第12話 序章〜宴の後で1〜

「こちらがヤナギ様のお部屋、隣のこちらがエリ様とチカ様のお部屋になります」

 宴会場を後にして案内された部屋は、宴会前に休憩室として用意された部屋と同じくらい豪華な一室だった。

 ここに来るまではお城というと、少し古いような、歴史を感じる作りをしている印象だったが、どこもかしこもまるで高級ホテルの様な雰囲気で、仮に料金が発生するとすればかなり高額になる気がする。本当に、異世界というより海外に旅行に来ているような気分だ。

「大変申し訳ございません。本来ならば3室ご用意したい所なのですが、本日は祝勝会の為にお客様が多く、客室がほとんど埋まっている状況でして……」

「いやいや、大丈夫ですよ! 1人で使うには広過ぎるし、千佳ちゃんと一緒の方が心強いです」

 遠慮ではなく本心だろう。見知らぬ土地で一晩過ごすのに、見知った友人が居ると居ないでは大分違う。さすがに男の俺が同室はマズイし、これが最良だろう。

 ヒストさんはお風呂やトイレ、夜お腹が減った時の為に食堂の場所まで丁寧に説明し(至れり尽くせりだ)、最後に明日の朝食の時間を告げ部屋を後にした。VIPのような扱いだ。そろそろ申し訳無さすぎてやめてほしくもある。

 大広間にはまだ宴会を続けている人が多少残っていて、ザイン国王とトア様もまだそこに居た。ここにきてようやく、異世界のあれこれから解放されてやっと本当の意味で落ち着いて休息できるみたいだ。

 それにしても、今日1日はとても長く感じられた。テスト結果が発表された事がもはや遠い過去のようだ。俺、順位いくつだったっけな。

「うー、疲れたなぁー。今日はもうぐっすり眠れそうだよ」

「でも私、シャワー浴びたいな。髪が砂埃でガサガサ」

「確かに! 荒野酷かったもんね、風! 絵里、後で一緒にお風呂行こ」

 すっかりこの世界に馴染み楽しんでいるような2人だ。相変わらず順応性の高さに驚かされる。家に帰りたいとか思わないのだろうか。

 本来なら俺も、もう何も考えずに寝てしまいたい所だが……さすがにそうもいかない。竜迎撃ではこの2人が大活躍していたが、いつの間にか焦点は俺になっているのだ。

「絵里、千佳、ちょっといいかな」

 俺は絵里と千佳を部屋に呼び出した。現状と今後について、一つ考えがある。


 窓の外はすっかり夜を迎えている。先ほど廊下の天井からは見えなかったが、この位置からだと満天の星が確認出来た。部屋の時計は23時を指しているが、この概念は俺達の世界と共通なのだろうか。1日は27時間ですとか言われても不思議では無い。何しろ培ってきた歴史も違うし、世界が違うのだ。天体だって違うかもしれない。

「さて……大変な事になっちゃったね」

 ベッド脇に円になって座る。今更だがみんな制服姿だ。埃まみれの服で布団に入るのはさすがに気が引ける。着替えとか、クローゼットあたりに用意してあれば嬉しいのだが。

 それよりまず、現状を色々と整理してみよう。

 俺達の目標はとにかく、元の世界に帰る事だ。だけどその条件がトア様との結婚である。タチの悪い詐欺に遭ったような感覚だが、まずはその点をどうにかしないと。

 なんだか俺の欠点というか、悪い部分を浮き彫りにさせられたような気がする。

 俺は絵里や千佳の気持ちを知りながら、どちらかを選ぶ事なく結論をずっと先延ばしにしてきたのだ。変化を恐れている、或いは自分の気持ちがまだ良く分かっていない……言い訳などいくらでも浮かぶが、2人に対して酷い振る舞いをしているのは確かだ。

 それが今回、ついにそのままではいられない状況に放り込まれてしまった。だらだらと結論を先延ばしにしていたら、このままずっとこの世界に居る事になってしまう。だけど結婚を拒めば、それならば俺の本命は誰なのかという展開になるのは目に見えている。トア様はきっと追求する。そうなる事を俺は恐れている。

 ……本当にどうしようも無い男だ、俺は。

「私は結構楽しんでるかな。なんか柳君と一緒に旅行に来たみたいだし、そんな事ってきっと無いだろうと思ってたから、嬉しいっていうか」

「ちょっとちょっと! 何完全に私居ないみたいになってんの!」

 千佳が食ってかかる。さっきもそうだったが、絵里は大人しく見えて何気に凄く積極的なアプローチをしてくる。その際千佳の事はまるで無視なのが面白い。まぁ2人の仲が良いからこそのやり取りなのだろうが。

「でもどうするの、柳。トア様の結婚、まさか受けないよね?」

 千佳が俺の顔をまじまじと窺う。絵里も不安そうに目を向ける。

 この2人は結果的に巻き込まれてここに来てしまった。本来なら俺だけが飛ばされるはずだったのに、優柔不断な俺のせいで巻き添えになってしまった。

 これ以上、無関係の2人を付き合わせるわけにはいかない。

 滅多に無い事だとグラウンさんは言っていたけど、俺達はこの世界に来てすぐに危険な目に遭っている。次にもし何かあっても俺じゃきっと守りきれないし、怪我なんてさせてしまったら悔やんでも悔やみきれない。

 それなら。

「それなんだけどさ」

 2人だけでも元の世界に帰してあげたい。

 俺の事は、後でどうにかすればいいんだ。

 一度逡巡し、そして口を開く。


「ひとまず俺、トア様の求婚を受け入れようと思うんだ」

「「えっ!?」」

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