第1章。
第16話 朝食にて。
楽しそうに笑う声。
振り返る彼女。
花火が上がると同時に、彼女は俺の胸に身を預けるように飛び込んで来た。
赤く染まりながら目を閉じた彼女は、ただただ綺麗で可愛くて。
動揺しながらも、俺は力強く彼女を抱き締めていたのだ。
……あれ? 夜どうなったんだっけ?
目が覚めて辺りを見回す。体を起こすと、身の丈に合わない程の大き過ぎるベッドの上に居た。窓のカーテンの隙間からは気持ちの良い朝日が差し込んでいる。
寝ぼけ眼のまま、洗面台で顔を洗う。そこで、昨夜風呂に入ってないような嫌な予感がしたので、そのまま室内のシャワーを浴びる事にした。
見慣れないシャンプーと、窓の外には見慣れない景色。往生際が悪くも、思わず呟いてしまうのだ。
「やっぱり……夢じゃないんだな」
何度目かの現実の確認。寝て、目が覚めたら自宅の布団で、いつも通りの日常に戻っているような、そんな期待が無かったわけでは無いのだ。
だけどこの世界での色々な出来事が何もかも全部夢だったとしたら、それはそれで何だか寂しいような気持ちにもなる。まだ半日程度しか経っていないけれど、それだけ過ごした時間が濃密だったのだろう。
つまりなんというか……いいかげん、一先ずこの状況を受け入れないとな。
「あれ?」
風呂を出て気付く。そういえば、俺は学生服のまま寝ていたようだ。着替えがあればいいなんて期待しておきながら、結局砂埃に塗れた服のまま布団に入っていたらしい。申し訳ない事をしてしまった。
有難い事に、クローゼットの中には服が用意してあった。この国の特徴だろうか、首元や袖部分に独特の紋様がある。細かい部分の装飾は違えど、作りそのものは慣れ親しんだ日本の物と良く似ているので、手間取らずに着ることが出来た。
もしかしたら、トアが気を利かせて日本のそれに近い物を選んでくれたのかもしれない。そんな風に考えてしまうのは、トアの事を意識するようになってしまった証拠だろうか。
「…………」
深く考えないようにしよう。なんだか危険な香りがする。
「ヤナギー! もうすぐ朝食よー! 起きてるー?」
「うわっ!」
突然トアの声が届いて思わず心臓が跳ね上がった。まったく、人を驚かすのが得意なやつだ。
「トア! あんたジャンケン負けたじゃん! 柳を起こすのは私のはずでしょ!」
「千佳ちゃんもトアちゃんも静かにー。もしまだ柳君寝てたら悪いよ。私、様子見てくるね」
「なんでよ! ルール違反よ!」
ドアの向こうが騒がしい。寝起きからそのテンションはやめて欲しい、すでに疲れそうだ。
なんだかすっかり仲良くなってるみたいで何よりだが、その中心にはいつも俺が居るのかと思うと身が持たなそうだ。いや、本当に有難い事で、贅沢を言っているのは分かっているんだけど。
「起きてるよー。今出るから待ってろー」
とりあえず返事をしておく。「はーい」という応答が、綺麗に3人揃って返ってきた。保護者か俺は。
服を畳もうとして気付く。学生服のポケットに携帯電話が入っていた。そうか、すっかり忘れてたけど、ずっと持ってたんだ。財布とか他の荷物はバッグに入れていたので、この世界に持ち込んだものはこれだけのようだ。当然だが、圏外になっていて連絡手段としては使えそうもない。けど。
「一応持っておくか」
何かの役に立つかもしれないし、記念写真の一つくらい撮りたいだろう。
「今日の夜、城下町でお祭りがあるんだって」
千佳が、パンケーキ(のようなもの)を食べながら言った。上に乗ってる果物は何だろう。当たり前だが見慣れない形だ。
「これはナイジェリアのジャックフルーツって果物に似てる。本家はもっとベタベタしてるんだけどね」
千佳がフォークに刺して「はい」と俺に差し出すので食べてみた。うん、うまい。
ふと視線を向けると、絵里は羨ましそうに、トアは膨れっ面でこっちを見ている。うーん、落ち着かないなぁ。
朝食の会場は昨夜の会食と同じ場所だったが、昨日ほど規模は大きくなく、人も少ない。俺達が案内されたテーブルには絵里と千佳、そしてトアの4人が座った。当然のように一緒に居るけど、お姫様の席は別にあるんじゃないのかな。
「トア、これはなんていう果物なの?」
機嫌を損ねないように尋ねてみる。するとトアはころっと笑顔に代わり、鼻高々に説明を始めた。
「それはプペンの実よ。甘みのある水分を多量に含んでいて、絞り具合によって食感も味もガラッと変わるの。湿地帯に多く生息していて、シーズンとしてはこれからが本番って感じね」
「へー」
千佳も関心があるようで、真剣な顔で聞いている。好きな分野なんだろうな。確かに異国の文化に触れるのは面白い。
絵里がフォークに刺したプペンの実を、しきりに俺の口に押し当ててくる。無視するのも悪いので食べると、またトアが膨れる。なんだ、このやり取りは。
「そのお祭りって、私達も見に行けるのかな? 屋台とかある?」
「もちろんあるわ。町全体が遊園地みたいに賑やかになって、美味しいものもたくさん食べられるし、夜には大規模な花火大会があるから、とっても楽しいわよ」
絵里の質問に答えつつ、トアはスプーンに大量の果物を乗せていく。……おい、それまさか……。
「そこで提案があるわ、ヤナギ」
「ぶぉっ」
案の定口の中に突っ込まれた。限度があるだろう。もはや何の味だかよく分からない。
「そのお祭り、私と2人っきりで見て回らない?」
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