第15話 序章の終わり
あまりにもお決まりの展開だが、当事者になってみるとこの状況は笑えない。そもそも頭がパンク状態だったのに、咄嗟に最適な言い訳なんて浮かぶはずも無かった。
いや、冷静だったとしてもどうだろう。お姫様に馬乗りされているこの様子を、どう言い訳出来るだろうか。……いやいや、言い訳ってなんだよ。俺が悪いみたいな。
「嫌な予感がして早めにお風呂出てきてみればこれだ! トア様! 抜け駆けするなんてズルいよ!!」
「私、あんなにくっついたこと無い……」
千佳は凄い剣幕で指を指し、トアを睨んでいる。一方の絵里は隣で目を丸くしている。
2人は元の世界で見慣れたパジャマの様な服に着替えている。食事といい服といい、日本の文化が好きなのだろうか。
一歩前に出た千佳の姿を見て思わず見惚れてしまった。お風呂上がりのせいか髪がしっとりと艶やかで、頬は上気してほんのり赤く染まっている。さっきまでとなんとなく印象が違うのは、化粧を落としたからだろうか。全体的にとても色っぽく思えた。
だがしかし、そんな事を考えている場合では無かった。俺は焦って宙に浮いていた両手を床に付け、起き上がろうとする。が、トアは俺の上から離れようとしない。
いつの間に拭いたのか、目元の涙の痕跡を綺麗に消し去ったトアが弱気な表情から一転、強気な笑みを浮かべ2人の方を向いた。
「あんた達が奥手で良かったわ。まさかこんなに簡単に一歩リード出来るなんてね。ヤナギの馬乗られ初体験は私が貰ったわよ」
なんだ馬乗られ初体験って。っていうか、そんな風に刺激してやるなよ。嫌われたくないんじゃ無かったのか。
「トア。重……くは無いけど、そろそろどいて欲しいんだけど」
この天邪鬼な性格に、国王もヒストさんも翻弄されていたんだろう事が容易に想像できる。一緒に居ると楽しいけど疲れそうだ。
「えーーー! なんでいきなりタメ語になってんの? トアって呼び捨てだし!!」
千佳が騒ぐ。この展開はマズいな。会食の時の大騒ぎが再発しそうだ。
「柳君、トア様に何かされたの? 脅されてるの?」
絵里が不安そうに見てくる。さすがだ。その通り、脅されているのだ。
小さなポニーテールが解かれ、髪を下ろしている絵里を見るのはなんだか新鮮だった。そもそも童顔で幼い印象の強い絵里が一層あどけなく見えて、可愛いなぁと思ってしまう。……いやいや、バカか俺は落ち着け。節操が無さ過ぎるだろう。
だけど、こんな文字通り非日常的な光景、正常で居られる方がおかしいのだ。お風呂上がりのクラスメイト2人と、馬乗りしてくる綺麗なお姫様に同時に迫られるなんて、ごく普通の男子高校生なら気が狂っても不思議じゃない。
「わ、私なんて! 柳とキスした事あるんだからっ!!」
トアに対抗するかのように、千佳が突然爆弾を放り込む。
「なんですって!?」
「えーー! 何それ知らないよ!」
トアと絵里が叫んだ。おい、それまさか中学の時のあの件の事じゃないだろうな。あれはノーカウントでお互い了承したはずだぞ。
「わ……私だってたった今キスくらい済ませたわ!」
こら。嘘はやめろ。どうしてそうムキになって張り合おうとするのだろうか。だが俺の弁解を挟む余地無く、またも部屋は絶叫に包まれる。
「柳はそんな軽い男じゃないよっ! トア様無理矢理柳に迫ったんでしょ!」
「ちょっと待って、千佳ちゃん! 千佳ちゃんの話聞きたい。いつの間にそーなの!?」
「もう! せっかく2人っきりだったのに、良いところに現れてー!」
もはや収集がつかなくなっていた。こんな時間にこんな大騒ぎして大丈夫なんだろうか。他にもお客さんがたくさん居るらしいけど。防音設備等、余計な心配をしてしまう。
気が逸れている内にどうにかトアの下から這い出て窓際に避難し、静かに様子を伺う事にした。俺が割って入るにはなかなか勇気がいるのだ。
3人は丸くなって座り、あーだこーだと言っている。仲が良いんだか悪いんだか分からない。いや、悪いようには見えないな。女子会ってこういうものなんだろう(よく知らないけど)。
本当に、どうしてこんな事になったのか。
修羅場の続きが異世界で始まってしまった。
強力な勢力が一つ増え、状況はより一層複雑化し、色々あって深刻さだけが増している。
「はぁ……」
俺はやかましい部屋の中から目をそらし、窓の外の月を見上げる。最初の修羅場は今もなお続いている。結局、順応出来ていないのは俺だけみたいだ。なんだか情けなくなってくるなぁ。
微睡んでいく意識の中で、遠退いていく賑やかな3人のやり取りを、今だけは心地良く感じていた。
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