安城理沙-4
長谷神秀之介に復讐することを決意した時
警察へ届け出るという考えはすぐに消した。
誰かに知られたくないという気持ちは今では薄れているので どうということはないけれど
何となくそれでは満足しないというか
復讐ではない気がしたからだ。
裁きを下すのは裁判官ではなく自分でありたいと強く思った。
しかし肝心の与える罰は明確にできていない。
殴ったり刺したりだとか、そんな野蛮な報復をする気は毛頭ないし、仮にやってしまったら長谷神と同等の下衆になってしまう。
何をしてやることが正しい復讐なのか。
私の頭では考え出すことができず
すぐさま携帯電話を掴み、連絡先画面をスクロールして電話をかける。
寺丸はどうせ暇なので平日の昼間だろうが着信を受けるに決まっていた。
その思惑通り数回のコールで寺丸のベトッとした声が届く。
「はいはい、理沙ちゃん。今日も遊ぶ?」
「相談したいことがあるの。電話でいいから聞いてほしい」
「うん、いいよ。頼ってくれて嬉しい」
寺丸という名は本名じゃない。
知り合うきっかけになったSNSで、彼が使用していたハンドルネームだ。
彼の趣味や綴られている日常なんかが私の興味をひきつけるものが多く、ネット上で頻繁に会話を楽しむようになった。
するといつしかダイレクトメールでやり取りを交わすようになり今に至る。
初めて会った時は寺丸の容姿に幻滅し、連絡を絶とうかとも考えだけれど、彼の”俺と遊んでくれるバイト”をやらないか? という言葉に踏み止まった。
聞けば普通にデートをしてあげるだけで日払いで給料を支払うというのだ。
危険や恐怖を感じなかったわけじゃないけど、私はそれを了承した。
直感というやつで、寺丸にはこちらに危害をくわえるような邪悪性はないように見えたからだ。
条件が、遊ぶのは日中で人目がない所へは行かないという内容だったのも、このバイトを受けようと思った要因だ。
給料は一万円。デート代は全て寺丸もち。
寺丸はある有名な大学の二年生だ。
父親は、曽祖父が起こし、祖父が高度経済成長期の折に拡大させた商社の三代目社長という幸福とともに産まれてきた男だった。
”本当に幸せだね”
いつかそんな話をした時、寺丸は真面目な顔を作り、そこに愁眉の色を混ぜた。
”でも一人だよ。同じ学校に通っている幼馴染が一人いるけど、そいつは俺以外にも付き合う仲間がいるしね。俺、見た目もこんなんだから、金持ってても女の子も寄ってこないし”
それでも家族とは仲が良くて友達も一人いるならいいじゃない。
そう言いかけてやめたことを憶えている。
ちなみにその話を聞いて
”お金はいらないから、普通に友達になろう”
という言葉も浮かんだけれど
ただの偽善なのでそれも言わなかった。
*
私は電話の向こうで静かにしている寺丸に
どうすれば復讐になるのかを聞いた。
長谷神のことはだいぶ前に話しているので説明はいらない。
「復讐っていってもさ、法に触れたらマズイね」
「罪を犯している奴がよく言うね。援助交際罪だよ」
「いやいや、何もしてないんだから買春行為には該当しないはずだから。こういうの、パパ活って呼ぶらしいよ」
しばらくそんな冗談を言い合って笑った後
寺丸が切り出した。
「その先生は結婚してるの?」
どうだっただろう。
あまり奴のことには詳しくないけれど、記憶が正しければ薬指に指輪をはめていた気がする。
「うん、多分。どうして?」
「それならさ、その先生の奥さんにばらしちゃえば? そしたら離婚になって、その先生は一人ぼっちになるよ。結構効くと思うけど、どうかな?」
寺丸ならではの発想だ。
つまりは長谷神の家庭崩壊を目論むというわけか。でも
「そんなにうまくいくかな?」
「わからないけど、撃たなきゃ当たらないから。物は試しで」
一通りの話をして寺丸との通話を終えると
私はすぐに部屋のクローゼットを開けた。
季節外れの服と共に今では不要になった物たちが寡黙に眠っている。
私はそこから小学校時代の教科書なんかが詰まっているダンボール箱を引っ張り出し、中から輪ゴムでまとめてある紙を取り出した。
小学校六年間のうちにもらった年賀状の束だ。
長谷神は担任をしていた二年間、クラス全員に年賀状を送りつけている。
六年時にもらったものは受け取った瞬間に破り捨ててしまったが、五年時のものはここにしまったままだったので処分していないはず。
そこには長谷神の住所が記載されている。
奴の嫁に近づく唯一の手がかりだ。
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