第9話 序章〜宴にて3〜

「俺からも、聞いていいですか?」

 この違和感の答えがもし俺の想像通りなら、それは同時に希望でもある。

 もしかしたら俺達は、元の世界に帰れるかもしれない。

「俺達は普通にこの世界の皆さんと会話してますけど、召喚の過程には言語を共有化する理論も含まれているんですか?」

 グラウンさんは啜っていた味噌汁をテーブルに置きながら頷いた。

「その通りだ。竜や獣など言語を持たない種族相手だと判別しにくいが、召喚対象とは例外無く言語を共有化している」

 だからそういった対象にも命令や指示が伝わるのだと言う。

 なるほどな。俺はパエリアに似た料理を皿に取る。

 そして本題に入る。

「今から思えばだけど、最初からなんとなくずっと違和感があったんです。もし俺のこの推測が正しかったら、その時は本当の事を教えて下さい」

 ザイン国王とトア様が不意に真剣な表情に変わる。ヒストさんとグラウンさんも、食事の手を止めた。

「まず最初に疑問を持ったのは、俺達が召喚されたタイミング。あれは少々早いような気がした。あの赤銅の竜を迎撃する目的での召喚なら、いざ対峙した時か、せめて目視で確認してからの方が効果的だと思うんです。召喚時の光と竜の出現は威嚇になるし、怯ませる事が出来たかもしれないから」

 絵里がモグモグと春巻き(のようなもの)を食べながら俺を見る。

「それと、いざ失敗して俺達が召喚されてからの対応。慣れないタイプの召喚と難解な古文書だったのに、失敗をまるで考慮に入れていない感じでした。下手に挑発して竜が激昂するかもしれなかったのに、別の召喚術や武器の用意も全然していなかった」

 まるで俺達の様子を伺っているようだったんだ。

 千佳はパスタ(のようなもの)をくるくるとフォークに巻きながら、周囲の顔色を伺っている。

「さらに言えばあの送還の呪文。召喚の呪文の方は解読ミスや解釈の食い違いがあって、千佳が手直しする必要があったのに、送還の方はミスの無い解読で問題無く詠唱する事が出来た。文章解読には規則性や法則があるはずだから、召送におけるあの正誤の差は不自然だ」

「……大したものだ」

 グラウンさんが小さく呟いた。そして止めていた手を動かし、食事を再開する。恐らくグラウンさんは全て知っているのだろう。だからあんな事を言ったのだ。

「そして極め付けは先程の、送還の方法はトア様が探し出すという国王様の発言。そしてトア様は召喚術の天才だという事」

 トア様が俺を真っ直ぐ見つめている。なんだかうっとりしているように見えるのは気のせいだろうか。

 だから俺も見つめ返す。疑惑の対象を射抜くように。

「ここから先は俺の勝手な想像です。トア様」

 ザイン国王がやや目を見開く。ヒストさんは一切動じず、静かに耳を傾けている。

「あなたは、わざと召喚を失敗させた。いや、そもそもトア様にとってあれは失敗なんかじゃない。成功そのものだったんじゃないですか?」

 「どういう事?」と絵里が怪訝な表情を見せる。千佳は刺身を口いっぱいに頬張ったまま俺を見る。面白い顔だ。

「召喚術の天才が、未知の召喚儀式の総指揮を務めた。という事は古文書の解読だって、関わるどころかむしろ全てを担当したはずです。なのにその解読は間違っていた。だけどもしもそのミスが意図的なものだったら、そうした理由はたった一つしかありません」

 トア様を見据えて話す。

「あなたは召喚のミスによる偶発的な事故を何もかも計算し尽くして発生させた。そして俺達が居たあの世界のあの座標から対象を喚び出すという、古文書にあったものとは全く関係ない召喚術を、理論的かつ強引に作り出してしまったんだ」

 トア様が驚いた表情に変わった。宴会のざわめきが少しだけ静まり、皆が注目しているのを感じる。

「でもいくらあなたが天才でも、全く知らない場所を召喚起点の座標に指定するのは不可能なはず。だからきっとあなたは……」

 絵里と千佳が息を飲む。

 俺はトア様の顔を見据えながら、続けた。

「俺達が居た世界に来た事がある」

 可能性は低かったけど、その根拠になったのが並べられた食事の中にある白米と味噌汁だ。この国が産業国として大成して、近隣の国や異世界と交流があったとしたら、その中に日本かそれに近しい国との交流がある事になる。

 そしてあの事故が故意に起こされたもので、俺達を狙って召喚したのなら、あの場所に実際に訪れてピンポイントで座標を読み取らなければならない。本来の召喚術では必要の無いその確認が、事故を前提に構築した召喚術では必要になったはずだ。

「事故での召喚にも関わらず本来の手順通りに言語の共有化が為されている点、実際に見ないと割り出せない召喚起点の座標を正確に読み取っている点、そしてその世界の食文化の輸入。これらを踏まえると、トア様が俺達の世界を訪れているという仮定が少なからず成立するんです」

 正直な所、この推理は穴だらけだ。確たる証拠が何もない。全て偶然だと言われたらそれまでだ。

 だけどたった一つだけ確実な事がある。

 俺は女の子の顔だけは絶対に忘れないのだ。

 さっきのトア様の仕草。まるで召喚された際の俺達を双眼鏡で覗いていたかのような素振りだったけど、その仕草に既視感を感じた。以前会った事があるような、そんな感覚が。

 そしてその感覚は正しかった。

 あれはきっと、双眼鏡の仕草じゃない。

 きっとその時、身に付けていたのだ。

 ……眼鏡を。


「トア様、俺と以前会っていますよね? それも、この世界じゃなくて、俺達が居た元の世界で」

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