第6話 序章〜後半5〜

 ノックの音が部屋に響いた。千佳が「はーい」と応答する。

「お疲れの所失礼致します。会場の準備が整いましたので、お迎えに上がりました」

 扉を開けて入ってきたのは初老の男性。丁寧に、深々と頭を下げる。

 ここはまるでホテルのスイートルームのような一室だ。扉も壁も白塗りに、複雑な彫刻が施されていて豪華絢爛といった具合に仕上がっている。千佳が、なんとか時代のなんとか建築に似ていると言っていたが、もちろん俺にはピンと来なかった。

「私は、あなた方の身の回りのお世話を担当させて頂きます、ヒストと申します。以後お見知り置きを」

 彼に連れられて長い廊下を歩く。床には赤を基調とした高級そうな絨毯が敷き詰められ、土足で歩く事に戸惑いを感じる。

 空の真ん中にあった太陽は山の向こうに沈み始め、空は鮮やかな赤に染められている。廊下の窓から見える夕焼けはとても綺麗で思わず目を奪われるが、やっぱり、見慣れた教室の窓から見る夕焼けとは違った。

「ザイン国王は心優しく寛大なお方ですが、くれぐれも無礼の無いようお願い致します」

 ヒストさんの忠告後、目の前の大きな扉が開かれた。

 国王との対面は緊張するけど、懸案事項はそれだけでは無かった。


 荒野での大騒動の後、俺達はこの国の城に招待される事になった。この国の城……一団の1人にそう発案された時、分かっていながらまたも痛感した。

 やっぱりここは俺の全く知らない場所なんだ。

 女々しいとは思いつつも、どうしても受け入れたくない感情が残る。俺はごく普通の高校生だったはずだ。将来の展望も何も無かったけど、それでも平和に過ごしていたはずなんだ。

 あの図形と詠唱による召喚術。おそらくそれはこの国の文化というか、そういう魔法みたいなものが一般的に存在している世界なのだろう。あれで出現した蒼天の竜のように、俺達3人はここに呼び出された。じゃあきっと、俺達だって元の世界に戻れるはずだ。なのに誰もその事に触れない。

 なんとなく予感はしている。だけど絵里も千佳も、その予感に言及する事が出来ないでいた。

 案内された城は、外堀に湖を有し、とても豪華な外観をしていた。見事に外国のお城といった感じだ。門番のような屈強な男2人が、一団と俺達3人の通行を見張っている。

 中に入るとそこは広いホールになっていて、使用人だろうか、たくさんの人が慌ただしく作業をしている。

 中央付近まで進むと、一団の1人が前に出て振り返り言った。

「皆、今日はご苦労だった! 本日の業務はこれにて終了とする。明日は10時から定例会議を予定しているので代表者は遅れないように。それでは解散!」

 一団が散り散りに去っていく。雰囲気的に、この人がこの団の長なのだろうか。

「あの、本当に今更なんですけど、あなた達って……」

 聞いてみた。すると団長と思しきその青年は、笑いながら応えた。

「挨拶が遅れたね、僕の名前はグラウンだ。宜しく。……そうだな。歩きながら話そうか。部屋まで案内しよう」

 20代半ば程だろうか。貫禄があり、とても大人びて見える。城の中を慣れたように歩いていくのでそれに付いて行く。

「うーん、どこから説明しようか。君達の世界で召喚というものは身近にあったかい?」

 千佳がぶるぶる首を振り、絵里が小さく「ない」と呟いた。

「はは、まぁそうだよね。この世界では召喚術というものが一つの技術として馴染みあるものになっている。起源については僕も良く知らないけど、古くから伝わっている儀式の総称なんだ」

 青いマスクを取り、素顔を晒しながら暑そうに手をパタパタとさせている。

「僕達は、通称『サモニカ』という約20名からなるザイン国直属の国営召喚士団体だ」

 紋章を指差す。国家公務員みたいなものかな。

「我が国の召喚は本当はもっと簡易的なもので、少なくとも今回のように竜を扱う事例はほとんど無いから、それは心配しないでほしい」

 この国は農業や漁業、林業や運送業などが盛んで、近隣の国の中でも一目置かれている産業国らしい。その仕事の援助や人手不足を補う為に召喚術を利用する場合が多く、その際ちゃんと賃金も払うし、食材などの物資を支払う事もあるという。

「だけど今回、竜が現れた。供物を与える事で数日は難を逃れていたが、いつ甚大な被害が出るか分からない。そこで我々は、城の書庫に眠る古の教本を見つけ出し、新しい召喚術を試したのだ」

 古文書に書かれていた内容は酷く難解で、解読が困難だった事。今までとは異なる対象迎撃目的の召喚だった為、勝手が違い順調には進まなかった事を説明された。そして。

「その結果……」

 予感はしていながら拒んでいたその事実を、ついに当事者から聞いてしまった。

 俺達は儀式に失敗して喚び出されてしまったらしい。

 俺達がこの世界に来たのは、事故だったのだ。そして古文書にあった召喚・送還の方法は、あの蒼天の竜の為のものだ。

「つまり、俺達を送還する方法が、分からないって事?」

 グラウンさんが頷く。

 そうか……まじかぁ。

 部屋に着き、ホテルの一室のような広々とした光景が広がる。疲れているだろうからと、ここでしばらく休憩を取るよう促された。

「今晩、謝礼と謝罪、そして説明を目的とした会食を設ける予定だ。そこには国王様も出席される。良ければ参加して欲しい。知りたい事は全てきちんと説明しよう」

 国王が同席する会食なんて、緊張しそうだし出来れば遠慮したい。だけど実はお腹が減っている。そりゃそうだ。教室では夕方だったのにこっちに来たらお昼だったんだ。タイムラグがある。

「あ、それとヤナギ君、だったかな」

「はい」

 部屋に入ってくつろごうとした矢先、俺だけ名指しされる。なんだろう。

 やや沈黙し思慮した後、苦々しく続けた。

「トア様には、気を付けろ」

「……トア様?」

 誰だ。気を付けろとは穏やかじゃないな。


「トア様の真意は誰にも分からない。頭の良い方だ。我々の想像を超える、何かとんでもない事を考えている気がしてならないのだ」

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