第8話 序章〜宴にて2〜

 会場が一瞬にして静まり返った。にわかにどよめきが沸いて、国王は頭を抱えている。

「「えーーーーーー!?」」

 悲痛な叫びがサラウンドになって俺の鼓膜に襲い掛かる。両隣の絵里と千佳が目を丸くしてトア様を見る。

「ちょっと待ってよ、なんでイキナリそうなるの! 意味わかんない」

「柳君は私と付き合ってるから、そんな求婚みたいな事されても困ります」

「「はーーーーーー!?」」

 今度はグラウンさんにサラウンドが襲い掛かり、両耳を塞いでいる。千佳とトア様がビックリした顔で絵里を見ている。

「何言ってんの、絵里! っていうかその話途中だったんだ! 私だって約束果たしたんだからね!」

「待ちなさい! 約束って何!? 私の知らない場所で勝手に話を進めないでくれる!? ヤナギは私と結婚するのよ!」

 なんだこれは。大騒ぎになってきた。半日前の修羅場の続きが急に始まってしまった。……1人増えて。

「あなた達、どうやら2人掛かりでやっと召喚術を成功させたみたいだけど、私だったらあんな竜、咆哮する間もなく1人でぶっ飛ばせるんだから。そんなんじゃこの世界で生きていけないわよ」

「生きていきません。私達は元の世界に帰ります。柳君も帰りますから」

「そうだよ! トア様は住む世界が違うんだから、こっちで良い人探した方がいいよ」

 すごいなぁ。なんだか女子会みたいだ。

 とは言え、これでは埒が明かない。この場で急に誰を選ぶか決める展開になっても困るし、何よりこのままではせっかくの料理が冷めてしまう。ここは話をズラして行こう。

「トア様も召喚術が使えるんですか? さっきも、送還の方法はトア様が探し出すみたいに言ってましたけど」

「そうなの、ヤナギ! これから綺麗なやつ召喚して見せましょうか?」

 目をキラキラと輝かせながらこっちを向いた。火に油を注いだようだ。それにしてもコロコロ表情が変わって面白いコだ。最初のイメージとのギャップもあって、更に魅力的に思えた。

 ヒストさんが肉をナイフで切りながら、答えてくれた。……この状況で食事を始めたぞ、この人。

「トア様は類稀なる才能の持ち主で、まさに召喚術の天才です。図形と詠唱についてあらゆる知識に精通しており、今回の赤銅の竜迎撃任務においても、儀式の総指揮を取っておられました」

「失敗してんじゃん」

 千佳が疑いの目で見ていると。トア様が口を尖らせ言った。

「た、たまには失敗する事もあるわ。それに召喚図形を描いたのも古代文字を訳したのも私じゃないし」

 恨めしい顔で睨んでくる。

 グラウンさんはそんなトア様を一瞥し、生野菜サラダを頬張る。……というか、いつの間にか会食は始まっているのか? 気付けば周囲の人達も自由に宴会を始めている。あちこちで雑談に花が咲いているようだ。

「皆様、落ち着いて下さい。この会食は謝礼と謝罪、そして説明も担っております。御三方の不安や心配事を解消する意味も兼ねて、ちゃんとご説明致しましょう」

 トア様、そして絵里と千佳をなだめる。ヒストさんはトア様の面倒も見ているのだろうか。扱いがこなれている。

「お食事をしながらで結構です。何か質問があればお答え致しますよ」

 ヒストさんのその言葉を待っていたかのように、すぐさま千佳はずっと狙ってたであろう水餃子のような料理に手を伸ばした。それを口に運びながらトア様に質問する。

「じゃあ質問です。どうしていきなり柳と結婚なんですか? 今ここで初めて会ったのに」

 「あっつー」と言いながら、運ばれてきたドリンクを飲み干す。俺も同じ物を食べてみた。確かに熱いけど、やたらと美味しい。

 するとトア様は朱に染めた頬を左手で支えながら、うっとりした顔で答えた。

「わからない? ……ヒトメボレよ」

 絵里が口を開けたまま、肉を摘まんだ箸を皿に落とした。硬直している。

「ここで初めてじゃないわ。ずっと見てたもの。ヤナギの頼もしく勇ましい姿をね」

 両手を双眼鏡のようにして、手で作った穴から俺を見てくる。満面の笑みだ。

 どうやったらそんな風に見えたのだろうか。俺は生まれて初めて竜と対面してずっと慌ててただけだったと思うけど。それよりむしろ図形に夢中でまるで動じなかった絵里の方が頼もしかったし、千佳の相変わらずの明るさも、あの場面では勇ましかった。

 その時ふと、既視感のような物を感じた。なんだろう、何かを思い出しそうな気がする。

 そしてそれとは別に、違和感が生まれた。それがまるで水面の波紋のように次々と広がり、次第にたくさんの不自然を見つけていく。おかしい。納得出来ない事がいくつかある。

 俺達は騙されている……? いや、違う。

 何かを隠されている。

 なんで? それはこの国にとっての不都合?

 それとも誰か特定の個人……?


『トア様には、気を付けろ』


 グラウンさんの言葉が、またも頭に蘇る。

 その時、違和感の答えに気付いた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る