第19話 侵入者1。
「くすくすくすくす……」
ゾッとした。
声の主を確認する余裕も無く、恐怖が体の反応全てを支配してしまった。
背後に異質な何かが存在している。だけど、振り返る事が出来ない。呼吸が停止しているのを忘れ、頬を伝う汗が異様に遅く、長く感じた。部屋に入った時の身体の異常は、この気配を感じ取っていたのか。
「ねぇ。雨は寒くてつらいんだ」
それ以外一切の音が消え失せ、その声だけがハッキリと聞こえるような気がする。
「何者だっ!?」
「っ!」
グラウンさんの怒号で我に返る。恐怖のあまり茫然としていたようだ。その声を合図に、一瞬にして陣形が組まれた。
最後尾にザイン国王とトアを置き、サモニカの数名が囲うように壁になる。ヒストさん運営サイドと俺達3人を間に挟み、グラウンさんが先頭に立った。
その先に居たのは……。
「……雨ガッパ?」
真っ黒いカッパを着た、中学生くらいの背丈の……男の子だろうか。フードをすっぽりと頭に被り、顔が見えない。声も中性的で、性別は正確には判断出来ない。
「だから僕は、パラちゃんと一緒なんだ」
カッパのサイズが大きく、両手両足も隠れてしまっているが、左手に閉じられた真っ白い傘を持っている。そのくっきりしたコントラストが妙に無機質で不気味だった。
グラウンさんが、視線を落とさずに手にしていた小さいノートを広げる。そして「出でよ」の声と共に、ノートが光り出す。
「あれってもしかして、召喚術?」
絵里が言う間に、他のサモニカの人達も同じ様にノートを使用する。
「そうよ。詠唱は単純だし、図形のサイズも小さいから、本当に簡易的なものしか喚び出せないんだけどね」
突発時の備えとして、あのノートに図形が描かれていて、即座に召喚術が使えるという事か。
光からテニスボールくらいの大きさの小動物が飛び出し、地面に降り立った。
「ハリネズミ?」
千佳が訝しむ様に呟く。俺の認識も同じだったが、同じ様に疑問符が付いたのは、その形状が特徴的だったからだ。
一般的なハリネズミとは逆で、体表の細かいトゲが全て前方に向かって伸びている。そのせいで顔周辺のトゲがまるで鬣のようで、後ろ向きに進んでいるように見えるのだ。
「昨日話した通り、我々は基本的には戦闘目的の召喚は行わない。けれどサモニカは警護の役割もあるからね。多少の心得はあるし訓練もしているんだ」
その言葉で瞬時に理解した。グラウンさんは戦闘体制に入っている。このハリネズミは攻撃用として召喚され、あのカッパの子は攻撃対象となっている。
これは今、非常事態なのだ。
恐怖に次いで緊張感に包まれる。
「僕はパラちゃんと一緒なんだ」
雨ガッパの子はおぼつかない足取りで、一歩、前に歩み出る。
……というか、なんでカッパ? 外は綺麗に晴れ渡っているというのに。
「それ以上近付くな。用件を聞こうか。君は誰で、何故ここに居る?」
グラウンさんが尋ねる。カッパの子は、また一歩近付き、口を開いた。
「くすくす……ねぇ。雨は寒くてつらいんだ」
話を聞いていない。受け答えが不気味だ。
「昨日今日は客人が多いが、充分な管理の元で入城しているはず。このような客人は居なかったと思うが」
睨み付けるザイン国王をまるで意に介さず、カッパの子は近付いてくる。
そしてゆっくりと右手を上げて、真っ直ぐこちらに向けてきた。
その手にあるのは、漫画やドラマの中ではある程度お馴染みになっているが、実際にこの目で見る事はほとんど無いであろう代物。
拳銃だ。
海外ではあり得るかもしれない。旅行先では射撃体験が出来る店もあるらしい。
だがこの場においては違う。体験や練習の類では無い。不審者がカッパを着て傘を持ち、見た目の背丈から想定される年齢とはおよそ似つかわしくないその物騒な武器を構えている。
そしてその銃口は今、こちらに向けられていた。
「……っ!! 飛べっ!」
グラウンさんの合図とほぼ同時。ハリネズミがまるで弾丸のような速さで、カッパの子に向かって跳躍した。
そうか、こういう攻撃方法か。だからトゲが前方を向いていたんだ。
ガンッ!!!
直撃した。かに見えたハリネズミは、金属にぶつかったような衝撃音と共に、地面に弾かれていた。
「なっ」
右手の拳銃をこちらに構えながら、左手の傘を前に突き出している。傘は閉じられたままだ。
「バカな、あれで受け止めたと言うのか?」
「くすくす……だから僕はパラちゃんと一緒なんだ」
速度と衝撃音から、攻撃の威力は相当な物だったと想定出来る。あの白い傘は、それを弾き返す程の強度を持っているというのだろうか。
「続けっ!!」
他のサモニカの人達が召喚したハリネズミが3匹、同様に凄まじい速さでカッパの子に突撃した。だが。
ガガンッ!!
2匹を弾き、1匹を最小限の動きで避ける。
今まで喧嘩なんて無縁の生活をしてきたし、格闘技にもあまり興味が無かった。だから、漫画やアニメ以外でこんな戦闘を目の当たりにした事なんか無い。
そんな俺でも確かに分かる。
この子は戦い慣れてるし、きっと凄く強い。
その落ち着いた立ち振る舞いが、只者では無い事を証明している。
そして向けられたままの銃口が水平に移動し、止まる。
その先に居るのは。
俺だった。
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