第10話 序章〜宴にて4〜

 すると驚いた表情を見せていたトア様が、見る見る内に満面の笑みへと変わっていった。待ち侘びていたオモチャをやっと手に入れた子供のように、無邪気にはしゃいで国王に訴える。

「ほら! やっぱり私の見込んだ通りだわお父様! 私のパートナーに相応しいのはヤナギしか居ないわ!」

「うーん……。その話は保留にするとして、大したものだなヤナギ殿。感服した」

 褒められた。確証は無かったけど、やっぱりそうだったのか。

 保留にされて不服そうに口を尖らせているトア様が俺に向き直り、改めて笑みを浮かべる。

「流石ね、ヤナギ。全てあなたの言った通りよ。私は見つかった古文書に細工をして、暴発の利用で強制的にあなたを喚び出したわ」

 フォークをサラダに刺しながら絵里と千佳を交互に睨む。

「本当は私の召喚術であの竜ぶっ飛ばして、ヤナギを助けるつもりだったのに。あんたら2人が付いてきたのは予定外だったし、2人で召喚術成功させちゃうのも予定外だったわ。同じ座標軸に居ない限り召喚に巻き込まれたりなんかしないのに……2人してヤナギにくっついて、何してたわけ?」

 絵里と千佳がたじろぐ。召喚に巻き込まれた2人が何故か責められている。

 この話題が続くとまた女子会が始まりそうだったので、本題に入る事にした。要するに一番大事なのはここからだ。

「トア様。トア様なら俺達を元の世界に返す事が出来ますよね? 本当は今すぐにでも」

 真っ直ぐ見据える。もしもこの世界と俺達の世界を少なくとも一回以上行き来しているのなら、そして今回計画通りに俺達を喚び出せたのなら、それくらい可能なはずだ。

 すると今度は、口の端を吊り上げ意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 嫌な予感がする。

「もちろん可能よ。ただし条件があるわ」

 嫌な予感は。

「私と結婚しなさい」

 的中した。


 その後また女子3人による女子会のような言い合いが始まる。収拾がつかなそうだったので、トイレを言い訳にひとまず席を立つ事にした。

「ご案内致しましょう」

 申し出てくれたヒストさんと廊下を歩く。

 それにしても大きな城だ。天井はとても高い位置でガラス張りになっていて、外側に淡い色の付いた電灯が並んでいる。そしてその奥にはこの城の2階より上部が見える。

 空はすっかり暗闇に染まり、灯りの影響で星は見えないが、綺麗な三日月が映えている。その見た目は、俺達が居た世界と大差無いように思える。

 そもそも異世界とは具体的になんなのだろう。海外の様な場所なのか、地球外の惑星なのか。位置関係が良くわからないし、召喚や送還時の身体的影響とかは大丈夫なんだろうか。二度と味わいたくない程の苦痛だったけど。……そうか、帰る時はあれをまた受けなければならないのか。

「ヤナギ様、改めてお詫び致します。この度は本当に申し訳ありませんでした」

「いやいや! そんなに謝らないでください。確かに最初は焦りましたけど、そこまで深刻に困ってるわけじゃないので」

 そんなに何度も深々と頭を下げられた方が困ってしまう。絵里と千佳の目下の問題点は、どうやらそこじゃなさそうだし。

「トア様は今でこそお転婆で我が強く、こうと決めたら譲らない頑固な性格の方ですが、以前はそうではありませんでした。早くにお母様を亡くされて、そのショックでずっと部屋に閉じこもり、誰にも心を開かない無口な女性だったのです」

 そうなのか。さっきの堂々とした物言いや不敵な態度からはまるで想像出来ない。

 トイレに到着し立ち止まる。あの場から離れる為の口実だった事を悟ったのか、ヒストさんは俺をトイレではなくバルコニーの方に促した。

「それが半年前のとある日をきっかけに、トア様は見違えるほど明るくなられた。私や、父親である国王様に気軽に声をかけるようになり、食事の量も増えた。元々素質のあった召喚術についても、勉学に励み、さらなる技術と知識を追求しておられる」

 バルコニーには心地の良い風が吹いている。異世界の季節はどうなっているんだろう。元いた世界ではこれから夏休みという所だったが。

「だから今回の画策について、私はトア様を止める事が出来なかったのです。いくら何でも自分勝手過ぎるその計画を、嬉しそうに生き生きと説明するトア様を見たら、トア様の願いを叶えてあげたいという気持ちが優先してしまいました」

 きっとヒストさんは、トア様が幼い頃から彼女の事を見ているのだ。恐らくトア様のお母さんが存命の頃から。だからトア様がどれだけ傷付き、塞ぎこんでしまったかを分かっている。その感情の復活を目の当たりにした喜びは計り知れないものだったのだろう。

 もしも国王やグラウンさんも同じだったら、苦い顔をしながらも容認してしまった経緯も頷ける。

 だけどなんでそれが今回の召喚に繋がるんだろう。

「半年前に、何があったんですか?」

 眼下に広がる城下町の明かりを眺めながら何気無く聞いた。深入りしていいのか迷ったけど、少なくとも俺達は巻き込まれているのだ。

 するとヒストさんは嬉しそうな優しい笑みを見せながら答えた。


「あなたに出会ったのですよ。そちらの世界で」

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