第20話 侵入者2。

 思い返せば、俺は子供の頃からずっと優柔不断で情けない男だった。

 あれは何歳の頃だっただろうか。誕生日のプレゼントに何が欲しいか両親に聞かれて、何も決められないまま当日を迎えてしまった事があった。

 恥ずかしがり屋なのか欲が無いのか、と両親は不思議がっていたけど本当はそうでは無い。当時、確か欲しい物が2つあって、どちらにするかずっと悩んだ挙句、答えが出せないまま誕生日になってしまったんだ。

 その2つが何だったかなんて覚えていないけど、どちらかを選び取って、選ばなかった方を切り捨てるという発想が、俺にはどうにも出来なかったのだろう。

 そしてその悪癖はこの歳になった今もなお残っている。

 選択という行為の責任、そしてリスクは、歳を取る毎に重くなっていく。選ばないという行為は、余りにも無責任だと分かっているのに。



 向けられた銃口が、冷たく俺を睨んでいる。絵里と千佳は青ざめた表情で、カッパの子とその手にある拳銃を見ていた。

 弾かれて地面に着地した合計4匹のハリネズミは、先程と同様に飛び付く構えを維持したまま、召喚士の合図を待っている。

 だが、恐らく結果は同じだろう。あの子には隙が無い。こちらに視線を向けながらも、周囲への意識は疎かにしていない。左手の傘がいつ何時、どの方向にも構えられるよう警戒している。

「あの傘、もしかしてパラ=ズン? 無機物融合体の召喚武器だわ」

 無機物融合体? 召喚武器? それが何であるか質問する余裕はあるだろうか。今にも引き鉄が引かれそうで気が気じゃないが。

 事態はトアにとっても同じだ。それ以上話を続けなかった。数秒間、沈黙が流れる。

 そして。カッパの子が笑い、

「飛べっ!!」

 同時。グラウンさんの合図。ハリネズミが再び跳躍し、弾丸となって突撃した。



 絵里と千佳に出会ったのは、中学生になった時だ。自己紹介の時に、たまたま席が近くて話すようになったのがきっかけだった。

 何を気に入ってくれたのか分からないが、その時から絵里は俺に懐いてくれていて、給食の時や放課後など、話す機会が多かった。

 大人しい絵里に比べて明るく社交的な千佳は、すぐにたくさんの友人が出来たようで、賑やかに集まって話しているのを良く目にしていた。天真爛漫な性格とスタイルの良さで、すでに男子からも凄い人気があったらしい。最初の内は、俺との接点はあまり無かったように思える。

 その後色々な事が沢山あって、同じ高校に進学する事が決まった。そして中学校卒業の日に、俺は2人から想いを伝えられたのだ。

 正直なんとなく、それまでの様子から2人の気持ちには気付いていた。そして怯えていたんだ。気持ちを伝えられることを。そして、選択しなければいけない事を。

 そこに俺自身の本当の気持ちなんか無かったのかもしれない。

 ただひたすらに、俺は選択に怯えていただけだったんだ。



 弾かれた4匹のハリネズミは、カッパの子を囲うように四方に散らばっていた。そしてグラウンさんの合図によって、4匹同時に中央に向かって飛んだのだ。

「これならっ!!」

 行ける! と思った瞬間、左手の傘が真っ直ぐ頭上に突き出され、バンッと開かれた。

「えっ!」

 千佳が驚愕の声を上げる。

 開かれた傘の骨組み1つ1つが、まるで生きているかの様に伸びた。金属を擦る音と共に下に向かって、そのまま地面に突き刺さる。

 ガンッ!!!!

 飛び込んだハリネズミ4匹は全て弾かれ、またも地面に放り出されてしまう。

「な……なにこれ」

 目の前の光景が信じられないという表情で、絵里が呟く。

 これは、まるで鉄の鳥カゴだ。

 傘の白いビニールの部分が屋根となり、骨組みが鉄格子のように、カッパの子を囲っている。掲げられた左手とフードで、相変わらず表情は見えないが、くすくすと笑い声が聞こえる。

「あれ、どうなってるの?」

「あれは召喚によって生まれた武器よ」

 絵里の問いにトアが答えた。

「召喚術は謂わば、異世界間の転移術。生き物だけを喚び出す術じゃない。武器みたいな無機物だって取り出す事が出来る。……だけど、その中でもあれはまた特殊な武器で、この国では禁止されてる召喚だわ」

 見慣れた物が異質な形に変異している様は、禍々しく不安を感じる。竜と対峙した時とは別の意味で、恐ろしい。

「雨は寒くてつらいんだ」

 格子から、右手の拳銃だけが突き出されている。その銃口の先に居るのは俺だ。

 そして。

 ついに、その時が来た。



 いつか罰を受けると思っていた。

 俺は最低の人間だから。

 問題を先延ばしにした。今はまだ決められないと、2人の気持ちを踏みにじったのだ。

 今までの関係を壊してしまいかねないのに、2人は決心して俺に気持ちを伝えてくれたのに。俺はそれから逃げた。

 自分の気持ちを知ろうともしなかった。ただただ、選び取り、選び捨てる事が出来なかった。

 だから罰を受けて当然だと思った。

 俺は、誰かに選んでもらえる様な男じゃないんだ。

 ……だけど。



 乾いた大きな発砲音。

 痛烈な痛みと共に、

 鮮血が舞った。



 だけど、それはこんな形じゃ無いと思っていた。

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