だかんだ一緒にいて楽しい奴だし、こいつの隣は不思議と安心できる。
魔王を討伐した後も時々天界に戻る事を条件に、俺について来てくれた事も嬉しくないと言ったら嘘になるだろう、本人には絶対言わないが。
ただ、その頃からどうもアクアの様子がおかしくて、割と頻繁にさっきのような振る舞いをしてくるのだ。
そのせいでここの所距離感が上手く掴めないんだよな。
「それにしても本当に酷い傷だったわ。私でなきゃここまで完璧に治せなかったでしょうね。逆に生きていたのが信じられないくらいよ。一体何と戦えばあんなことになるのかしら?」
「そっ、そんなに深刻だったんですか!? まさか大物賞金首にでも襲われて……。カズマ!」
「賞金首なんか探しに行かないからな」
自ら進んで死にに行くとか馬鹿のする事だ。
「めぐみん、だったら私と一緒に行かないか? か弱い女性相手にあそこまで躊躇なく攻撃を与えてくる大物賞金首。一体その一撃はどれほど強力なのだろうか、果たして私は耐え耐え切る事ができるのだろうか!? ……うん。悪くない、悪くないぞ! それに、そんな魔物が街近くにいたら住民が安心して生活できない。カズマ、私はそいつを探しその女性の仇を取ってくる! 仮に私が戻って来なかったとしても、心配してすぐにギルドへ駈け込まなくていいからな!!」
「喜んで捨て置いてやるから安心しろ。それよりお前、記念すべき第一声がそれでいいのか?」
ダクネスが頭の悪い事を言っているが、これもいつものことなので放っておこう。
流石、生臭いクルセイダーなだけはある。
この脳内お花畑なダクネスも俺の仲間の一人で、パーティーの壁役を担っている。
こいつも見かけは文句なしの美人なのだが、不器用すぎて攻撃が全く当たらない上に、妄想癖の強い生粋のドM、それも精神的にも肉体的にもどんと来いという際物だ。
それなのにその実、この国の懐刀とまで呼ばれている公爵貴族のご令嬢様だったりする。
最近のブームは新種のキャラ属性を持つことらしい。
しかし、人一倍正義感が強く意外にも乙女チックな面も持ち合わせており、とても仲間思いだ。
それに攻撃が当たらない分、防御関連スキルは満載で、今ではこいつが抜けたパーティー編成は考えられない。
それと、以前はよく俺を誘惑してたんだが、なんか最近は大人しくなっているのが気になる。
も、もしかして、愛想尽かされたのだろうか?
パーティーを組み始めた当初は、何時か絶対抜け出してやろうと何度か本気で考えたこともあった。
でもこの世界に来て、ダクネスやめぐみん、勿論アクアにも出会えた事が最高の幸運だったと、今なら自信を持って断言できる。
そんな最低で最高の仲間達だ!!
「おい、お前らうるさいぞ。この人はさっきまで瀕死だったんだから静かに寝かせてやれよ。そんな事より、アクアとダクネスもこのお姉さんを見たことないんだよな?」
お姉さんが起きるまでに極力所在を掴んでおこうと思い、俺は二人に尋ねる。
「私は見たことないわよ」
「私もないな。領主代行をしていた時にこの町の住人の顔はある程度覚えたのだが、その中にもこの女性はいなかったと思う」
「だよな、勿論俺も知らない。となると、他の可能性としては……」
ソファーで横になっているお姉さんに触ったりじろじろ見たりしている、自称何とかさんに俺は視線を向け。
「おい、セクハラ女神」
「誰がセクハラ女神よ! なんかこの子の魔力の巡りが悪いから見てただけじゃない。セクハラ常習犯のヒキニートと同列視しないで欲しいんですけど!」
すぐさま俺に詰め寄って来て文句を言うアクア。
「お前と同列視なんかこっちから願い下げだこのエロスが」
「ひっど! カズマが清く麗しい私のこと、エロスって言った!」
「おい、掴みかかってくんな! 分かった悪かったって。それより、ちょっとお前に聞きたい事があるんだよ」
どうやら拗ねてしまったらしいアクアはプイッと横を向き、
「ふんだ、意地悪ニートの頼みなんて聞いてあげるもんですか! 私に頼み事がしたいっていうのならちゃんと誠意を見せて! 女神な私がやる気を出すに見合うだけの誠意を見せて!」
「晩飯にシュワシュワ一杯追加」
「……おつまみもセットなら手を打つわ」
ここ最近、アクアは何故か俺の作った料理をやたら食べたがるのだ。
安上りなので構わないのだが、理由が分からないので不気味でならない。
「作ってやる作ってやる」
「さあ、女神の私に何の用かしら?」
途端に上機嫌になって胸を張るアクア。
「この人の服を見て思ったんだが、もしかして日本から来たんじゃねえか? だけどその場合お前の証言と合わなくなる。アクア、この人のこと本当に知らないのか?」
「そう言われると自信なくなるわね。この子の見た目年齢からして送ったとしてもここ数年の内だけど、 その間かなりの人を送ったからいちいち覚えてられないのよ」
「お前本当に使えねえな」
これ以上憶測だけで話していても意味が無い、後はこの人が起きた時に直接聞いてみるとしよう。
「カズマ、アクアが煩いのであんまり意地悪しないであげてください」
「もし鬱憤が溜まっているのなら、わ、私を強めに罵ってくれても構わないぞ!」
「はいはい、また機会があればな」
「さらっと流られた! な、なるほど、これは新種の放置プレイか!」
ああもう、なんでこう騒がしいのかねウチの連中は。
せめて一人ぐらい、常識があってこいつらを扱える人がパーティーに入ってくれないかな。
まあ、そんな物好きいる訳ないか。
なんて事を考えていると。
「ん、うーん……。」
「お、起きたみたいだな」
アクアが煩すぎたのか、目を覚ましてしまったようだ。
「大丈夫ですか、お姉さん? どこかお体に痛みはありませんか?」
なんだよお前ら、そんな白けた目をして、俺が紳士っぽく振舞うのがそんなに変か。
三人を睨みつける俺の横では、お姉さんがゆっくりと起き上がりぐるりと周りを見回していた。
そしてその今紫色の眼を俺と合わせ。
『You are ……、日本人かな?』
と尋ねてきた、日本語で……。
『ちょっ、ちょっと待ってくださいね!』
俺も日本語で返し、ちょいちょいっとアクアを手招きする。
(おいアクア、これどうなってんだよ。なんであの人こっちの世界の言葉話せないんだ? 英語と日本語使ってたからあっちの世界から来たことは確実だが、それなら親切サポートを受けてるはずだろ?)
(し、知らないわよそんなこと。天使達がサポートし忘れたんじゃないの?)
アクアもお姉さんがこちらの言葉を話せなかったことに動揺したのか、慌てながら言い訳をしてくる。
(カズマカズマ、あのお姉さんは何と言ったのですか? 私には意味が分からなかったのですが)
(私も分からなかった。あれはカズマ達の国の言葉なのか?)
めぐみんとダクネスもひそひそ話に参加してきたので、取りあえず肯定しておいた。
(しかし困りましたね。カズマとアクアはともかく、私達はあの人の言葉が分かりません。これでは会話は困難になりそうです)
(そうね、いちいち通訳するのも面倒だし。あっ、そうだ! 以前、鍋の具材を探しに異世界から女の子達が来たでしょ? あの時カズマに掛けた、神々のあれな超パワーを使った異言語習得を二人にも掛けてあげ)
((断る))
いい案だと思ったのにとかアクアは言ってるが、あれってパーになること覚悟でやらなきゃいけないんだからこの反応は当然だ。
でもアクアの言い分も一理ある。
(なあ、せめて意思疎通ぐらい何とかならないのか? まあ、そんな都合のいい魔法がある訳……)
(あるわよ)
あるのかよ!?
(えっ、逆に何であるんだよ? そんな魔法普段何の役に立つんだよ?)
(あのね、これはとっても便利な魔法なのよ。というか、カズマだって昔大絶賛してたじゃない)
はあっ、そんな便利な魔法を聞いた覚えはないんだが。
俺の疑問をよそにアクアはすらすらと詠唱を始め、
「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』ッ!」
ああ、それか!
この魔法は今まで幾たびも大活躍してくれた大変素晴らしいものだが、まさか通訳代わりに使えるとは思いもしなかった。
一体この魔法はどれだけの可能性を秘めているのだろうか。
よし、準備も整ったことだし尋問を開始するか。
――待ちくたびれたようで、お姉さんは屋敷の内装を興味深そうに観察していたが、俺達が戻って来たのに気付くとソファーへと座り直した。
『お待たせしました』
『お構いなく。傷が完治していることを見るに、どうやら助けられてしまったようだ。一先ず、礼を言わせてくれ。』
そう言って綺麗に頭を下げるお姉さん。
どうしたことだろう、普段際物ばかり扱っているせいか、こんな些細な事にさえ感動してしまう自分がいる。
それに比べて……。
「すごいです、本当にこの人の伝えたい事が分かりますよ!」
「驚いたな、この技にこんな運用法があったとは知らなかった。もしかしたら、今後の世界情勢に革命が起きるかもしれないな」
「当然よ、なんせこの私自らがかけた魔法なんですから!」
煩いのでこいつらには本当に黙っていて欲しい。
『騒がしくてほんとすいません。早速で申し訳ないですが、なんであんなとこで気を失っていたか聞いてもいいですか? しかもかなりの重傷でしたし』
するとお姉さんはきょとんとした顔をして、少し考え込むように指を顎に当てた。
そして数秒後に思い至ったのか、手をポンッと叩き。
『そう言えば、あの時はあまりの空腹に視界が朧気になり始めて、休息を取ろうと座り込んだ瞬間に意識がなくなったんだった。』
それと同時に、空腹を報せる音が盛大に鳴り響いた。
「「「「……」」」」
『……すまないが、話の前に何か食してもいいだろうか?」
何となく、俺とアクアはめぐみんの方を見てしまった。
『ひやーふぁふふぃふぇ、んっ、ゴクッ。こんなにご馳走してもらっちゃって。』
『いや、それは構わないですけど……』
頬をぴくぴくさせながら俺は力なく答えた。
「これはちょっと……」
「私から見ても、流石に……」
「ま、まあ、こういうこともあるだろう。それでもどうかと思うが……。というかカズマ、その、大丈夫か?」
俺の方を見てそんな言葉をかけてくれるダクネス。
「ああ、大丈夫だと思う……、多分」
『どうかしたのか?』
そんな俺達の様子を、お姉さんは不思議そうに眺めていた。
――アクアにより新品と見間違う程に修繕された服にお姉さんが着替えた後、俺達はお腹を空かせたお姉さんの為に近場のお店へやって来た。
この人はお金を一エリスも持っていなかったし、漢気を見せようと好きなだけ奢ってあげると言った。
いや、確かに飯を奢ってあげると言ったし好きなだけ食っていいよとも言ったが……。
『食いすぎでしょ……』
『ああ、なかなか旨くて随分と箸が進んだ。また是非来てみたいな。それじゃ、屋敷に帰るとしようか。すいませーん、会計はそこの兄ちゃんにつけといてー!』
悪びれもせず言い切ったお姉さんは、俺達を置いてさっさと店を出て行ってしまった。
と、奥から心配そうな表情をした店主さんが、
「兄ちゃん、かなりの額だがちゃんと払えるかい? なんだったら分割でもいいけど……」
「ええっと、いくらですか?」
「じゅ、12万8000エリス、です」
財布をひっくり返してギリギリ払い切れた。
もう今からのことが心配でしかない!
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