第5話 序章〜後半4〜

 竜のはるか後方。光に包まれている図形から、さらに大量の光が溢れ出す。そしてその場所を中心に風が円状に流れ始め、一気に吹き荒れる竜巻となる。

「な……なにあれ」

 絵里の声が聞こえる。

 光と風を遮りながら、わずかに開いた瞼の隙間から様子を窺うと、そこには恐るべき光景が広がっていた。

 光の中に、巨大な影が浮かび上がっていたのだ。

 土煙と飛び散る瓦礫を突き破るようにしてそこから現れたのは、竜の翼そのものだった。だがその大きさは襲い来るこの赤銅色の竜とは桁違いだ。これほど距離があるのに、その翼は赤銅色の竜を遥かに上回る高さに位置している。一切が影になっているが、全長は計り知れない。

 そして光と風が落ち着いて、ついにその全貌が明らかとなった。

 それはまさしく竜だった。赤銅色の竜との決定的な違いは、その大きと体表の色だ。

「すごい……綺麗」

 千佳が呟いた。大きく頑強なその鱗は、まるで澄み渡る天空の様に、全体が鮮やかな蒼色で染められている。見上げる程の高さに位置し、神秘的ですらあるその双眼は、深海の様にどこまでも深い真碧色だ。

「す……すごい!」

「これが、あの古文書に記された本当の召喚術……」

「なんて凄まじい召喚なんだ」

 一団がざわめく。

 絵里が完成させた図形と、千佳が成功させた詠唱が、とてつもない存在を喚び出してしまったみたいだ。

 大丈夫なのだろうか。脅威が2倍になっただけのような……。

 あまりの出来事に、かろうじて繋ぎ止めていた現実感も危うくなってきた。自分がそこに居ながらも、どうにも客観的な感じがしている。だって突拍子も無い事が起こり過ぎだろう。

 赤銅色の竜が振り返り、蒼天色の竜と対峙する。次の瞬間。

「ッギャァァァアアァァァアアアァァ!!!!」

 凄まじい力強さで蒼天色の竜が吼えた。大地が揺れ、瓦礫が放射状に吹き飛ぶ。そこに居た全員が反射的に耳を塞いだ。方向感覚がおかしくなりそうな威力に、視界さえ奪われる。竜と相対する時は耳栓が必須なんだと、この数分で痛い程思い知らされた。

 そんな咆哮を正面からマトモに受けた赤銅の竜が、慌てたように翼を広げる。そして砂埃を巻き上げながら空に浮き、蒼天の竜を睨み付けるように顔を向けた。しばらくして、そのまま逃げる様に西の空に飛んで行ってしまった。

 これは……もしかして、助かったのか。

 敵意全開だった赤銅の竜は、どうにか退散してくれたみたいだ。

 だけど脅威はまだ終わっていない。

「あいつは、どうすればいいの?」

 あの位置からこちらに向かってくる様子は今の所無いけど、こっちの方が巨大だし危険な気がする。

「大丈夫。君達が召喚したんだから、あの竜は君達の味方だ。役目が済んだから、元の世界に還してやろう」

 一団の1人が防御壁から顔を出し、千佳の持つ古文書のページをいくつか捲り、読む文章を指示してきた。

「召喚獣を送還出来るのは、召喚して誓約を結んだ者だけだ。この場合は君だな。」

 千佳を指差す。唐突に謎の責任を負わされて、面食らった顔をしている。

「わ、わかりました。えーと……、汝、異界の力を収めよ。誓約の名の下に、在るべき世界へと、送還」

 言い終わると同時、再び地面の図形から柔らかい光が溢れ、蒼天の竜の姿を覆った。そして陽の光に霧散する様に溶けていき、全て消え去る頃、そこに竜の姿も無くなっていた。


 一連の騒動がやっと落ち着いたのだ。

 見知らぬ土地で目を覚ましてから、途切れる事なく騒がしかった周囲が、ついに静寂を迎えた。慌ただしく変わっていく状況に翻弄されながら、しかし今なお現状についてまるで把握出来ていないけど、それでもどうにかやっと落ち着く事が出来た。

 後回しにしていた疲労感が波の様に襲い掛かり、立ち上がる事すら出来ない。恐怖と混乱と不安が混ざり、もはや考えもまとまらない。

 絵里と千佳は大丈夫か。だけど今の俺に2人を気遣う余裕なんてあるだろうか。

 情けない。竜との対峙も、結局あの2人が活躍したのだ。俺は何も出来なかった。

 俺は男だから、守らなきゃいけないのに。あの2人が居なかったらどうなっていただろう。救われたのは俺の方だ。

 とにかく今はゆっくり休みたい。

 そして出来れば……早く元の世界に帰りたい。

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