第19話 シズだって勝負するんだもん! その②

翌日、いつもよりも1時間以上早起きした私は、誰もいないキッチンに一人立っていた。


普段から朝の勉強をするために、この家では私が一番最初に起きていることが多い。


つまり、この時間であれば家族の誰にもバレず邪魔されず、幸宏くんに私の愛情がたっぷりと詰め込んだお弁当を作ることができるということ。


…………が、しかし。


「……」


まな板と包丁、そしてコンロにフライパンをセットしてエプロンまで身につけた私は、そこからネジの切れてしまったロボットのように固まっていた。


学校ではクールビューティの才女として尊敬の眼差しを集めている自分だけれども、いまだどうしても克服することができない唯一の『弱点』がある。それが……



料理ができない。



勉強含めて運動も難なくこなすことができる自分だけれども、どういったわけか料理だけはまったくできないのだ。


レシピ通りに作っても、なぜかいつも「しず特性の!」とネーミングが付きそうなオリジナルの味付けになってしまう始末。


そのせいで小学生の頃、幸宏くんのために一生懸命に作った手作りチョコレートを、完成直後に味見したお母さんに「手作りは来年にしましょう」と言われて渡せなかったぐらい。


しかもその翌年から、私と幸宏くんは絶縁状態を迎えてしまうことになったのだから、何というタイミングの悪さ。そのため、彼は一度として私の手作りの食べ物を食べたことがないのだ。


「私だってその気になれば……」


冷蔵庫から取り出した卵を片手に、私はゴクリと唾を飲み込む。愛妻弁当のおかずといえば、まずは『だし巻き』。


「愛妻弁当だなんて、私、何言ってんだろ……」


いやんっ! と恥ずかしくなり火照った頬を、咄嗟に両手で隠した瞬間、私は「あっ」と声を漏らす。


パシャンっ!


「……」


右手から解き放たれた卵が、足元で盛大に割れた。……とまあこんな感じで、私の料理にはなぜかトラブルも付き物なのだ。


結局、だし巻きはじめいくつかのお弁当定番おかずに挑戦してみたのだけれども、そのどれもが満足のいく出来栄えにならず、私は作戦の変更を余儀なくされた。


「ほんとはちゃんとしたお弁当を作りたかったんだけど……」


無残にも産業廃棄物と化した食材の成れの果てを見つめながら、私は思わずぼそりと呟く。


姉との違いを見せつけるためにも、自分は手の込んだお弁当を作るつもりだったが、さすがにこんなものを幸宏くんに食べてもらうわけにはいかない。


「仕方ない……」とため息を吐き出した私は、炊飯器の前に立つと中から出来立てホヤホヤの白米を取り出す。ちなみにこれは、昨夜お母さんがタイマーセットをして炊いていたものだ。


「お姉ちゃんと一緒の『おにぎり』で勝負するなんてこの上ない屈辱だけれども、私の方が幸宏くんに対しての愛情をたっぷりと詰め込めるんだからっ」


ふん、と勢いよく炊飯器の蓋を閉じた私は、再び決意を新たにすると、姉と同じ土俵の上に立つ。


ボウルによそった白米に塩をかけ、それをセットしておいたラップの上におにぎり一つ分だけ広げて置くと、幸宏くんが好きそうな具も入れる。そして私は両手で優しく包み込むと、


にぎにぎにぎ……


お姉ちゃんより美味しくなーれ、美味しくなーれ、幸宏くんが私に振り向くようになーれと心の中で呟きながらにぎっていく。もちろん、全力の愛情を込めながら。


「……よし、これだけ作れば十分よね」


ふーと息を吐き出した私は、テーブルの上にずらりと並べた自信作を見つめる。形がちょっといびつな子もいるけれど、姉が作っていたおにぎりとそう大差ないはずだ。


「大丈夫よ静……料理に大切なのは見た目じゃなくて味と気持ちだから」


私は自分自身に言い聞かすようにそんな言葉を呟くと、仕上げをしようと海苔へと手を伸ばした。


と、その時。


朝の静けさ漂うキッチンに、突然人の声が響く。


「シズが朝から料理してるなんて珍しいじゃん! どうしたの?」


ふぅあ〜と大きく欠伸をしながら現れた姉が、私に向かって言ってきた。その言葉に、思わず身体が硬直する。


「…………」


どうして? お姉ちゃんはいつもギリギリまで寝てるのに、なんで今日に限ってこんなに早起きなの? もしかして、私の考えがバレてたの??


眠そうな顔をしながらも何を考えているのかわからない姉を一瞥すると、私は事前に考えておいた言葉を伝える。


「た、たまには私がみんなのお弁当でも作ろうかなっと思ってね……ほら、この前は姉さんが作ってくれたし」


そう言って私はテーブルの端に置いていた家族分のお弁当箱を指でさす。


万が一誰かが起きてきた場合、違和感なくナチュラルな言い訳をできるように予防線を張っておいたのだ。さっすが私、えらい!


「へー。あの『料理嫌い』のシズがそんなことするなんて、一体どんな風の吹き回しなの?」


ニヤニヤとした笑みを浮かべながら姉は隣まで近づいてくると、肘で私の胸元を突いてくる。


「ちょっとやめてよっ」と顔を真っ赤にして声を上げれば、「ほんとシズは可愛いなぁ」と相手は余裕の態度だ。


「……」


くそー、お姉ちゃんめ……今に見てなさいよ! 私が愛情込めてにぎったこのおにぎりで、幸宏くんの気持ちを完全に仕留めてみせるんだからっ!


私はふんとお姉ちゃんから視線を逸らすと、海苔を手に取り続きを始めようとした。


するとお腹でも減っていたのか、視界の隅っこでお姉ちゃんが一口サイズほどの小さなおにぎりを右手で掴む。


「ちょっ、まだ……」


「いーじゃんいーじゃん一つくらい! シズがせっかく作ってくれたおにぎりを早く食べてみたいの」


てへぺろ、みたいな表現がぴったりと似合う表情を浮かべた姉は、本当にぺろっとおにぎりを口の中に放り込んだ。


本当に勝手な人だなと呆れながらも、私はその様子をゴクリと唾を飲み込んで見つめる。


するとお姉ちゃんの口元の動きがピタリと止まった。


「これって……」


一口食べただけで幸宏くんに対する愛情の差を感じたのか、お姉ちゃんは呆然とした様子で私の顔を見つめる。


その驚いたような表情を見て、私は自分の勝利を確信した。


やっぱり料理に大切なのは見た目ではなく、相手を想う気持ちと素材を活かした……


「シズこれ……塩じゃなくて『砂糖』だよ」


「…………」




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