第11話 序章〜宴にて5〜

 会場に戻ると、宴会は衰える事なく盛り上がっていた。

 どうやら赤銅の竜に襲撃を受けていたのは本当だったようで、その祝勝会も兼ねているとヒストさんが言っていた。道理で、謝罪と謝礼にしては規模が大き過ぎるわけだ。まわりが盛り上がっている理由も頷ける。

 それにしても、その状況を利用して俺の召喚を試みるなんて大胆不敵な発想だ。

 そんなトア様が半年程前まで塞ぎ込んでいたなんてにわかには信じられないが、俺の存在がきっかけで元気を取り戻してくれたのなら光栄な事だと思う。その結果召喚されたり、修羅場がさらに過熱してしまったりと、状況はどうにも悩ましいんだけど。

 中央円卓の一画にて催されている女子会は途切れる事なく会話が弾み、むしろすっかり仲良くなっているようだった。聞こえてくる内容は専ら俺の話題で、本当にどうして、俺なんかを気に入ってくれているのかわからない。

「ヤナギ殿、少しいいかな」

 なんとなく自分の席に戻れないでいると、ザイン国王から呼び出しがかかった。

 ……なんだろう、この婚約者の父親と対峙する様な感覚は。必要以上に緊張しながら、促されて窓際に行く。

「ヤナギ殿、この度はバカ娘のワガママで振り回してしまった事、本当にすまなかった」

「いやいや! 気にしないで下さい、大丈夫です」

 またもや謝られてしまった。本当にこの世界の人達は律儀というか責任感が強いというか。謝られ過ぎてこっちの方が申し訳なく思ってしまう。

 だけど、それ程の事なのかもしれない。召喚の対象になって、こうして何度も頭を下げられると、召喚術という魔法の理不尽さが浮き彫りになってくる。対象は許可無く強制的に空間転移させられ、尚且つ送り還されるかどうかは術士の都合に依るのだ。

 それならば、サモニカが設立された理由も想像が付く。わざわざ国営が必要だったという事は、民間及び個人の召喚士間で多少なりともトラブルが発生しているという事だ。そういった問題の取り締まりや、正規の手続きや申請、資格、許可など、召喚という文化を国で管理したい意味合いがあるのかもしれない。

 国王は手にしていたグラスを口につけ、話し始めた。

「ヤナギ殿。あんなのでも私の娘だ。私はあの子の幸せを一番に願っている。望みを叶える為なら助力は惜しまないつもりだ」

「は……はい」

 娘を溺愛しているようだ。自分にはまだまだわからないけど、父親とはそういうものなのだろうか。絵里や千佳の両親も、きっと今すごく心配しているのだろうな。うちの方は知らんけど。

「だが今回の件についてはそうともいかない。トアの立場もあるし、君の都合もある。なにより君は異世界の人間だ。状況は限りなく複雑化している」

 確かに。トア様は国王の一人娘だ。次世代のこの国の政治を担う立場にいる。とすれば、その夫になる事の責任は計り知れないものだろう。少なくとも俺には背負いきれそうにない。それにもしそうなったら、俺は元居た世界を完全に捨て、この世界で生きていく事になるのかもしれない。

 送還の条件が結婚で、その結果俺は帰れなくなる。なんという合理的な罠だ。

 というか、まさかこの歳で結婚について考える事になるとは思わなかった。高校2年の夏休み直前なのだ。むしろ青春をどれだけ謳歌出来るかに尽力する時期だと思っていたのに。

「事態は非常に悩ましい。君がそれを望まないというのなら、きっぱりと断ってくれて構わない。失恋が成長の糧になる事もあろう。……だがトアは芯が強く、こうと決めたら譲らない。まして君は、ずっと塞ぎ込んでいた状況を打開するきっかけとなった存在だ。トアの中でもその大切さは、単なる一目惚れよりも大きな意味を持っているはずだ」

「…………」

 そんな事を言われても……。

 だけど本当に有難い事だ。ほんの少し会っただけなのに、そんなにも重要な存在に思ってくれているなんて。

 本当なら、その想いに応えてあげたい。

 ヒストさんや国王から話を聞いただけなのに、トア様を幸せにしてあげたいという感情が湧いてくる。それほどまでに、彼女を思いやる周囲の人達の気持ちが伝わってくる。

 ……でもなぁ。

 難しいよな、色んな意味で。

「君が結婚を承諾するというのなら、それは私にとっても非常に有難く喜ばしい事だが、それ相応の責任が伴ってくる事も事実だ。良く考えて決めてほしい」

 ワインを飲み干し「まぁ君達は早く帰りたいだろうがね」ハハハと笑う。いやいや、俺に重大な選択を迫っておいて丸投げはやめて欲しい。俺は笑えないぞ。

「まぁ、今日はもう遅い。どのような選択をするにしても、一先ず今晩はこの城に泊まっていきなさい。部屋も用意してある」

「わかりました、有難うございます」

 正直な所、結果的に元の世界に帰れるのであれば俺はあまり困ってはいない。むしろこの知らない世界で起きる色々な事を楽しんでいる節もある。夏休みの旅行みたいなものだ。もちろん、身の危険を感じない範囲である事が前提だが。竜との対峙は出来るだけ勘弁願いたい。

 席に戻る際、「あぁ、そうだ」と国王が不意に振り返る。

「ところで、これはまた別件なんだが、明日は月に一度の定例会議がある。今後の国の方針や月例報告会みたいなものだ。もし良かったらヤナギ殿も参加してみては如何だろうか。君の洞察力や推理力は目を見張るものがある。是非新しい風となって、我が国の運営に新鮮な意見を頂戴したい」

 次々にプレッシャーを与えてくるものだ。まぁ……この世界を知る良い機会になるかもしれない。せっかくだから色々学んでみたい気もする。千佳も好きそうだから参加したいと言うかもしれない。


 だけどこの時はまだ知らなかったんだ。

 この定例会議が、後にとんでもない大事件に発展するなんて。

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