第18話 定例会議にて2。

「ストーカー!?」

 千佳が思わずといった様子で声を荒げる。

 そうだ、確か昔、千佳もストーカー被害に遭ってたな。

 犯罪グループのリーダーにストーカーされてるなんて、異世界のお姫様ともなるとスケールが違う。ちょっかいの出し方が召喚竜っていうのはシャレにならないが。

「なんでそんな人が、トアちゃんのストーカーに?」

「知らないわよ、そんなの。2ヶ月くらい前から、城に来て私に絡んできたりして、遊びに行こうだのなんだの。鬱陶しいったら無いわ」

 トアが憤慨して言う。

「まさかあの竜の召喚をラシックスがやってたなんて知らなかった」

 メモ帳のような小さいノートをパラパラと捲りながら、報告書を睨み付ける。……そういえばサモニカの人達も皆同じような小さいノートを持っているな。ザイン国王やヒストさん側は持っていないけど。

「あの、野生化したって言ってましたけど……それじゃあの竜は、ラシックスが召喚したけどもうラシックスとは関係無くなってるっていう事ですか?」

 絵里が質問する。そうだ。もしそうなら赤銅の竜が街に現れたのは、少なくともリッシュって人の意思では無いって事だ。

「今の時点では分からない。野生としての本能的なものかも知れないし、召喚された際の命令が今なお行動要因に影響しているのかも知れない」

 本来の召喚術の認識としては、役割を果たしたら送還するという考えが一般的だと言う。だけど今回の竜は数日間姿を見せ続けたし、誰かに使役されている様子が見られなかった。だからきっとサモニカの人達も、竜は野生化していると判断したのだろう。

 でも、もしもまだ役割を果たしていないから送還していないだけで、ラシックスの使役が続いているとしたら……。

「今回の迎撃は成功だったとしても、再び襲撃に来る可能性は大いに考えられる」

 思わず口に出していた。勝手に想像が飛躍して、余計な事を言ってしまったかもしれない。

 グラウンさんが目を丸くする。

「さすがだ、ヤナギ君。我々の見解としてもその懸念は拭いきれないと思っている。引き続きの警戒と共に、不本意ではあるけど、本格的な戦闘という選択肢も想定しないといけない」

 おいおい。物騒になってきたぞ。

「そもそもラシックスのリッシュって人は何が目的なの? 竜なんて送り込んで求愛だなんて、愛情表現おかしくない?」

 千佳が突っ込む。確かに。

「リッシュは自分の召喚術の才能に絶対的な自信を持っているわ。だから圧倒的実力差を見せ付けて、私を屈服させようとしてるんじゃないかしら」

 トアが報告書で紙飛行機を折り始めた。

 ……飽きてきたのだろうか。

 どの道、赤銅の竜は逃げてしまっただけで、送還したわけでも倒したわけでも無い。結局どんな要因があるにせよ、用心するに越した事は無い。

 やっぱり、お祭りデートは皆で固まって動いた方がいい気がするなぁ。

 もう一つなんとなく不安なのは、リッシュという存在。リッシュはトアのストーカーで、そのトアは俺が好きだと言う。リッシュが俺を敵対視しても何らおかしく無い状況なのだ。勘弁して欲しい。

「トア……もしかしてやたらと結婚を俺に迫るのって、そのリッシュって人から逃れたいって理由なんじゃ……」

 恐る恐る聞いてみた。どれぐらいの被害があるのか分からないけど、ストーカー対策として俺を召喚したのなら、ちょっと悲しいぞ。

 だけどトアは力強い笑みを浮かべ、何の迷いも無く言ったのだ。

「安心して! 私はヤナギが大好きよ。リッシュとは関係無く、私は心からヤナギと一緒になりたいって思ってるわ」

 真っ直ぐと俺の目を見て、こうして気持ちを伝えられるのが嬉しいかのように、笑いながら。

 こんな風に言われたら、鼓動が早くなってしまうじゃないか。こんなに堂々と告白されて、動揺しない男なんて居ない。

 絵里と千佳は目を見張り、そして悲しそうな顔になる。何を思ってるんだろう。そっちはそっちで気になってしまう。

 その後はザイン国王から、細かい業務報告と今後の日程の話があった。途中何度か意見を求められたけど、特別口を出すような内容が見当たらず、期待に添えなかったような気がする。

 時刻が正午を過ぎた頃。

「ふむ、それぞれ報告ご苦労だった。本日の定例会議はこれで終わりとする。サモニカは引き続きの調査と、ラシックスの動向も気にかける様よろしく頼む」

「はい」

「!?」

 ザイン国王が会議を締めようとした、まさにその瞬間の事だった。

 この部屋に入った時からの異常。

 肌がピリピリする感覚が鋭さを増し、背筋に悪寒が走った。

 何だ、この嫌な感じ。

 皮膚が粟立ち、耳鳴りも増す。

 そして。


「くすくすくすくす……」

 背後から、静かな笑い声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る