長谷神綾那-4
食器洗いを終え、洗濯機を回し始めてから掃除機を片手に家の中を徘徊した。
一階の掃除を終え、フローリングの廊下から掃除機を滑らせたまま階段を上がる。
緩やかな螺旋を描く階段を上りきり二階へ到達すると、不均等に並んだ四つのドアが視界に入る。
階段から一番近いドアはトイレだ。
一緒にもトイレは備えられているが
こっちにはウォシュレットがあり
秀之介お気に入りの彼専用と化している。
次に近いドアは二人の寝室
次が幸雅の子供部屋。
そして一番奥のドアが秀之介の書斎だ。
書斎といってもそんな立派なものではなく
元々はただの物置部屋だった。
処分に困った不要な物の中に秀之介がわざわざスペースを空け、安物の椅子と机を置いている程度のもの。
持ち帰った仕事を一人で集中して片付けたいのかと思いきやそんな様子は特になく、幸雅がよく騒いでいるリビングでノートパソコンを開いていたりする。
何の意味がある書斎なのかは、もしかしたらだけれど、察しはついている。
わざわざ作った書斎は恐らく個人的なDVD観賞用の部屋なのだと思う。
いつだったか探し物のために書斎を漁っていた時に大量のソレを見つけて以来そう思っている。
独身時代からの触れられないガールフレンド達と遭遇した時は寒気がした。
別にそういう類のものを持っていることも観ることも構いはしない。
ただ眉をひそめたのはその嗜好だった。
その大量の成人DVDは全てアニメーションで
パッケージの彼女たちはどれも幼女なのだ。
その他に小学生や中学生の子供達を性の対象にした成人漫画なんかも見つけた。
小学校教諭を目指した動機を疑ってしまう。
昔からロリータコンプレックスの気があるのは
小柄で幼く見られがちだった私を選んだことからも何となくわかっていたけれど
目の当たりにすると慄然とするものがある。
秀之介を愛していなくてよかったと思う。
愛していたらダメージは大きかったかもしれない。
いや、愛していたら気にならなかったのかな。
愛していないからこその嫌悪感なのかもしれない。
それから私は書斎には一切近寄っていない。
✳︎
家中の掃除と洗濯を終えた頃はいつものようにお昼近くになっていた。
朝食の残りで昼食を済ませ、二時間ほどリビングのソファーでテレビを眺めながらうたた寝をした。
そしていつも通り生理的に目を開け、腫れぼったく重い感覚のある瞼を瞬きながら買い物へ出るための支度をする。
そうは言っても着替えをして髪を梳かし
マスクをするだけのこと。
厳かな場面以外で化粧をして外出することはもうなくなっている。
こうして女は老けていくのだろうか。
エコバッグに財布を投げ入れ
自転車と家の鍵を握って玄関のドアを開けた。
午後の太陽は、沈んでいく自らに残された最後の力を振り絞るかのように強く光っている。
眩しさに顔をしかめながら鍵を外した自転車に跨り門柱を過ぎて庭を抜けた。
その時だった。
私達の家の塀に背中を預け、アスファルトの道路を見つめる少女が視界に入り、自転車を止めた。
俯き気味の頭から流れるように下がっている綺麗な黒髪が印象的だ。
姿を捉えた瞬間に少女と認識したのは
昼の番組に出ていた十代の読者モデルと似たような服装をしていたからだった。
それがなかったら少女というカテゴリーなど出てこなかったはず。
若い女はどれも同じに見える。
私の気配に気付いたのか、少女は驚いたように顔を上げ、大きな瞳の中に私の姿を入れた。
物憂げに潤む目には何か言いたげな色が浮かんでいるけれど、私は少女から視線を外し、ペダルを強く踏み込んでその場を過ぎ去った。
幸雅の下校までに買い物を終わらせなくてはいけないのだ。
道端の少女に構っている暇はない。
それにいくら自宅の前とはいえ
少女がいたのは敷地外なので
別段気にすることでもないと思った。
淀みのない乾いた空気を全身で切り裂きながら
そんな風に少女についてあれこれ考えてみたが
交差点で信号待ちを終えた辺りから
関心は今日の献立へと流れていった。
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