長谷神綾那-2


愛が憎しみに変わることはなかった。

彼が私を置き去りにして築き上げていくものなど、壊れてしまえばいいと願ったことはあったけれど、自ら手を下す気にはなれない。


この悲しみは誰かの大切な人に手を出した罰だと自分を納得させ、それでいて彼には何の罰もないことが許せず、だからといって自分が立場もわきまえず罰を与える存在になれるはずもない。


考えは円を描いて回り続けた。


そしていつからか寂しさと、着地点のない気持ちに心は破れ、胸を満たしていたものは影も形もなく消えていることに気がつく。


それからの私は失われたものを取り戻そうと迷走し、幾人の男達に易々と体を許していた。

自分としては宝探しをしている気分だったのだけれど、傍から見れば貞操観念の低い馬鹿女だったのだろう。


秀之介と再会したのはそんな頃だった。


初めて行われた中学の同窓会で、特に親しくもなかった私の隣に秀之介はやってきたのだ。

飲みかけのビールジョッキを片手に、昔では考えられないくらいの馴れ馴れしさを纏っていた。

そんな振る舞いを見て、この男は今の私の状態を知っているのだと察した。


中学時代、隣のクラスにいた同級生の旦那に巡り合ってしまうほど遊びの範囲は広がったので、当然ではあったのだ。


そんな噂に後押しされた秀之介は、飲み会の後を狙っていたのだと思う。


容姿も経験も人並み以下の男にとって

あの頃の私みたいな女は恰好の餌食だ。

酔いからくる人肌恋しさを満たすチャンス。


私はその夜、秀之介の望みを叶えてあげたいと思った。

別に減るものではないし、秀之介はハンサムではないけれど生理的に受け付けないほどではない。

一番の理由は、周りが私に対して余所余所しい中、秀之介の馴れ馴れしい態度が少し嬉しかった。

お礼をする感覚だった。


同窓会が終わると早々に二人で消えた。

あまり身長が高くない秀之介は、私の少し後ろをゆったりと歩きながら


「どの店で呑み直そうか」


なんて白々しいセリフを口にしていた。

また一つお酒を挟むほどその夜を楽しみたかったわけではない私は


「疲れた」とか「シャワーを浴びたい」


なんて言って、最初に目に止まったホテルに歩き出した。

秀之介は後ろで、ニヤついた顔を赤くしながら躊躇するそぶりを見せる。


「俺、一応、学校の先生だしなぁ」


自分の下心が見抜かれたと思って出た言動なのか、よくわからなかったけれど

まるで私の方が求めているような状況になったことに、とても苛々した。


結局、歩いて帰れる距離だということは伏せ、終電がないから泊まりたいと言って秀之介をホテルの部屋まで引っ張った。

何故そうまでして秀之介に身を許したかったのか。


酔いからくる人肌恋しさを満たしたかったのは、私の方だったのかもしれない。


しかしその夜、秀之介と最後まですることはなかった。

正しく言えば、秀之介が最後までできなかったのだ。

しどろもどろのデタラメな拙い愛撫と鬱陶しいくらいのキスをするだけだったし

肝心の秀之介のモノは役に立たなかった。

酔っ払っているから、眠いから

だとか散々言い訳をしていたけれど

秀之介は恐らく童貞で、緊張が興奮を凌駕していたのだ。

こんなこと俺だって慣れている風を装っていたものの、それは歴然としていた。


それから数日経った頃

登録外の番号から着信があった。

折り返して相手の正体がわかるまで、ホテルに行った日、秀之介から番号を聞かれ教えたことを忘れていた。


最初から秀之介だとわかっていたら折り返すことはなかったと思う。


秀之介はやたら上品で常識的な言葉を並べていたけれど、私にはあの夜のリベンジがしたいとしか聞こえなかった。

暇があったら、時間が合えば食事でもしようと

実現性の低い曖昧な約束をして電話を早々に切った。


別に秀之介には何の興味もない。


あの時だったから秀之介とする気になっただけで、過ぎれば二度と会わなくてもいい程度の存在だった。


それなのに、秀之介との約束はすぐに果たされることになる。


最初に電話をした日から、毎日のように連絡がきたからだ。

内容は特に日程を催促するわけではなく、仕事の話や旧友の近況などとりとめのないこと。

とても鬱陶しく、でも邪険に扱うのは気が引けた。


ただ純粋に私との会話を楽しんでくれている秀之介を、少しだけ好意的に思うようになったのかもしれない。


週末の夜に食事をし、彼はその日、ようやく成し遂げた。


その当時の私は何人もの男と手当たり次第寝ていたけど、二度関係を結ぶことはしないと決めていて、秀之介も例外ではなかった。

二度すれば三度目のハードルは更に低くなり

また終わりの見えない途方も無い関係を作り上げることが怖かった。


それまで受け入れていた連絡はその日を境に拒否し、秀之介も何人かの一人として通り過ぎさせようとしていた。


しかしその通例は思いもしなかったことで破ることになる。

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