中編
比較的大きな町だ。
綺麗とも言えるレベルにはスラムも整っている。このスラムを統治するマフィアが優秀なのだろう。
トクロはガス欠したエンジンを見てもらいたいと、機械屋に行ってしまった。
おかげで黒星は茶色い革のトランクケースを持って町を歩く羽目になっている。
「大分変ったな」
この町には有るモノを取りに知り合いを尋ねに来たのだ。昔、その知り合いに会いに来た時とは様変わりしている。
早々と目的を済ませてしまおうと知り合いの下へと急いだ。
‡
「ぺーーーーリベット!」
ぺリベットがトラックで乗り付けると、怒髪天の女がトラックへとのしのし近づいてきていた。
「ひっ! え、エメリーちゃん…」
女はエメリーと呼ばれ、ぺリベットに怖がられている。
「降りてきて! 早く!」
エメリーの言う通りに降車すると、エメリーはペリドットの手を引いて二階建てのコンクリートガレージに入って行ってしまった。
「あ~ぁ」
ガーネットは連れていかれるぺリベットを見ながら半笑いになっていた。
ぺリベットがエメリーに連れいかれるのはいつもの事なのだ。
「ぺリベット! あんた何したの⁈」
「へぇ⁈」
会長室のソファーの上で両頬を挟まれたぺリベットが居た。
「リオシュのクソビッチから連絡があったのよ! ぺリベットが組員撃ったって!」
「⁇ 私が撃てる訳ないよぉ」
頬を挟まれながら、事実無根だと主張した。
「じゃぁなに⁈」
「分かんないよぉ」
両頬を掴まれ揺すられるぺリベット。黒星に続き、エメリーと今日のぺリベットは揺すられている。
揺すられるぺリベットを可哀想に思ったのタンザがそーっと入ってきた。
「あ、あのー」
「なに? タンザ」
ぺリベットとエメリーがタンザへと向いた。
「撃ったのって、知らない男ですよ…多分」
エメリーが眉根を寄せる。
「知らない男?」
「えぇ、なんか目付きの悪い男が撃ったって言ってました」
「何それ? ていうかどういう状況だったの? マルマロスからは撃たれたって報告だけしか来てないのよ」
エメリーの質問にぺリベットが答えようとしたが、途切れ途切れの断片的な話し方に要領を得ないのかだんだんと眉間の皺が深くなっていく。
見かねたタンザが割込み、説明をした。
「原因あいつ等じゃないよぉ…その男も凄いわねクリーチャー二発って、装備更新も考えなきゃ」
タンザの説明を聞き、マルマロスのなすり行為と黒星が撃った状況を理解した。
「あいつらに何言っても聞かないでしょうねぇ…取り合えずそのクロボシだっけ? この町に居るんでしょ、ちょっと探して連れて来なきゃ」
マルマロスに銃を向けたのはあくまで黒星だと言う結論に至り、この町に居ると言う黒星をコランダムまで連れてくる必要があると考えた。
「全員に連絡して、目つきの悪い極東人を探してって」
大まかな特徴を連絡して、黒星を捜索するよう要請した。
タンザはその要請を伝えるため、会長室から逃げるように走って行ってしまった。
エメリーは残ったぺリベットを部屋から追い出し、会長椅子へと腰を落ち着ける。
紙巻煙草に火を点け、一息つけると溜息と共に煙を吐いた。
「リオシュめ…」
‡
スラムの中でも治安は良い地域。
よそ者であり、モンゴロイドの特徴の濃い黒星はジロジロとした視線に晒されている。
どの町でもそのような視線は向けられてきた。そんな視線が無かったのは生まれ育った街だけだった。
視線の中には敵意などを感じる事は無い。
黒星は堂々とした面持ちで道のど真ん中と闊歩する。
道の端や、路地なんかを歩くからトラブルが増える。黒星が今まで生きていて学んだことの一つでもある。
目的地が見えてきた。
openとナイフで斬りつけられた木の板が立てかけてある。
外からは何の店であるかは伺えなかった。
ドアを引き、入店した。
「——いらっしゃい」
そう言った店主は黒星に一瞥もくれずフォールディングナイフを手に煙管を吹かしていた。
店の中は、ポリカーボネートのショーケースにナイフが展示され、砥石が数点と十把一絡げにナイフが置かれていた。
「よぉ、
黒星が声を掛けた。
「ん?」
店主、緋鯉が黒星へと視線を傾ける。
「お。久しいな、
緋鯉は黒星の顔を見て破顔した。
緋鯉は黒星と同様に極東人の血が入っているのか、黒目黒髪、一重まぶたに彫りの浅い顔をしている。
吹かしていた煙管も丁度吸い終わったのか、煙草盆と呼ばれるモノに煙管を置き、黒星へと向いた。
「その呼び方やめろ。俺は
黒星が″アレ〟と口にした途端、緋鯉の表情が張り詰めてしまった。
「入用とは思えないが、」
「俺の事を知ってる奴が居たからな。仕方ない」
「はぁ…アレ、気に入ってたんだよ私も」
緋鯉がため息と共に腰を上げ、黒星に店の奥へと入る用手招きした。
黒星は店主に従い、店主の背中を追った。
「今は銃も扱ってるんだな」
展示されていたのはナイフや刃物だけだったが、店の裏にはしっかりと銃火器がストックされてる。
「あぁ、昔と違って光物だけを扱っていても食って行くのは厳しくてね。それに手先はある程度起用だし、ガンパーツ用のオートマチックマシニングセンタも導入したしね」
そう言ってガンパーツを削り出すための大きな機材を指さした。
「なるほど。まぁ極東人見たいに大金積んで
黒星が過去に所属していた組織では刀と呼ばれる伝統武器を作らせる習慣もあった。
「そうだねぇ、こっちの奴は銃の方が好みらしい。まぁ仕方のない事ではあるけどね。
剣聖と呼ばれた刃物を使う狩人も居たが、そんな者はやはりごく少数である。
「まぁそもそも俺らは人相手だったからな。と言っても人相手でも刃物は向いてないと言える状況の方が多いのは事実だな。極東人は色々と筋通さなきゃ行けないだけだな。俺は剣鬼やら雷剣じゃぁ無い」
「剣鬼も雷剣も比べるモノじゃ無いよ、アレは極東でも不可触な存在だよ。刀で百は殺してる」
極東にも剣聖では無いが、刃物の名手は居る。対人専門の
「それもそうか」
「当然でしょ、黒星もアレ生で見た事あるでしょ」
「そうだな。しかし、近々また向こうに行かなきゃならねぇのか…」
「災難だね。ふふっ」
緋鯉が笑いを漏らす。
「笑ってんじゃねぇ」
「まぁまぁ」
緋鯉は黒星の声を流しながら金属製の箱を触っている。
両端を同時に押すと扉の中心に鍵穴が現れた。
緋鯉は左腕の袖をまくった。
機械化された左腕が露わになる。
前腕の外装が開き、金属と思われる丸棒に穴が開いた鍵を取り出した。
鍵穴に丸い鍵を刺す。
「下がって」
緋鯉が黒星に下がるよう言った。
黒星は緋鯉の言う通りに一歩下がる。
すると、鍵穴の付いた金属製の箱は上面の板を押し上げるように何かがせりあがってくる。
すぐに展開され、保管されていたモノが鎮座する棚が現れた。
一番下段の棚板に乗る木製の棒に見えるモノと布の平紐を手に取った。
手に取ったものを黒星へと渡す。
緋鯉は鍵を抜き、金庫が閉まるのを確認した。
「じゃ戻ろうか」
緋鯉が店に戻ろるといい。黒星も店に戻った。
緋鯉は先ほどと同じ場所に腰を据え、黒星はカウンター越しに丸椅子に座った。
「ちゃんと持っててくれてんだな」
緋鯉から渡されたモノを手の中で遊ばせる。
「ひどいなぁ、あれだけの物を腐らせるわけ無いじゃないか」
「はっは。まぁそうだな」
黒星は緋鯉が腐らせず、磨いてくれていたモノを抜いた。
「曇り無し」
黒星の手には
「やっぱり何時見てもいい短刀だよ」
緋鯉が抜身の刀身を見ながら呟く。
黒星はそんな緋鯉の目を気にしてか、納刀してしまった。
「そんな高尚な物じゃないよ。コレはドスで十分さ」
黒星は貶す様に言った。
「鞘も柄も握るとしっくり来るもんだな」
木目の浮く繊維樹脂製の拵えを握る。一見木製に見えるが、木を原料に加えただけの繊維樹脂である。木製のままでは耐久性が少々足りなかった。
「そうだね。硬度は木に近いからね。でも木みたいに割れたりはしないよ」
「鞘も割れる事は無いし。昔見たいな事にはならんな」
鞘が割れ、抜身のままドスを持って居た時の事を思い出した。
過去を懐かしんでいると、背後から音が聞こえた。
緋鯉が警戒の目をしていなかった為に気を抜いていた。
二人だけの空間に侵入者が居る事に気づいていなかった。
黒星は自分に毒気づいたが、緋鯉が警戒していないのを見ると侵入者は敵意のあるモノでは無いのだろうと思った。
「ちわー」
聞き覚えのある様な声に釣られて振り向いた。
「ん?」
「ガーネット? だったか?」
ガーネットが立っていた。
荒野でのうろ覚えの会話を思い出し、何とか名前を発掘してきた。
「黒星さんじゃないすか、なんでこんな所に?」
「こんな所とは失礼だな、ガーネット」
緋鯉がガーネットの物言いに一喝する。
ガーネットは緋鯉に向けてウインク一つを飛ばして誤魔化した。緋鯉がため息と共に頭を振っているのを見るとガーネットはいつものこの様な様子らしい。
「俺は野暮用でな」
「あ、そうでしたか」
野暮用と言った黒星の、暗に詮索するなと言うメッセージをきちんと受け取ってくれた。スラムで生きているのは伊達ではない。
「ガーネットはなんでココへ?」
一見刃物しか扱ってない店への客とは思えなかった。
「新作が入ったと聞いたので」
「何の?」
「スティレットナイフですよ」
「また変わり者だな」
ガーネットはスティレットナイフと呼ばれるイタリア発祥の刺突用折り畳みナイフを購入しに来たらしい。
「使う事は殆ど無いんですがね~」
「まぁそうだろうな」
適当に話をしつつ、特段用も無くなったので頃合いを見て店を出ようとする。
ガーネットは何時の間にか話す相手が黒星から緋鯉に変わっていた。
そろそろ出ようかと思った。
「あ、緋鯉、今日の夜空いてるか?」
「ん? どうしたの?」
「久しぶりだからな。飯行くか?」
数年ぶりの再会。サシで話すのも悪くないと思ったのだ。
「開けとくわ。店の方来ておいてね」
「おぅ」
黒星は扉の取っ手に手を掛ける。
「え⁈ 緋鯉さんと黒星さんそんな関係で⁈」
ガーネットの発言のおかげで、扉を開けそこなってしまった。
「はぁ…ガキじゃねぇんだがら飯くらい何だっていうんだよ、お前もメシ行く位の男居るだろ」
ガーネットの子供の様な反応にため息が毀れる。旧知の仲の友人と食事に行くこと自体、何もおかしくない普通の事だと言うのに。
「はははは、はは、いやだなぁ、私も居ますよ~ 男くらい~」
「ったく、じゃなぁ~」
後ろ手に手を振りながら黒星は店を出て行った。
黒星が店を出て行った後、ガーネットが両手の掌で顔を覆っていた。
「なーに~ アイツの事気になっての?」
緋鯉がガーネットの肘をつつく。
ガーネットがフルフルと首を横に振った。
「いやぁ…普通に恥ずかしかっただけです…」
「何だぁ つまんないの~ まぁアイツと付き合うのは止めた方が良いわねぇ…一緒に居るのはちょっとだけ難しい人だから」
緋鯉が遠い目でいつかの遠い日を思い出してしまう。
ため息を一つつき気分を切り替えた。
「えっと、確か新作のスティレットよね」
カウンターの下の箱から二つほど箱を取り出してきた。
箱を開け、ガーネットにスティレットを渡す。
「おぉ~いいですねぇ!」
‡
車の整備を生業とするマフィア達の下に居るトクロの元へと向かっている。
観光産業も無く、際立った生産品も無い中規模の町。
黒星は周囲を見ながら歩いているが、興味をそそられるモノが無かった。
路肩に寄り、煙草を巻く。
火を点けて吹かすとまた歩き始めた。
「何もないな」
呟くほどに何もない。
そう言っているうちに人の疎らな工業地帯に入ってきた。
オイルの匂いや、独特の揮発匂が漂ってくる。
板金壁の建物が並び、何軒か先の建物から髭面の中折れ帽が手を振っていた。
持って居た煙草を咥え小走りになる。
「戻った」
煙草の煙が目に入り少し涙が出ている。
トクロは黒星に頷きを返し、車の方を指さす。
指さされた方へと向くと外装を取り外されたキューベルワーゲンが鎮座していた。
「どうしたんだ?」
ガス欠で外装を外すことは無いと思っていたが、黒星はトクロに尋ねた。
「外装の一部が腐食してた&サスのバランスが狂ってる&ステアリングの調子がおかしい」
ボロボロの状態だったことが判明した様だった。
「古いからな。仕方ねぇだろ」
調子が悪くなるのは何時もの事である。内燃機関を乗せたメカの宿命である。それにこの車体は数千年前の資料を基に製作された車であり、作られたのも半世紀前だ。
「またかぁ…」
トクロはため息をついて顔を伏せた。
普段の事だと言うのに毎回トクロは気落ちするのだ。
「まぁいいじゃねぇか、今回は何日くらいかかるんだ?」
「パーツを削る可能性もあるから十日くらいだな」
「十日かぁ…」
十日と聞いて少しだけ気落ちしてしまう。
今日見た中では黒星が楽しめそうな所は無かったのだ。
トクロに手を振り、黒星は工場を出て十日間を潰せる何かを探しに行く。
町やスラムの中では基本トクロと行動を共にすることは少ない。もちろん仕事は別だが。
今回については黒星の〝ドス〟を回収しに来ただけである。
そう言う訳で、今回は時間もあまりに余っているのだ。
まだ昼間であるが、黒星は歓楽街に暇を潰しに顔を出しに向かった。
‡
「ただいま~」
ガーネットは紙袋を片手にコランダムの事務所に帰ってきた。
「おかえり~」
ロビーには両手でペットボトルを持つぺリベットが座っていた。
「あれ? なんでココに居るんですか?」
ぺリベットは普段、会長室の住人である。配達の仕事が終わった今、力仕事要員ではないぺリベットは家に帰っていてもおかしくはない。
そんなぺリベットが事務所のロビーに居るのは少々おかしいのだ。
ガーネットはロビーを見まわす。
「ほかの皆は?」
ぺリベット以外の面々が居ない事にも気が付いた。
事務所に人が居ないのは流石におかしい。普段は多少戦える面々が交代で居座っている。
「あー、っとね。黒星さんを探しに行ってるの」
「黒星さん? なんで?」
「なんかね、エメリーちゃんが探して来いって」
「?]
「マルマロスの人撃ったのは黒星さんで、なんだけどコランダムにマルマロスから苦情が来たらしいの。それで」
「あぁ~なるほど。エメリーさんはそれで黒星さんを連れてきてマルマロスに渡そうって感じですか」
ガーネットの正直な言葉にぺリベットは困ったような笑みを浮かべてしまう。
「う~ん そうだね」
「しかし。黒星さんを捕まえれますかね?」
クリーチャーを殺した黒星の実力。車で走るマルマロスのメンバーを撃ったと言う話。そんな黒星をコランダムの面々でどうにかして、ましてやマルマロスに引き渡す事が出来るのだろうか。ガーネットはそう思ってしまう。
ガーネットの話に対する反応から、ぺリベットはエメリーの指示に対してあまり乗り気ではない様子だった。
「あ、黒星さんの居場所分かりますよ!」
「え? ホント?」
緋鯉の店で交わされた会話について思い出す。
「えぇ、でも夜にならないと分かりませんが」
「でも、夜になったら分かるのね」
「はい」
「じゃあ、皆に戻ってくるよう伝えますね」
ぺリベットはガーネットの言葉を信じ、携帯端末から連絡を一斉送信した。
‡
歓楽街に顔を出すもやる事は無く、手近なカフェで煙草と時間を浪費して過ごす以外にやる事は無かった。
「ふー…」
短くなった煙草を灰皿に押し付け、もみ消す。
ポーチの中に手を入れるが、もう
場所代に注文した紅茶に手を付ける。
すでに冷めた紅茶はやたらと渋く感じる。
一気に煽り、飲み干すと三セル札をティーカップの間に挟み、席を立った。
「煙草屋行くか…」
独り言をつぶやき、煙草屋を探しにふらふらと歩き始めた。
意外と長時間を潰す事に成功した。
煙草屋は入り組んだ場所にあり、煙草を購入した時にはすでに夕方を目前としていた。
何時もと同じ銘柄を吸いながら、緋鯉の店へと向かう。緋鯉の店に着くころには良い時間になっているだろう。
夜が近づいて来たからだろう。歓楽街に活気が満ちてきている。私娼か公娼かは分からないが昼間には居なかった娼婦や客引きの姿もちらほらと見えてきた。
掛けられる声を無視しながら緋鯉の店へと向かう。
「よぉ」
緋鯉は店の前に立っていた。
煙管を咥えて口が塞がっているからか、左手を上げて手を振り返した。
「早かったわね」
「暇でな」
緋鯉は相槌を打ちながら煙管から灰と煙を吹き、腰差しに煙管を仕舞った。
黒星は懐かしい動作に眼が追ってしまう。
「なぁに? そんな見て、恥ずかしい」
緋鯉がくすくすと笑う。
「いや、久しぶりだったモンでな。煙管吸う奴も見ねぇし、羅宇屋も居ねぇ。昔を思い出すんだ」
「昔を思い出すってそんな年でもないでしょう?」
「まぁな」
緋鯉がそう言いながら歩き始める。黒星も後に続いた。食事を誘ったが、黒星は当然この町の食事処は知らない。
何度か曲がり、黒星が通っていない道を通り大通りに出た。
人気のない道を通ってきたせいか、音が耳を突く。
緋鯉は人に紛れる様に、人の多い場所を通りに行く。
「やっぱ、着けてきてるよな」
黒星は緋鯉に耳打ちをした。
緋鯉が頷く。
言葉での返事は無かった。
喋らない方が良いのか、黒星も口をつぐんだ。
やがて緋鯉と黒星はレストランに入った。
予約してくれて居たのか、すでに席が用意されている。そこまで格式ばった店ではないようだが、下層の狩人やスラムの住人が入店できないほどには階層の高い店だ。
メニューも決まっているのか、ドリンクだけを聞かれた。
「今日は何にするかな、緋鯉は?」
日本酒を頼みたいところだが、黒星としては些かマンネリな気がしてきていた。
「そうねぇ、この前頼んでおいたどぶろく《・・・・》残ってる?」
どうやら緋鯉はこの店の常連らしい。
ウエイターは緋鯉の質問に首を縦に振って返事をした。
「じゃぁどぶろくで」
ウエイターが厨房に戻っていく。
「白馬か、久しぶりだな。アレも手に入りにくい」
極東を出て数年。当時はどぶろくなど何時でも飲める味だったが、極東を出てからは簡単にあり付けなくなった味である。
続々と運ばれてくる料理を平らげながら、どぶろくを傾ける。
「そういや、ここら辺のマフィアの力関係ってどうなってるんだ?」
昼の一件について聞いてみた。
「ここら辺? まぁあたしも詳しくは知らないんだけど、コランダムが分裂してからちょっといざこざが増えてるわねぇ」
「ふーん。マルマロスとか言うのか?」
「良く知ってるわね。マルマロスよ、あいつらはあんまり頭のよろしくないのがボスやってるのか、ちょっと喧嘩売りすぎちゃってるわねぇ、営業妨害とかもやっちゃってるから、嫌ってるマフィアも多いわねぇ」
「そうなのか」
「なんでマルマロスの事知ってるの?」
「そいつの構成員か? 撃った」
緋鯉はつまんでいたサーモンを落としてしまった。
「は? 何してんの? 撃ったって荒野で?」
「ああ、荒野で撃った。仕方なかったんだよ、銃向けてきたから」
「はぁ…まぁ良いか。アンタがこの町に居るなんて思って無いでしょうし、町の中でドンパチやるほど肝も大きく無いわ」
黒星は頷き、食事を再開した。
街中で襲われようと、数人程度なら御す自身が有る。そんなマルマロスの事など気にしておく必要を感じないのだ。
食事が終わり、互いに煙を燻らせていた。
「煙管吸わないの?」
緋鯉が煙管に葉を詰めながら問いかけた。
「向こう出た時から吸ってないな」
「今は煙管何処にあるの?」
煙管は吸わなくなったが、煙管と道具は捨てていないはずだ。
「
「預けてるのね。ソレと一緒で」
緋鯉は黒星のわき腹を指さす。
ドスと同じ様に、極東で使っていたモノはtt‐33《トカレフ 》を除き、すべて預けている。
「あぁ、それも回収が必要かもな」
「そうね…」
イブと言う存在が現れ、狂星と呼んだ。
狂星と呼ぶのは当時敵対していた連中のみだった。
黒星はまた、起こるかもしれない事に備えるのだ。
「そろそろ出るか?」
緋鯉が雁首を指に打ち、灰を落としていた。
「そうね」
黒星は緋鯉が煙管を仕舞い終わるまで待つ。
ポケットに入った、何十枚かのセル札を触る。
右手を上げ、ウエイターを呼ぶ。
「代金は?」
「合計五万セルでございます」
思ったより安く済んだと、ポケットの中で数枚払い、ウエイターに渡した。
「ありがとうございます」
二人は店を出る。
「まだ居るのか」
店を出た途端に視線を感じた。
緋鯉も同じく視線を感じているのか、眉根を寄せて不機嫌そうな表情をしている。
「皺が寄るぜ」
そう言うと、緋鯉にわき腹を左手で突かれた。
「すまんすまん」
そういいながら、視線の正体を探り始めた。
目が疲れる事も無く、一瞬で視線の正体は見つかった。
人込みの中で、移動の無い一団が目に点いたのだ。
明らかにソコだけ動きが無く、目立っている。
「よぉ? なんだ? 何の用だ?」
「ひっ」
視線の送り主を上から見下ろす。
「こら、威圧しない」
詰め寄る黒星を緋鯉が制した。
「いやぁ、でもよぉ、こいつ等が尾行してたのは事実だろ」
咎める緋鯉に釈然としない様子の黒星。だが、緋鯉は半眼で黒星に視線を流した。
「…はいはい」
視線の送り主達は威圧が解かれ、ほっとした様子だった。
「結局なんの用なの? ガーネット?」
緋鯉が先ほどの黒星の台詞を繰り返し、視線の送り主達、ガーネットとタンザに問いかけた。
「い、いやぁ、ね、ウチのボスが黒星さんを連れてこいって…」
先ほどの威圧が聴いているのか、やや怖気づいた様子でガーネットが答える。
「なんで緋鯉の店に居た時には声かけなかった?」
「え⁈ お店の時にもう気が付いてたんですか⁈」
ガーネット達はバレていないつもりだったらしい。
「あぁ?」
黒星からするとむしろ視線を感じさせ、行動を制限する類の物かと思っていた。
「恥ずぅ… タンザちゃんがビビってるからですよ…」
「なっ!」
タンザが反論をしようとしたが、黒星の視線が向いているに気づき固まってしまった。
黒星としてはここまで威圧するつもりは無かった為に、少々気まずい。
「黒星、アンタ行きなさいよ、女の子怖がらせて。まったく」
「まぁ、お前らの所のボスに会えば良いのか?」
ガーネットを怖がらせたのが悪かったのだろう、緋鯉に悪態を付かれた。
ガーネットは緋鯉のバックアップを背に黒星の手を引き始めた。
「い、行きましょうか」
「緋鯉、どうする?」
緋鯉に同行の有無を尋ねた。
「あたし? 行きたいんだけどね、行けないわ」
名残惜しそうに首を横に振った。
「あ。帰り、店寄りなさいよ~」
緋鯉は手を振って、人込みに消えてしまった。
もう見えないが、黒星は小さく手を振り返していた。
振っていない方の手が引かれる。
視線を向けると、ガーネットが引きつった笑いを浮かべていた。
「行くか」
「そ、そうしましょうか。恨まないでくだいさいね…」
ガーネットは黒星と目を合わせようとはせず、手を引いている。
「それはお前のボス次第だろ」
至極まっとうな返しをしてしまう。
ガーネットの顔は見えないが、落胆したと評すのが適当な様子でとぼとぼとした足取りになってしまった。ボスの下に黒星を届けた後を考えると少々胃が痛くなるのだろう。
黒星相手ではあまり役に立たない
無言でガーネットは黒星の手を引いていく。
歩いていれば絶対に着いてしまう。あまり早くはない足取りだったっが、ガーネットの足はコンクリートガレージの前で止まってしまった。
「ここか?」
尋ねると、コクリと首を縦に振って返事をされた。
ガーネットとタンザは動いてくれず、黒星は手持無沙汰になってしまった。
ため息をつくガーネット、タンザがやっと動き始めた。黒星の正面に周り目を合わせず、たどたどしくコンクリートガレージの中へと入る用言った。
「入れば良いのか?」
タンザの案内で、会長室へと向かう。
タンザが会長室のドアをノックし、返事を待つ。なぜ呼ばれたかは分からない黒星だが、対応を見るに客として招かれたわけでは無さそうだと感じた。
「入れ」
ボスの返事が聞こえ、タンザがドアを開けた。
黒星はドアの向こうに警戒したが、銃を構えた人がズラり、と言う事は無く。ソファーに座るぺリベットと手を組む妙齢の女が居るだけだった。
タンザが部屋に入る様促している。
意地悪がした訳ではないので、素直に従った。
「で? 何?」
ビジネス相手でもなく、自分に有益なモノをもたらすとは思えない相手だった為に、黒星の言葉に敬語は無い。
手を組む女の表情が些か険しくなったが、黒星は気にも留めない。
「座れ」
立ちっぱなしの黒星に命令口調で座るよう促された。
ソファーは二つ。攻撃的な意思は感じられないがソファーに何かある事も否定できない。
黒星はぺリベットの隣に腰を下ろした。
手を組む女の表情はさらに険しくなり、小さく舌打ちも聞こえた気がした。
「で? なんの用なんだよ? 誰だよ?」
今まで腕を組んでいた女だったが、立ち上がり黒星を見下ろせる位置まで来てしまった。
女の行動に思わず鼻で笑ってしまう。
「コランダムの会長をしているエメリーよ、あなたにがマルマロス取った行動の責任を取ってもらうわ」
また鼻で笑ってしまう。
「なぜ?」
「なぜ? あなたが、マルマロスの構成員に銃を撃ったからでしょう? そんな事も覚えていないの?」
黒星は本当にスラムマフィアの会長なのか疑ってしまいそうだ。
「だからなぜ? と聞いてるんだ。俺が責任を取ると言うのはなぜだ? 元々お前らが始末しなきゃいけない問題だろうが、なすりまでされてその尻を拭いてやったんだぜ?」
「なすり⁈ ぺリベット! 聞いてないわよ! それに、あなたがマルマロスへ銃を撃ったのは変わらないでしょう⁈」
黒星の隣に座るぺリベットが居心地が悪そうに顔をそむけた。
エメリーが少しへヒステリックになってしまっている。
「そのマルマロスとか言うのはお前らあてに責任を取れって言ってるんだ。俺は関係ないだろう。お前の組織何ならお前で責任取れ」
黒星にとって撃ったか撃ってないかなどは関係ない。コランダムに責任を取れと通告されたのであれば、跳ね除けるか、大人しく責任を取るかである。
エメリーが何をしたいのかが黒星には理解できないのだ。犯人として強制的に黒星に何かをさせたいのかと思えば、部屋の中に銃を構えた構成員が居る訳でもない。
「あ、あなたが、撃ったでしょ⁇」
「あー…もしかしてアレか? お前スラム系じゃないクチか?」
あまりの話の通じなさに、黒星は精一杯考え、昔似たような会話をした人物を思い出した。
その人物は戸籍を持った正義、高潔を好む人物だった。
「……」
エメリーは何も答えない。
「無言は肯定と受け取るぞ。そもそもお前ら戸籍持ちと違って俺らスラム系は頭の中が違うんだ。マルマロスとやらも分裂で出来たらしいが、お前らが原因だろ?」
今までヘラヘラとしていた黒星も思わず真顔になってしまう。
エメリーは黒星の言葉に顔を伏せてしまった。
黒星は顔を伏せるエメリーを見て、興味が無くなってしまった。元々緋鯉の頼みもあって足を運んだのだが、抗争中のマフィアに興味も有ったのだ。ぺリベットと言う変わり者が所属するマフィアに。だが、
ソファーから立ち上がり、顔を伏せるエメリーを避け、ドアノブに手を掛けた。
「あの…」
ジャケットを引かれた。
「…なんだ?」
ぺリベットがジャケットの裾を引いている。申し訳なさそうな表情だが、黒星の冷ややかな視線にも動じてはいない。
「少々お話をさせてください」
変わり
「…あぁ」
黒星の同意を確認するとぺリベットは人を呼んだ。
黒星を少し睨むような表情の女性たちが入ってきた。
少し身構えてしまう。
ぺリベットはエメリーに話掛け、エメリーを呼び出した女たちに任せ、エメリーは部屋から出て行ってしまった。
「まず初めに、姉の非礼をお詫びいたします。私が謝罪の記と出来るのもは有りませんが、望まれるモノを最大限実現させてもらいます」
ぺリベットが黒星に向け頭を下げた。
黒星は何も口にせず、何も求めない。
「話を続けてくれ」
頭を下げ続けるぺリベットに話をするよ促す。
「黒星様に抗争の傭兵をしてもらいたいと考えています」
「ん?」
「ですから、抗争の傭兵として…」
思わず笑ってしまう。
先ほどの鼻で笑うような笑いでは無く、声を上げて笑ってしまった。
「傭兵を頼むか、はっはっは。激高しているかもしれない相手にか、良いねぇ面白い」
機嫌を損ねたとしか思えなかった黒星に頼みをするぺリベットが面白くてたまらないのだ。
「良いぜ、請けようか」
「ほ、本当ですか⁈」
「あぁ、良いぜ」
黒星は報酬も決めず、安請け合いしてしまった。
「それでどうするんだ? 結局マルマロスへの銃撃の責任の所在は?」
黒星がココへ呼び出された原因は何も解決していない。黒星が抗争の傭兵になろうとマルマロス相手に誰かが責任を取らなければいけない。
「あ、そうでしたね」
「ん?」
「いえ、私はそろそろマルマロスとの関係を解決しなければと考えて居ました。丁度いい機会と思い黒星様を傭兵にとお誘い致しました」
責任など気にせずマルマロスを潰すという発言に黒星はまた笑ってしまった。
「意外とシビアな考えだな。姉と同じとは思えんな」
エメリーの哲学には反しているぺリベットの言動に、本当に戸籍持ちなのかと思ってしまう。
「…私は…姉とは違いあまり勉強ができる方では無かったので…父や母からは距離を置かれていまして…自然とスラムの娘達と仲が良くて…どちらかと言うと行動原理はスラム寄りなんです」 納得した。エメリーは戸籍持ちとしての教育を受けた為にあのようなスラム向きではない哲学を持ってしまったが、ぺリベットは戸籍持ちの中でも少数のスラム寄りなのだ。
「なるほどな」
「姉も悪気がある訳では無いのです」
「それは分かるぜ、
二人の話は盛り上がり、結構な時間が立ってしまった。
「おっと、大分時間が立っちまったな」
すでに暗くなっており、歓楽街の音もだんだんと小さくなっていた。
傭兵と言えどかっちりとした契約を結んでいる訳でも無く、ゆるふわ傭兵である。
「今日はコレで失礼するわ。連絡は直にはできないからコレと後は緋鯉の店に頼む」
ひとまず今日の所は退散する必要がありそうだとソファーを立った。連絡先にトクロのコードを書いたカードを渡しておく。
ぺリベットの返事を待たず、黒星はそのままコランダムのコンクリートガレージから出て行ってしまった。
ぺリベットは後日エメリーへ黒星を傭兵として雇った事、そして今回の抗争はペリドットの指示のもとに進める事を伝えた。
コランダム内では荒野でのマルマロスとの会談の準備を始めていた。
その中、黒星は着々と情報収集を済ませ、抗争激化の予兆を感じていた。
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