後編 金はやっぱり運ぶ物じゃない




 



 黒星はまだ暗い中目を覚ました。

 不用心に閉めていないカーテンが目に入った。

 結局イヴは黒星の上で寝てしまった。イヴに乗られた黒星は服を着たまま眠ってしまったのだ。

 勝手にシャワーを使うのも悪いと思ったが、原因は酔って寝たイヴである。

 黒星はシャワーに入り、軽く汗を流した。

 シャツを着るのも億劫でズボンだけは履いておいた。

 カーテンの開いた窓の近く、そこに設置された椅子に腰を据えた。

 周辺に高い建物が無い事を確認して、窓を開けた。

 ジャケットを取りに戻り、煙草のポーチを取って戻ってくる。

 人に渡すわけでもない煙草は雑に巻かれ、すぐに火が点けられた。

 灰皿を用意していない事に気が付くころには煙草は短くなろうとしていた。




   ‡




 黒星が椅子に座り眠りこけていると。

 イヴが目を覚ましたようだった。

 イヴは眠たそうな目をこすって身を起こす。

「……ぅん」

 イヴはベッドのそばにある冷蔵庫から、水を取り出して飲んでいた。

 もういい時間である。豪快に寝ていたジェーンも目を覚ました。

「おはよ」

 イヴがジェーンに尋ねるとジェーンはうとうとした様子で、首を縦に振った。

 ジェーンが椅子に座っていた黒星に気が付く。

「…ん…」

 黒星は二、三歩近づいてきたジェーンに気づきすぐに目を覚ます。


「ん? どうした?」

 黒星がジェーンに尋ねる。

 眠気眼のジェーンは眉根を寄せる。

 自分の部屋に上半身裸の男が座り、眠っている。不審と思わずしてどうする。

 ジェーンは目を覚ました黒星に尋ねる。

「…イヴと寝た?」

 ジェーンは直球で黒星に投げつける。

「いや、違う。どちらかと言うと俺が襲われた。だが寝てはいないな」

 昨晩の様子だと相当なプレイボーイかと思っていたジェーンだが、黒星の様子に本当にイヴとは何も無かったのだろうと思う。

「でも襲われたってあなた、イヴより力が弱いの?」

 ジェーンは苦笑しつつ尋ねた。

「俺は筋肉についてはナチュラルだからな、イヴ見たいなバイオサイボーグには敵わない」

 無強化の肉体ではでは、人工筋群保持者のイヴには力でかなうはずもなく、黒星の襲われたと言う言葉に偽りは無いのだろう。

「イヴは何考えてるのかしら? ……なにか言ってよ」

 ジェーンは寝ぼけているイヴを突くが、イヴは揺れるだけで何の反応も示さなかった。

「まぁ酔いが回ったとだけ言ってたな」

 ジェーンは当事者の癖に投げやりな黒星の様子に少しイラついた。

「それ以外にイヴは何かやらなかった?」

 黒星は首を縦に振って返事を返した。

「ならいいわ」

「そうか俺はそろそろ帰るぞ」

 椅子から立ち上がった時、ジェーンは絶句した。

 黒星の大きな背中。

 そこには大きな画が刻まれていた。


 蛇龍だりゅうを踏みほのおまとそびえる迦楼羅天かるらてん


 昨晩話した男が話に聴く極東人とは違い、自分たちと何ら変わりないと思っていた。

 だが黒星の背中には一目見れば忘れられない存在感と言うモノがある。圧倒されるのだ。そしてその背中に負けない存在感を黒星は放つと確信させられた。

 昨晩の様に吹抜けていない。狩人として生き残って来た眼は今、黒星を視る事が出来て居た。

 イヴは黒星の刺青を凝視すると、寝ぼけていたのが嘘の様に眼を見開いた。

 黒星は視線にさらされる背中を隠す様にシャツを羽織ると前を止めずにベストを着て、ジャケットに袖を通した。

 呆然とする二人を置いて黒星は

「じゃあな」

 と最後にそう言ってホテルを後にした。




 ‡




「はぁ、トクロ怒ってるな…」

 黒星は帰らずに連絡も入れなかった、そんな自分の馬鹿な行動で確実に怒っていると予想した。

 デルガルドのビルに入ると、トクロがソファーで新聞を読んでいた。

「よお、遅かったな」

 珍しく葉巻を咥えるトクロが黒星に目もくれずに挨拶した。

「……すまん」

 すぐに謝罪すると、トクロは新聞を読むのを止めて黒星を見た。

「特にゴタついたって訳じゃなさそうだな」

 トクロは黒星が帰らなかった理由が、どこかの誰かとドンパチやったのでは無いかと心配していた。

「それは無かった」

 その黒星の言葉だけでトクロは満足した。

「じゃあ今日は換金しに行くぞ」

 トクロは大小二つのケースを地面に置いた。

「何に変えたんだ?」

 黒星が、残りの2億セルの行方を聞いた。

 トクロが自身有り気にニヤつく。

「ナノマシンだよ。電子ドラッグよりよっぽど高値が付く」

 トクロが小さなケースを叩いた。小さなケースの中には2億セルの価値がある。

「どこに売りに行くんだ?」

「南方にしようかと思っている」

 トクロは、最近大型クリーチャーが多く目撃されている南方にナノマシンを売りに行こうと提案した。

 狩人が多いであろう南方は当然ナノマシン消費も多いはずなのだ。

 ここは西方だが、その中でも南方スラムに近く、一日、二日ほどで比較的簡単にスラムを行き来できる。

 普通の商人が運べば中抜きや時期によって二億は目減りする事もあるが、トクロは違う。男二人でクリーチャーの生息地を駆け抜け、経費を最大限抑える事が出来る。そして高値で換金できると言う構想である。

「誰に売るんだ?」

 黒星がそう尋ねた。

 もちろんのこと、商人ではない個人から保障の無いナノマシンを買う人間など、ほとんど居ない。

 が、トクロは再度ニヤついた。

「ナノマシンが欲しいって言う商人がいるってな。そいつに買わせる」

 トクロの答えを聞いて、黒星もニヤついた。

 すぐに、キューベルワーゲンの元へと向かう。

 トランクのカギを開け、二つのケースをトランクの中へと仕舞う。トクロが運転席、黒星が助手席、いつものポジションに座り込むとトクロがカギをひねり、アルコールエンジンを掛けた。

「行こうぜ」




  ‡




 南方への道も半ばに差し掛かっただろうか、黒星が西方スラムから出発したときから距離を保ちついてくる車両に気が付いた。

「なぁ、分かってるか?」

 黒星がトクロに問いかけた。

「あぁ、居るな、大型車一台だな」

 黒星とトクロは互いに大型車がつけてきていることに気が付いていた。

「しかし、どっちがバレたんだ?」

 黒星は変装は完璧だったはず、とトクロを見る。

「知らねぇよ、俺を見るな。ていうか俺もバレる訳がねぇ」

 トクロがそう言うのであればそうなのだろう。横槍が入るかもしれないとはデルガルドからは聞いていない。

 どちらにせよ、荒野の中まで追ってくるのだ。尋常ではない。

 黒星は足元に置いていた、ダッフルバックを手に取った。

 ダッフルバックの中から、拳銃用のマガジン、それも多弾倉に拡張されたモノを取り出した。

 黒星はその20発入りマガジンをジャケットの内ポケットに差しておいた。

「トクロは良いのか?」

 黒星がトクロの攻撃手段について尋ねた。

「バカ言え。ドンパチやるのはお前の仕事だ。俺はか弱いんだよ」

「何言ってんだよ。か弱い奴はマフィアのボスを殴らねぇよ」

 黒星はトクロの苦い過去を掘り返して笑った。

「うるせ」

 トクロは速度を上げ、大型車を引き離した。

 ただ撒いただけ。

 障害物が少なくなって来た。トクロは車を岩陰に停める。

 二人は車から降りて、後を付けてきた大型車の到着を待った。

 

 土煙を上げて大型車が走ってきた。

 岩に持たれ煙草を吸う二人の姿を確認した大型車が、長い制動距離を稼いで止まった。

 大型車から、土煙を煙たそうにしてスキンヘッドの男と何名かの武装した人間が下りてきた。

 スキンヘッドの男が武装した人間を制して、二人の前へと出た。

「私は略奪をしに来たわけではない。おとなしく霜月会から受け取った金を渡せば何もしない」

 スキンヘッドの男がそう言ったが、黒星とトクロの二人には何を伝えたいのかが分からなかった。

 どちらにせよ、この武装した人間とスキンヘッドは、依頼された金を奪うつもりだという事は分かった。

「なにが言いたいんだ?」

 黒星は純粋な疑問を投げた。

 スキンヘッドの男が突然激高した。

「なんだ? ふざけるなよ! 貴様が持っているその金はボスが妹君のために作った金だ。それを霜月会の連中が荒川工業の連中に…貴様らが受け取り人だろ! 貴様ら以外に余所者が出入りしては居なかった! しらを切っても無駄だ!」

 肩で息をするスキンヘッドの男は、黒星を睨み続けていた。

 睨み続け、訳の分からない事を言うスキンヘッドの男に、黒星の目が据わった。

「まぁなんでもいいけどよぉ こっちは商売だ。ふざけるのも大概にしやがれ? 死ぬ気でこいよ、殺してやる」

 黒星の言葉が引き金になった。

 武装した3人がライフルを黒星へと構えた。

 瞬間、

——ヂゥン—ヂゥン—ヂュン—

 銃声が三発なり響いた。

 黒星の抜き打ちだ。

 黒星が握る「tt-33」通称トカレフ。それも狙いを点けるための照門、照星が削り落とされた改造品から三発の弾丸が放たれ、三人のライフルが破壊された。

 武装した三人は冷静に、破壊されたライフルを捨てて拳銃に持ち替えた。

「勝てると思ってんのか? 銃壊されたんだ。実力差くらい分かるだろ?」

 武装した三人は何の反応も返さず、拳銃の引き金を引いた。

 黒星は三人が拳銃の引き金に指を掛けたタイミングで転がり、三発の銃弾から逃れた。

「ッチ」

 舌打ちをしながら、拳銃を撃ち続ける。が、後少し弾丸がそれてしまっている。

 空になったマガジンを捨て、二十発の多弾倉へと変えた。

 黒星は急に動きを止め、両手で保持する拳銃で三人に二発ずつ、狙いやすい心臓付近へとお見舞いした。

「はぁ…」

 ため息が出る。まだ少し動く三人の頭に一発ずつ打ち込んでいった。

 武装した3人があっという間に殺された。

 スキンヘッドの男は呆気に取られた。

「仕方なしか…アズベル様、お先に失礼します」

 スキンヘッドの男はそう言うと、ありふれた45口径のオートマチック拳銃を構えた。

「死ね! 畜生がぁああ」

 叫びながら黒星が居る方へと拳銃を乱射した。

 黒星は銃口の位置から、自分に銃弾が当たることは無いと判断した。

 動かずにスキンヘッドの男の弾が切れるのを待つ。

 スキンヘッドの男の銃から、七発すべてが放たれた。

 黒星は無言で一発、スキンヘッドの男は銃弾を受け後頭部から破裂するようにして地に付した。

「しかし、考え無しってのは怖ぇえな」

 先ほどどちらかが足取りをバレたのではないかと思っていたが、そんな事は関係なかったのだ。ただ見慣れないモノが犯人だとしただけであった。

「そうだな」

 トクロの言葉に頷き、車に乗り込んだ。車はそのままUターンする。

 相当なスピードを出して車を走らせる。

 衝撃と不快感が二人を襲うが、二人は険しい表情のまま加速する。

 西方スラムが見えてきた。

 すら舞うの入り口目前までスピードを出し続けた。

——ギィィイイイイイ

 横滑りのドリフトでスラム街の中へと突っ込んで行く。

 街中で出す速度超過のキューベルワーゲンを、絶叫と共にスラムの住人はよけて行った。

 デルガルドのビルの前へと車を乱暴に止めた。

「キー渡す。中に入れとけ!」

 珍しく乱暴な口調で、トクロが門番の青年にキープレートを投げる。

 トクロは自分のダッフルバックを担いで、懐の拳銃を確かめた。

「行こうぜ」

 黒星は霜月会の方角を指さした。

 そう言った黒星は何時も通りの恰好だが、ジャケットの内側には先ほどよりも多く拡張弾倉を所持していた。そして何より、極東人特有の薄い目をさらに細めて険しく凶悪な顔つきになっていた。

 

 霜月会へと向かう道になんの以上も見られなかった。

 二人は霜月会の所持するビルに到着した。

「どうなされました?」

 ビルに入るとスーツの男が駆け寄ってきた。

 黒星がスーツの男へと身を向けた。

「ひっ! …何か御用ですか?」

 黒星と目が合った途端小さな悲鳴を上げた。

「上に合わせろ」

 前回より数段低い声で小さく、一言だけ言った。

 スーツの男が目を細めて、ついて来いとジェスチャーした。

「ボス。例の運送屋です」

 すぐに扉が開いた。

「なんだ?」

 眼帯をした男が革張りの椅子に座って、二人を懐疑的な目で見た。

 黒星が一歩進んだ。

「襲撃に遭った。襲ってきたゴミどもが霜月会と口にした。何を隠している?」

 そう問いかけた。

 眼帯をした男が目細めて、顎を撫ぜた。

「どんな奴に襲われた?」

 トクロが答えた。

「禿頭の男。よれたスーツを着た禿頭の男だった」

 眼帯をした男の残った目が見開かれた。

「そいつの身長タッパは?」

 事細かに聞いてくる眼帯をした男の様子に、二人は心当たりのある人物が居ると確信した。

「俺より少し低い」

 黒星が答えた。ちなみに黒星は百七十センチほどの身長だ。

 眼帯をした男は頭に手をやり、こめかみを揉んだ。

「はぁ~ 分かった。すまんが依頼は中断してもらう事は出来るか?」

 眼帯をした男が予想もしなかった提案をしてきた。

 黒星はトクロに判断をゆだねた。

 トクロはこの依頼を中断する条件を考えた。今のところこちら側が被った損害は銃弾分と燃料代、諸経費を含めても前金以内だ。これ以上何かに襲撃されるのは好ましくない。前金は返さないと条件付け依頼を中断しようと決めた。

 が、

「ボス。手紙と小包こづつみです。……アズベル様からです」

 スーツの男が小包と封筒をもって現れた。

 眼帯をした男が神妙な表情で小包と手紙を受け取った。

 無言で小包を開ける。中には木箱が入っていた。木箱を開けると、その中には光沢のある布に沈む、時間のずれた時計があった。

 時計を見てトクロは記憶に引っ掛かりを感じた。

 何だったか、引っ掛かりを覚える記憶を探っていく。

 時計は間違った時間を示し、0時を指そうとしていた。

「黒星ッ!」

 トクロが時計を指さした。

 黒星は時計を鷲掴みにして、鉄の扉を蹴り開けて窓のある方へと投げた。

 時計は何度か廊下を転がり、0時を指した。


——ドゴォオオンンン

 爆発が起きた。

 どうやら、小包に包まれていたものはクラシカルな時限爆弾だったようだ。 

 黒星とトクロには、爆弾を送られる心当たりはあるが、この状況で自分たちに当てられたものではない。

 眼帯をした男が額に手をやり、眉間の皺を深くした。

 トクロが眼帯をした男に顎を指す。

 黒星は首を傾げる。

「おい…さっきのはなんだ? 俺たちも心当たりがないわけじゃないが…アズベルなんて言う名前のやつに心当たりは無いぞ?」

 態度を一変させ、革張りのソファーにどっしりと深く座り込んだ。

 今までの依頼主と雇用者の関係は崩れた。

 もうこれは仕事ではない。

「なにが知りたい…」

 どうしようも無い感情をぶつけるあてもなく、眼帯の男は落ちた髪を撫でつける。

 黒星は横柄な態度で答えた。

「アズベルとか言うやつについて。と、この依頼について」

 眼帯をした男は黒星の口から出た、アズベルの名前にため息をついた。

 眼帯をした男は机の引き出しを開け、パナテラと呼ばれる細い葉巻を取り出しす。

 黒星がそれを見て、煙草ポーチを出そうとした。

「吸うか?」 

 眼帯をした男が聞いて来た。

「ん?」

 ねだるつもりは無かったために聞いてしまう。

「あぁ。巻き込んだのは俺だからな」

 そう言って、黒星とトクロに口を切った葉巻を渡した。

 軸の長いマッチを擦った。マッチの先の頭薬が燃えきるまで待つ。軸に火が移り始めた所で、眼帯をした男は葉巻に炙るように火を灯した。

 同じく二人も火を点けた。

「まずは…アズベルの話か…」

 眼帯をした男は小包を送り付けた張本人。アズベルについて語りだした。




   ‡




 アズベルという男は霜月会の重役となる人間だった。

 だが、ある出来事を境にアズベルは変わってしまった。

 ある日、アズベルは当時の若頭たる人物にある場所へ行けと命令を受けていた。だが、その若頭は長年アズベルの失脚を乞うていた。ある日若頭はある噂を耳にした。

「荒川組の重役がアシュリーと言う娘を欲しがっている」

 そんな噂だ。若頭はアシュリーについて調べた。そうするとアシュリーはアズベルが大層可愛がっている妹分だという事が判明したのだ。

 若頭は考える。ここでアシュリーを盾にすればアズベルの頭を押さえられる。そしてアシュリーを荒川組に引き渡せば、自分の地位も上がる。まさに一石二鳥だ。そう考えた。

 アズベルは若頭に命令通りに動いて時間を稼がれ、アシュリーを拉致され売られた。

 それが発覚してすぐに若頭は処刑されたが、最愛の妹分を失ったアズベルは霜月会全体が仕組んだ事だと考えた、信じ切っていた。

 アズベルは霜月会との接触を経ち。その後、何人かの仲間を連れ荒川組へと乗り込んでいる。霜月会は荒川組からの連絡を受け、アズベルが襲撃を掛けた事を知り、アズベルを拘束した。

 それが決定打となり、アズベルは霜月会が完全に裏切ったと判断した。

 その後もアズベルはたびたび、荒川組への攻撃行動をとっていた。荒川組はアズベルがたびたび仕掛けてくる攻撃行動を無視することが出来なくなったのか、霜月会へとアズベルの殺害を依頼した。

 霜月会はそのことを重く受け止めるが、元は暴走した若頭のせいであり、優秀であり好かれていたアズベルを殺したくはないと言う意見の方が多かった。荒川組には霜月会で監視、無力化するから殺害依頼を取り下げてほしいと申し出たのだ。

 荒川工業は、アズベルの攻撃が止めばそれでいいと考えていた、アズベルの襲撃さえなければ良いとその提案を受理した。

 霜月会はアズベルが荒川組への襲撃でため込んでいた金を洗浄ロンダリングして、荒川組からアズベルを隠そうとした。

 が、霜月会のそんな考えは届かず。アズベルは霜月会が荒川工業と手を組み、己の復讐の為の手段まで奪おうとしている。交渉をしに行った時点でそう判断された。

 そして、黒星とトクロはアズベルから奪った金の受け子だと判断され、襲撃された。

 今届いた小包も、霜月会への復讐として贈られたのだ。




   ‡




 眼帯をした男の話が終わる。

 三人の間に沈黙が電波した。

 黒星とトクロは、すっかり短くなった葉巻を灰皿に乗せた。

 眼帯をした男は既に火の消えた葉巻を、灰皿に置いた。

「巻き込んで済まない。アズベルは私たちからの言葉は聞かないだろう。二人が無縁の人間だとアズベルには伝える事は出来ない。近日中にこの街から出ていく方がいい」

 眼帯をした男のありがたい提案を、黒星は右から左へと流した。

「わかった。だが俺はこの街から出ては行かないぞ」

 黒星はそう言いながら、小包と共に届けられていた手紙を指先で叩いた。

 眼帯をした男が、乱暴に紙をちぎって封を開けた。

 中には紙が一枚折られて入っていた。

 紙をの折り目を正す。紙には、

″覚悟しろ。今日裁きは下される。我らが怨敵に鉄槌を〟

 そう書かれていた。

 黒星は口角を吊り上げ、トクロがこめかみを押さえてため息をついた。

「もうこっちは喧嘩売られたんだ。俺は高値で買い取ってやるさ」

 眼帯をした男が、黒星の考えと言葉に乾いた笑いを漏らした。

「もういいか、好きにしていい。こっちももう責任は取れん」

 吹っ切れたようだ。先ほどよりも少しばかり軽く感じる。

 二人は一度帰ろうと少し焼けた扉に手を掛けた。

「あ、そういや。三億はどうなるんだ?」

 トクロが思い出したように聞いた。

 眼帯をした男が、軽い調子で答えた。

「ん? 三億ならもういいさ。迷惑料だと思ってくれ。あの金は行方知れずになればそれで良かったんだ」

 思わぬ収穫に黒星が破顔した。




   ‡




 デルガルドのビルへと戻っていた。


「霜月会の奴らはそんな事になってたのか」

 デルガルドが眉間にしわを寄せた。

「まぁいい。車は置いておけ。蹴りつけてこい」

「当然」

 二人はそう言い残すとデルガルドの下を後にする。

 キューベルワーゲンのトランクルームを開く。

 トランクから金属製のケースに紙の箱を取り出した。トランクの底にあった革張りのトランクバッグをさらに奥へと沈めて。

 拡張された弾倉をジャケットに差していく。弾倉を4本、拳銃弾40発をジャケットに差した。

 トクロは普段使っている中折れ式のリボルバーを仕舞い、樹脂製のケースから一丁のリボルバーを出した。M27と呼ばれるマグナム弾を使うリボルバーを取り出した。

 トクロはおもむろにシリンダーを開放、スイングアウトした。トランクから取り出した中にあった紙の箱を開け、中に入っているマグナム弾を一つ一つ装填していく。

 6発装填し終わると手首を返す動きでシリンダーを戻した。

 そのあとトクロは黙々とスピードローダーと呼ばれる、リボルバー専用の装填補助具にマグナム弾をセットしていった。

 トクロの作業がひと段落ついたところで黒星は、トクロに手を出した。

「アレ、くれるか?」

 トクロは嫌な表情になったが、しぶしぶといった様子でケースの中から加速剤を取り出した。

「あまり使わないことを心掛けてくれよ。お前は薬に少し飲まれる」

「あぁ」

 黒星はトクロに渡された加速剤。

 黒星は少々オイタの過ぎた過去を笑いベストの左胸についたループに加速剤を通した。

「行くか」

 トクロが目を細めながら呟くと黒星は独り言に言葉を反す。

「あぁ。さっさと行こう時間は有限だ」


 二人は霜月会のビルに到着すると眼帯をした男の部屋で待っていた。

 三人の間は無言。灰皿には山のように吸い殻が溜まっていく。

「今…何時だ?」

 連絡専用の端末しか持たない黒星は、時計の無いこの部屋を見まわしながら聞いた。

 眼帯をした男が腕時計を見た。

「15時だな」

「そうか、少し腹が減る時間だな」

 黒星が呟くと、眼帯をした男が戸棚からチョコレートを取り出してきた。

「好きに食べていい」

 そう言って机に置き、自分の取り分か、チョコレートをいくつか手に取って座りなおした。

「そうかい、じゃぁ遠慮なく」

 一応の断りを入れてチョコレートを貪った。

「そう言えば…アズベルとやらがよく使う武器なんかは有るのか?」

 黒星がチョコレートでいっぱいになった口で尋ねた。

「火器か? あいつは基本的に格闘で戦う。あいつは人を相手にした事しかないからな。だが、拳銃を取り入れた戦う事も多かったぞ」

「そうかい」

 もうすぐ来るであろうアズベルの話をしながら三人は落ち着いた様子で待っていた。

 大量に人が居るこの場に乗り込んでくるアズベルを待つ。正直に言えば乗り込んで来た時にでも誰かにやられれば良いと思うが、眼帯の男の様子からアズベルと言う男は多少の人数ではどうにもならないのだろうと黒星は思う。

 眼帯の男はすでにこのビルから人を引かせている。わずかな戦闘員が居るのみ。

 そんな中音がする。聞きなれた音。

 大きなネズミが来た様だ。

 どちらにせよ待たなければ来ない。黒星はもう一つとチョコレートの包装を破った。

「待たせたな。クズ共が」

 アズベルと二人の人間が、扉を蹴り開けて入って来た。

 黒星は先ほど、扉が蹴り開けられた衝撃で落としたチョコレートをぼんやりと見ていた。

 片目を義眼に変えた男と、顔面以外が機械の露出したサイボーグ男が短機関銃サブマシンガンを構えた。

 すぐに、トクロと黒星は拳銃を抜き、短機関銃を構える二人に照準を点ける。

「ちょっと移動しねぇか? ここじゃあやりにくいんだ。それと食い物食ってんだ邪魔すんのは良くねぇぞ」

「知らん」

 そう一蹴されたが、黒星はまるでこたえた様子もなく広いこの部屋を目線で見まわした。

「まぁいいよ。俺は自分の戦いやすい様にしたいだけさ。どちらにせよ落とし前はキッチリとだ」

 アズベルは黒星の言葉で、仲間を殺したのは黒星だと確信した。

 アズベル達は黒星達へと歩を進める。眼帯をした男は机の下で45口径短機関銃の安全装置を解除した。

 義眼の男と、サイボーグ男が二人目掛けて発砲した。

 二人は義眼の男と顔面が残るサイボーグ男の眉が動いた瞬間、ソファーの後ろへ転がるようにして弾を避けた。

 防弾プレートの入ったソファーは黒星達を守る。

「おぉおぉ あぶねぇ」

 短機関銃の弾が撃ち切った事を確認して起き上がった。

 アズベルと義眼とサイボーグ男が、黒星を見つめた。

 

——チャッ


 アズベルと黒星が互いに照準を付けあう。

 義眼とサイボーグ男が黒星へと、短機関銃を向けた。

 三対一が出来上がった。

 が、

「はーい。よそ見すんじゃねぇよ」

 トクロがサイボーグ男へとリボルバーを向けた。

 サイボーグ男が首を回して、トクロへと注意を移した。

 眼帯をした男が45口径の短機関銃をサイボーグ男に向けて照準を合わせる。

「動くな。撃つぞ」

 義眼とサイボーグ男が弾切れになった短機関銃を捨てた。

 トクロと眼帯をした男が、義眼とサイボーグ男が持って居るであろう拳銃を警戒する。

 誰も動かない。

 無音の空間が出来上がる。

 

 爆音が轟いた。


 アズベルが発砲した。

 照準を付けてたとは言え、片手で構えていた拳銃は反動によって大きくブレ、黒星に当たる事なく弾頭は通り抜けて行く。

 黒星は弾丸が通り過ぎ、反動で銃口が上がったのを確認すると、左手でジャブを放った瞬間、アズベルが気取られる隙に台尻グリップエンドで顔を横から殴った。

 アズベルはフェイントに出された左手に気を取られ、正面に守りを向けるが、黒星のふり下ろされた台尻が左腕を強打した。

「かてぇな、横っ面殴られてオチてくれると楽なんだが…まぁしかたない」

 ジリジリと二人は移動していく。

 どちらも全身を使いながら戦うタイプ。距離の近い今は障害物の多い場所では戦い辛い。先ほどの戦闘で互いに体術のみ、銃撃のみで戦える訳ではないと悟った。

 



  ‡




 一方、トクロと眼帯をした男は、義眼とサイボーグ男と対峙し続けていた。

 

——ダァンッ


 銃を抜く気配の無い義眼へとトクロは発砲した。

 義眼は放たれた弾丸を避ける。

 トクロが引き金に力を伝えた瞬間に、義眼は避けるための動作へと移っていた。

「げっ!」

 トクロは残りの5発すべてを義眼へと撃ち込む。

 義眼の男は皮膚を張った下に装甲を装備したなのだろう。1発だけ当たった弾丸が皮膚を破るがそのまま貫通する事無く逸れて流れていく。

「…本当か《マジ      》」

 眼帯の男が二人に牽制を入れてくれた。

 トクロは金属プレートの入っている、机の裏へと逃げ込む。眼帯の男が短機関銃を腰だめに構え直した。

 トクロは素早くリボルバーのシリンダーをスイングアウトさせた。あらかじめセットしておいたスピードローダーを使い弾薬を装填。スピードローダーをポケットにしまいながら手首のスナップでスイングイン。

 机から半身を出してリボルバーを構える。

 狙いたいのは構造上装甲を張れず強度の出せない関節部。だが、トクロは身体改造者であればエネルギーパックが収められている脇腹へと照準を合わせた。




   ‡




 黒星がバックステップで距離を取り、アズベルの腕へとダブルタップで弾丸を撃ち込んだ。

 動きながら放った弾だが二発、両方アズベルの腕へと命中した。

 だが、命中した弾丸は鈍い音を立て止められた。弾丸が当たり破けた服からは鈍いシルバーが覗いていた。

 黒星は舌打ちと共に、マガジン内の残った弾をアズベルの腕へと命中させた。

「クソッ お前、機械義肢マシンアームかよ。どおりでさっき殴ったときに硬かった訳だ」

 アズベルは黒星の言葉を聞きながら、穴の開いた袖を破り去った。

 両袖の無いコートからは機械の腕が伸びていた。

「来い」

 そう言って構える腕には擦過痕を覗き傷は無い。黒星の放った弾は小口径とは言え、発射薬の増量された高威力弾。それでも撃たれたアズベルの腕は快調に動いている。

 黒星は眉頭を上げ、空になったマガジンから10連マガジンを挿した。

「うるせぇ」

 ホールドオープンを解除して初弾を装填しながら、空になったマガジンをアズベルへと投げつける。

 アズベルは投げつけられたマガジンを弾き飛ばした。

 黒星はアズベルの腹部を目掛けて右足を蹴りだした。

「ぐっ」

 右足が地面につく前に、左足でアズベルの拳銃を狙って蹴る。

 両の足が地面から離れるが仕方が無い。

 アズベルの腕は大きく跳ねたが、体重の乗り切らない蹴りでは拳銃は弾き飛ばされる事は無い。

 アズベルは反撃に移ろうとするが、腕が跳ね上がり、正中線を晒してしまった。防御にも攻撃にも、腕を動かそうとすれば黒星の攻撃が両の肩、手首へと向けられる。黒星の攻撃は止むことが無い。

 右左から足技の応酬。時たま肘が混ざる攻撃をアズベルは避け、耐えていた。

 黒星が数センチだけ引いた瞬間、アズベルは前方に踏み込み、黒星を全体重を掛けた体当たりで押し飛ばした。

「ん⁈」

 黒星が押し飛ばされたされたことを認識した。急いでアズベルを確認しようと目を動かしまわる。アズベルを発見したとき、すでにアズベルの大振りの右拳が迫っていた。

「ガハッ! ッ」

 黒星は後頭部と耳を守ったが、金属製の拳はまるで金槌の様に腕にも頭にも響いた。

 右拳が思いのほか効いたのか、痛みで左右の感覚のズレに微かだが初動が遅くなる。

 そのわずかな初動の遅れを見のがすアズベルでは無い。先ほどとは打って変わってアズベルの猛攻が始まった。

 黒星は精一杯対応するも、機械義肢の早さが、力が、差がありすぎる為に対応できず、出来るだけよけ、数センチでも打点をずらし致命傷を避ける。

 アズベルがまた大ぶりの拳を上げた。

 黒星はアズベルの腹目掛け十発の弾丸をすべて発射した。

 反動を逃がしきれないが、至近距離からの銃弾は全弾が叩き込まれた。


「……ッ…さすがに効いたぞ。ぃ痛いな」

 動きが止まった。




   ‡




 先ほどからの膠着状態がいまだに解けない。

 トクロと眼帯の男が銃を構え、義眼とサイボーグ男が攻撃の機会をうかがっている。

 痺れを切らしたトクロが下ろしていたリボルバーを早撃ちした。

「なッ⁈」

 慌てて眼帯の男も腰に構えていた短機関銃をフルオートで連射した。


 義眼とサイボーグ男は銃弾の雨に晒される。

 トクロからの弾丸を受けた義眼は、トクロを注視てしまったが為に眼帯の男が放った弾丸を防ぐ事も避ける事も出来ずに、頭とコア付近を除くほとんどに穴を開けていた。

 眼帯の男は高威力の徹甲弾を装填した弾倉を差し直す。

 一方、サイボーグ男は良く動く目を動かして、機械化された体で被弾を最小限に抑えていた。

「システム起動。ボディ操作権限を移譲。敵性体の排除を開始」

 朽ち倒れた義眼に目もくれず、動かない口からシステム音が聞こえた。

 完全機械化された体は戦闘形態に移行した。

 足の両サイドからは拳銃弾使用と思われるマガジンが飛び出した。

 サイボーグ男の手首は取れ落ち、手首からは銃口が覗いている。腕の外装の一部が開き、足から飛び出るマガジンを挿入した。

 サイボーグ男が二人に両腕の銃口を向けた。

「うおっ!」

「早く!」

 驚いた眼帯の男をトクロが手を引いて、机の後ろに引きずり込んだ。

 先ほどまで眼帯の男とトクロが居た場所に弾丸が通過していった。

「戦闘専用のOSに切り替えたか…」

 トクロがポケットを探りながら呟いた。銀色のケースに収められているカラフルな六発の弾薬を取り出した。

「どうする? 戦闘専用なら相当面倒臭い」

 眼帯の男は机の端からサイボーグを伺う。

 トクロは眼帯の男の返答を無視しながら、黙々とスピードローダーにセットしていなかった銃弾を込めていた。

「取り合えず、銃だけ出して連射してくれ。あ、あとこれ投げてくれ。邪魔さえできればいい」

「あぁ? わかった」

 一呼吸置いて眼帯の男が、机から銃口だけを出し、サイボーグ男が居ると思われる場所へと掃射し始める。引き金を引くと同時にトクロから指示されたボールも投げた。

 ボールは赤色の光を点滅させる。

 眼帯の男が撃ち終わる前にトクロはサイボーグ男目掛けリボルバーを発砲した。

 トクロは大きく反動で体制が崩れ床に叩きつけられる。

 眼帯の男はサイボーグ男の反撃が始まると、机の後ろに隠れる。

 だが、銃声はせず、トクロが立ち上がった音が聞こえた。

 机からのぞき込むとサイボーグ男は大きく胴体を損傷し、どう考えても大破していた。

「なにしたんだ?」

 戦闘用OSを積んだサイボーグとの戦闘とは思えなかった。

「あれは旧ソフトだったからな。アンタが投げたボールはミサイルの先端についてる奴よ、だからサイボーグの注意があっちにむく。そこで炸裂徹甲弾をぶち込んだ」

 痛みで痙攣する右手を押さえながら、トクロは答えた。

 トクロが眼帯の男に渡したのはミサイルに搭載されるレーダー照射器である。サイボーグに搭載される戦闘OSは破壊力の大きな攻撃を優先して迎撃する。サイボーグ男は完全に体の操作をOSに移譲してしまい、ある筈もないミサイルを探知する間にトクロの放った炸裂徹甲弾によって大穴を開ける事になった。

「取り合えず頭を吹っ飛ばしてくれ… まぁ腕がこの通りなんでな」

 徐々に紫色の差してきた腕を見せ、眼帯をした男に頼んだ。

「わかった。このタイプは頸椎付近のジョイントで良いのか?」

 トクロが頷いた。

 眼帯の男が人間で言う心臓の位置に短機関銃の銃口を、少し距離を開けて構えた。

 引き金を引こうとした瞬間、対物ライフル弾にも耐えうるハズの窓ガラスと壁が大きく吹っ飛んだ。

「「⁈」」




   ‡




 黒星はジャケットの中から、ガラスの様な素材でできたモノを握った。

 アズベルがソレを使うのを阻止しようとして来る。

 黒星は加速剤ソレを大腿に押し当てた。

「……クァ 高級品は違うなぁ」

 空になった注射器を投げ捨てる。視界が中心から無彩色へと変わっていく。だんだん視界の端で落下する注射器の速度がゆっくりと流れていく。アズベルの表情が変わる様がスローモーションで映された。

 加速剤アクセルアンプルは軍用に開発された、視界の低速流動化、五感、脳の神経伝達速度の向上、そしてそれを可能とするための鎮痛成分を含んだ薬である。今の黒星には世界がとてつもなくゆっくりと映り、その中で普段と変わらない速さで動ける、その全能感に酔っていた。

 アズベルは加速剤特有の血走った目を見て、拳銃を発砲した。

「クッ 避けるか!」

 発砲された弾丸は、銃口の向きを読んだ黒星によってすべて避けられる。

 黒星は先ほど全弾撃ち切ったマガジンを交換してリロードした。

 久しぶりの使用に力の調整が上手く行えない、黒星は空になったマガジンを握り潰してしまう。

 手が切れた筈だが、鎮痛成分のおかげで痛みが襲った様子はない。

 黒星はアズベルと息を交わすような距離に近づいて瞳を目掛け、発砲。

「ふ、ざけるなっ! ここまでの親和性は…」

 アズベルは発砲直前に銃を横から叩き、少しだけ弾道を反らし凶弾から逃れた。

「ッチ…サッサっとくたばれ」

 いつも以上に口の悪い黒星は、手をだらりと下げ、瞬間アズベルへと猛追を掛ける。

 アズベルは金属製の腕で黒星の攻撃を防ぐが、強く続く衝撃で広がった腕の感覚で段々と攻撃を防げなくなっていく。

 アズベルの脇が開く。

 黒星は口角を吊り上げた。

 アズベルの顔から血の気がスッと引いた。

 アズベルの右腕の関節部に内側に向け銃口を一センチにも満たない距離で構える。

「ハッハハハハ」


——ヂャン ヂャン ヂャン ヂャン ヂャン ガッ ギュン!


 五発の弾丸は関節ジョイントを叩く様にあたり弾かれていく、だが、鹿を殺すような威力の弾丸が撃ち込まれたところで、アズベルの右肘は崩壊した。

「あ…がっ ぐ…くそ」

 痛覚神経遮断が間に合わなかったのだろう、苦悶の表情を浮かべるアズベルは黒星に蹴り倒され、左肩から踏みつけられた。

 加速剤の影響でぴくぴくと動く表情をした黒星は、両手で銃を構え、照門、照星の無い遊底からアズベルの眉間に照準を合わせる。

 絶対に外さないタイミングで、


——ダァァアアンンンンン


 壁が吹き飛び、二人を爆風が襲った。


 壁が飛び、黒星の注意がアズベルから逸れる。

 

 黒星は破られた壁を見ると衝撃的な人物を目の当たりにした。

 壁を吹き飛ばした女はカツカツと音を立てて部屋へと降り立った。

「? なんで…黒星?」

 心底不思議そうな顔をして、アズベルへ銃を構える黒星を見た。

 倒れるサイボーグ男を見てため息を吐く。

 トクロと眼帯の男を手で制し、黒星とアズベルの元へと歩み寄った。

「アズベルは…あなた?」

「おい… イヴ?」

 イヴは黒星に乗られているアズベルへ尋ねた。

 アズベルは口を開くことは無かったが、目で頷いた。

「ふーん…黒星はなんでいるの?」

「あぁ? お前に言う必要はねぇだろ? それよりてめぇがなんで居やがる?」

 昨日とは別人のように黒星へ半眼の瞳を向けた。

「昨日とは全然違うわ…黒星、私は仕事で来たから邪魔はしないでね」

 そう言って黒星を殴り飛ばした。

「がっ クソがっ 何なんだよ」

 黒星は構えて居なかったが為に人口筋群に強化骨格から繰り出される蹴りを真に受け転がり飛んだ。

 だが加速剤のおかげで受け身は取る事が出来た。

 黒星はすぐに立ち上がると、イヴはアズベルを小脇に抱えていた。

「テメェ 人のモンに手ぇ出すんじゃねぇよ」

 黒星は足の筋破断も気にせず豪速でイヴへと迫る。経験則からイヴが避けようとするであろう場所へ先回りする。煩わしいと感じたのか、イヴが拳銃を抜こうとするが黒星に右腕を蹴り飛ばされる。

「黒星…噂通り早いのね」

 金属骨格と人口筋群でできた腕が再び黒星を殴る。

 黒星は殴られながら拳銃をイヴ目掛けて発砲した。

 だが、放たれた弾丸はすべてイヴの掌の中へと納まった。

「黒星…邪魔しないでって言ったよね?」

「……知るか…それはこっちのセリフだぜ」

 ジグザグに動きながら迫る黒星にうんざりとしながら、イヴは動きを止めた。

 黒星が一瞬で距離を詰め、イヴの目前で止まった。

 いつの間にかイヴには拳銃が突き付けられている。

「てめぇの頭蓋が何製かわ知らねぇが装甲厚が十ミリ超えねぇんだら当然脳を破棄できるぜ」

 イヴは黒星の言葉をニヤリと笑った。

「ふっふ、そうね」

 黒星はイヴの余裕な態度を怪訝に思ったが、拳銃を握る人差し指へと力を込めて行った。

 減速した時の流れを映す瞳に、自分と同じ速さで動く腕が現れた。イヴの掌を破り、何かが飛び出してきた。

「……?   …くっ」

 鎮痛成分の御蔭でゆくっりと痛みが襲ってくる。

 黒星の腹には鈍く輝く大きな針の様なモノ。フレシェット弾が刺さっていた。

 痛みと傷のせいで徐々に色を取り戻しつつある視界に、アズベルを担ぎ笑うイヴが映された。

「じゃね。龍喰りゅうぐいさん」

 イヴの放った言葉が強烈に頭に響いた。黒星はスッと冷静に戻った。

「てめぇ…なんで知っている? 俺の事をそう呼ぶ奴は俺が全員殺した」

 腹の傷を押さえ、動けない黒星はイヴへと尋ねた。

「さぁね」

 そう言って、イヴはアズベルを小脇に抱え止めを刺されるのを待っていたサイボーグ男を拾って、大きな穴の開いた壁から飛び去って行った。




  ‡




 二人が乗るキューベルワーゲンは荒野のほとりで止まっていた。

「まだ気にしてんのか…黒星?」

 トクロが紙の新聞を読みながら、ボンネットに足を掛ける黒星へと尋ねた。

「気にしちゃいねぇ…とは言えないな。まぁイヴとか言う女には聞きたい事が山ほどある」

「いつ見つかるかなんてわからないぞ? まぁ今回の一件は報酬も貰えたし俺は満足なんだがな」

 腹の傷も完璧に治っていない黒星に満足できるはずも無い。

 黒星は珍しくタバコ屋で買った、弓矢の描かれた煙草を開けた。

「まぁ見つかった時で良いから、その時は仕事は出来ない」

 黒星はそう断りを入れた。

「わかってるよ。そういや珍しいなお前が箱買うなんて」

 黒星はトクロの言葉を聞きながら、咥えた煙草に火を点けた。

「まぁな、昔を思い出したかっただけさ」

「…そうか」


 荒野に紫煙が流れ消えて行った。

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