BLACK STAR
ガジン
黒星とトクロ 荒野を走る
金は運ぶ物じゃない
大きな音を立ててオープントップの古臭い車、キューベルワーゲンと呼ばれる車が走っていた。
助手席で煙草を巻く男、
「え~と、今回の依頼は
黒星にトクロと呼ばれた、中折れ帽を目深に被ったダークグレーの髭面男が、苦い顔をした。
「…そうだ。そいつにはカリがあってな…」
煙草を巻き終わって煙を吐く黒星は更に追及する。
「なにしたの?」
「簡単に言えば喧嘩だ。具体的に言えば抗争で助けてもらった」
黒星は「助けてもらった」と言う言葉で今回の依頼は断れない依頼だと悟った。
外を眺めつつ、見える範囲で索敵もする。
そんなことを続けながら居ると地平線に人口の建造物が見えて来た。
西方大スラムが見えてきたのだ。
四大スラムの中でもクリーチャーとの戦いが激しい東方に比べ、あまりクリーチャーとの戦いも多くないため、四方の中でも一番の工業地域だ。
西方スラムに何度も足を運んでいる二人は、勝手知ったる足取りでスラムの中へと進んで行く。
馴染みのマフィアの元へと向かっていった。
「よう」
黒星が、四回建てほどのコンクリートビルの前に居る男に声を掛けた。
「おっ! 黒星さん! こっち来たんすか! どうぞっす」
ビルの前に居た男は嬉々とした様子で車を塀の中へと通した。
トクロはビルと塀の間にある駐車スペースへと、車を止めた。
「挨拶しに行くぞ」
トクロがそう言うと、黒星は車を降りてジャケットの襟を正した。
‡
ビルの中へと入るとエレベーターを使い最上階、四階へと向かった。
エレベーターを降りると赤いカーペットが敷かれた廊下が目に入る。廊下を右に進んで行き、金属と木材で構成された扉をノックした。
「おう、入れ」
中からそう聞こえてくるのを確認して、扉を開けた。一枚板の大きな机。革張りのソファー。大きなモニター。どれも大きな値が付くもので構成された部屋だ。
「来たか」
部屋の主、ノアファミリーのボス、デルガルドが笑っていた。
トクロと黒星は頭を下げ、挨拶を済ませると革張りのソファーに座った。
デルガルドは二人がソファーに座るのを見て、喋りだす。
「久々だな。まぁ前置きは良いか。仕事についてだが…最近東方から流れて来たマフィア連中の資金洗浄だ。あいつら電子ドラッグのデータ売買で作った金らしくてな。俺も断りたかったが、まぁ断る材料も無くてな、すまんが受けてくれるか?」
デルガルドの申し訳なさそうな声とは裏腹に、受けろと言う威圧を放ちながらトクロに語り掛ける。
そんな圧力など楽にいなし、トクロはため息をついた。
「はぁ、受けますよ。それで幾らくらいなんですか?」
トクロの言葉にデルガルドはニヤリと笑みを浮かべながら答えた。
「3億だ」
黒星が笑いをこぼした。
「3億ですかい? 一寸ばかり面倒臭い仕事になりそうですね。報酬はどのくらいで?」
黒星がそう聞くとデルガルドは一枚のカードを投げ渡した。
「おっと」
キャッチした黒星がカードを見ると、そこには1千万CEL《セル》と書かれていた。
「これは報酬ではないでしょう?」
黒星はカードを指ではじきながらデルガルドに聞いた。
「あぁ、ソレは前金だ。向こうさん絶対に成功させたいらしくてな。成功報酬に9千万セル渡すって言ってるぜ」
デルガルドが言った額の大きさに二人は失笑を漏らした。
「それは…また」
「それで、依頼人は?」
黒星聞くのを待っていたのだろうか? デルガルドは大きなモニターに地図と写真を映し出した。
「依頼人はこいつ等、知り合いって訳じゃねぇってのはさっき言ったが、東方マフィアの流れ者で
トクロは東方マフィアと聞き、黒星へと視線を向ける。
黒星は聞き覚えの無い組の名前に首を傾げる。
トクロは黒星との関係性は無いと判断し、デルガルドの話に耳を傾けなおした。
話の概要を聞き、今回の仕事の要点を頭に叩き込んで行く。
デルガルドの話も一段落ついた。軽い計画も立案済みである。これから仕事に移るのだ。
「じゃあ、いつも通り車置いときます」
トクロはそう言って部屋から出て行った。
「おう、って行っちまった。それと黒星、お前さんが一ヶ月ほど前に探してた奴によく似た奴、見つけたぞ」
黒星はデルガルドの言葉に目を見開いた、
「ありがとうございます」
先ほどより少し低くなった声で返事をした。
デルガルドは引き出しから封筒を取り出し黒星に渡す。
「データは紙媒体のみ、電磁データは無ぇ、それだけだ」
黒星は封筒を受け取ると目を瞑って礼をし、すぐに部屋から出て行った。
‡
煙草を巻きながら、地図に描いた目的地へと向かっていく。
「資金洗浄なんて久しくやってないな」
黒星が、巻き終えた煙草に火を点けながら言う。
「そうだな、最近は弾薬運んだりしてたからなぁ」
副業に近い運送屋以外の仕事は久しぶりだ。
目的地のビルの正門には武装した男二人が立っていた。
黒星が片方の男に近づいて行く。
男がライフル銃を向けるが、黒星は全く動じもしない。
「デルガルドの紹介だ」
黒星がそう言うと、もう一人の男が通信機で何かを伝えた。
少ししてからビルの中から、よれたスーツの男が出てきた。
「デルガルドの紹介か? 名前は?」
「黒星とトクロ」
ぶっきらぼうに聞いてくる男に名乗ると、スーツの男はついて来いとジェスチャーした。
スーツの男について行くと金属製の厚い扉の前に着いた。
「入ってこい」
スーツの男が金属製の扉を開けて、二人に入れと言った。
「お前らか」
部屋のなかで眼帯をした男が東方で考案された、日本刀と言う近接武器を磨きながら、二人に値踏みするような視線を向けた。
二人は机の前に立った。
「依頼内容は?」
すでにさわり部分は確認しているが、請け負った仕事の情報に齟齬が無いかを確かめる意味を込めて聞いた。
「依頼? あぁ資金洗浄だな。額は3億CEL。質問は?」
トクロが黒星に目配せした。
「二つ。まず資金洗浄の方法に指定はあるか? それと報酬」
眼帯をした男は、黒星の言葉に眉を上げた。
「あぁ~ 洗浄方法はどうでもいいんだよ。まぁ好きにやってくれ。報酬は…もう前金貰ってんのか?」
トクロが首を縦にふる。
「あぁはいはい、報酬は9千万と追加の1億。洗浄した金の中から支払う。あとは無いな?」
不審な点は無いと思う。
トクロも同意見なのか黒星に何かを言う事は無い。
双方無言のまま首を縦に振る。
「持ってこい」
眼帯をした男がそう言うと、スーツの男は艶消しの黒色のアタッシェケースを三つ運んできた。
見覚えのある大きさに、一ケース1億CELとあたりをつける。
「じゃあ、三週間以内に頼むぞ」
眼帯の男がそう言うと、もう用は無いと椅子に戻ってしまった。
一つ10キロのケースを手に取り、トクロと黒星は軽く礼をして退室した。
「ボス。マークは付けますか?」
スーツの男は眼帯をした男に問う。
眼帯をした男は無言で首をふり、モニターに二人の写真を映し出した。
「あいつ等ならできるだろ」
モニターに映る黒星とトクロの映像。
デルガルドや他のマフィア幹部から貰ったデータには、黒星の写真に付属し三桁に届こうとする賞金首の討伐データ。トクロの写真の下には、過去に所属していた部隊とパーティーの名前が並んでいた。
「調べまわってもこれだけしか出てこねぇ。だが、名前はいくらでも聞こえる。そんな、連中だ。その上デルガルドの紹介だしな」
饒舌に語る眼帯をした男の様子に、スーツの男は二人を見張りとして待機させていた部下に退却命令を出しておいた。
‡
「ん、視線が消えた」
黒星が突然そんなことを言った。
トクロは首を傾げたが、黒星の感は異様に鋭いことを思い出した。
「何か居たのか? 追うか?」
「いや、殺意や探りを入れるタイプの視線じゃなかった。別にいいだろ」
黒星はトクロの提案を断った。
トクロは頷き、二人は車へ戻っていった。
「道具出して」
黒星がトクロに頼んだ。トクロはリアシートの後ろにあるトランクを開けて中から折りたたまれた板と、クラムシェル型のPCを取り出した。
「じゃ始めるか」
黒星は車のリアシートで折りたたまれた板を組み立て、PCに接続した。
「さてと、この3Dプリンターも久しぶりの活躍だな」
そう言いながら、3Dプリンターにデータを転送していく。橙色のリフィルがどんどんと消費されて行く。何分かして3Dプリンターが動きを止めた。
トクロは箱の一部を開いて出来上がったモノを取り出した。
「いい出来だな」
取り出されたモノは、シリコン製のマスク。年若い美形の青年モデルのマスクだ。
出来上がったマスクを布の上に置き、3DプリンターとPCをトランクに仕舞う。
黒星はマスクにベビーパウダーを散らすとマスクを被り、コンタクトレンズを着け、指先にフィルムを貼っていく。最後に手袋をつけ、黒色のジャケットから灰色のジャケットに着替えた。
東洋人の黒星が白人に変装した。
「トクロ行ってくる」
トクロはトランクのカギを閉めて、歩幅とリズムの違う黒星を見送った。
‡
黒星は看板も掲げて居ない店の前に着いた。
デルガルドから聞いていた店だ。
白人に扮した黒星は一億の入ったケースを持って、店の中へと入った。
店に入るが、人の気配はしなかった。
黒星はどんどんと店の奥へと入っていく。通り過ぎた場所には絵画、壺などの芸術品が並んでいたが、だんだんと並べられるモノの内容が変わってきた。
黒星はそんな中の一つ、自己注射用注射器に入れられた
薬の色、純正注射器、そしてケース。
黒星はこの加速剤が極めて高品質なモノと気が付いた。
「これは…」
そう呟くと、コツコツと足音を立てて一人の老人が歩いて来た。
「どれ? なにかほしいモノでもあったかの?」
「ほしいものはあったか?」そう問うてくる老人は黒星が見ていた加速剤を手に取った。
「お客さん、加速剤を使うのかい?」
黒星は首を横に振る。
「いや、私は使わないよ。品質のいい加速剤は価値が下がる事がないと聞いてね。投資でもと、思ってね」
声色を変えてホワイトカラーを演じてみる。
老人は大仰に反応して見せた。
「そうかい、そうかい。まぁそうじゃの、加速剤の価値が下がる事なんてめったに無いのぉ。して、お主買うのか?」
ほとんど閉じていた目を開いて老人が問うてくる。
黒星は表情を崩さず値段を聞いた。
「値段はどのくらいかな?」
「しめて1億と2千」
純正らしい値段に黒星は笑みがこぼれそうになる。
もしも安ければ買うのを辞めていた。
「おぉ残念、手持ちが少し足りない」
外連味のきいた喋りで大仰に残念がる。
老人が深く刻まれた皺をさらに深くする。
「1億と1千5百」
黒星が首をふる。
「9千万」
黒星が提示した金額にさらに老人は首をふる。
「1億と…」
さらに交渉は進んで行く。
「ご老人首も降り疲れたでしょう? ここからは絶対に譲れません。一億です」
黒星がきっぱりと言い放った。
老人は何十秒か悩んだ。
「……しゃーないの…最近の若いのは…1億、ね」
老人がそう言うと、黒星はケースを老人の前に出して、1億セルの札束を提示した。
札束をランダムに手に取り、老人はマネーカウンターに紙幣を通し真贋鑑定と紙幣の計算を進めて行く。
「どうやら本物のようだな。はて、なぜに現金で?」
老人はケースに紙幣を仕舞いながら聞いてくる。
「このような街ですとマネーカードが使えないところもあると聞きましたので」
白人に扮した黒星の言い分んを聞き、老人はスラムには縁遠い人物だと判断した。
「ほーそうかい、お前さんも気をつけなされ、ここは常識じゃはかり知れんことが起きるスラムじゃで」
黒星が内地、とりわけマフィアや暴漢とはかかわる事のない生活を送っている人物だと判断してだろう、老人が語るよそ者向けの注意を聞き流しながら、黒星は樹脂製の耐衝撃ケースに入れられた加速剤を受け取った。
「ご忠告感謝するよ。ではごきげんよう」
黒星はそう言って店を後にした。
‡
黒星はデルガルドが出資する娼館へと立ち寄り変装を解いた。
そしてマスクや手袋、コンタクトレンズを破棄して黒星としてデルガルドのビルへと向かって行った。
車の前でトクロと合流する。
「何に変えた?」
トクロが1億の行方を聞いてくる。
「加速剤。俺も使ったことがある超高品質モデルだよ」
トクロ少し驚いた。
「そんなものあったのか。まぁ偽物だとしてもお前が騙される位なら高く買ってもらえるだろう」
黒星は加速剤の入ったケースをトクロに渡した。
「じゃ後よろしく。あとの2億は薬に変えるんだっけ?」
「おう」
トクロにはトクロの伝手がある。この町にはトクロとつながりのある人物が居るらしいとは聞いていた。
何か足のつかない方法を持って居るのだろう。
黒星としてはトクロが三億すべて洗ってくれれば良いのだが、トクロは案山子役が必要だと大金を使う余所者が必要だと黒星に言ってきたのだ。
黒星も断る理由が無い。
だからこうして大人しく加速剤に変えて来たのだ。
後はトクロの仕事である。
黒星は金と薬を持ったトクロを見送って、どこかへと足を伸ばす事にした。
‡
「アールグレイ。ホットで一つ」
そう言って、店先のテラス席を取った。
ポケットから煙草のポーチを取って、煙草を巻き始める。
巻紙の上に煙草の葉を乗せていき、軽く
出来上がった煙草をクラシカルなオイルライターで火を灯した。
「どうぞ」
店員がホットティーとミルクと砂糖とセラミックの灰皿を並べ帰っていく。
「どうもありがとう」
黒星はもう聞こえない感謝を述べると受け取ったホットティーストレートで少し口に含む。
鼻に抜ける紅茶の匂いと舌に感じる淡い苦みを感じながら煙草を短くしていくのだ。
何本目かの煙草をもみ消すと、ティーカップに残る紅茶は残り一口と言ったところだった。
「どうするかな…もう夕方か……」
空には少し朱が差していた。
‡
暗くなってきたがスラム街は煌々と光が灯っていた。
スラム街のビルの一室で男が4人集まっていた。
「霜月会の奴が誰かに金を渡したぞ」
スキンヘッドの男がそう言う。
「あぁ、俺も見たぞ。あれは荒川に渡したんじゃないのか?」
義眼の男が言う。
「たしかに。タイミングは少しおかしな気がするが…」
顔面以外が機械化されたサイボーグがそう言う。
「あの金はとり返す。が、その前にあの眼帯を殺す《・・》。妹の仇は取らせてもらうぞ」
ダブルのスーツを着た細身の男が血走った目で言った。
その言葉に残りの3人が頷いた。
‡
随分と空が暗くなってきた。
黒星は半分手前の煙草を吸っていた。
だんだんと短くなる煙草を途中で止めて灰皿に押し付けもみ消した。
黒星は裏返しされていたバインダーを手に取り、バインダーに書かれていた4百セルの表記をを見た。
黒星はパンツのポケットからマネークリップの財布を取り出し、百CEL札を5枚取り出す。五百SELを挟んだバインダーを置いて、店を後にした。
「どうするかな…」
黒星は今日の夕食について迷っていた。
食わなくても良いし、気に入ったみせがあれば食べても良い。
「肉、魚、
歩いていると周りの店と違い、テラス席の無い店が目に入った。
なんとなくその店に引かれた黒星は、引き寄せられるように店に入って行った。
扉を開けるとその店は意外にも喧騒に包まれていた。
「一名様ですか?」
ボーイがそう聞いて来た。
「あぁ、一人だ」
黒星がそう言うと、
「すみませんが只今満席となっております…」
「そりゃぁ残念だ、」
満席になったと伝えられた黒星は残念そうにするが、あきらめて店を出ようとした。
「ですが、ご合席ですと…」
ボーイから合席での食事の提案が申しだされた。
黒星は数瞬の間も無く快諾した。
「はい、ありがとうございます。大変ご迷惑おかけしますが、もうしばらくお待ちください」
ボーイはそう言って店の奥へと行った。
少し髪を乱したボーイが戻ってきた。
「大変お待たせしました。只今ご案内いたします」
黒星は少し楽しみにボーイの後ろをついて行った。
ボーイは二人の女性が座る、4人席のテーブルに黒星を案内した。
「あっ? その人?」
二人の女性。そのうちの一人の金髪の女性がボーイに聞いた。
ボーイは少し困った表情をする。
「あぁ、極東人はお断りかい?」
黒星がボーイにフォローを入れると同時に、ふざけた挨拶をした。
「いえ、大丈夫よ」
金髪の女性が笑いながら答えた。
黒星は開いている席、二人の女性の前に座った。
黒星は二人が同じ料理を食べている事に気づく。
ボーイは黒星が席についてメニュー表がある壁を手で指した。
「メニュー表はあちらになります。ご注文がありましたら御呼びくd「同じ物を」
ボーイが決まり文句を言うのを邪魔して注文した。
ボーイは言葉を遮られたのも意にせず小型端末に入力した。
「御用の際はお声がけお願いします」
そう言ってボーイ違うテーブルの応対へと離れた。
黒星は改めて女性たちの方へと向き直った黒星は、自己紹介をした。
「始めまして。黒星と申します。運送業を営んでおりまして。狩人もやっております。お困りの際はお気軽にお声がけください」
黒星がふざけた自己紹介をすると、再度金髪の女性が笑いだした。
「ご親切にどうも、私はジェーン。狩人よ、となりのとはパーティーを組んでる仲間よ」
金髪の女性が自己紹介をしてくれた。
金髪の女性。ジェーンと黒星は、未だに一言も発していないシルバーブロンドでショートカットな女性に目を向けた。
「……私はアヴァ、呼びにくかったらイヴでもいい。ジェーンとは臨時のパーティーを組んでる。仲間じゃない」
それだけ言うと銀髪の彼女。イヴは一切れのステーキを頬張った。相席の良く分からん男より食事の方が重要な様だ。
そんなイヴの様子にジェーンが苦笑した。
「ふっふっ。また言ってる」
ジェーンが笑う様子を見ながら黒星は、煙草を一つ巻く。
火を点けようとしたが、
「おっと、そういや煙草は大丈夫かい?」
初対面の彼女たちに失礼が無いように、黒星は煙草について聞いた。
「私は大丈夫よ」
ジェーンが答える。
少ししてイヴが答えた。
「黒煙草以外なら」
イヴはそう言いながら黒星の巻いた煙草を見ていた。
黒星はライターと煙草を置いた。
「黒煙草はやらないね、俺は何にも入ってない煙草さ」
黒星がそう言うと、イヴは何か興味を持ったらしい。
「へー、その煙草一本貰っても?」
どうぞ、と言いたいが手が止まる。
黒星の故郷には無い価値観だが、此方の国では成年者以外の飲酒喫煙を避けると言う。
黒星はイヴの成人しているか、していないか曖昧な微妙なラインのルックスに果たして煙草を渡すべきか否かと悩み始めた。が、考える必要はすぐに無くなった。
「…私は25」
「おっと、それは失礼、あまりにも綺麗でね」
黒星はいつもの調子でおどけてごまかしたが、イヴは小さくため息をついた。
すぐに煙草を巻いた。もちろん巻紙を止めるときの糊は舌で湿らせたわけでは無い。
巻いた紙を止める時はグラスの結露で湿らせた。
巻き終わった煙草をイヴに差し出すと、イヴは少し嬉しそうな顔をして受け取った。
「火、くれない?」
普段煙草を吸わないイヴはライターを持ち歩かない。そんな事を失念していた黒星は火を灯したライターをイヴの前へと差し出した。
イヴは差し出されたライターで、火口全体を焦がしてからゆっくりと火を点けた。
「…」」
ゆっくりと煙を吐くイヴ。
黒星は口角を上げ、自分の煙草に火を灯した。
ボーイが料理を運んできた。
「お待たせしました。仔牛のキノコクリームステーキです」
キノコクリームがかけられた、肉厚なステーキが黒星の前へと並べられた。
黒星は戻ろうとするボーイを呼び止めた。
「日本酒は置いてるか?」
ボーイはなかなか頼まれない酒に驚いたが、小型端末を操作すると「持ってきます」と言って戻っていった。
その様子をジェーンが不思議そうな様子で見ていた。
「ねぇ、日本酒なんて頼んだけど…その髪も目も…さっきのはふざけてたわけじゃ無くて本当に極東人?」
ジェーンが黒星の出自。それも、極東人という極めて珍しい人種について尋ねて来た。
黒星は一度煙草を灰皿に置いた。
「本当に極東人だよ」
そう言うとジェーンがひどく驚いた。
極東人は少数民族。この国にも黒目黒髪はいるが、極東人がこの国に居る事は殆ど無い。
それは、極東人の男は強欲で粗野、極めて暴力的と語られる、その上前線に近い東部からほとんど出ない。だから、前線に遠い人間や、極東人にあった事の無い人間は、極東人は黒目黒髪の巨漢。そう思っているのだ。
ジェーンはそんなイメージから黒目黒髪の特徴を持った黒星がジョークとして自らは極東人だと名乗ったのだと思ったのだ。
だからジェーンはひどく驚いた。話に聞く極東人が自分たちとは何ら変わらないと言う事に。とは言え黒星が暴力的なのは間違ってはいない。
「話に聞く極東人と違うか? まぁ話の中みたいな極東人もいるが大半が多少顔が平たいだけだ」
黒星はそう言って煙草を吹かし、煙を笑い飛ばした。
ステーキを食べ進んでいるとトレイの上に一升瓶とグラスが入った升、氷水を入れた水差しを乗せたボーイが歩いて来た。
「ご注文の日本酒です。これで…よろしいでしょうか?」
ボーイが運んできた物が日本酒で有っているかどうか聞いてくる。
黒星は一升瓶独特の形、ラベルに書かれた極東文字、そして微かに香る日本酒の匂いから日本酒であると判断した。
「あぁ大丈夫だ」
先ほどと同様にボーイが日本酒とグラスの入った升を並べて行った。並べ終わると注文が無い事を確認して別の場所へと歩いて行った。
「おっとっっっ」
グラスに日本酒を表面張力で凸面が作られるほど注ぐ。黒星はこぼれそうな酒を煽り一息に飲み干した。
黒星は日本酒をストレートで飲む。
そんな黒星の飲み方に興味を持ったのか、ジェーンとイヴは黒星の持つ一升瓶を目で追っていた。
「飲むか?」
黒星がそう聞くと、ジェーンとイヴは首を縦に振り空になったグラスを差し出してくる。
二人のグラスに日本酒を注いで行く。
注がれた日本酒を二人はじっと見ていたが、イヴが一足先に日本酒を煽った。
「甘いわね、味がちゃんとしているわ、透明だったから味がしないと思ったけど」
イブは感想を述べながら二杯目を注ぎにかかる。そのおかげか日本酒観察に勤しんでいたジェーンも日本酒を煽った。
「甘苦い…」
イヴと違いジェーンは随分と子供舌な様だった。
酒を煽り、飯を食う。
元々量のある食事では無かった。三人はすでに料理を平らげ、残った酒を煽っていた。
クリーチャーの話をあて《・・》に酒と煙草を飲む。が、慣れない酒にジェーンが酔い潰れてしまった。
「あら、ジェーンが寝ちゃったわ」
酔いが回ったのか饒舌なイヴがジェーンの肩を叩いた。
「起きないわね…」
イヴも酔いが回ってきたのか若干ポアンポアンしている。
黒星は一升瓶を開けて、そろそろお開きにしようかとボーイと目を合わせた。
ボーイが歩いてくる。
「お会計ですか?」
そう尋ねてくるボーイに黒星は頷いて答える。
「あぁ、いくらだ? 二人の分も頼む」
黒星は日本酒を飲みすぎて酔っている二人に、軽く責任を感じていた
ボーイは酔っている二人の様子を見ると、納得して料金を提示してきた。
「2万と9千でございます」
黒星はポケットの中で纏められていた一万CELの紙幣を三枚を取り、チップ分も含めボーイに渡した。
ボーイは紙幣を受け取り、開いた手に皿を持って席を後にした。
黒星は酔い潰れたジェーンを肩で立たせ、足取りの怪しいイヴの手を取った。
酔っぱらった二人の手綱を握って店を後にした。
‡
「イヴ? ここで良いのか?」
黒星は二人が泊っているというホテルの前に居た。
イヴは頷いて、一人で入っていく。
ジェーンを置いていくわけには行かないので、途中から横抱きに抱えたジェーンを抱えてイヴの後ろについて行った。
イヴは鍵を開けて黒星とジェーンを招いた。
黒星はそのまま中へと入り、ジェーンを寝かそうとベッドを探した。ベッドはすぐに見つかったが、ベッドの上にタオルや銃弾が散らばりとても寝かせられる状態ではなかった。
黒星はジェーンをソファーに寝かせて、イヴにベッド清掃の許可を取ろうとするが、イヴはバスルームに入って行ってしまった。
仕方なく、無許可だがベッドの上の清掃を始めた。
タオルや銃弾をどかし、シーツの皺を伸ばしてジェーンを運ぼうと後ろを向くと、
濡れたシルバーブロンドを晒すイヴがバスローブの前をはだけて立っていた。
どうしたのかと聞こうと黒星は声を掛けようとした。
「おいおい イヴ? 前空いてるぞ?」
黒星がそう言った途端、
「ごっ⁈」
イヴが黒星を押し倒した。
黒星は不覚を取ったと銃を取ろうとするが両手を足で抑えられる。
完全に身動きが取れない体勢へと持ち込まれていた。
狩人として生きているイヴは人工筋肉と金属骨格の持ち主なのだろう。ただの金属骨格しか入れていない黒星では力の差の大きなイヴから逃れる事は出来ない。
「お、おい⁈」
無言のまま見下ろすイヴに黒星が尋ねるが反応がない。
イヴは朱が差した笑顔で黒星に覆いかぶさった。
イヴは黒星の耳元で囁く。
「…酔いが回ったの」
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